第2話
――翌週、VIP限定日。
俺は高校からの一直線で喫茶店に向かい、ドアベルを鳴らしながら店内に入った。
「笹葉仁多、只今いらっしゃいましたーー!!」
「ふふっ、元気いっぱいだね。いらっしゃいませ、笹葉くんっ♪」
迎えてくれた雪月さんの声色が耳から滑り込み、授業で疲労した脳が癒される。
そして追撃するかのように、銀色のもふもふもとい、看板猫マリンさんが視界に映り、あまりの尊さから目が焼かれる。
「はぁ~~……。学校帰りに好きな子と会えるなんて幸せだなぁ……」
「も、もう、笹葉くん! 口に出すのは恥ずかしいからっ!」
なぜか雪月さんが照れて顔を赤くしていた。
恥ずかしいことなのだろうか? 猫飼育未経験者だからそういうのはよくわからないな。
「そうなの? ならやめるか……」
「え……。い、嫌だとは言ってないよ! もっと言ってっ!!」
「? わかった!」
先週から彼女の様子がおかしい気もするが、これはこれで可愛らしくていいかもしれない。
いつもの席に案内され、いつもの品を注文した。
いつもの待ちに待った待ち時間だ。
窓辺で日向ぼっこしているマリンさんをジッと凝視しつつ、口角を気味悪く上げる。彼女は毛を逆立て、低い声でこちらに向かって唸っている。可愛い。
「はい、お待たせ。いつものガチウインナーコーヒーです」
「ありがとう」
雪月さんから品を受け取り、溢れ出そうなマリンさんへの思いをカフェインで宥めた。
なんとかして彼女と仲良くなりたい。
けれど俺はマリンさんのことをほとんど知らないに等しい。ここはよく知る人に聞くべきだろうな。
「……俺、マリンさんと仲良くなるためにこの一週間で色々考えてきたんだ」
「そ、そうなんだ! えへへ……♡」
「そこで一つ、もっと仲を深めるために知りたいことがあってだな。教えてくれないか?」
「そっかぁ~~♪ ふふっ、なんだって教えちゃうよ?」
「おお、段階的に仲良くなりたかったから助かる! それじゃあ――」
協力的な雪月さんに感謝をしつつ、俺は口を開く。
「――マリンさんの性感帯を教えてくれ!!」
「……段階吹っ飛ばしすぎじゃない!?!?」
一瞬ロードが入ったように無の顔になったが、直後に顔を真っ赤にして言い返してきた。
誤解されないため、俺も弁明をし始める。
「いや、物知りな友達から聞いたんだ。『仲良くなりたきゃその子を気持ちよくしろ』って」
「いくら何でも早すぎるよっ! ま、まだ流石に、ダメっ、だからぁ!!」
「そうなんだ……」
猫はお尻とんとんとかしたらいいとか言っていた友人め、話が違うじゃないか。
なら俺はこれからどうやって仲良くなっていけばいいのだろうか?
そんな疑問が生じた時、心を読んだように雪月さんが声を発した。
「せっ、性感帯……とかじゃなくても、普通になでなでとかでも嬉しいよ? それでも段階飛ばし過ぎな気もするけど……」
「そうだったんだ。じゃあ早速撫でていい?」
「へぅっ!?」
軽く確認をしてみたのだが、彼女は肩を震わせてグルグルと考えているようだ。
「えーっと、んーっと」と口をもにょもにょさせながら、視線を右往左往させている。
そんなにマリンさんには触らせたくないのだろうか。
「…………んっ」
「???」
最終的には俺の隣にぽすっと座り、俺に頭を突きだすしてきた雪月さん。
(なんだ……? なぜ雪月さんが撫でられ待機状態のようになってる?
……はっ、まさかマリンさんの前に、自分で練習をさせてあげるという意味か!? 雪月さんはなんていい人なんだ!)
心優しい雪月さんに感動しつつも、少々躊躇ってしまう。
なぜなら彼女は超美少女なこの店の看板娘。俺如きが触るなど、雪月さん目当ての客から刺されるのでは?
