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雨女のナミダ晴れ

作者: 筐咲 月彦

 私は、雨女、です。

 でも、普通の雨女とは違います。

 普通の雨女なら、こう、例えば遠出する時はいつも雨だとか、泣いた時は雨が降るだとか、あるでしょう?

 もちろん私はそんな泣いた時に必ず雨が降るような漫画みたいなことは無いですし、遠出する時は雨だなんて多少の確率の偏りを切り取って悪いイメージだけを定着させるようなマネもしません。

 でも、ある意味でやっぱり漫画みたいだと思いますよ。だってそれは、雨と涙を単純に水滴として結びつけて絡めたような話とも違う癖に、確率の偏りじゃ片付けられない程に偶然は回数を重ねて、疑いようも無い必然として私の記憶に鎮座しているんですから。

 もう隠さずに言いますが、私が泣いた時には降らない癖に、私が泣き止む時に必ず雨が降るんです。必ずです。昔から。

 それが、それこそさっき語ったような“確率の偏り”を切り取って思い込んで増幅しただけなら私もこんなこと言わないです。だって私は、雨女だの晴れ男だの占いだの血液型診断だの、信じない人間ですから。

 そんな人間なだけに、物心付いて以降……まぁこの法則に気付いて以降だから、中学からこっちですか。そんなはずが無いと思いながら、泣いた時には毎度のように確認してきたんです。

 ――もちろん、泣くには泣くだけの理由がありますから。そんな法則のこと考えながら泣く訳じゃ無いですし、泣く理由のことで頭がいっぱいで、泣き疲れて泣き止んで、その瞬間に雨が降ってきて(……まただ)と思いながら空を見上げる。ってのを繰り返してきただけのことですが。

 もちろん、雨はすべて私が原因だなんて言いません。私が泣かなくたって雨は降るし、泣き止まなくたって雨は降ります。私が笑ったって雨はそりゃもう、降りますから。

 でも、ただ。

 私が泣いた時。泣きに泣いて、喉が痛くても泣いて、喉の奥が熱くなっても泣いて、吐き気がこみ上げてきても泣いて、鼻水が出ても泣いて、鼻をかんでも泣いて、鼻をかみすぎて痛くなっても泣いて、涙が顎から服に滴っても泣いて、目が真っ赤になっても泣いて、視界が歪んで自分の手の形すらまともに見えなくなっても泣いて、泣き疲れても泣いて、泣くのが虚しくなっても泣いて、泣いてる自分が余計に情けなくなってもそれはそれで泣いて、自分でも泣く意味が分からなくなっても泣いて……そんな風に泣いた時。もし空が晴れていたならばだけれども、泣いて、泣き止んだ時です。

 正確には、泣き止んで深々と溜め息をついた時、かな。「っはぁ……」って地面を見下ろして溜め息を付いて、もう泣き疲れたけど、もう泣く意味もよく分からないけど、まだ泣くべきなのかななんて考えるその瞬間。

 ぽつり。

 と、一粒が。例えばアスファルトでも石畳でも一点が色が変わり。そうでなくても、それに気付かなくても、家の中だったりしても……音が。

 ぽつり。

 と。

 そして、ぽつぽつ。ぽぽぽつり。ぽぼぼぽぽぉぽぽぽぼぽぼぉ~~。ざぁ~~。

 と増えていき。そのどこかで、気付く。

 最初の一滴とは言わなくても、ぽぽぽつり、くらいでは気付いて赤い目で空を見上げて言うんです。

「あ……あめだ」

 って。

 それで、まただ、って思うんです。

 まただ、って思って空を見上げて、降る雨をぼ~っと眺めてる内に、なんだか泣いてた自分は雨をこうして眺めている自分には関係無いような気がしてきて、少し気が晴れるんです。

 雨が降るのに気が晴れるなんて可笑しいですか?

 まぁ確かに、一般的な価値観……と言うとなんですが、雨と悲しみだとか失恋だとかと繋ぎ合わせた歌詞なんかが多いですよね。私も分かるんですよ、そ~ゆうの。雨に濡れたらそりゃあ冷たくて暖かいものが恋しくなってひもじくなって、人肌が恋しくなっちゃうだとか。

 でも、そうじゃなくて泣いた後の雨だけは別で……そう、私に顔を上げるように言ってくれてるような、そんな気がするんです。誰かが見守ってくれてる、ような。

 そんな気がして、泣いて泣き止んで雨が降ってそれをぼ~っと眺めた後で、私はいつしか

「ありがとう」

 と言うようになった。泣きはらしたぐしゃぐしゃの顔で。

 そうすると、一瞬、雨が強くなったような気がしたりして。

 ……おかしいですよね?

