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引き篭り師弟と、吹雪の夜5

 アラケルさんが呆然としている間に、逃げなければ。まだ膝に力が入りにくいですが、そうも言ってられない。


「二人とも、今のうち、部屋から、出よう」

「うにゃ!」


 今の騒ぎで暖炉の火が消えてしまったので、カーテンのしまった部屋は暗い。けれど、魔法が動力のランプはいくつか灯ったままなので、移動は可能そうだ。


「っの! 出来損ないの赤ん坊式神も、えらっそうな魔法使いも、可愛げのねぇ女もむかつく!! 俺の思い通りにならねぇなんて、ばかじゃね?!」


 えー。アラケルさんが切れる理由がわからない。一人で盛り上がっているが、全部自業自得、身から出た錆だよ。

 今の私、すごい間抜けな顔をしているようだ。薄暗さの中でもわかるくらいすごい般若はんにゃの形相で睨まれた。

 あぁ、なんだか無性に腹が立ってきた!


「ししょー、時々偉そうな発言する、事実。けど、ちゃんと、実力伴ってる、優しい。フィーネとフィーニス、すんごい、いい子! 可愛いだけなくて、心あったかい!」


 あまりの態度にむかむかして、仁王立ちでアラケルさんを指さしてしまう。人を指さしてはいけませんと小さい頃に言い聞かせられた。ごめんなさい、お母さん。私は今とっても怒っているので、許して。


「ついでに、私、可愛げないは、ほんとだけど、余計なお世話! 別に、アラケルさん、可愛い思われたくないし!」


 状況を考えれば、挑発する言葉は控えるべきだ。けれど、こみ上げてくる怒りを抑えられない。

 さっきから好き勝手言って。アラケルさん自身の自慢だけなら我慢して聞けたのに、大切な人を悪く言われるのは耐えられない。


「そしての、言い逃げ!」


 とは言え、やはり私は無力な普通女子。口以外で対抗する術はない。逃げるが勝ち、です。

 フィーネとフィーニスの羽が、バサリと鳴る。


「あにみゅ、こっちにゃぞ!」

「あにむちゃ、おしょと!」


 激しく反論されたことに呆然としていたアラケルさんが、歯をぎしりと鳴らしたのが聞こえてくる。


「くそ!」

 

 早く動いたもの勝ちだ。宙を浮いていた二人を抱きかかえて、テラスへ出るガラス窓を力任せに開け放つ。

 外に出た瞬間、吹雪が身体に叩きつけられた。巻き付けているストールが飛びませんように!


