引き篭り魔法使いと、異世界の少女4
※『』は過去の会話です
センさんの迷いのない口調に、師匠は歯を食いしばっている。お決まりの「うっせぇ」さえ返さない師匠なんて、珍しい。
口元に力が入っていくにつれて、師匠の顔はうつ向いていった。それでも、センさんは何も言わず、じっと師匠を見つめ続ける。
『……センは、オレっていう存在を重々承知だと思うが』
ややあって、重々しく開かれた師匠の唇。ともすれば、雪音にさえかき消されてしまいそうな音量だ。
でも、センさんは顔色ひとつ変えない。
『うん。ウィータという個人のこと、たぶん本人よりずっと知っている』
センさんの淡々とした言葉。
否定しようと顔をあげた師匠に畳みかけるように、センさんは続ける。
『なにより、存在値で言うところの不老不死という点は同じだからね』
こちらの方が、師匠が「承知」と表現した部分だったようだ。師匠は再び下を向いてしまった。
『そう。オレたちは――オレは、普通に生きていれば死ねない身だ』
初めて耳にした、重さ。
いや、何度も聞いたことはある。けれど、まるで初めて現実をつきつけられているような気がした。私と師匠の根本的な違いを。
師匠は不老不死だけれど、私にはもっと軽い印象を与えるような物言いしかしない。だから、私も、想像がつかない永遠を纏った師匠じゃなくて、目の前にいる師匠と向き合えていた。
私の中にいる師匠は、本当の師匠じゃないの?
『かといって、世俗で生き続けるには面倒すぎる力を持っている。外に出てから随分と色んな場所を巡って……戦に手を貸すのにも、疲れた。だから、引き篭ってんのは、人を遠ざける言い訳にもなるし、丁度良い暇つぶしでもあるんだ。別に、それ以上でもそれ以下でもねぇんだ』
自分に言い聞かせるように、噛み締めた言い方だ。
センさんは、師匠以上に眉を寄せている。そして、全身から息全部を吐きだすようなため溜息をついた。
『ウィータ。僕が聞きたいのは、そんな上っ面のことではないし、その先の話だってわかっているよね。それに、今更、表面的な言い訳が通用する程度の仲だなんて思っているなら、本気で怒るよ?』
今までは本気でなかったのかとは、聞けないほど、センさんはぴりっとした空気を纏っている。召喚当初は私もかなりの迫力で問い詰められた。それも比較にならい位だ。
それでも、師匠は顔をあげない。杖を握る手に力が入るだけ。
『ねぇ、ウィータ。思い出は美化される物だよ? それを押し付けられる方も抱く方も、いつかは辛くなる。そのうえで手に入れたとしても、じわじわとひずみはできるんだ。だって、もともといびつな関係であり感情なんだから』
師匠があまり反応しないからだろうか。センさんの声にも次第に苛立ちが混じっていく。
センさんの腕が、音を立ててマントを薙ぎ払う。
『運命なんて言葉は、人を縛り付ける鎖にしかならない!』
センさんの大きな手が、師匠の肩を掴んだ。
その言葉があまりに綺麗なリズムで紡がれたことから、言い慣れた言葉だとわかった。感情的なのに、慣れていると思った。
『運命とか、そんな風には欠片にも思っていない。オレは、ただ――』
師匠が吐き捨てた言葉は、魔法陣の波紋に吸い込まれていく。
師匠の顔を覆った指は、そのまま皮膚も骨も貫通してしまいそうな勢いだ。
「あんな、感情押し殺す声、初めて聞いた」
なぜだろう。師匠とセンさんの会話は、抽象過ぎて話の筋は不透明だ。主語がごっそり抜けている。通じあっているというよりは、むしろ意識して触れていないような違和感。
だって、センさんの様子からして、彼は師匠に現実を受け入れさせたいという意図を感じる。なのに、言葉で追い詰めながらも、決定的な、その対象を口にしない。敢えて避けていると思えるのは、考えすぎなのだろうか。
『オレは、ただ――」
一瞬、ちらりと視線だけが斜め前にいる私に向けられた。気がして、全身がざわめく。カローラさんが見せている夢の中のはずなのに。
センさんも師匠の目線の先を見るが、訝しげに眉を寄せただけ、すぐに師匠に向き直った。
『そう、ただ、オレは可能性を捨てることが出来なかったんだ』
師匠は自分が落とした囁きに、はっと顔をあげた。長い前髪から垣間見える目は、これ以上ないくらいに見開いている。アイスブルーの目が魔法を吸い込んだみたいに、より色を薄くして煌めいた。
その色のままの視線が、
『可能性を、捨てたくなかった。何かを期待していたわけでも、願ったわけでもない。むしろ、オレが可能性を捨てることが一番良かったかもしれないのに』
みるみるうちに崩れていく師匠の表情。顔から離し宙に浮いたままの右手が、見てわかるほどに震えている。
顔面は蒼白なのに、今にも泣きそうなほど熱を持っている瞳。
『それでも、オレは可能性を捨てられなかったんだ』
心臓を握りつぶされるかと思った。いや、実際、そうだったのかもしれない。血があふれだしてくるみたいに、熱すぎる何かが自分から漏れているのがわかる。毛穴から、皮膚から、私っていう全部から。
『ウィータ』
センさんが、小さく呼びかける。
『その感情はね――』
『言うな! ここにないんだから!』
師匠の悲痛な叫びが、空間を揺らした。
私には伝わってきた。師匠がどんな想いで「捨てられなかった」と絞り出したのか。大きな声を出したのか。
『軽々しく、可能性を願っちゃいけないんだ』
師匠の言葉は否定的なのに。声は、乞うような、泣いてるような、それでいて、どこか嬉しそうな得体の感情が交じり合っている。
「ししょー」
呼んでも聞こえないのを、頭では理解している。それでも、呼びたかった。呼びたいと思った。
この声も、手も、なんにも届かないと知りながら、関係ないと思った。




