暗がりの火
夏の小道は地獄の三丁目
陽炎ゆらゆら立ち上がりめらりと心を焼き尽くす
魂堕ちてないかな君の探しているのは神様の心臓
夏の黒幕は扇風機の前で夢を見ている
旅人が蔵の中で血まみれの絵巻物を燃やしてしまう
怖いものはもうこないよ
夏の真昼は彼岸の夢を見る
夜になれば線香花火が海に浮かんでいる
古い街には何か恐ろしいモノが棲んでいる
鏡の前でいないいないばあをすると
背後に嗤う子供が映りこむとかなんとか
街角にはお地蔵さんが立っていて
近くの家では夜に雲水さんが枕元に立つ
お前は修行が足らんのじゃと
錫杖で小突かれる
昨日テストの答案を紙飛行機にして
川に流したことを叱られた
古い屋敷で昨日天井に
血飛沫の跡があるのを見つけた
よく目を凝らすと古い雨の跡だった
いたずらな雨はこっそり風呂釜の中で
また秋雨を降らせようと虎視眈々
洗面台にはいつの頃か
夢の欠片が落ちている
神棚にその欠片を置いておくと
翌日には綺麗な乳歯になっていた
街は子供達の囁き声
秘密の経典
古い家には何か宝の様なものが
何処かに潜んでいそうだ
座敷の奥に謎の瓶が置いてあって
中を覗くと此方を見つめる目と目が合った
不思議とは意外と近くに潜んでいる
摺りガラスの向こうの人影は
念仏を唱えると煙のように消えてしまい
そういえば秋の彼岸の頃だった
遠くで誰かが泣いている
潮騒の音
冷蔵庫の中の氷は
出番はまだかまだかと念仏を唱えているが
とっくに秋になったのよと
秋小僧が膝に憑りついている
つい線香の香りを探してしまう
鼻の頭に謎の真言
旅に出ませんかと動物園で
お坊様が孔雀に話しかけている
風はやや冷たく頬に優しい過去の香り
空き瓶の中のビー玉が寂しそう
夢ばかり
古ぼけた写真にタニシが張り付いていた
先ほど田んぼの中で泥だらけになって遊んでいたからか
海に行ったときは腕にフジツボが張り付いていた
さすがにフナムシはつれて帰らなかった
その日から奇妙な生き物との生活が始まる
夏はなかなか終わらない
私のおかしな生活も終わらない
夜の窓に玉虫がいた
皿の中の金魚が薄暗がりに消えようとしている
雨の音は部屋の中まで入りこみ
耳朶を狂わせる
じめじめとした洗濯物に
どこからか蝸牛がくっついていて
私の運命はどこまで転がって
闇の方へ消えようとしているのかと
嗚呼、絶望とは常に私の隣にあって
ぽっかりと黒々とした牙だらけの口を開いている
春の闇に隠れて跋扈する魑魅魍魎
瞳の裏に映るまなざしはどこまでも暖かく
通りは静けさと寂しさで満たされてゆく
奥ゆかしい少年の心は移ろいやすく
その腕の温もりの中で凍った心は溶けてゆく
ただひたすらに願いと想いを込めて仏間で祈る
ことりと位牌は倒れて
あとは君だけが私を知る
夢のまにまに
夏の終わりには夏の熱を想い出す
灼熱の風が海を渡り私の空の心を満たしてゆく
宿場町には少年のたましひが眠り
青年はただ少年の心の殻を割るために走る
夢の中でのともしびは
来世の光をそっとその躰に宿し
灯篭はほのかに光り家主は団扇で亡くなった心を想い出す
夏とは概念として至高
ただ空は青い
遠くの山から呼び声がする
そちらに行ってはならぬ
鳥居の近くから風が唸って
懐かしい風景がじっと夏に溶けないように
夢の中で黒い人影は仏壇の前から消えようとしない
潮騒で胸がざわめく
海の香りのする褥
孤独とは人生
胎児のような街を練り歩くと
どこからかお面を被った子供がやってきて嗤う
ひとけのない宿場町で
街灯ののともしびが湿り気を帯びてきた
幸せの定義はあの頭陀袋の中のたましひの数
入道雲はいつまでも幸福の中を漂って
カルトは若い少年に線香花火の火花のような一瞬を
そちらにいってはいけないよと
誘う腕は幽かにほの冷たく
暗がりの中でいつまでも誘蛾灯が光る虫を集める
目を閉じてみたら、ほんとうの君が見えてきた
櫻の季節は儚い泡沫のなか
夢でも見ているんではないかという
燐寸を擦って煙草に火をつけると
世の中の道理が見えて来る
そのラムネの瓶の底の
びいだまのような涼し気ななかに
君は隠れて消えようとしている