……まぁ刺されても雪月さんに触れた事実があればチャラだしいっか!
俺は生唾を飲み込み、耳まで真っ赤にしている彼女の頭に手を伸ばす。
「っ……!」
「お、おぉ! なんか、サラサラだけど、ふわふわもしてる気がする」
「そ、そぉ? えへ、えへへへ……♡」
彼女の艶のある銀髪をそっと撫で、俺は感嘆の声を漏らした。
撫でられている最中、嫌悪されてたらどうしようかと思ったが、ニマニマ笑っているので良かったものだ。
(猫は顎を撫でるのもいいって友人から聞いたな。……それも雪月さんで練習させてもらってのだろうか?)
ふと心の中でそう思った時には、俺の手は彼女の顎に伸びていた。
「ひゃんっ! さ、ささささ笹葉くん!?」
「あ、ごめん! つい手が……」
「あのね笹葉くん。女の子が許可していない場所を撫でるのはよくな――……んぐっ……はぅぅ……♡」
「…………」
雪月さんのもちもちな頬が膨らんで怒りかけたが、顎を撫でるとその勢いが鎮火する。
彼女は人間なのだが、耳をすませば喉から「ゴロゴロゴロ♡」となる音が聞こえてきそうな表情だ。
よくない邪な気持ちが芽生えそうになってきたので、そろそろやめにしよう。
「えっと……これでもっとマリンさんと仲良くなれそうかな?」
「――はぇっ? ……あ、えぇっと……ま、まだまだだね笹葉くん!」
「そんなぁ!?」
「だからね? そのね……? まだまだ練習が必要そうだから、またしてもいいよ……?」
潤んだ瞳の上目遣いで、雪月さんはそう言ってくれた。
なんて優しい人なんだ。危うく砂になって消えるかと思ったぞ。
「ありがとう! 俺、マリンさんに好きになってもらいたいからもっと練習するよ!!」
「う、うん! 期待してるからねっ♡」
俺は窓辺で腹を出して眠っているマリンさんにハートを飛ばした。
なんだか同じように雪月さんも俺の感情に似た何かをこちらに飛ばしている気がするが、気のせいだろう。
「そんじゃ、お会計お願い!」
「うん! また来てね、笹葉くん♪」
お会計を済ませ、俺は喫茶店を後にする。
マリンさんに触れられなかったが、雪月さん曰く俺はまだ練習が足りないらしいからな。
もっと上達してからなでなでさせてもらおう。
「なでなで上達が一つの課題だな。それはそれとして親密度を上げたいというのも本音だが……」
うーんと唸りながら歩いていると、俺のポケットに入っているスマホが震える。
確認してみると、俺にアドバイスをしてくれた友人からの電話であった。
「もしもし? なんか用か?」
『あ、仁多? 件の猫ちゃん、マリンちゃんとはどうなったか気になってさ~~』
「別に電話じゃなくてよかったろうに。まぁそれほど進展はなかったよ。もっと親密度を上げたかったけど」
『そうか! それだったらまず、〝匂いを好きになってもらう〟ってのをしたら?』
「匂いを好きになってもらう?」
オウムのように言葉を返す。
『おう。猫ちゃんの嗅覚は人間の何十倍も強い。そこで、自分の匂いがついたものとかをプレゼントして、「これは落ち着ける匂いだ」って覚えさせたら仲良くなれるだろ?』
「確かに……。ありがとう! 試してみる!」
『どういたしまして、応援してるぜ~。これからバイトだろ? そっちも頑張れよな仁多~~』
「ああ、あんがとな!」
通話を切り、スマホをポケットにしまう。
行き詰りそうだったが、助言を得て進むことがでそうだ。
「俺の匂いがついた物をプレゼントする。そして――マリンさんに俺の匂いフェチになってもらう!!」
マリンさんには、俺の匂いがなきゃ生きていけないくらいになってもらおう!
意気揚々と拳を掲げた後、夕陽に向かって走り出した。




