第参話「復活の鐘が鳴る」
未来があれば過去がある。これは絶対的な理である。魔族最後の大魔王「ジャック」はルークという人間に転生して、何不自由ない生活をしていた。
しかし、その日々は軍というものに軽々と砕かれた。不運か幸運か、そこでルークはジャックの記憶に目覚め、隊を殲滅。
帝国、それも皇帝への復讐という確固たる闘志を燃やしながら、ルークは眷属のレティーと共に新たな一歩を踏み出した。その果てに、何が待ち受けているのかを知らずに。
ハルはケイオスと共に豪華な客間に案内されていた。天井には無駄に装飾のついたシャンデリア、壁に飾られる絵画と中央には長細い机が鎮座していた。
右端からハル、アオ、アカの順で座っており、ケイオスはハルの反対側に座っていた。アオとアカはハルとケイオスの話を聞きもせず紅茶をガブガブ飲んでお菓子を欲望の限りにつまんでいた。
「申し訳ございませんケイオス卿、私の眷属が...........」
ハルは両手を膝に置いて弱弱しくちじこまって謝罪した。ケイオスは気にすることなくハルに顔を上げるように言った。
「いえいえ。ところで、今回の第22次ナーレル探索での成果はいかがですか?」
手っ取り早く本題に切り替えるケイオス。ハルはテーブルに置いたA4くらいの大きさの紙の一枚を差し出した。
ケイオスは紙を受け取ると、それに視線を落とす。そこにはいくつかの写真と説明と思われる文章が書かれていた。まず目に入るのはある本が写された写真だ。かなり分厚い。
鈍器と言っても疑わないだろう。
「これは?」
「それは{聖書}と書かれたもので、かなり状況が悪く読める文字は少なかったのですが中を確認してみたところ何やら物語が書かれていました。」
その下の写真は何やら完全に錆に覆われた兵器らしき金属の物体。そして、一番目を引くのはその下、壁画だ。中心に少女らしき人物が佇んでいて、その周囲には少女に向けて跪く人が描かれていた。
「この壁画は?」
ケイオスは餌に食いつくようにハルに質問する。ハルは残念そうに首を横に振ると、説明を始めた。
「分かりません。それは海岸近くの洞窟で見つけたのですが、我々にはさっぱり。」
ケイオスは肩を落とす。しかし、今までに比べれば大収穫だ。それと同じく謎も大量に出てきた。
「しかし、やはり謎が増えるばかりですね。今の技術では造れないような兵器、実在しない記録書、そして、使う言語が我々と一致していること。」
「あるとしたら、{ノースアルト}でしょうか?」
ハルの発言にケイオスは首をかしげる。
それに気付いたのか、アオはカップを置くと冷めた声で説明した。さっきの発言を撤回しよう。少なくともアオは話を聞いていたらしい。
「知らないのでありますか?西の童話なのです。昔、住んでいた原生生物{ノースアルト}は神の怒りをかい、巨大津波に殺されることとなった。」
「けど、その直前に一部の者達は海底に逃げ、またある者は世界で一番高い山に登って津波をやり過ごした。その後、地上に残った者達の末裔が我々で、その津波で死んだ者達の魂が具現化し、{精霊}が生まれた。そういうお話なのです。」
「ノースアルト...........童話というのがいささか弱いですが、それが真実なら.....。」
異様なまでにしっくりくる。もはやそれが真実でなければ説明が出来ないほどだ。しかし、今の童話でケイオスは一つの疑問を浮かべた。
「あの、アk...いやアオさん、」
一瞬間違えかけた。やはり覚えにくい。アオは刺すような疑いの目をケイオスに向ける。
「今の話では海底に逃げたノースアルトの話がなかったのですが、その者達は?」
その質問い対し、アオは紅茶を一杯飲んでから、何かを考える素振りを見せると、首を横に振った。
「さあ、童話に書かれていないことなのでなんとも言えないのですが、もし今の話が真実なら、今もどこかで生きながらえているのかもなのです。もしかしたら、侵略計画とか立ててたりして。」
