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22/202

引き篭り師弟と、看病

「うっうなな」


 フィーネとフィーニスは、私のお腹の上にいる。残念ながら掛けシーツを挟んでなので、二人の体温は伝わってこない。

 私はベッドの中で、背に枕を当てて上半身だけ起こした状態だ。


「悪い魔法使いは、もう、いません。愛する、ふたりを、邪魔する者は、もう、いません」


 横長の絵本が、かさりと音を立てる。偶然にも暖炉の薪が爆ぜるのが重なり、エンディングをより盛り上げてくる。

 最後のページは、お姫様と王子様が仲良く手を取り合っている絵で締め括られていた。端に描かれている魔法使いは、物悲しげに逃げる後ろ姿だ。


「どの世界でも、おとぎ話の根本は、一緒だね」

「うな?」


 フィーニスとフィーネは、私の拙い読みをじれったく思うこともなく、いつも耳を傾けてくれる。

 お話の途中は、興奮していてもぷくっと頬を膨らませて、言葉を我慢する二人。


「そして、お姫様は、王子様と、いつまでも幸せに、暮らしましたとさ」

「ぷにゃー!」


 二人から安堵のため息が落ちた。一気に吐き出された息に、微笑みが浮かぶ。私、この甘い息が大好きなんだ。おとぎ話に、より、引き込まれる音が。


「お姫しゃま、おーじしゃま。しゃーわせ」

「ふぃーね、違うのにゃ。しゃーわせにゃくて、幸せぞ」


 フィーニスが得意げに鼻を鳴らすと、フィーネは垂れ耳を押さえた。


「んにゃあ」


 フィーネは耳を掻きながら何度も繰り返すけど、上手くいかない。

 落ち込んでても可愛いよ、フィーネ。垂れ耳をくいくい引っ張ると、下に向いてしまっていた顔が半ば強制的に上がった。フィーネからは、照れた様な小さい鳴き声が出る。愛らしくて、いつまでもいじっていたい!

 って、大事なフレーズを忘れていた。


「めでたし、めでたし」

「おもちろかったー!!」


 私がなぜベッドの中で絵本を読んでいるかというと、今が夜だからではない。

 実は、アラケルさんの一件で体調を崩してしまったのだ。吹雪の中に長時間いたのと結界魔法をかけられた疲労が原因で、連日熱を出してしまっていた。


「ししょーの、慌てっぷり、すごかったなぁ」


 ぼそりと呟いた言葉は、自分でもわかるくらい浮ついたものだ。

 師匠ってば、あれはいるか欲しくないかと、一生懸命に世話を焼いてくれたんだよね。


「えへへ。目が覚めるたび、ししょー、微笑んでくれたな」


 汗を拭ってくれたのも嬉しかったけど、何より、ずっと傍で看てくれていた。

 師匠には申し訳ないと思いつつ、心配してくれる気持ちがとても嬉しかった。

 それに……ずっと、手を握ってくれていた。手袋をはずして。目を閉じれば、今も思い出せる力強さと優しい温度。


「しょして」

「そして、にゃ」


 とはいえ。熱も大分下がってきて、さすがに寝ているだけというのは退屈。一週間、基本的にはずっとベッドの中だ。


「次は、どれ読もうか」


 そんなこんなで、フィーネとフィーニスにせがまれた童話の読み聞かせは、いい時間潰しになっている。

 音読は自分の勉強にもなるし、フィーネとフィーニスも喜んでくれるので一石二鳥。


「ふたりとも、すごく上手、なったよ」


 フィーネとフィーニスの頭を撫でると、嬉しそうに擦り寄ってきた。


「えっへん!」


 フィーニスがツンじゃないの、珍しい。褒められたのが、よっぽど嬉しいん。ドヤ顔でというのが、また可愛い!