 でも、やっぱり私は、信じてるんです。

 私は雨女です。占いも血液型診断も信じないけど、私を見守る何かだけは、信じてる。

 それが神様なら、私は神様を信じています。守護霊でも妖精でも、何でも良いですけど信じています。

 その人が……便宜上、擬人化しちゃいますけど、その人が私を見守ってくれた十年以上。場合によっては二十三年間まるまるだけど、赤ん坊の時から泣き止む度に雨を降らせてたら雨が相当多くなっちゃうから違う気がする。だから、きっと十五年くらい。

 その間、私は色んな理由で泣きました。

 中学時代はイジメも多かったですし、それに比例して分かってくれない家族にも泣きました。

 高校時代は、イジメは無くなったけどそれでも人間関係には悩みました。友達の裏切りや、家族に当たってしまう自分や、教師のセクハラも有ったし、ままならない自分自身に一番泣いたかな。

 短大時代は一気に恋愛で泣くことが多くなりました。彼氏の浮気だとか、振られた時だとか、友達が振られたことに泣いたなんてこともあったし。

 短大を出て就職して、それから高校の友人と付き合って、とにかく浮気を心配して泣いて浮気を疑って泣いて。好きだったから。これまでで一番、好きだったから。

 その度に。その度に。その度に。

 その人は雨を降らせてくれた。マメですよね、ホントに。

 ――今日は雨の中、中学校の校舎裏、大きな木の下に来ています。何の木だかは知らないです。

 傘はさしていないけれど、もっと大きな葉っぱの傘は、雨粒を時々しか通しません。……時々、通る訳ですが。つまり時々、冷たいです。

 この木は、確か中学二年の秋口。イジメで泣いて泣き疲れて泣き止んで、雨が降り出してぼ~っと空を眺めてその後で初めて「ありがとう」と言った場所。鮮明に覚えてる。初めて、その人のことを……あなたのことを意識した場所。

 あなたに対して、それから何度となく言うありがとうの、最初の一回。

 あなたは、覚えていますか?

 忘れているかもしれませんね。だって私が泣き止んだ時に雨が降るのが確かなら、他の雨は他の誰かの為の雨かもしれないし。あなたが私を見ていてくれたとしても、私だけを見ていてくれるとは限らない。もしそんなことを言ったら、遠出をするときに雨がよく降る程度のことで雨女だなんて言うのと同じだもの。そんなもの誇大妄想でしかない。

 ……なんてことまで言っちゃうと、私の信じてるものとそれがどう違うのかなんて言われかねませんね。どう違うのかと言われれば答えかねますが……単純に、そう、私が信じてるってことです。

 あなたは、私を見ていてくれます。

 見ていてくれるなら見てくれているで、卒業した中学校にこんな真っ昼間に忍び込んで校舎裏でただただ雨を眺めている、不審者と言われかねない私を心配させてしまうかもしれませんが。

 でも、だって、一つだけ試したかったんです。

 あなたが、居るのかどうか。

 信じてる、なんて言いながら結局は疑ってる。訳じゃ無いんです。きっとあなたはこれからも、私が泣いた後で雨を降らせてくれるでしょう。でもそれは、ただの法則のようなものかもしれない。ただのルールで、機械的なものかもしれない。

 あなたが居るのかどうか……いや、私の気持ちが、これまでの「ありがとう」が届いているのかどうか。あなたが、私の信じる“あなた”という存在であるのかどうかを、確かめたかったのです。

 そんな下らない、私が信じていれば良いだけのことを確かめようとしてしまう私を、どうか怒らないで下さい。

 私は明後日、結婚します。

 大学に入ってから付き合った、高校からの友人だった、彼です。付き合って一年半ほどでプロポーズしてくれました。一年半というのが長いか短いかは難しいところですが、彼にはとても泣かされました。それは、それだけ真剣だったからで、ぶつかり合ったからで、だから私は、プロポーズを受けました。

