異世界の少女と、アニム
※『』は過去の会話です。
真っ白になった視界。止まる呼吸。急激に、喉が渇いていく。やけに遠くから聞こえてくる師匠の声が、脳を揺らす。
『間違いねぇ。あいつは、『アニム』だ』
師匠の顔が見えなくとも、胸が締め付けられるような感情が、苦しいほど伝わってくる。
初めてだ。師匠にアニムって呼ばれて、わけがわからなくなったのは。
「今日から、アニムって呼ぶ、言われた時もね、意味不明って、怒ったのは、覚えてる」
召喚される前、私には日本人らしい名前がついていた。お父さんとお母さん、それにおばあちゃんが真剣に考えてくれた、名前だ。
それと同じくらい、「アニム」は師匠から贈ってもらった大事な名前になっている。
「真名を奪われて、私、すごく怒った。でも、ししょー、忘れるいう意味なくて、私を守るためって、ちゃんと教えてくれた」
言語解読魔法を使って、私の世界の言葉で言霊と真名の大切さを教えてくれた師匠。
やけに理屈っぽく聞こえた声とは反して、長い髪から見える瞳はとても優しかった。
「最初だけ、ちょっと、抵抗感じてた。アニム、呼ばれるの。でも――すぐに、どうしてだろう、ししょーが……フィーニスとフィーネが、アニム、呼んでくれるの、大好きなったの」
そうです。「アニム」は私だけの名前なはず、なのに……!
まだ、名前を貰っていない私を、師匠がアニムと呼ぶのは何故?
『アニムだって⁉ いや、遠い記憶を辿れば確かに……面影を感じ取れる気もするけれど』
センさんの困惑した声が聞こえてきた。魔法映像に映っている当時の私を指さしている。
って、待って。だれが、だれに似ているの?
『髪の長さはともかくさ、髪色も雰囲気も違わないかい?』
センさんの訝し気な視線の先にいるのは、緩くかかったウェーブの茶髪が、頬や額にくっついている自分の姿だった。間違いなく、私だ。
「面影って、どういう意味?」
言いかけて、それ以上先は言葉にならなかった。考えが形になってしまうことを、全身が拒否している。師匠が見ている「アニム」というのは、私じゃなくて――。
喉元に手を当てても、掠れた息が出るだけ。
さびた機械のような動きで、視線を移す。その先にいた師匠は、相変わらず魔法映像を食い入るように見つめ続けている。
「ししょー、ねぇ、ししょーってば」
当然、答えてもらえるはずもなく。もう一度、魔法映像に向き直った。
「華菜……」
過去の私は、必死の形相で華菜の手を引いている。ちょうど、広い山道に飛び出したところだ。足を滑らせて膝をついた私を、雪夜が引っ張りあげてくれる。お父さんとお母さんも追いついてきて、五人で道を転げるように下る。
召喚獣は声が出せないので、今の映像ではどのくらい離れた位置にいるのかは、知り得なかった。
「そう、だ。あの時、召喚獣、だれかの果物ナイフみたいなの刺さって、もがいてたんだ。周りの樹、なぎ倒してた」
痛んだ頭を抑えると、また少し過去を思い出す。最初は断片的だった場面が、どんどん繋がっていく。
召喚獣は鳴かなかった。だから、どのくらい後ろから追ってきているのかを把握出来なくて、余計に焦っていたんだっけ。
聞こえてきたのは、花を散らして折れる樹と、絹を裂くような断末魔と、邪魔だと互いに罵声を浴びせ合っている人々の声。
「それで、あの後……あの後を思い出さないと、いけない。でも……こわい?」
正直、混乱しすぎて、今、私は悲しいのか、怯えているのか、何も感じていないのか……わからない。
頭がぼんやりとして、映像の向こう側で大勢の人が逃げ惑っているのを、ひと事のように見つめてしまう。
師匠やセンさんの方が胸を痛めているみたいだ。
「あれ、樹が倒れる音、やんだ」
魔法映像には、召喚獣が大量の花びらに包み込まれているのが映っていた。花びらたちは、卵のような形で半透明だ。
召喚獣を攻撃しているのではなく、優しい光で癒しているように思える。実際、召喚獣の真っ赤に腫れ上がった皮膚からは、傷が消えていく。
「肌撫でて、召喚獣、理性取り戻せって、落ち着かせてる、みたい」
元の世界の人々は、目の前で起こっている現象に、思考がついていくはずがない。逃げるのも忘れて、地面に足を縫い付けられたように佇んでいる。
「知らなかった。私、召喚獣から離れたあと、こんな風だったなんて。知ってたら、もっと冷静、動けてたのかな」
ただ逃げ惑うのではなく。もしかしたら、だれか一人くらい、助けられていた?