「あにむちゃ、ありがちょ」


 フィーニスよりも舌っ足らずなフィーネは、ちょっとしょんぼり気味だ。上手に話せない、親近感。

 次の本を台から取ろうと腰を捻る。積み重なった本の中に、一冊だけ小難しいタイトルが混じっていた。もしかして、師匠の本かな。

 手に取って、ぱらぱらと流し読みする。そして、すぐに閉じた。うん、わからない。魔法の専門書かな。


「アニム、入るぞ」

「あっ、はい」


 ノックとほぼ同時に扉が開く音がして、慌ててベッドに潜りこむ。師匠ってば、こちらが返事する前に開けたら、ノックの意味がないよ。

 鼻まで潜って師匠をお出迎え。


「あのなぁ」


 師匠の目には疑いの色が浮かんでいる。同じような姿勢でベッドに埋もれているフィーネとフィーニスが、師匠の視線に捉えられてしまったようだ。

 あっ、思い切り眉間に皺が寄っちゃった。


「大人しく寝とけって言ったろ。治りかけが一番危険なんだぞ。アニムが体調崩すの、久しぶりだしな」


 おっしゃる通り。私、この世界にきたばかりの頃は、わりと頻繁に体調を崩していた。

 メンタル面もあるけど、なによりも体が異質な空間と反発していたからだ。そう考えると、魔法って魔法がない世界出身の者にはウィルス的な存在なのかと面白くなる。


「前は、ししょーより、ウーヌスさん、お世話してくれてたね。懐かしい」


 別段、深い意味はなかった。でも、師匠は円卓にトレイを置くと、ぽりっと後頭部をかいた。どこか、気まずげに。

 師匠を責めた気は毛頭なかったので、はてと首を傾げてしまう。さらに口の端を落とした師匠。


「ん、まぁ。悪かったよ。放っておいたんじゃなくてだな。ただ、不老不死のオレじゃ、苦しんでいるアニムが何を欲しているかわからないと思ってだな」

「変なししょー。私、じゅうぶんっていうか、熱で苦しかった、はずだけど、すごく、嬉しい。ししょーが、そば、いてくれるから。それだけで、ほっとする」


 自分の胸の中にくすぶる想いをうまく言葉に出来なくて。ただ、へにゃって笑うことしか、かなわない。

 ベッドに腰かけた師匠と私の間でむぅっと膨れた子猫たちに、胸がきゅん!


「フィーニスとフィーネも、ありがと! 今日も、いっしょ、ぎゅうぎゅうって、寝ようね!」

「あい! ふぃーね、ずっとあにむちゃとおねんねがまんしてまちた!」

「しかたがないのぞ。あにみゅが一緒がいいにゃら、なでなでしながらねてあげるのじゃ!」


 素直可愛いフィーネと、ツンデレフィーニスに、にへにへが止まらないよ。

 師匠はそんな私たちに苦笑しつつ、一度ベッドわきの円卓に置いたトレイに手をかけた。どうやら、お水とお薬を持ってきてくれたみたい。トレイの上には、お粥も乗っている。どうりで甘いお米の香りがしたと思った! 卵がゆ、しかも、薬膳ぽい。やった! お菓子はフィーネとフィーニスの分だね。


「お腹すいて、眠れなかったの。お粥、嬉しい」

「ったく、食い意地張ってんなぁ。持ってきたら起こしてやるつもりだったのに」


 綺麗な卵の固まり具合に見とれていると、師匠から苦笑いを向けられてしまった。

 寝込みはじめの食欲がなかった頃、前に試してレシピに書いておいたお粥を、式神であるウーヌスさんと一緒に挑戦してくれたのだ。

 師匠、前に私が作った時は、美味しいともまずいとも言えない顔で「リゾットより淡白だな」って食べてたのに。ちゃんと、覚えていてくれた。


「んーいい香り! やっぱり、お米、大好き!」


 ちなみに、お米は、ラスターさんが東方の国から送ってくれたお土産。ラスターさん、ちょくちょく東方の国に行かれているようで、元の世界を連想させるような懐かしいモノを送ったり持ってきてくださったりする。