アオの無表情さも合い、もはや怪談話に片足を突っ込んでいる。アオの威圧に圧倒されケイオスはゴクリと唾を飲み込む。
「こら、怖がらせないの。」
ハルがアオの頭をぺシッと叩く。
「うわ、痛いのです。」
アオは頭を抑えてハルを見る。相変わらず無表情。ハルはため息をつき、ケイオスに謝るよう促した。
「むー、すいませんなのです。」
若干不服そうだが、アオはしっかりと謝罪した。その時、客間に一人の兵士が入って来た。息を切らしていて、かなり唐突かつ割と大きいことだと分かる。
「お話し中失礼します。ケイオス執政官閣下、先ほどラミル山に行った部隊から連絡が!」
「それがどうしたというのだね?」
「それが、連絡の内容は1 495 19、と......。」
「悪魔?面白い。シルヴィア総督には悟られるな。」
ケイオスは意気揚々と立ち上がると、ハル達に向けて一礼した。
「申し訳ありませんハル卿、本日はここまでとさせていただきます。ホテルが用意してありますので、そこまで私の部下がお連れ致しますので。」
ハルも立ち上がり、ケイオスに頭を下げる。
「お気をつけて。」
ラミル山
「おにーちゃん!これ見て!!」
心地よい気温、晴天の下でジャックが庭の隅でベンチに座って本を読んでいると、そんな無邪気な声と共に少女が走ってくる。花壇に咲くガーベラと同じ純白のワンピースを着て、胸の前で両手を重ねている。
おそらくこれが{見せたいもの}だろう。ジャックは本にしおりを挟んで閉じる。そしてベンチの隅に置くと、少女の名前を呼んだ。
「どうしたんだマーゼ?」
「ほらこれ!」
マーゼは両手を左右に開放する。その手で作った宝箱の中には宝石と見間違えるほどの橙色に輝く石が入っていた。
「これあげる!」
マーゼが差し出した石をジャックは嬉しそうに受け取る。その石は日光に照らされて数倍に光っていた。
「ありがとう、大切にするよ。」
昔のことを思い出しながら、ルークはケイオスに対する準備を進めていた。ハインケルの死体から装備品や何やらを奪い、身に着ける。ぶかぶかでしっくりこないが、案外着心地がいい。
アロンダイトの弾を入れ直し、布を使って簡易的なガンスリング{ライフルやショットガンなどの「長物」と呼ばれる銃を、肩や体に掛けて安定して保持・運搬するための負い紐のこと}を作って肩にかける。
日はすっかり沈没し、数多の星と、月だけがルークを照らしていた。今日は雲一つないな、そう考えていると、レティーが木をつたってルークに前に降りてきた。
「大魔王様、この山に残っていた人間軍を全員捕獲しました。」
「食べ残しはないな?」
「はい大丈夫です。」
レティーの回答に満足し、ルークはニヤリと口角を上げた。さて、とルークは踵を返して街の方に向き直る。そろそろケイオス達が腰を上げて向かっているところだろう。
意識を遥か彼方に向け、資格を発動する。ルークの視界は山を抜け、街へ、そしてまた街を抜け近くの森に入る。そこに列をなして動く人間軍が見えた。
発動をやめ、視線は一気に山に戻される。軍がこちらに来ている事を確認できたと共に、ある疑問が浮かぶ。何故堂々と動かないのかということだ。
まあ堂々と動くのが褒められたことかと言えばそうではないが、少なくともこんな人目を盗んで盗人のような行動をする理由が分からない。何か秘匿する理由があるのだろうか。
数は200と少しといったところだろうか。中隊規模を引っ張り出してくるとは、緊急だというのにこの兵の数はかなり多い。やりごたえがあるというものだ。
「久々の戦争だ、腕が鳴る。」
ルークは再び踵を返し、歩き出そうとする。その時、足元がもつれて体重が思い切り前にかかる。地面が近づいて来る。その直前にレティーがルークの腹をがっちりと掴み、体を受け止めた。
「大丈夫ですか?」