そう考えた瞬間。中年の男性が、傷を癒していく召喚獣を指差して、
『やばいぞ!』
と叫た。男性のひっくり返った声を合図に、再び高い声をあげて逃げ始めた人々。逃げ際に、召喚獣に向かって、石やリュックを投げつけていく人も大勢いる。
「待って! お願い、待って! あの子は、ひどいのする気、ないの!」
花びらたちは物理的なバリケードになれないようだ。召喚獣の、皮が破けて剥き出しになっている部分にも容赦なくぶつけられる。その度、召喚獣は大きな体をうねり、感情のないような瞳から真珠を落とす。
「そうだ。私の世界の人から見たら、召喚獣元気になる、もっと襲ってくる考えて当然」
冷たい空気を揺らしている魔法陣の音が、ことさら大きくなった。
口元を覆う手は震える。意識しても、止まらない。
「私は、やっぱり、変わった」
お母さんから「魔法使い」という単語を聞いた時の違和感が、蘇ってくる。
私は、根拠のない確信で自分は変わらないと思っていた。けれど、変わらないはずがないのだ。違う世界にいるのだから。
「私の世界、こっちの世界、一緒な物事も多い。だから、余計、鈍ってたのかな。私、考えの基準、完全にこっち側なってる」
正直、その事実が良いのか悪いのかなんて答えは出ない。むしろ、単純に良し悪しでなどに分けられないとも、思える。
ダメだ。頭がぼうっとして、思考がまとまらない。
――アニム――
呼ばれて、体が大げさなほど跳ね上がった。
――貴女が、こちらの世界に馴染んできているということでしょう? こちらの世界で生きる者なのですもの。思考の基準が、こちらの世界の常識になるのは、当然ではないかしら?――
カローラさんの言葉に、今度は心臓が騒ぐ。意識の中なはずなのに、心臓が体から飛び出てきそうなくらい跳ねて、痛い。
「こっちの、世界で、生きる者?」
――えぇ。アニムはこちらの世界で生きているじゃない。それに、これからも『あの子』の傍にいたいのでしょう? もう、こちらの世界のヒトじゃないの。だから、前の世界から切り離されていくのに、問題はないじゃない。なくした世界のことなど――
自分でも驚くほど、目が開いていく。魔法で空気が揺れているのか、それとも自分の身体が震えているのか。
ただ、わかるのは呼吸が止まりそうってこと。
こちらの世界に存在が馴染んできていると言われる度、間違いなく、私は喜んでいた。師匠に、魂と身体の存在固定が安定してきたと教えられて、とても嬉しかった。
「わた、しは。切り離されて、いる? 元の世界、なくし、た?」
やっとの思いで立ち上がったのに。目の前が真っ暗になる。
言い方ひとつで、ここまで印象が変わるものなのだろうか。師匠や皆さんから聞いた時は、前向きな感情だけが浮かんだ。頬が熱を持つくらい、嬉しかった。
でも、たった今、カローラさんにかけられた言葉は、とても冷たく心に刺さった。針のむしろになっていると錯覚する。頷かないことは罪なのだと、ひどく責めてられている。
「切り、離される?」
その一言が、堪らなく重く伸し掛ってきた。頭の中で繰り返される、台詞。
私が、甘いの? 師匠が大好きなのは本当だ。けれど、それが自分の世界自体を捨てるなんて発想には、繋がりもしなかった。
「でも、そうですよね。ししょーの、傍にいたいと。願うは、つまり、そういう意味なのでしょう」
――そう。この世界で生きていくのに必要のないものは、消えてしまっても、差し支えないでしょう? むしろ、余計な情報なんて、ない方が良いわ――
でも、でも! 私が生まれ育った世界だって大切で、そこで育ったから今の私もあって。大切という問題ではなく、私の一部だ。
師匠だって、元の世界とこっちの世界の特徴を併せた料理を、喜んでくれるし! 元の世界だって、この世界だって、どっちも好きで、比べられなくて。
でも……改めて考えると、私はこっちの世界を、全然知らない。結界内と師匠の元を訪れる人たちしか、知らない。なのに、この世界を好きだと思うのは、浅はかなのかな。
ただ師匠を好きだという感情だけで、こんな日常が続けば良いと、この世界で生きる努力だけをしてきた私は、愚かだった? もっと、必死になって、帰る術を探すべきだった? でも、どうしてか、帰りたいという意識自体が薄くって。いいえ。そんなのだって、言い訳でしかない。
あぁ、もう!