 ラスターさんてば、必ずお手紙も添えてくれるから、より一層楽しみなんだ。師匠は手紙を読む私を、むすりって睨んでいるのが多いけど。


「フィーニス、フィーネ。こっちこい。菓子食っていいぞ」


 師匠は、嬉しそうに覚えた言葉のお披露目をしていたフィーネとフィーニスを手招きした。小さな丸テーブルを引き寄せて置かれたのは、お菓子が乗ったお皿。

 二人は顔を輝かせてシフォンケーキに口をつける。フィーニスは直接口をつけて、フィーネは器用に欠片を前足で持って。


「アニムの粥は熱いから、もうちょっと後でな。腹減ってるなら、擦ったりんご持ってくるか?」


 師匠の優しさを感じた直後、けけっと笑われた。

 後半部分に悪意を感じます。見える、私の第三の目には、悪魔の尻尾が踊っているのが見える。すみません、嘘です。私の目は確かに二つしかありません。

 優しくした後すぐに落とすなんて、ひどいよね!


「ししょー、いじわる!」


 師匠は拗ねた私を無視して、小さなお皿に紅茶を淹れている。フィーネとフィーニス用だ。

 そして、私のおかゆは没収されそうになった。自分の口に入れようとしないで!


「ししょー、すごい、かっこいい」

「あるじちゃま、しゅごいのでしゅ」


 フィーネはちっちゃなふさっとした胸をはった。自分のことのように得意げ。

 シフォンケーキをめいっぱい頬に含んでいたフィーニスは遅れをとり、しかも盛大にむせている。リスの頬袋みたいで、愛らしい。今突っついたら悲惨な状況になりそうだ。

 優しいフィーネが、背中を叩いてあげているので心配はなさそうだ。美しき友情。いや、兄妹愛になるのかな。それとも姉弟?


「まぁ、オレは天才だからな。って、褒めても何も出ねーぜ?」

「残念」


 別に見返りなんて期待していない。けれど、おどけたように師匠が肩を竦めたので、合わせて頭を垂れてみせた。目指せ、師弟漫才!

 あっ、師匠が嫌そうに口を歪めた。師匠の手に持たれたお粥のお皿が、再び人質に取られている。


「冗談。ししょーすごい、純粋に、尊敬。だから、お粥、ください」

「……どーにも軽く聞こえるんだが。ったく、食べ物のこととなると、下手に出やがる」


 師匠は半目でじっと見てくる。へらっと笑いかけると、深いため息が落とされた。

 とはいえ。お粥さんは無事に私の元へやってきてくれたので、ありがたい。匂いだけで美味しい。


「ほれ、早く食べて、薬飲んだら寝ろ」

「はーい、頂きます!」


 ぱくりと音がする勢いで一口頬張ると、ちょうど良い塩加減だった。薬膳のクコの実も美味しい。加えての、とろりとした卵の食感にうっとりしてしう。お行儀が悪いけど、スプーンを咥えながら落ちそうな頬を支える。


「んー!」


 椅子からベッドに腰掛け直した師匠は、ハーブティーを飲んでいる。レモンの香りに、こちらの頭まですっきりしてくる気がした。

 満面の笑みで頷いている私を視界の端に入れた師匠が、わずかに口元を緩ませる。やっやだな。むずむずする。


「美味しい。ししょー、料理上手」

「そりゃ、良かった。つっても、粥は複雑でもないし、料理は魔法や魔薬の調合に似てるから、レシピがあれば大抵は失敗しねぇよ」


 師匠は卒なく料理も魔法もこなす。えぇ、初めての食材でもあっさり美味しく仕上げますよ。それに、お粥みたいにシンプルな料理ほど、誤魔化し要素がなくて難しいと、私は思う。


