第4話
突然だが、僕こと照陽明和は恋をしている。
彼女は僕と同じ学園におり、学園のマドンナと呼ばれているS級美少女である。
「ふっ、今日こそはデートしてもらおうか……!」
その相手は雪月真凛。
いつも天使のような微笑を浮かべていて、誰にでも優しい美少女。
テストでは全教科満点、体力測定の総合評価はA、足を躓くところさえ見たことない完璧超人だ。
S級美少女の称号をものにしており、何百人の男子生徒が彼女に惚れたことか。
まあ、その中の一人に僕も入っているが。
(しかし、僕は彼女の幼馴染という圧倒的アドバンテージがある。それにきっと、真凛も恥ずかしがって告白を断っているに違いない。彼女は誰にも靡かないし、ゆっくり攻略していこう!)
趣味でモデルもやっているし、真凛の横にいるにふさわしいランキングで堂々の一位がこの僕だ。
慌てる必要はない。時間が僕と彼女を結びつけるのだから。
心の中で自分の言葉を反芻させ、朝の教室で彼女を待つ。
そわそわしながらクラスメイトの女子と話していると、件の天使がドアを開けてやってきた。
「あっ! 真凛おは――」
「……ん? あぁ、照陽くん……おはよ。はぁあ……」
……なんかめちゃくちゃ機嫌が悪いんですけど!?
登校してきた真凛は、いつもの天使の微笑の面影は一切ない。
それどころか、眉間にしわが寄っていて気怠そうな低い声と……。機嫌が悪いことが火を見るより明らかだった。
(ま、真凛に何があったんだ……。ここまで機嫌が悪くなるなんて幼少期から一度も見たことないぞ!?)
(笹葉くんのササバニウムが足りない……。初めて学校サボろうか迷っちゃった……)
理由が全く分からないまま、僕は彼女が自分の席に座るのを見送る。
しばらく黙想にふけていると、同じく異変を感じ取ったクラスメイトの女子たちの声が耳に届く。
「なんか今日の雪月っち、超絶機嫌悪そうだね?」
「少し前からボーっとしてたりしとったし、なんかあったんやない?」
「これはアレだね。ずばり――恋煩いだよっ!」
「なるへそ」
そうか、真凛は恋の悩みを抱えているのか。そしてその相手はこの僕!
今まで告白を断っていたが、蓋をして誤魔化していた感情が溢れ出かけていると考察をした。
それならば、さりげなくフォローするのがいいだろう。
思い立ったが吉日、いいや吉時。彼女の元まで向かい、優しく語りかける。
「真凛、大丈夫だよ。そう焦らずとも楽観的に考えて! きっとよくなるから」
「照陽くんに私の何がわかるの?」
「ぇ……」
「……あ、ご、ごめん! やな言い方になっちゃってた! そのぉ、今日は体調悪くって、あはは……。ごめんね?」
一瞬、ほんの一瞬だけだが、真凛が僕のことをゴミでも見るような目をしていた。
その事実が理解できず、ただ茫然とすることしかできなかった。
すぐに謝ってはにかんでくれたが、さっきの顔が脳裏にこびりついて離れやしない。
(ほ、本当に怒っているみたいだ……。何かしてあげたいと思ってたけど、今は何もしない方がいいかな……。うん、もっと機嫌を悪くさせるわけにはいかないしな!)
言い訳をつらつら並べているが、本音はもうあの顔を向けられたくないというシンプルなものだった。
きっと、時間が経てば治るだろう。
――そう自分に言い聞かせ、全授業が終わった彼女の様子はというと……。
「はぁああああああ~~……」
も、もっと機嫌が悪くなってる――!?
深い溜息を吐き、身体に触れようものとげが刺さりそうな覇気まで纏っている。
氷薔薇姫と化した彼女は帰りのHRが終わると同時に教室を後にしたため、俺も後を追った。
(幼馴染として何かしてあげなきゃ。けど何をしようか? 変なことをしたらもっと怒らせそうだし。ゔ~~ん……)
しばらく彼女に話しかけられないまま、ストーカーのように一定の距離を保ちながら真凛の背を追う。
結局、そのままいつも乗っている駅まで到着し、電車に乗り込む。
満員ではないものの、まあまあな人混みでこちらには気が付いていない様子だ。
(そうだ、僕が背中からハグしたら喜ぶんじゃないか!? こうすることで喜ばぬ女子はいなかった。……よし)
昔から隙を見て彼女にハグしようとしていたが、液体のように避けられていた。
だが、今の余裕のない真凛ならできるのでは!?