「すまない、レティー。心配するな、資格の反動だ。」
「お気を付けください。使いすぎれば....」
「ああ、気を付けよう。魔力がゼロになったらまた死んでしまうからな。」
転生できるとはいえ死ぬのは本能的にもう経験はしたくない。それに、いつまた転生できるか分からないのだから命は大切にしよう。
ラミル山にたどり着いたケイオス達は麓に防衛線を引き、南方の仮設テントに司令部を置いていた。そのテントのテーブルにある地図を見ながらケイオスは椅子にふんぞり返って笑っていた。
「これで奴らは袋のネズミだ。ジワジワと追い詰めて殺してくれる。」
その時、ケイオスの隣で電波受信器のつまみをいじっていた兵士が声を上げた。
「閣下、隊を壊滅させたと思われる者から通信が。」
来たか!とケイオスは椅子を倒しながら立ち上がった。
有線のイヤホンを兵士からひったくるように奪うと、イヤホンを耳に当てた。
「変わったぞ、ケイオスだ。」
「初めましてケイオス卿。私は先ほどメッセージを発信した悪魔です。まあ自己紹介なんて無駄なんで早速本題に入りましょう。」
嘲るような、馬鹿にするような口調がケイオスの怒りをためていく。しかし、こういう会話では感情をあらわにすれば相手のペースに持ってかれる。
「悪魔?そんな空想の産物を、ふざけないでいただきたい。」
「ふざけない?それはこちらのセリフですよ。お尋ねします、何故このようなことを?」
「魔族は我々人間に管理されるべきなのだ。その管理から逃げた裏切り者など!」
「裏切り者、まあ素晴らしい理由だこと。それは魔族を管理する存在が消えたからあなた達が代理でやっていたんでしょう?いやこれは失礼、いままで代理とはいえ代理なりのプライドがありますものね。」
何やら含みのある言い方に、ケイオスは怒鳴りそうになる。何なんだこの感じは?まるで包み込まれてしまうような感覚は?優しいようで、その裏には大量の針が隠されている。
「もう魔族を管理すべき者は帰ってきました。{大魔王}が。」
「ふ、ふざけるな!!!大魔王などと、いい加減な事を言うのも体外にしろ!!」
ついにケイオスは怒鳴り声を上げた。
「いい加減?これくらい言えば分かると思ったんですが、仕方ありません。私が大魔王なのです。」
ケイオスの予想をはるかに超えた答えにケイオスは言葉を失い、口をあんぐりと開けたまま固まってしまう。イヤホン越しの声はかまわず続けた。
「さあ、何処からでもどうぞ。私は準備万端です。」
そう言ってその大魔王と名乗る男は一方的に通信を切った。それはケイオスの闘争心もとい怒りのパラメーターを振り切るには十分だった。
ケイオスはイヤホンを地面にたたきつけ、力の限り唇を噛む。唇から血が垂れるも、ケイオスは気にしなかった。ケイオスの意識を支配しているのは{大魔王を名乗る不届きものを殺す}ということだった。
「ははっ、さて、どう来るかな?」
ルークは無線を胸ポケットにしまい、仮テントの光が灯る方向を見つめていた。背後には眷属達の姿がある。ルークを入れて五人、戦力差約40倍の戦争が今始まった。
ケイオス軍は包囲網を動かすことなく、小隊規模の隊を三つほどつくって三方向からジワジワと頂上へと追い詰めていく作戦だった。南方から動く一つ小隊の隊長であるショルツは思わずあくびをする。
結構中腹まで登ってきたはずだが、敵はおろか、罠にすらあっていない。ハインケル隊を殲滅したと聞いたからどんな戦力が待ち構えているかと思ったが、拍子抜けだ。
ハインケルも何をしているんだ。と、そんなことを考えていると、後方から爆発音、その後遅れて爆風と熱がショルツ達を襲う。
「な、何事だ!」
ショルツは急いで振り返る。鼻に何かが焼けるような匂いが突き刺す。爆炎の中心、そこに悲鳴を上げながら成すすべなく炎に確実に肉体を焼かれている兵士がいた。
「誰か水魔術を!!」