儚い、儚い夢でした
縁側に夏に取り残された梨が落ちている
陽炎がゆらゆらと通りを歩み
夢が夢でなくなった午後の縁側は
未知の内緒話が聞こえて来る
多分、町の子供達が夜に現れる怪人の話を
ここまで聞こえて来る
新しい空気を吸いたくて
歯磨きをします
お風呂を掃除していると
どこからか懐かしいトロイメライの曲が
誰もいない真昼の宿場町には
小さな小さなお化けが浮かんでいます
まるで小さな祈りのように
ついては消える誘蛾灯のように
人の絶えた街角のキネマ館のように
三半規管をめぐる蝸牛のように
此の世は難しい言の葉で真実が隠されているから
ひとりぼっちの旅には
青い炎の燐寸匣をお供に
どこまでも
夜の写真に閉じ込められた美術館を探しに行こう
夜の電信柱はそっとこうべを垂れて
ああくそ魂を食い損ねたと仏間の方から声がする
スルメイカが踊りながら焼かれてゆく
メトロポリタンミュージックを思い出しながら
そっと窓の外の月を眺めている
夜は魔物だ
不思議を抱いて闇に溶けてゆく
なにげない夕暮れ時にからすが羽ばたいた時に
夕闇怪人は彷徨う魂たちを袋に集め出す
そうれ夜が来たぞ
あの曲がり角にも不思議はいて
そっと子供達を見守ってる
お風呂の中で唄を歌うと隣の家からも楽しそうな笑い声
田んぼのタニシは眠っている夢を見ている
自分が蛤になって幻の夢を彷徨う旅を
夏の夕べは潮騒の音色
そっと君の耳に人生とつぶやいて
二度と目を覚まさぬその横顔に
少しだけ泣いた
夏は知らない人の顔をしている
ほら通りの向こうから顔のない人が此方をじっと見ている
胎児の泣き声のする街を歩もう
風は匣だらけの押し入れの中に入りこみ
空の夢を見て走馬灯を抱く僕を驚かす
道端に太陽の欠片が堕ちていました陽だまりです
地球の裏側ではよく冷えたサイダーが海を見下ろし
夏とは歳の取らない甥のようなもので
お祭りの水風船が洗面台のたらいの中に浮かんでいて
世界平和の日を願いましょうと
この炎天下の元
いつかのお願いを洗面台の裏であの黒い影は心に忍び寄る
部屋の隅であっかんべをする少女
夏は中盤戦を迎えて学校から花子さんがお引越し
年中雛人形を仕舞わない家の中では
ひょっとこお面の幇間が踊りながら宿題をする僕の邪魔をする
祖父の部屋から見つかった旧紙幣に花街の電話番号
あの隧道の向こうには海が広がっていて
旧家の娘が海の藻屑と消えた
夏の小道は地獄の三丁目
陽炎ゆらゆら立ち上がりめらりと心を焼き尽くす
魂堕ちてないかな君の探しているのは神様の心臓
夏の黒幕は扇風機の前で夢を見ている
旅人が蔵の中で血まみれの絵巻物を燃やしてしまう
怖いものはもうこないよ
夏の真昼は彼岸の夢を見る
夜になれば線香花火が海に浮かんでいる
遠い街の人が風に吹かれる頃
古い街灯の下で夕暮れは人生について考えている
ちいさな鋏は一生懸命錆びた鉄で紙を切ろうとしていて
浜辺に子宮のような形をした骨が堕ちていて
鮫の頭だった
宝物は何処にでも堕ちている
大体古い所に
人が去って自分だけになっても
まだ私は骨のような貝を拾っている
潮騒がこの部屋まで聞こえて来る
山の中を歩いているとちりんと鈴の音が何処からか
死んだような夏が海沿いの街に横たわっている
此処は何処だろう眠る瓦屋根に海のきらめきが囁きかける
夏は入道雲のようになって体を支配する
眠る三半規管に入道雲が入りこんだようだ
夏だ、旅に出ろと話しかけて来る
夜の静寂は悲しい唄に酔いしれて
お酒を片手に眠っている水族館に忍び込む
どこかに詩の欠片は眠っていませんか
鄙びた駅の右手の欠けたマスコット
光の点滅している街灯
ざわざわと木々は熱風に煽られ
夏の息苦しさを演出している
夏の黒幕はそっと桜貝の這入った瓶を拾う
水槽に這入った人魚が嗤う
古ぼけた写真にタニシが張り付いていた
先ほど田んぼの中で泥だらけになって遊んでいたからか
海に行ったときは腕にフジツボが張り付いていた
さすがにフナムシはつれて帰らなかった
その日から奇妙な生き物との生活が始まる
夏はなかなか終わらない
私のおかしな生活も終わらない
夜の窓に玉虫がいた




