第1話 悪役令嬢と若き騎士団長
ルミナス王国の王都リュミエール。
その中心にそびえる白亜の大聖堂は、
本日、かつてないほどの人で
溢れかえっていた。
聖女選定戦。
それは王国にとって、
王位継承式にも匹敵する
重大な儀式である。
聖女とは、
王国を守護する存在。
魔物の大侵攻が起きた際、
結界を展開し、
呪いを浄化し、
兵士たちの命を繋ぐ。
ゆえに聖女を失うことは、
王国の滅びを意味する。
そのため、
数年に一度、
聖女候補を集め、
選定戦が行われるのだ。
「……騒がしいな」
バルトは
大聖堂前の広場を見下ろしながら、
小さく呟いた。
王国騎士団長。
わずか十七歳で
この地位に就いた青年である。
短く整えられた黒髪。
鋭さと静けさを併せ持つ瞳。
その佇まいは、
若さを感じさせない。
「団長。
観客だけで、
すでに一万人はいますよ」
背後から声をかけたのは、
副団長ダニエルだった。
年齢は十六。
明るい茶髪と、
人懐っこい笑顔が特徴だが、
剣の腕は
バルトに次ぐ。
「例年より多いな」
「ええ。
今回は“あの令嬢”が
候補に入ったそうですから」
バルトは
視線を向ける。
「……ミレーヌか」
その名を口にした瞬間、
周囲の騎士たちが
わずかにざわめいた。
ミレーヌ・アルセリア。
十五歳。
名門貴族アルセリア家の令嬢。
傲慢。
冷酷。
他人を見下す。
そうした噂ばかりが
王都に流れている。
いつしか彼女は
こう呼ばれるようになった。
――悪役令嬢。
「本当に聖女候補なんですかね」
ダニエルが首を傾げる。
「噂では、
闇属性だとか」
「闇属性が
聖女になることはない」
バルトは断言した。
「だが……
聖光教会が
候補として連れてきた以上、
理由はある」
彼の胸の奥に、
小さな違和感が生まれていた。
「団長。
今回のあなたの任務、
もう一度確認します」
ダニエルは
表情を引き締める。
「護衛役選抜大会に参加し、
優勝すること。
そして、
聖女候補の安全確保」
「理解している」
バルトは頷いた。
本来、騎士団長が
大会に出場することはない。
だが今回だけは、
王命だった。
理由は
明かされていない。
「……何かあるな」
直感が告げていた。
その時。
大聖堂の扉が
ゆっくりと開いた。
ざわめきが、
一気に膨れ上がる。
純白の衣を纏った
聖光教会の神官たちが
整列して歩き出す。
その中央。
十名の少女が
並んでいた。
全員が
聖女候補。
バルトは
一人ひとりの顔を
見ていく。
怯えた者。
緊張した者。
気丈に微笑む者。
そして――
最後尾。
淡い紅色のドレスを着た
少女がいた。
長い銀髪。
透き通るような白い肌。
美しい。
だが、
彼女の瞳は
氷のように冷えていた。
ミレーヌ。
観客席から、
露骨な罵声が飛ぶ。
「悪役令嬢だ!」
「聖女?
笑わせるな!」
「闇女は
処刑しろ!」
少女は
眉一つ動かさない。
だが――
バルトは見逃さなかった。
ミレーヌの指先が、
わずかに震えている。
「……強がっているだけか」
胸の奥が
ちくりと痛んだ。
「団長。
あの子……」
ダニエルも気付いたらしい。
「無視しろ。
仕事だ」
だが、
バルトの視線は
彼女から離れなかった。
司祭が
高らかに宣言する。
「これより、
聖女選定戦を開始する!」
大歓声。
「まずは、
護衛役選抜大会!」
「剣・槍・斧・弓。
すべて実戦形式!」
「生死は問わぬ!」
観客が沸騰する。
「……物騒だな」
ダニエルが苦笑する。
「戦場と同じだ」
バルトは
淡々と答えた。
第一試合。
冒険者Bランク、
マーク。
対するは、
地方騎士団所属の剣士。
火花が散り、
数合で勝負がつく。
マークの勝利。
続く試合も、
次々と進む。
そして――
「次!
王国騎士団長、
バルト!」
歓声が、
ひときわ大きくなる。
バルトは
ゆっくりと歩き出す。
対戦相手は、
冒険者Aランク、
ランド。
巨躯の大剣使い。
「若い団長さんよ。
遠慮はしねぇぞ」
「望むところだ」
剣を抜く。
合図。
ランドが突進。
大剣が
横薙ぎに振るわれる。
バルトは
最小限の動きでかわし、
懐へ。
一閃。
ランドの喉元で
剣が止まる。
「……参った」
一瞬。
静寂。
そして――
爆発的な歓声。
バルトは
剣を収め、
視線を上げた。
観客席の端。
ミレーヌが
こちらを見ていた。
初めて、
彼女の瞳に
微かな感情が浮かぶ。
――驚き。
その瞬間。
バルトの背筋に、
冷たいものが走った。
殺気。
観客席の奥。
黒装束の男が、
ミレーヌを狙っている。
「ダニエル!」
「了解!」
バルトは
地を蹴った。
物語は、
ここから始まる。