ショルツの言葉ではっとした兵士が水魔術を放つ。それでなんとか火は消えたものの、ショルツの隊に一気に緊張が走る。それは戦争音楽の前奏に過ぎなかった。
ルークは一瞬だけ燃え上がった炎を見て自分の作戦が成功しつつあることを確信していた。あの炎魔術地雷は兵士を減らす目的もあるが、兵士が攻め込んでくる方向を確かめるものなのだ。
位置さえ分かればもうこちらのものだ。身体的に人間に勝る魔族は山や崖などで地理的優位に立ちやすい。爆発が起きた三か所に向けて、各々が動き出した。
ショルツ隊は極度の緊張の中山を登っていた。虫の鳴き声に怯え、フクロウの声でさえも自分たちを嘲笑っているように思えた。そんな中、一つの音と共に静寂は破られた。
何かが破裂したような音と共に倒れる兵士。脳天から血液を吹き出し、仰向けに落ち葉の絨毯の中に沈んだ。全員が息をのみ、迫りくる「死」に怯える。どんな屈強な兵士でも、恐怖という足枷は外れることはない。
「おいおい、何チビっちゃってんの?あんたらそれでも兵士?」
その時、暗闇の奥で赤い点がふっと揺れた。白い煙が立ち上り、緊張で敏感になった兵士の耳にゆったりとした足音が響く。耳は長くない、人間だ。
月光を受けて冷たい光を帯びた刃が右手で揺れていた。規則正しく整えられた黒髪のショートヘアは動きに合わせてわずかに揺れる。切れ長の鋭い黒い瞳は闇の中でも兵士達を捉え、逃げ場を断つように細められていた。
タバコを咥えた女性はレティーと同じ服を着ていて、薄気味悪く笑っている。右手に持ったナイフを逆手に持ち、突撃しようと身をかがめる。
その表情にはただ獲物を前にした捕食者のような冷酷さがあった。緊張と恐怖が飛び交う中、ショルツは女性に銃口を向けた。
「お、お前は誰だ!」
「私?私は大魔王親衛隊副隊長の{マギアス・ファルネーゼ}さ。」
次の瞬間、マギアスはその場にいなかった。ただ地面を蹴った拍子に浮かんだであろう葉っぱだけだった。何が起きたと思考を巡らせるショルツ。
その時にはもう彼らの首は切り落とされていた。兵士達から噴水かのように血が噴き出し、バタバタと血の池に沈んでいく。マギアスは口にくわえたタバコを左手でつまむと、血の池に投げ捨てた。
池に波紋が広がる。マギアスはもう一本のタバコを取り出して口にくわえる。すると、マギアスの周囲を一つの赤い光が舞い始めた。何かの比喩ではない。本当に一つの小さな光の粒なのだ。
「おねがい、サラ。」
マギアスが先ほどとは違い、優しい声でお願いする。するとそれを承諾したのか、光はタバコの先に近づき、ポッと小さな火が灯り、タバコの先に火をつけた。
その時、銃声が響き、それに遅れて背後で何かが倒れる。マギアスが急いで振り返ると、拳銃を握って今にもマギアスに突撃しようとしていたであろう兵士が倒れていた。
「油断大敵..........................。」
その声と共に、草木をかき分け、影から2メートルはあるであろう純黒のスナイパーライフルを持った魔族が現れた。その異常までに伸びた髪は地面に届くほどで、髪の宝石のような黒色とは真逆で、まん丸なかわいらしい目は純白に輝く。
「あ、ごめん{ジェリー}。サラに火、点けてもらってたら後ろとられてたわ。」
まるで反省してないマギアス。この楽観さは彼女の長所でもあり、同時に欠点でもある。マギアスの周囲には契約精霊である{サラ}が飛び回っている。
ジェリーはため息を吐いて目を細める。逆立った襟はジェリーの口元を隠し、彼女の白い目を強調させている。
「油断........敵............反撃................死亡。」
「はぁ、そんなんだから死んだって、あんたの援護射撃が遅れたからでしょ!」
お察しの通り、ジェリーは普通にしゃべらず、このように単語だけを組み合わせてしゃべる。何とか解読できそうでもあるが、そうとう時間がかかるだろう。