「消えて、いいわけないよ」
ぽつりと涙声で落とされた呟き。魔法陣が発する音に潰されそうなくらい、小さい声。
横からは、瞼を閉じて詠唱を続けている師匠の声が、耳を撫でてくる。
「なくすんじゃ、ないの」
それだけは、譲れない。今の私があるのは、これまで生きてきた道があるからだ。それって、どの世界とか関係ないと思うのだ。
ぐっと口元を引き締めて、カローラさんを見上げる。無意識に睨む形になっていたのかもしれない。カローラさんと向き合った瞬間、ぎくりと全身が強張る。
カローラさんが纏う空気が、明らかにさっきまでと違った。とても張り詰めて、冷たささえ感じられる。
――そう……まだ、早かったかしら――
とても平坦な声。淡々とした調子だ。
急変したカローラさんの様子に、背筋が凍りつく。
こわい。
――あなたに一刻も早く現実を受け止めてもらうため、だれにでも甘い本体と案内役を代わったというのに。あなたの想いの深さは、まだ『あの子』に追いついていなかったのかしらね? けれど、あなたは知るべきよ。『あの子』が、どれだけ『アニム』を待っていたかを――
代わったとは、どういう意味だろうか。そう言えば、眠る前に聞いた声は、カローラさんよりも柔らかいモノだった記憶がある。
一歩後ずさりするのと同時、カローラさんは眩い光を放ち、姿を消してしまった。
「えっ⁈ カローラさん⁉」
大慌てで周囲をうろうろしても、カローラさんは跡形もない。
これって、ちゃんと目が覚めるの⁉ こんな混乱状態がエンドレスで続いたら、私、精神的に死んじゃう気がする!
「しん……じゃう?」
浮かんだ単語に、ばたついていた足がぴたりと止まった。
吐き出された息は、相変わらず白い。ずっと震え続けている腕を強く掴むが、寒さも震えも、どうにもならない。
「死ぬ。私は、生きてる。でも、私は、あの時」
何かを思い出せそうになった時、師匠がゆっくりと瞼を開きました。綺麗なアイスブルーの瞳が揺れています。
いつもはね。あの瞳を見ていると、なんでも乗り越えられる気になる。けれど、私を捉えてはくれないから、余計に泣きたくなる。
『よし。これで召喚獣の捕獲は、ひとまず落ち着いたな。召喚獣が手にかけちまった奴らには、悪かったが。これ以上の被害は回避出来そうだ』
『そうだね。召喚魔法の術転送が出来る状態にまでなれば、すぐにでも召喚獣を戻せるね』
術は順調なようだ。良かった。
ほっと胸を撫でおろしたものの、すぐさま有り得ないことだと頭を振る。あくまでも、これは過去の出来事なのだ。師匠が術を失敗しないと、私は巻き込まれない。
「ねぇ、ししょー! って、あぁ、もう、届かないんだった!」
もどかしさで髪を掻きむしる私をよそに、肩の力を抜いている師匠とセンさんは、魔法で固めている空間に腰掛けた。
『ところで、ウィータ。『アニム』のことだけれど……』
『確かに、魔法映像に映ったのは、オレたちが知っている『アニム』とは違った。けど、間違いねぇ。オレにはわかる』
師匠の声は確信に満ちている。
師匠のあまりに確固たる様子に、センさんは長いため息を落とした。センさんの顔が白い息に隠れてしまうと思われるほど、大きなため息。
『ウィータ落ち着いてよ。容姿だけなら少しくらい似ている人間なんて、そこら中の次元にいても可笑しくない。魂の旋律にも触れていない、というか魔力が届きにくい現状では触れられないだろう? 確証を持たずに断言するなんて、君らしくもない』