そう思い、僕は彼女のもとに近づく。
あと少し。そんな時、彼女は大きな声を上げた。
「へ? さ、笹葉くん!?」
「うん? おぉ、喫茶店以外で会うなんて奇遇だな!」
真凛が話している相手は、僕の知らない男子高校生だ。ササバくんというらしい。
制服からしてうちの学園ではないし、言動から喫茶店で会っている仲というのが分かった。
それにしても、あんなに不機嫌そうだった真凛が一瞬で上機嫌になったようだ。
僕が挨拶した時は何もなかったというのに。……ものすごく、モヤモヤする。
「えっと、笹葉くんがこの電車乗ってるの珍しいね」
「実は今日から新しいとこでバイトするんだ。これからは毎週この電車に乗ると思うよ」
「ほんと!? えへへ、これからは喫茶店以外でも会えちゃうんだね♪」
僕の知らない笑顔を咲かせている。
僕の知らない声のトーンをしている。
僕の知らない真凛が……そこにいる。
自分の脳みそが何かパチパチと鳴っている気がした。
今すぐに目を離さないとどうにかなってしまいそうだったのに、目が釘付けになっている。
「にしても、なんか体調悪そうだけど大丈夫か?」
ササバくんとやらが真凛にそう問うた。
彼女はバツが悪そうに、両目を右往左往と泳がせている。
「あー……そのね、ササバニウム不足で……。――はっ!」
「?」
何かを思いついたように、頭の上に電球を浮かべる真凛。
思いついたものの見当は全くつかないが、このままだとまずいと警鐘が鳴っている気がした。
人混みをかきわけてあの二人の元に向かおうとしたのだが、時は既に遅かった。
「あ、アー、足がもつれて転んじゃうー」
真凛はわざとササバの方に倒れ込み、背中に腕を回してがっちりホールドする。
「おっと、大丈夫か?」
「う、うーんと、ちょっとだけこのままじゃだめ……かな?」
「別に構わないぞ。存分にもたれ掛かってくれ!」
「ありがとう! ふふ……ふへへへ……♡ すーーっ♡♡」
僕はただ、その光景を目に焼き付けることしかできなかった。
僕以外の男に抱き着いて、バレぬように深呼吸をして、善がった笑みを浮かべている。
知らない……あんな真凛は知らない……!
あの清楚で完璧で、天使のような彼女が落とされている。
瞳はとろんと溶けて、だらしない表情だった。
脳みそがぐちゃぐちゃにシェイクされた感覚だ。
僕はそれに耐えられず、いつもの一個前の駅で降りた。
「はぁ、はぁ、はぁ……ッ!!」
目頭に熱いものを蓄えつつ、ただただ川原まで走る。
「なんで……なんで真凛は僕じゃなくアイツに……! 僕が、僕が先に好きだったのに!!」
小石を拾い、川に向かって投げつけた。
さっきのがただの悪夢だったらよかったのに、そんなことはないみたいだ。
「大体、ササバってやつは誰なんだ! 他校のやつなのに、なんで真凛と! あんなやつ……ッ!!」
あの男の目くじらを立てようと思ったが、その瞬間に僕の耳に何者かの声が届く。
『ニャーー』
「……? あれ、君は……真凛のとこの猫ちゃん。確かマロンちゃんだったかな」
銀色の毛並みと青い瞳が特徴の麗しい猫。
その子が足元まで近づいてきて、脛に優しく頭突きをしてきていた。
「……ふぅ、おかげでちょっと落ち着いたよ。僕がどれだけイケメンだろうが、真凛だって他の人を好きになることもあるよなぁ……」
『んにゃ♡』
その場に座り込んで、マロンちゃんの頭を優しく撫で始める。
ゴロゴロと喉を鳴らし甘えてきて、荒んだ心がほんの少し癒された。
でも大体の人に懐かないと聞いていたけれど、僕は例外なのだろうか?
マロンちゃんよりも真凛から好かれたかったが、好意を向けられたら嬉しいものだ。
「うん、まだ完全に負けたってわけでもないし、前を向いて行こう!」
『みゃ~♡』
「マロンちゃんもありがとうね。だけど――」
『?』
膝に乗ってこようとしたマロンちゃんを持ち上げ、地面に降ろす。
そして、こう言い放った。
「――僕、猫アレルギーなんだ。だからまぁ……ごめんよ」
『ミ゜』
「それじゃ、僕は帰って作戦でも練るか。じゃあねマロンちゃん、早くお家に帰るんだよ」
なぜかマロンちゃんは石のように固まって動かなくなってしまった。
ひと撫でした後に立ち上がり、お別れをする。
(まぁだけれど、まだ完全に手遅れになったというわけではない。まだチャンスはある。さっきの一件で僕の脳も鍛えられたし、ここからは怒涛の反撃の開始だ!!)
そう決意し、僕は自宅へと駆け出した。
――しかし、ここからササバと真凛の無自覚イチャイチャという怒涛の脳破壊展開が始まるということは、この時の僕はまだ知らない……。