「ぶわっ! さぶい!!」

「ゆき、いっぱいでち!」


 夕方よりは弱まっているが、フィーネのいうとおり相変わらず吹雪だ。着込んでいるとは言え、相当寒い。それは防寒具をつけていないアラケルさんも同じ条件だ。

 覚悟を決めて、雪の積もるテラスに足を踏み出す。室内靴は軽さ重視で皮が薄い。足が雪に埋もれた靴はあっという間に冷えが染み込んできた。


「真っ暗なくて、良かった」


 師匠が出掛けているので、家の前のランプがたくさん灯っている。水晶の樹に反射して、かなり明るい。

 吹雪に混じって、器が割れる音が聞こえた。振り返ると、お菓子を乗せていたお皿がまっぷたつに割れているし、きっとベッドの上に紅茶が染みているだろう。

 って、違う。アラケルさんが目を細めて近づいてくるじゃないか。


「下に雪いっぱい積もってる。二階だし、一回玄関の上の屋根、降りて、そこから。もう一回、飛び降りれば、大丈夫! きっと、たぶん」

「できりゅかぎり、ささえるりゅね!」

「がんばりゅけど、あにみゅ、重いからにゃあ」


 そりゃ、掌の子猫サイズな二人にしたら、大抵の人間は重いんだよ⁉ 決して、私だけが重いんじゃない。

 心の中で泣きながら、テラスの手摺に乗り上がろうとするものの、かじかんで上手く足が動いてくれない。


「よし! いくよって――」

「あにみゅ!」


 一呼吸、遅かったようだ。飛び降りようとした体は、あっという間に後ろに引っ張られていった。かちあったのは、勝ち誇ったようなアラケルさん目。

 げっと、やはり可愛げのない様子で顔を歪めた私が気に食わなかったのか、腕を握る手に力が込められた。ぎりっと捻られとっても痛い。これ、絶対内出血している。

 幸いだったのは、寒さで感覚が麻痺しつつあることだろう。


「いつの間にか、背後いる。ホラー以外の、なにものでもない」

「はぁ?」


 意味不明と顔をしかめたアラケルさんの足を、渾身こんしんの力を込めて踏んづけてやる。ついでにと、腕に噛み付いたのはフィーネとフィーニス。

 アラケルさんから、短い悲鳴が飛び出た。同情なんてしない。アラケルさん、自信家なのか隙が多くて助かる。


「あんた見た目によらず、随分と気が強いナ。まぁ、そう言う女ほど服従させた時の快感はひとしおダ」


 そういう台詞吐く人ほど、泣きを見るんですよ。とは突っ込んであげない。勝手に浸っててよ。

 アラケルさんをコンパスの中心として、一定の距離を保てるよう移動し続ける。


「一体、何がしたい、ですか」


 アラケルさんは学習したようで、精霊魔法を使う気配はなさそうだ。といっても、あからさまなモーションがなければ、私に魔法使うタイミングなんて見極められないけども。


「何って、ナニに決まってんじゃん。そもそも、俺、アニムを怒らせに来たわけじゃねぇし。うまい話っていうの? ギブ&テイク的な?」

「あいちゅ、にゃにゆってるでしゅ?」


 フィーネの純粋な疑問に同意せざるを得ない。

 この人、自分の行動が人にどう映っているのか、まったく理解していなさそうだ。空気が読めないどころの話じゃない。

 ある意味、一番怖いタイプ。話が通じているようで、まともに会話出来ないっていう。


「一応、聞きます。どういう意味、ですか」

「そうそう、聞く姿勢って大事だよナ」


 そっくりそのまま、アラケルさんにお返ししたい。呆れて顎が外れそうになったのを必死で堪えていると、足元でぶおんと音がした。

 アラケルさんから視線を外すと飛び掛ってきそうなので、横目で確認しようと試みるが、蛍ほどの光りがひとつ、浮いていただけだった。ランプの明かりが雪に反射したのかな。

 フィーネとフィーニスも特に反応していないので、アラケルさんの魔法である可能性も低そうだ。


「で?」

「わかってて、催促してんの?」


 進まない話に、いらっとしてしまう。明日の晩ご飯は乳製品か、お魚の燻製くんせいにして、カルシウム補充しよう。

 私が明日の献立を決めているのも知らず。アラケルさんはいやらしい笑みを浮かべ続けている。


「言葉にして欲しいってのは、わかったヨ。アニムとあの魔法使いに身体の関係がないのって、あんたの年からしたら、あいつが面倒くせぇからじゃね? いい年して独占欲強くってみにくぃつーかさぁ、カッコわりぃつーか。ただ、欲求不満で体が疼くから、はっきり拒否できねぇんじゃね? あんなジジイになんて、触れたら気持ちわりぃーよナ。俺なら、割り切った身体の関係って大歓迎だし、若い体、満足もさせてやれるぜぇ」


 開いた口が塞がらない。そのおせいで、冷たい雪の塊が口に吸い込まれて、むせてしまった。

 えーと、これってどこから突っ込めば良いのだろう。私が欲求不満て部分? それとも、師匠が面倒くさいって所? はたまた、師匠の独占欲が強いって話? 出来れば、割り切った身体の関係っていうのには、触れたくもないわけですが。

 吹雪に隠れてでも良いので、突っ込みの神様、降臨して下さい。

 私がむせたのを、図星から動揺したと捉えたのだろう。アラケルさんが手を差し出してきた。


「交渉成立ってか? はなっから素直にしときゃー、優しく抱いてやったのによ。今日は、荒っぽくされても文句言わせねぇーヨ」


 どうしよう。アラケルさんの周囲に残念な色のお花畑が見える。寒さに凍えて幻覚を見始めちゃっているんだろうか。 

 異世界で遭遇した、さらなる異世界人。即刻、ハローグッバイしたい。


「あにむちゃ、あのひと、にゃに言ってるか、わかりゃない」

「うん、理解できなくて、良いよ。私には、もう声聞こえない」

「あぁいうにょ、頭がおめでたいっていうのじゃ」


 小声で内緒話をしている間も、アラケルさんはとくとくと下品な自慢話を語っている。というか、フィーニスたちの愛らしいお耳に入れたくない!