 それでも、それでも私は不安なんです。……絶対を、探してしまう。

 ごめんなさい。こんなことをあなたに押し付けてしまって。ごめんなさい。こんな場面で伝える言葉がごめんなさいで。

 雨が、降っています。

 もし今回の結果がどうなろうと、あなたを信じるのは変わりません。

 あなたは、私を見ていてくれている。

 ――もし見ているだけじゃなく、私の想いが届いているならば、どうか。私の気持ちを、この胸の内を渦巻く気持ちを知っていてくれるならば、どうか。どうか、今日だけは。お願いします。

 私は、思い出す。

 この校舎に通っていた頃、通っていた三年の内二年ほど、私はイジメられていた。苦しくて、悲しくて、痛くて、冷たくて、気持ち悪くて、泣きたかった。でも、我慢した。私は本当は勝ち気で、勝ち気だったからこそイジメられたような子供だったから。我慢したけれど、我慢出来なくて泣いたりもした。家で、学校のトイレで、帰り道で、この木の下で。その度に、今みたいなざぁざぁ降りの雨を降らせてくれた。

 ありがとう。

 たった今目尻から溢れた涙は、あなたへの感謝と信頼です。

 そして私は高校に入り、地域も変わってパタリとイジメにあわなくなった。むしろ逆にイジメ……とは言わなくても、イジったり場を支配するような人間になった。でも、イジメられた経験もあるから、時にやりすぎたんじゃないかと悩んだり、優等生への嫉妬からイジメに走りそうになった自分に恐怖したりした。中学の時と変わらず接してくる親は、心底、何一つ見てくれていない気がして嫌いだった。自分の境遇も性格も立場も嫌になって泣いた時、今くらいに静かな雨を眺めている時だけは、嫌なことを忘れられました。

 ありがとう。

 たった今頬を伝う涙は、あなたへの感謝と信頼です。

 短大に進み、親の中学高校と変わらぬ態度は、結局のところ良い大学に入るために勉強しろってことで、それはひいては私を心配してのことだと気付きました。短大に入った途端に、家の中での勉強は強要されなくなり和解しました。その分余裕が出て、当然のように恋愛に走りました。当然のように、などと言いつつ高校までは触れてこなかったジャンルなので戸惑い惑い、さんざん失敗しました。体目的の男に引っかかったり、彼氏が浮気性だったり、そうでなくてもまともに大学にも行かないようなお気楽人間だったりしました。その度に泣いた私は、今みたいなぽつぽつとリズミカルな雨に気持ちを軽くして、また次の恋に向かえました。

 ありがとう。

 たった今顎から滑り落ちた涙は、あなたへの感謝と信頼です。

 そして上手くストレートで就職した私は、短大時代も付き合いのあった友人に告白されます。彼は高校卒業後すぐに就職して、既に社会人四年目。あくまで社会人一年目の私から見ればですが、ベテランの彼は魅力的で、仕事の話なども聞いてくれて信頼が置けました。付き合う内に、短大時代の恋愛とは違う感情……ただ恋だけでは無い、尊敬に近い物が湧き上がり、それが愛と気付き、彼を失うことに怯えました。

 ……ありがとう。

 今みたいに雨が止む頃には、いつも私は笑顔になれました。

 ぐしゃぐしゃに泣き疲れた顔で、それでもいつも見てくれているあなたを思って、あなたの、同情とは思えない不思議な程にいつも近くに居てくれている安心感が笑顔にさせてくれました。きっとそれは、彼氏に今貰っているものに、とても近い。

 あぁ、やはりあなたは、居てくれた。

 このぐらぐらと揺れ動く、ざぁざぁと打ちつける痛みに似た、不安になりそうな程暖かで、穏やかに降り注ぐ雫が集まり濁流になるような、白にも黒にも染まる雲のような、そんな幸せな気持ちを。そんな幸せな涙を、私は今日、流しました。

 だから、こんなにも。

「……ありがとう」

 日差しが雲の切れ間から降り注ぎ、きらきらと雨粒が跳ねます。

 こんなにも美しい光景。晴れ。虹の出そうな、雨後の日差し。

「ありがとう……っ」

 私は笑うのです。

 ぐしゃぐしゃの顔で。空を見上げて。

 ――この笑顔は、あなたへの感謝と信頼です。

雨が好きです。

静かな雨。降り始めの雨。見上げる雨。

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