だからこそジェリーの翻訳係のマギアスがいるのだ。しかし、この二人の仲はいわゆる犬猿の仲というもので、二人の仲を取り持つのはルークも手を持て余していた。
「責任転嫁..............哀れ。」
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬう..............。」
言い返すことが出来ず、マギアスは歯を食いしばって喉を鳴らす。マギアスもルークと同じく戦争で死亡し、人間として転生していた。幸運なことに身体能力は落ちておらず、魔族と同じように動くことが出来る。
「とにかく行くよ。大魔王様の作戦はこれからなんだから。」
ばつが悪くなり、マギアスは急いで話題を変える。そして地を蹴って一気に木の上を走り出す。ジェリーもマギアスの後にピッタリとついて行った。
「レイド隊長、ショルツ隊からの連絡が途絶えました!」
高い崖に囲まれた西方向から動くレイド隊、そこにも緊張が侵食し始めていた。無線機を背負った兵士がそう告げる。それに隊長であるレイドが反応した。
「何?ったく、魔族相手に何をしているんだ?」
レイドは口ではそう吐き捨てるも、内心ではかなり焦っていた。ショルツは慢心する癖はあってもかなりの実力者で、負けるとはとても思えなかった。
ケイオスの話では、魔族の数は50人にも満たないと聞いていた。それにもう大方殲滅したと。もうびっくり仰天、えらいこっちゃ!.............つまるところ、{こっちくんな}である。
とんでもない作戦に参加してしまった。しかしレイドだって軍人だ。ある程度の覚悟は決めている。ゴクリと息をのみ、レイドは歩き続ける。その時だった。張り詰めた空気を切り裂くように___
轟音が夜の森を揺るがした。先ほどのような地雷とはわけが違う。真上の崖が爆ぜる。一瞬の閃光と共に岩肌が砕け散り、衝撃波が木々をしならせた。遅れて、地鳴りのような振動が足元を襲う。
そして、とどめと言わんばかりに巨大な岩の塊が兵士めがけて突進してきた。兵士達はその死雨から逃れようと必死に逃げ惑う。魔術で防ごうとした者もいたが、発動する猶予もなく無様に岩の餌食になった。
地面に叩きつけられた岩が鈍い衝撃音をたてて落ち葉と土砂を上げた。その岩から逃れたレイドと兵士たちはそのとても現実とは思えない景色に遭遇する。
そこにあったのは岩の下敷きになって手首だけがでた兵士、頭に直撃し絶命した兵士、足が押しつぶされるも死ぬことが出来ず、まるで害虫のように死に足掻く兵士。
「こ、こんなことをしたのは誰だ!!」
恐怖に抗うようにレイドが声を上げ、立ち上がる。震える手でマシンガンを構え、崖の上に銃口を向ける。無事だった兵士もレイドに感化され、立ち上がる。
土煙がゆっくりと晴れていくなか、崩落した崖の上にひときわ目立つ人影があった。月明りを背に、魔族の女性が佇んでいる。
白髪のミディアムショートが冷たい風に揺れ、髪に隠れて右目は見えない。唯一見える左目は三角につっている。両手には黒光りするライフル。
銃身は寸分の揺れもなく、崖下の森、しいてはレイド達に向けられていた。
「悪いけど、死んでもらうよ。」
女性は無慈悲にも引き金を引く。それにより第二の雨が降り注ぐ。兵士たちは防御魔術を展開し、銃弾を防ぐので精いっぱいで、攻撃に手が回らない。
「隊長!このままでは......!。」
「分かっている!防御魔術を展開しながら各員向こうの森まで後退!体制を立て直す!」
レイドの命令に従い、兵士たちは後退を始める。それこそが狙いだった。
女性は銃弾の勢いを弱めることなく浴びせる。弾が切れると目にまとまらぬ速さでリロードし、再び引き金を押し込む。そして、レイドがある程度後退したとき、何か固いものを足で感じた。
