第3話
「プレゼント? 笹葉くんからの!?」
二日後。一週間後のVIP客限定日を待ちきれずに喫茶店にやってきた俺は、雪月さんにとある物を手渡した。
友人から勧められた案を採用して、考え抜いた結果がこれである。
「えーっと……。笹葉くん、これは一体何なんでしょう?」
「ふっふっふ……俺が使ってたジャージだ!!」
彼女が茶色の紙袋から取り出した物は、少しボロいジャージであった。
俺が長年愛用してきた、匂いがたっぷりついた代物だ。
「博識な友人から聞いてな。匂いから好きになってもらったらいいと言われたんだ」
「うーん? 一理ある、のかなぁ……?」
「まぁでもやっぱり、迷惑そうだし別の物にでも――」
「だいっじょ~~ぶ! 大丈夫だよっ! ちゃんともらっておくから! ねっ!?」
「お、おう? ならいいか」
返してもらおうにも、雪月さんがぎゅーーっとそれを抱きしめて話してくれなさそうだった。
まあ迷惑ではないのならばいいか。
「迷惑だったら捨てるなり雑巾にするなりしてくれて構わないからさ」
「わ、わかった! えっと、笹葉くんはこれ、こう使ってほしいな~とかあるの?」
「そうだなぁ……。寝る時に抱きしめてもらう、とか? ササバニウムを堪能してもらいたい!」
「ササバニウム……」
自分の上着の上で眠る猫とかは安心している証と聞いたし、できればそうなってほしい。
流石に人へのプレゼントに自分の使い古されたジャージは送れないしな。
「えっと、ありがとね、笹葉くん!」
「おう! んじゃ、俺はそろそろ帰るよ」
「うん、また来てね♪」
彼女のお見送りをありがたく受け取り、俺は喫茶店を立ち去った
# # #
今日の喫茶店のお手伝いは終わり、真凛は二階の自分の部屋まで戻ってきた。
「ふぅ……今日も疲れた」
ベッドにゴロンと転がり、寝返りを打って横を見る。
すると、笹葉くんから貰ったジャージが入っている紙袋が目に映った。
「笹葉くんからの初プレゼントがまさかジャージとは思わなかったなぁ……」
紙袋からそれを取り出し、広げてそれを凝視する。
きっと、クラスメイトから同じものをプレゼントされたとて返品していたと思う。
けれど、これは好きな人の匂いがたっぷりついた代物。それが今、私の手元にあるという事実から、自分は変態予備軍だと実感させられた。
「……でも笹葉くんも悪いよね!? いや、元をたどればそのお友達が原因かも?」
まぁだけど、嬉しいか嬉しくないか聞かれたらもちろん前者である。
「い、いいんだよね? 笹葉くんがそう使ってほしいって言ったんだし……」
私はカーテンを閉め、自分の部屋の扉を閉め、誰がいるでもないのに部屋をキョロキョロ見渡した。
そして、手に持っていた笹葉くんのジャージを抱きしめながら、ベッドに転がる。
「す、すぅーー……♡」
そのまま深呼吸をしてみて、肺いっぱいに彼の香りを取り込んだ。
チカッチカッと目の前が点滅した気がするし、ビリビリと脳内の何かが激しく反応している。
これ以上は危ないと本能が警鐘を鳴らし、ジャージを離した。
「ぷはっ! な、な、なんかヤバかった……♡♡」
特段良い香りというわけではない。人の家の香りだ。
けれど、癖になる香りだった。ガソリンスタンドの横を通った時に香あの匂いのような、そんな感じ。
「も、もう一回。もう一回だけだから……♡ すぅ~~っ♡♡」
結局、三時間ぐらいこの状態のままで両親やマロンから心配されるのであった。
――翌朝。
「…………昨日は興奮しすぎた」
チュンチュンと小鳥が囀る朝。
ぼさぼさの髪のままベッドから上半身を起こして周囲を見渡す。
片手でがっしりと笹葉くんのジャージを掴んでいることから、寝る直前まで吸っていたことがわかった。
「ササバニウム恐るべし……!」