『うっせぇ。オレは昔、『あいつ』の魂にも触れてるんだ。花びらをいくつか『アニム』に触れさせたが、魂の旋律は同じだった』
師匠が声を荒げると、センさんは変な方向で感心したように両手をあげた。驚きを通り越して、呆れている。そのまま、センさんは口を開けて、しばらくの間、ほうけていた。
師匠は、そんな呆然としているセンさんにお構いなく、嬉々として呪文を口ずさみ始めた。ついさっきまでの、切羽詰った感じとは全然違って、リズムすら感じられる調子だ。
『……いつの間に。まったく、百年の執念て、恐ろしいよね』
ようやくといった調子でセンさんが呟いた頃には、メインの魔法映像とは別に、小さな画面が現れていた。そこに映し出されているのは、息を切らして未だに走っている私。
センさんから『通じにくい回路の無駄遣いはやめなよ』と注意されたが、師匠はまるっきり無視だ。回路って、インターネットみたい。
『まぁ、ウィータと『アニム』の関係、可能性としては考えていたけれど』
脱力していたセンさんは、額にかかっていた長い前髪をゆっくりと払いのける。
『んだよ?』
詠唱の区切りだったのだろう。センさんの含みのある声色に、師匠は敏感に反応した。聞く耳半分という様子ではなく、上半身の向きを変えて。
それだけ、師匠が執着しているヒトは、心を大きく占めているという現実を突きつけてくる。でも、えっと、だから師匠が求めているのは――アニムで。
『もしかしてさ。あの別れの時には、既に関係持っていたりした?』
からかいとも真剣とも取れるセンさんの声。センさんは大きな白いマントから腕を出し、長い後ろ髪をいじっている。
今度は、師匠が息を飲む番だ。長い前髪から、わずかにだけ見えている目元が、薄い赤に染まる。
『ばっ! そこまでは、手、だしてねぇよ』
『へー。そこまでは、ねぇ。じゃあ、一体、どこまでは手を出したのかな。別段、意外にも思わないから教えてよ』
センさんは、肩を竦めた。けれど、口元が緩んでいるあたり、楽しんではいらっしゃるようだ。
一方の師匠は、正反対に思い切り顔をしかめた。
『うっせぇ。こんな状況でする話じゃねぇだろうが』
そんな師匠を見て、にこにこしているセンさんと、頭をがしがし掻いている師匠。私が知っている、お二人に近い。
『でたね、その言葉。普段から教えてくれる気なんて、ないくせにさ。まぁ、いつか『アニム』本人から聞き出してみせるから、いいか』
センさんの言葉で、私の思考回路のスイッチが、かちりと入った。もういっそのこと、止まったままで良かったのに。残酷なほど、思考は冴えてくる。
『……あの『アニム』聞いたって、無駄だ。知らねぇモノは、答えられねぇだろ』
あの『アニム』は知らない。
その言葉に含まれた意味が――可能性が頭の中に生まれる。
『でも、ほら。今は知らなくても、運命の流れに沿うなら、必ず――』
『もう、黙ってろ』
『はいはい』
センさんも、もともと本気で追求するつもりなどなかったのかもしれない。師匠の一言で、その会話は終わってしまった。
ぐっと噛んだ奥歯が軋む。師匠の大切な人なら、弟子である私にとっても同じはずなのに。それが私でない「アニム」さんであっても。けれど、心は醜く歪む。
「師匠、もしかして――私ない「アニム」さん、私に、重ねてる? 私、「アニム」さん似てるから、大切、してもらってる?」
途切れ途切れに吐き出した言葉。自分で口にした予想に、涙が溢れ出てきた。頬をつたうどころじゃなくて、涙に溺れていく。吐き出される色も、灰色にしか見えない。