理解したくなかった。しかし、思考能力とは時に残酷だ。ただ唯一よかった事を絞り出すとするならば、気付いた次の瞬間にはもう頭は吹き飛んでいたということだ。
レイドの足元から爆発が起こる。地雷を踏んだのだ。まとめ役がいなくなり、隊は再び混乱に包まれる。
それを見逃さず、女性はさらに弾幕を強める。
立往生してしまう兵士達。下がれば地雷に爆破される恐れがあり、かといって前に出ることも出来ない。ジワジワと追い詰められていく。逃げ道などなかった。
既に静まり返ったベルグスの街を徘徊する影があった。髪はボサボサで服はつぎはぎだらけ。フリージャーナリストの彼は最近いいネタがなく、途方に暮れていた。
「くそが!何かないのか!このままじゃ餓死しちまう............。」
首から下げたカメラを握りしめながら男は真っ暗な自分の未来に絶望していた。何とかネタはないものかと死中に活を求める。
その時、向こうに見えるラミル山がら微かに聞こえるか聞こえない程度の爆発音と共に炎が上がったのが目に入った。自然現象なんかじゃない、事件だ!
どうせこのまま餓死するくらいなら!そう思った男はラミル山に向けて走り出すのだった。
「ケイオス閣下、ショルツ隊、レイド隊からの連絡が途絶えました!!」
通信機をいじる兵士からの報告に、ケイオスは耳を疑う。想定外の事態に頭が追い付かない。あの悪魔とかいう奴の鼻をへし折るつもりだったのに。
「なんたる失態か!バライス隊はどうした!」
残っている隊の状況について問いかけるケイオス。もはやバライス隊に賭けるしかなかった。しかし、ケイオスの希望はあっけなく砕け散った。
-ケイオス卿、撤退の許可を!!!-
-なんなんだこいつ!-
-まさかこいつ、炎のs-
「...........バライス隊、通信拒絶。完全にロストしました。」
重々しく兵士が告げる。ケイオスはあまりの衝撃に後ずさる。こんなはずではなかった。今頃はハルと共にホテルで一流のシェフの料理を食べているはずだった。
「包囲網を狭めろ!!敵の本体は確実にこの山にいる。包囲網を狭めればおのずと奴らの位置を特定できる!叩きつぶせ!!」
冷静さうを失ったケイオスは包囲網を崩す選択をする。
一斉に包囲網を作っていた兵士たちが動き出す。それを見ていた精霊サラは急いでマギアスの元へと戻っていく。マギアス達はルークのいる山頂で軍の動きを待っていた。そこにサラが返ってくる。
サラはマギアスの耳に近づく。そして軍の動きについてささやいた。精霊の声は契約した本人にしか聞こえない。だからサラからルーク達へと伝えなくてはならない。
「うん、ありがとう。大魔王様、軍が包囲網を狭め始めたそうです。」
「了解した。」
ルークは自分の作戦の成功に口角を上げる。
「では作戦を最終段階に移行する。ミージュ、レティー達の指揮はお前にまかせる。」
先ほどレイド達を相手取った白髪の魔族{ミージュ}は「はい。」と言って頷いた。ミージュは他の眷属達を連れて木の枝をつたって森の中へと吸い込まれていった。
「フリュー・ゲル」
ルークも風魔術を使って宙に浮かび、仮テントに向けて直線状に飛行を始めた。ルークの目に包囲網を狭める兵士達の姿があった。ルークは前方の兵士達に向けて資格を使用する。それにより、木の上を渡る眷属達に気付くことが出来なかった。
-包囲網、頂上まで残り100メートル!今だ敵影なし!-
無線から来る兵士の声に、ケイオスは緊張を隠せなかった。これで魔族の奴らを捕まえられるはず。だがまた殲滅されるかもしれない。
ケイオスは震えた手を抑えながら次の報告を待つ。しかし、帰って来たのは予想もしない報告だった。
-ハインケル隊の生き残りを保護!しかし魔族の姿はありません!-
声すら出なかった。魔族がいない?ありえない。しかし、今の情報だけではどうにもならない。とりあえずはハインケル隊の生き残りを......