「ししょーは、ししょーだよね」

「なんだよ、それ」


 師匠は、本当に一人で何でも出来てしまう。

 嫉妬なのか寂しさなのか、自分でも判断のつかない気持ちが沸いてきた。今度は小さい口で、あむっとお粥を口に含む。それでも、やっぱりお粥は美味しい。


「でも、まぁ。オレは、早くアニムの飯が食いたい」


 ふっと、柔らかく微笑んだ師匠。眠たそうな瞼はそのままに、瞳の色だけ優しくし――形の良い唇の端が、わずかにだけ上がっている。

 おまけにと、ぼけっとした私の頬についた米粒をさらっていった。そのあとはみなまで言うまい。


「なっなっな! ししょー!」


 天然め!! 鬼畜キャラの次は、天然すけこましですか。大振りな矢がずどんと胸に突き刺さりましたよ。

 自分だけ恥ずかしくなって動揺しているのが悔しくなりる。素直に喜べばいいものを、師匠をじと目で睨んでしまった。


「アニム、どうした。変な味でもしたか?」


 師匠は、私の心の内など全く想像もつかないようだ。きょとんとして手元のお皿を覗き込んできた。駄目だ、師匠。自分の言葉の脅威に気づいていない。恐ろしい。

 私の手からスプーンが奪われ、師匠の口に運ばれた。師匠は宙を見ながら首を傾げて咀嚼(そしゃく)している始末だ。


「あにみゅのご飯は、うみゃいぞ。ふぃーにす、ぽんぽこりんになるまで食べちゃうのぞ」

「ふぃーねも、しゅき。お菓子もご飯も、ぱくぱく食べちゃうでしゅ」


 まるまると出たお腹を摩りながら、フィーネとフィーニスも挙手してくれた。ぽっこりお腹が堪りません。ぷにぷにと指で触りたい!

 げぷっと、フィーニスの小さなお口からゲップが出た。脳内プッシュが伝わってしまったのね。

 

「ふぃーね、しゅきない、好きぞ」


 アホなことを考えていると、フィーニスの前足が揺れた。腰に反対の前足を添えて、ちっちっち的に。


「んにゃぁ。しゅき、しゅ、しゅうぅぅ」


 あっという間に、フィーネの大きな瞳が潤んでしまう。

 フィーニスってば、大好きなフィーネよりリードしてると、かっこよさをアピールしたいのはわかるけど。やり過ぎで泣かせるのは駄目だよ。

 当のフィーニスは、あわあわとしている。


「私は、フィーネの『しゅき』可愛くて、大好きだよ」


 涙目のフィーネに手を振る。本当はすっ飛んで行って、抱きしめたい。けれど、膝の腕に熱いお粥があるので、我慢だ。

 フィーネは「ほんちょ?」と頭をこてんと横に倒した。満面の笑みで何度も頷くと、ようやく可愛く鳴いてくれた。

 フィーニスは、結局良いフォローの言葉が浮かばなかったようで、てしてしとフィーネの頭を撫でている。


「フィーニスも、好きだよ」

「うにゃん」


 再び、またたびに酔ったみたく体を揺らし、床に伏せたのはフィーニス。デレた、フィーニスがデレた。気絶しそうだ。

 そのフィーニスの上に乗りかかったフィーネは「しゅき、しゅきー」と嬉しそうに足をばたつかせている。


「うん、私、フィーニスもフィーネも、大好き!」


 だらしなく鼻の下を伸ばしていると、とても素敵な笑顔の師匠が視界に映った。あの顔、私に言わせようとしている。絶対に、師匠も好きという言葉を待っている。

 期待に瞳を輝かせられると、余計言いにくくなるじゃない。


「ししょー」

「ん」


 勘弁してくださいと目で訴えても、にこやかな声を返されるだけ。

 この間から私ばかり言葉にして不公平だと思うのです! まぁ、私が勝手に言ってるだけだけども。師匠も、弟子としてだと思ってるから、照れることもないのかも知れない。

 って、違います。恋心が隠れればという願いにかき消されているけど、普通に考えれば、弟子としてでも躊躇する言葉だよね! 危ない。


「えと、そのししょー、私」

「おぅ。なんだ、アニム?」


 しかし、逃げ道などあるはずがない。せめてもの抵抗で、視線は逸らした。

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