際限なく黒く染まっていく心。私、こんなに汚い人間だったんだ。
頭の中ではわかっているつもりだ。師匠もご友人方も、私をだれかの代わりになんてして親切にしてくださってるのではないと。私を見て、私の思いを聞いて、私の言葉に耳を傾けてくださっている。
「わかってる。だれも、私、何かを、押し付けたことない。でも、それ、私が「アニム」さんそっくりだからだって、そんな発想する、自分もいる」
一度吐き出してしまった気持ちは、あらぶっていく一方だ。私の口からは、壊れた蛇口みたいに嗚咽が流れ続ける。
嗚咽だけなら、私が苦しいだけなので、いい。
でも、今私が口にしていることは、優しくしてくださっている皆さんを裏切るものだ。
「ふっ。やだ。なんで、こんな、私、自分の気持ちばっかり。私、ししょー、想う、悪いから」
アラケルさんの事件からずっと、私の頭は醜い考えでいっぱいだ。自分の努力不足や心の迷いを棚にあげて、落ち込んでばかり。その都度、フィーニスとフィーネ、それに師匠に助けられている。
「私、ししょー好きなければ、ししょー、私に『アニム』さん重ねてても、笑って、済ませられてた」
師匠への恋心を自覚してから、辛いことばかり。それなら一層、師匠を想わなければ良かった。異世界の人間だと、漫画や小説みたいに、一線引いた別世界の人間だって考えられれば良かった、のに。
「けど……ししょー、私じゃないヒト、私の向こうに、見てたなら、私、消えたい。こんな気持ち、初めて」
本当は、恋心を抱いてなくても、大切な人にだれかの代わりにされているなんて、耐えられないこと。理解しているはずなのに、言い訳がましく逃げ道を探してしまう。
カローラさんは、次元を越えて異世界に辿りつくということを説明してくれた。肉体的死を迎えた生命が、時折、たまたま相性が良くて次元が近づいた異世界間で行き交い合い、違う世界に生まれ変わるという現象も起きる。そう、おっしゃっていた。
もしかして、私は師匠の大切だった『アニム』さんの生まれ変わりということ? きっと昔の私なら、なんて劇的な運命の繋がりなんだろうと考えられた。
「でも、やだ。私、ししょーが、もう、好きだから」
生まれ変わりだから、全く魔法も使えないし特技もない、言葉すら通じなかった私を弟子にしてくれたの?
「もし、万が一、生まれ変わりでも、私は私。ししょー、私が自分で知らない私前提、出会った?」
師匠の大切な「アニム」さんが異世界に生まれ変わったと知っていたから、いつか喚び戻すために、水晶の森や結界を作って、準備を整えていた?
そう考え始めると、全てに頷ける気がした。
「ししょーが術、失敗して、出会って、一年一緒に過ごしてきたから、今の私たちある、違う?」
そして、ふと。一番嫌な可能性にぶち当たってしった。
大切な人と同じ魂を持っているから、そういう意味で好きではない私に、口づけをくれるのではと。師匠は、好きでない人に口づけはしないと言った。
あぁ、そうなのか。否定する自分より、肯定する気持ちの方が大きい。
「ねぇ、ししょー答えて。あの時、まだアニムなかった私、どうして「アニム」呼んでるの?」
師匠の腕に手を伸ばす。けれど、もちろん、師匠の腕も肩も触れることは出来んかった。すっと師匠の体をすり抜けただけ。
前に倒れて、たたらを踏んでしった。慌てて振り返っても、師匠は私を見てはくれない。いつも『あほたれ』と言いながらも、苦笑で手を差し伸べてくれる師匠はいない。
溢れてきた涙が、水晶の地面にぶつかり続ける。