-これはっ!ケイオス閣下、彼らの背中に爆d-
それと同時に山の頂上で今までとはくらべものにならないほどの爆発音が響き渡り、地面が大きく揺れた。兵達は倒れないように近くにある物に捕まる。
地面の揺れがおさまる。静寂がケイオス達を包む。
「通信拒絶、完全にロストしました。」
死刑宣告、ケイオスにとってはそれと同義だった。しかし、不運なことに、ケイオスが思っているより死刑の時は近かった。
「北西空中より強大な魔力反応!!!」
レーダーに向かっていた兵士がそう叫ぶ。その方向にはアロンダイトを仮テントへと構え、今まさに発砲せんとするルークの姿があった。
「サリー、ベラットさん、皆の仇。」
大きく息を吸い、引き金に人差し指をかける。ルークの周囲を闇が纏う。今ある魔力量が尽きるギリギリを使い、大技を放つつもりなのだ。
「主よ、神よ、我は今こそ闇を放たんとす。満身の鉄火のごとく、我に立ちはだかんとする敵を、愚か者を、今こそ裁かんとす、そのための力を我に与えたまえ!漆黒よりも暗き絶望を、絶え間なき恐怖を、永久に続く混沌を!」
その魔力に釣られ、カメラを持ったあの男がルークを見た。暗くて顔は見えないが、すぐにカメラを構え、シャッターを押し込む。
「魔力制御解放、{ノクシア・ザーラ}!」
一瞬の出来事だった。ルークが引き金を引いた瞬間、目にもとまらぬ速さで銃弾とそれに纏った黒い光弾が一点目掛けて直進していき、仮テントを跡形もなく消し去った。
「う、ぐううう.........。」
運よくケイオスは生き残ったものの、両足はもげ、まともに歩くことが出来ない。回復魔術を使えばよかったのだが、冷静さを失っているケイオスはいち早くここから逃げることしか頭になかった。
しかし、幸運?なことに恐怖心のおかげで足の痛みは無かった。両手を動かし、どうにか生きようともがく。しかし、悪魔はもうそこにいた。
「ほう、まさか生き残っているとはな。」
朦朧とする意識の中で、誰かの声が響く。何とか視線を動かし、その主を探す。それはあまりにもあっさり見つかった。自身の目の前だ。
「お、お前は...........!」
「初めまして、先ほどの悪魔です。あなたがケイオス卿ですか?」
笑っていた。そいつは笑っていた。しかし、その裏には底が見えないほどの負の感情が跋扈していた。
「お前は何者だ!」
その瞬間、ルークはアロンダイトを構え、ケイオスの膝にアロンダイトの弾丸を命中させた。今度は痛みが恐怖心に勝ち、ケイオスは膝を抑える。その光景をルークはじっと見ていた。
「私の質問に答えてください。」
「ああ、そうだ。俺がケイオスだ。」
ケイオスのその回答にルークは満足そうに口を釣り上げた。ケイオスはそんなルークの様子に莫大な恐怖を覚えた。
「化け物だ.......お前は化け物だ!狂ってる!正気じゃない!」
「化け物?狂っている?何を言う。そんなの当たり前だ。狂ってる。お前も、私も。誰もかも。我々は狂っている。自分より弱き生物を脅かし、支配し、殺し、搾取し、取り込む。常に他者を取り込まないと生きれない、脆弱で惰弱な狂者だ。お前たちが食べているその肉は、卵は、何処からやって来た?勝手な都合で殺して切断した一部、生まれる前の命を弄び、自らのためにかみ砕く。弱者を取り込み、自身の血肉に変え、その命は保たれている。これを狂気と呼ばず、何と呼ぶ?我々は狂っている、私も、お前も、何もかも。想像してみろ、もし魔族と人間の立場が逆だったら。動物と我々の立場が逆だったら。」
