第1話
突然だが、俺こと笹葉仁多は恋をしている。
彼女は、俺行きつけの喫茶店にいつもいるのだ。
「今日こそはあの子に振り向いてもらうぞ……!」
高校からの帰路、俺は拳を強く握りしめて決意を露わにした。
しばらく歩き続けること数分、件の喫茶店まで到着する。
扉には「VIP限定」という看板が掛けられていた。
この店は一時を境に、とある理由で相当人気になった。
だが、昔から通ってくれているお客さんにもゆっくりしていってもらいたいという店長の心意気から、週一でVIP限定日がある。
そして俺は、この店に足繫く通うVIPな常連客。
常人ならば肩を落としてとぼとぼと無様に踵を返すだろうが、俺は入店することができるのだ!
カランカランというドアベルを鳴らし、俺は喫茶店の中へと入る。
「いらっしゃいませー。あ、笹葉くん! いらっしゃいっ♪」
「どうも」
俺を出迎えてくれたのは、この世の存在とは思えない存在感を放つ美少女だった。
雲で編んだような銀髪に蒼穹のような青い瞳が特徴的な美少女店員である。
彼女こそ、この喫茶店が爆発的に人気となった要因である国宝級美少女看板娘、雪月さんだ。
筋肉ゴリラなマスターの娘とは到底思えない。
彼女は究極めちゃくちゃ可愛くて仕方がない。が、俺の目当ては雪月さんではないのだ。
一体誰なのかと言うと――
『にゃ~~お』
「はうっ! 可愛いッ!!」
足元をのそのそと歩く白い毛玉、もとい猫。
この子こそ、俺が恋をしている看板猫だ。
首輪のプレートは年季が入っていて文字が読みづらいが、多分「マリン」と刻まれている。
「今日もモフモフで最高だなぁ……」
昔は親父に無理やり連れてこられてきたが、今では自発的に通っている。
それもこれも、マリンさんがいるからだ!
「はぁ……今日も最高の一日だ……」
「えーっと、笹葉くん? 席に案内するから転んじゃだめだよ?」
「はいはーい」
俺の目はマリンさんに奪われたまま、雪月さんに案内されて席に座る。
いつものを注文し、マリンさんを眺め始めた。彼女は居心地が悪そうに俺を睨み、シャーっと威嚇した。可愛い。
現在時刻は夕暮れ時。
他のVIP客は夜行性なので、俺だけがこの空間を独り占めできるのである!
「ご注文のガチウィンナーコーヒーです」
「あぁ、いつもありがとう」
雪月さんから注文の品を受ける。
コーヒーにウィンナーが浸かっているこれこそ、いつも注文しているガチウィンナーコーヒーだ。
ずずっとコーヒーを啜り、ぶっ刺さってるウィンナーを食す。
いつもならば「ごゆっくりどうぞ」と声をかけられるのだが、今日はその声が俺の耳に届かない。
不思議に思って雪月さんの方に視線を向けると、なぜか彼女は俺を見つめていた。
「えっと、俺の顔になんかついてる……?」
「あ、ごめんね! ちょっと疑問に思ったことがあって」
「お、なんだって答えるぞ! 今の今まであんま話してこなかったしな」
「ほんと? じゃあ……笹葉くんってVIP客だけどさ、なんでここに通ってくれてるのかな〜って」
雪月さんとはあくまで客と店員。
それほど会話をすることがなかったし、理由も言っていなかったな。
「本猫がいる前で話すのはなんだか恥ずかしいな。理由としては――マリンさんが大好きだからだ!!」
「…………ふぇっ!?!?」
俺が理由を叫ぶや否や、雪月さんは刹那の逡巡の末に顔を真っ赤にした。
なぜ頭のてっぺんから湯気が出るほど照れてるんだ? まるで自分に言われたような反応だが……。
首をひねって悩んでいると、雪月さんはおぼんで顔の下半分を隠しながら、おずおずと質問してくる。
「え、えぇっと、その……笹葉くんはどこを好きになってくれたの……?」
「ふふん、よくぞ聞いてくれた。ぶっちゃけ一目惚れだ!!」