「この隙、逃げられない、かな」


 何か今、グラビスさんの声で「情けないっ」って聞こえた気がした。幻聴までし始めちゃった。

 どうしたものかと悩んでいるうちに、アラケルさんがさっと前髪を払った。


「ってことでさぁ。さみぃし、中に戻らねぇー? どうせ、親父と口だけ魔法使い、今日は戻ってこねぇだろうしよぅ。弟子に色目使ったり下心出したりしてる暇があったら、注文の魔法道具ぐらい、完璧につくとけってナ。引き篭ってて、評判だけが膨らんで、内心不相応な評価に焦ってたりしてナー。うけるワ。ははっ」


 堪忍袋の緒がブチギレた。それはそれは、綺麗にぶちっと。

 高笑いしながら、アラケルさんが近づいてくるのがわかりましたが、怒りのあまり体が震えて動けない。


「ししょーは……だれより、すごい、もの」


 ふと視線を落とすと、足元に光りの粒子が煌めいていた。アラケルさんの精霊魔法だろうか。

 いや、そんなことはどうでもいい。自分でも驚くくらい、怒りが渦巻いているのがわかる。全身が震えて、どこもかしこも熱い。


「ちーとばっか、苦しーかもナ」

「――った!」


 俯いて震えている私を、荒っぽい調子で手摺にぶつけたアラケルさん。装飾が背中に食い込んで、結構痛い。

 アラケルさんは私の肩を撫でつけながら、フィーネとフィーニスを振り払った。小さな二人はいとも簡単にお腹を見せて、飛ばされてしまった!


「ちょっ! フィーニスとフィーネ、いじめるは、やめてって、言ってるでしょ!」


 振り上げた手はたやすく握られ。あまつされ、アラケルさんは、いやらしい笑みをのせた唇を耳に寄せてきた。

 髪に唇が触れた瞬間、鈍くなっていたはずの感覚が蘇り、鳥肌が立つ。


「――い」

「イイ?」


アラケルさんめがけて、本日二回目のフルスイングだ!


「いい加減、して!!」


 ただ、今度は弁慶の泣き所を、爪先で思い切り蹴ってやった。皮が薄いとはいえ、ショートブーツの爪先だ。それなりの攻撃力はあると思う。

 私に抵抗する意思がなく魔法もきいていると思っていたので、油断していたおかげで、綺麗にきまった。


「フィーニス、フィーネ! おいで!」

「うっうな」


 満足する時間もなく、くらくら浮いているフィーニスたちを抱き込み、部屋の方へ駆け出す。


「お願い、どいて?」


 大ガラス窓のノブ前で、先程とは違う精霊が立ち塞がっている。いつの間に呼んだのだろうか。先程からこそこそ、じゃなくて卒なく魔法を使っているので、自慢は伊達じゃなかったようだ。

 精霊に手を合わせて一生懸命お願いするが、小さく頭を振るだけで退いてくれない。


「やっぱ、飛び降りるしかない!」


 再び手摺に手をかけると、アラケルさんから魔法が溢れてきた。立ち上がれないようで、地面に手をついて何かの術を練っているようだ。テラスだけ、吹雪が激しくなっていく。

 まずい。抵抗とはいえ暴力暴言の限り尽くしているので当然だけれど、甘んじて報復を受ける気はない。


「ふっざけんなよ!」


 右手を光らせて血管を浮かせているアラケルさんを見て、腹の底に力が入るのを感じた。

 それは、こっちの台詞!

 再びむかむかして、頭に血が上って。涙があふれてくる。寒さなんて感じないくらい、体が熱い。こんなにお腹の底から苛立ちと悔しさが沸き立ってくるのは初めてだ。


「ふざけてる、あなた!」


 吹雪にも負けない怒声は、自分でも驚くほど鋭いものだった。

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