彼から発せられるササバニウムに戦々恐々しつつ、登校の準備をし始める。
身なりを整え、制服に着替えて、朝ご飯を食べ、ジャージを三吸いした後、学校へと向かった。
数分電車に揺られ、私が通う学園に到着する。
「みんなおはよ~!」
クラスのみんなに挨拶をして、自分の席に座った。
学校での私は才色兼備で文武両道。それもこれも全部、笹葉くんの隣に立つためである。
学園は彼と違うので、必ず大学では彼と一緒に通うのだ! ……大学どころか連絡先を交換できていないのはどうかと思うけれど。
とほほと項垂れている私の元に、一つの人影が近付いてきて声を掛けられる。
「おはよう真凛。今日も朝から可愛いね。そろそろ付き合わない?」
「おはよう、照陽くん。そしてごめんなさい」
声をかけてきたのは、私の幼馴染である照陽明和くん。
学園で一番かっこいい男子生徒と謳われていて、私とお似合いと言う生徒が多い。けれど、私には好きな人がいるからいつも断っている。
「今日もダメだったか。でも僕は諦めないよ! また喫茶店に行くからねっ☆」
「あはは……お店にはいつでもきていいからね」
笹葉くんからは「大好き」と伝えられたが、「付き合って」とは言われていない。
私も十分好きなんだけれど、彼はいつ言ってくれるのだろう? それとも私からのを待っているのかも!?
「……って、もう授業始まるじゃん! 切り替えて今日もちゃんと授業受けよ」
両手で頬をペチッと叩き、気合いを注入する。
この勢いのまま授業を受けよう。そう思っていたのだが……。
「――……ん……まり……真凛さん?」
「……はっ!? はい!!」
先生の声が脳に届くと同時に、ぼやけた視界にピントを合わせて元気に返事をした。
「何やらボーっとしていたらしいですけど、大丈夫ですか?」
「あ、はい。大丈夫です。スミマセン……」
「真凛さんが授業中にボーっとするのは珍しいですね。保健室に行きますか?」
「い、いえ! 大丈夫、です」
やってしまった。授業の内容をほとんど聞かずにボーっとしてしまっていた。
今までこんなことなかったのに……。しっかりしなきゃ!
しかしながら、この授業以降も意識が飛んでしまうことが多発してしまうのであった。
「はぁああ……。今日の私、ほんとにどうしちゃったんだろう」
深い溜息を吐きながら電車で揺られつつ、今日の出来事を思い出す。
先生に何度も注意され、クラスメイトからは心配されてしまう始末。
なぜこんなにも心がかき乱されているのか。
その原因がわからないまま、自分の家兼喫茶店に帰ってきた。
「ただいまー」
『ンニャ~』
「ただいま、マロン」
喫茶店の裏口から家に入り、マロンからのお出迎えを受ける。
そのまま二階に上がって、自分の部屋に戻った。
「原因、なんなんだろうなぁ……」
制服のままベッドに転がり、たたんであった笹葉くんのジャージを手に取って抱きしめながら深呼吸をする。
スーッと気分が落ち着いてきて、もやもやが全部なくなっていく気がした。
けれど、冷静になってとある結論にたどり着く。
「…………。集中できなかった原因って、もしかしなくてもこれなのでは……?」
このジャージには強い中毒性が私にとってある。
これ持ち込めない学校の時間では離れ離れになるのは必然的。
つまり、これがないと私は……。
「いや、考え過ぎかな。多分大丈夫だよね。すーーっ♡」
思考を放棄して、ジャージに顔を埋める。
これ以降、私は特に対策をするわけでもなく、彼のジャージを吸うのが日課になる日常を過ごしていった。
……楽観視しすぎていたんだ。やめようと思うには遅すぎた。
私はとうに――ササバニウム依存症になってしまっていた。
そんなある日、私を脅かす非常事態が発生してしまう。
――ジャージの彼の匂いが薄れてきてしまったのだ……。