「さ、笹葉くんも一目惚れだったんだ……っ!!」
「まず銀色のつやつやな毛並みが堪らない!」
「ふ、ふ~~ん……」
雪月さんは顔を赤くしつつ、自分の銀髪を指でくるくると絡める。
「蒼い目も奇麗で良い! 空と海を溶かして混ぜ合わせて研磨した物なんじゃないかって思った」
「へ、へぇ~~……」
彼女はパチパチと高速でまばたきをし、蒼い瞳をこちらに向けていた。
「肉球も可愛いよな。なんか赤ちゃんみたいでさ。手入れもしてて清潔感あって最&高!」
「ふ、ふへへへ♡」
雪月さんの手入れが行き届いた両手で、自分の口元を隠してなぜか笑っている。
「あとはデカくていいよな! 男のロマンだ!」
「デカくていい!? 笹葉くんはおっきいのが好きなの……?」
彼女がおぼんで自分のたわわな胸を隠しつつ、そう質問してきた。
マリンさんはわがままボディであり、下敷きになりたいというのが本音である。
「まぁぶっちゃけどっちでもいいな。好きになった子が大きかったってだけだ」
「う、うぇへへへへ♡♡」
「???」
さっきから雪月さんが変な反応をしているが、やはり自分の飼い猫が褒められると嬉しいのだろう。
もし俺が彼女の立場なら多分同じ反応をしていただろうしな。
「ま、関わろうとしても人気だからさ、いつも側で見てただけなんだ。嫌じゃなきゃ、これからは段階的に仲良くなりたいと思ってたんだが……迷惑に思うかな?」
「め、迷惑なんかじゃないよ! その、えっと、実は笹葉くんともっと仲良くなりたいなって……」
「そうなの!? 脈ありだったのか! やったぁーーーー!!」
「は、恥ずかしいよ笹葉くん!」
「ごめんごめん、嬉しくてつい。そうと決まればまた来るから! 次来るときは色々考えてくるんで! お会計お願い!!」
「う、うんっ! 楽しみに、待ってるから……♪」
「おう!」
マリンさんと実は脈ありだったことに狂喜乱舞しつつ、俺はお会計をする。
なぜか雪月さんから熱がこもった視線をずっと送られていたが、マリンさんとの仲良し計画を画策する俺は気にしなかった。
「それじゃ、また来週のVIP客限定日に会いに来るよ」
「楽しみにしてるから……ねっ?」
「あぁ、それじゃ!」
俺は喫茶店を後にし、スキップをしながら帰路を辿るのであった。
# # #
VIP客である笹葉くんが喫茶店を後にした後、私はその場に座り込んでしまう。
「えっ……えっ! 本当に!? 笹葉くん、私のこと好きなの!? ――両思いだったの!?!?」
私こと雪月"真凛"は、目をグルグルと回しながら緩みまくった口角を戻そうと必死に抑えた。
笹葉仁多くん。
パパのお店の手伝いを始めて迷惑客に絡まれていた時に助けてくれて、一目惚れをした男の子。
そんな彼から大好きって言われちゃうなんて……っ!
「ひゃわ~~っ! 夢!? 夢じゃないよねこれ!? 夢オチだったら泣いちゃううんだけどっ!!」
まるで可愛げのない「うへへへ♡」という笑い声を漏らしてしまう。
彼には見られたくないほど頬が緩んでいるのが、鏡を見ずとも分かった。
『んにゃー』
「あ、奇声あげてごめんね? おやつあげますからね~、マロン♪」
この喫茶店の看板猫となっているマロン。
首輪のプレートが傷ついてマロンという文字が読みづらいし、そろそろ変え時だろう。
「ふふっ、えへへへへへへ♡♡ 今日は最高の一日になったからいつもより多くおやつあげちゃう!」
『に、ニャ―……』
ルンルンと、羽でも生えたかのように軽やかな足取りでおやつを取りに行く。
――看板猫のマロンのプレートの傷からマリンと間違われている。
その事実を露知らずに、私は有頂天になっていた。
そして、今日の出来事からまさかあんな結末になるだなんて。
この時の私たちは、まだ知る由もなかった……。