「許してくれ...............。」
ケイオスの口から絞り出されたのは生への懇願だった。ルークが構える銃口が月に反射して不気味に光る。目の前の悪魔にどうにか許してもらおうと必死に懇願する。しかし、何もかも遅かった。
「許しt」
言い終わる前に、ルークは引き金を引いた。ケイオスは力を失い、重力に従って地面に沈んだ。ルークはアロンダイトを下げ、息を吐く。その息には、甘えや情など、邪魔なものも混じっていた。
一方山の麓では、先ほどの爆発により、警察や野次馬が集まっていた。その野次馬の中にカミテルの姿があった。カミテルは炎上する頂上を見つめている。
「何があったんだよ、燃えてんじゃねえか。」
「坊ちゃま、危険です。お下がりください。」
どんどん前に行こうとするカミテルを執事の男性が腕を掴んで引き留める。カミテルの父も地位は男爵と、貴族の息子だった。何があったのかと思考を巡らせる中、聞こえる声が一つあった。
「すごいなこれは.............。」
いつの間にかルークがカミテルの隣にいた。その目も、カミテルと同じく頂上に向けられていた。友達が隣に現れ、少しカミテルは安心する。その時だった。
「やあやあどうも、愚かなる人間諸君。」
カミテルだけでなく、野次馬ほぼ全員の視線は一点に向けられる。それは近くにある時計塔だった。そこにいたのは鐘を背後に純白のコートと黒色のYシャツ、顔には目だけが白い黒色の仮面を付けている者の姿があった。
コートにはを袖を通さず、長い黒髪と共に風に揺れていた。警察たちはすぐさま拳銃をそいつに向ける。
「お前はなんだ!いつの間にそこにいた!」
「いつからといわれてもなぁ、まあお前らには理解できないだろう。」
「ふ、ふざけるな!!」
馬鹿にした発言に激昂し、警察たちは拳銃を発砲する。しかし銃弾はそいつの体をすり抜けて背後の鐘に着弾した。着弾の衝撃で大きく鐘がその美しい音を鳴らした。
それは、何かを始める合図のように聞こえた。そいつは話し出す。
「諸君、初めまして。もしくはお久しぶり、大魔王{ジャック・ヴィ・ラン・アーサー}だ。」
その言葉で、一瞬で場は静まりかえった。当たり前だ。人間にとって最悪とも言える脅威が今、自分たちのすぐそこで鎮座している。
警官は再び発砲するが、当たり前のごとくすり抜けていく。当たり前だ。これはルークが資格の力でつくった幻影なのだから。
「私は今、ここに宣言する。我ら魔王軍は、神聖ネクロポリス帝国に、宣戦布告すると!魔族よ、もう支配される時代は終わった!人間どもよ、今まで私の国民たちが世話になった。」
声を聴き、カメラの男が駆けつける。そして幻影を見て、再びシャッターを切り始めた。
「これから、その恩を返させもらう。では、また会おう。」
そう言うと、ルークの作った幻影は煙のように消え去って行った。そこにいた誰一人、動かなかった。その沈黙の中、ルークは口を釣り上げていた。




