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地獄 〜肆

 小太郎が言った通り

 その場所にいたのは殆どが子供

 後は子供達の母親が数人程度


「俺っちの目の前で、父ちゃんも母ちゃんも死んだ。俺っちを守ってさ。ううっ。うぇーん」

 

 先ほど小太郎に声をかけた友達が堰を切った様に泣き出した

 其れを見て、周りの子供達も親の名前を何度も叫びながら泣き始めた


 小太郎も泣きそうだった

 でも、見ていない、道助と楓の死体を


 だからまだ死んだと決めつけてない

 強ぇもん。おいらの父ちゃん母ちゃん。絶対、大丈夫


 小太郎は小さく、本当に小さくそう呟いた


 どれ位時間が経ったのだろうか

 わからない

 小太郎が村老の家に着いてから、何十人もの子供と女性が逃げ込んできた

 中には怪我をしている者もいた

 小太郎と仲の良い友達もいた

 しかし、再会は喜べない



「むぅ、そろそろじゃな」

 村老が呟き、何か準備を始めている


「忍具?村老様、戦いに行くの?」

 小太郎が見つめる先では、村老が身体中に苦無や手裏剣を身に付け、楓が持っていたような遁術に必要な小道具を詰めた袋を肩に掛けていた


 そして村老は、地下にいる者の内、年配の女性に何やら話しを始め、一階の出入り口へと向かって行った

 何を話したのかは聞こえない

 でも、話し掛けられた女性が泪を流し、覚悟を決めたような顔に変わったのだけは、小太郎にもわかった


「村老様、行かないで」

 この部屋に大人の男は村老しかいない

 子供達も不安に思ったのだろう

 そう叫ぶ

 しかし、村老が振り向くことはなかった


ギィーっ、トン


 戸が開き、閉まった音がした


ゴォーーーーン


 あの不快な音はもう暫く聞こえない


 村老が家を出る少し前...


ザーッザーッ


 脚を引きずりながら歩く男

 身体中は血だらけで右脚は潰れている

 息は荒い

 出血が酷い

 恐らくもう助からない

 歩いていられるのが不思議なくらい

 でも男の眼は死んでいない

 目標に向かって歩いている


 鬼の姿はもう見えない

 地獄は終わったのか

 所々に横たわる友の亡骸


「いや、地獄は終らねぇやな。」


 男は呟く

 余りにも数が多い

 生き残った人間の方が少ないか

 しかし、子供の死体は少ない

 村老の元へ逃げ延びれたか


 男の足が止まる

 途端、泪が溢れ出てくる

 不思議とさっきまで続いていた身体中の激しい痛みは気にならなくなっている

 男は倒れるように跪き、横たわる女の亡骸に身体を寄せる


「楓ぇ。楓じゃねぇかぁ。おめぇ。死んじまったのかよぉぉぉぉ。畜生、畜生。俺がもっと早く駆け付けてれば」


 声の主は小太郎の父であり、楓の夫の道助だった

 道助が抱き締めたのは楓の亡骸


 首の骨が折れていた

 左の頭蓋骨が陥没している

 頭から棍棒の一撃を受けたことによる即死


 比較的楽に死ねたのだろうか

 いや、身体は傷だらけ

 きっと痛かったに違いない

 でも顔は相変わらず綺麗だ


 道助は楓の唇に優しく自分の唇を重ねる


「楓ぇぇ。愛してる。おめぇは綺麗だな。んでよぅ。最期まで守ってくれてたんだなぁ。俺たちの赤ちゃんをよぉ」


 楓の両手は腹を護るように腹部に重ねて置かれていた

 苦無は握られてない

 恐らく死を覚悟したんだろう

 其れでも子を護ろうとした楓の遺志

 そして確信する


 小太郎は無事だ、と


 道助の焦点はもう定まっていなかった

 聴覚も多分機能していない

 呼吸が荒い

 血も止まらない

 それでも、道助の顔は穏やかだった


「楓ぇ。なぁ、おめぇは幸せだったかい?俺はよぉ、出掛けてばっかであんまりおめぇと一緒にいられなかったよなぁ。

 寂しい思いもさしたよな。小太郎にもそうだ。俺は駄目な男だったなぁ。でもよぉ、愛してんだよ。

 おめぇのこと、初めて会った時から今も、ずーっとずーっと愛してる。なぁ、小太郎は大丈夫だよなぁ。

 あいつは強ぇもんなぁ。強くなる。はぁ、か、かえで。俺も今、そっちに逝くから..な」


 道助は楓の手を握り、抱き締めるようにして絶命した


 有り得ない

 でも、そう見える

 道助と楓が微笑んでいるように


「村老様、遅いね。死んじゃったのかな」

「馬鹿野郎。村老様が死ぬ訳ないだろう」

「でも、相手はあのおっかねぇ鬼なんだよ」

「恐いよぅ。お父、お母ぁ。」


 子供達が騒ぎ出す


キーっ、トン


 村老の家の戸が開く音


 女性や子供達の身体が強張る

 村老様?いや、其れとも鬼?


「わしじゃ。案ずるな。鬼は去った」


 その声に安堵する女性達


「じゃあお外に出れる?

 お父さんに会える?

 お母さんは大丈夫だった?」


 子供達が堰を切ったように騒ぎ出す


 村老の顔は曇ったまま

 何かを考えている

 聡明であり、何時だって正しい判断で村を導いてきた村老

 そんな男が深く考え込んだまま喋らない


 十歳くらいの男の子が勇気を出して言う


「鬼は去った。けれど、僕たちは外に出ない方が良いという理由がある。そうゆう事ですか」


 村老はまだ答えない

 男の子は続ける

 

「僕の父は鬼に殺されました。僕の眼の前で、僕を護ろうとして。

 母も、この家に来る直前に、殺されました。僕にはもう、失う物は有りません。

 現実から目を逸らす訳には行きません。見せて下さい。外に出させて下さい」


 男の子の言葉に女達が騒めき始める

 そして、年配の女が言った


「その子の言うとおりです。半蔵様。私達は勇気ある男、いや戦士達に護られ、今を生きています。

 彼らを弔わなければ、私達は一日足りとも生きる資格などないのだから」


 その言葉は半蔵と呼ばれた村老の心にも響いたのだろう


 半蔵は静かに頷き、その場にいた三十人余りの人間を見ながら口を開いた


「申の村は鬼の襲撃によりほぼ壊滅。それでもこれだけの人間が残った。

 それは死を覚悟して、大切な人を護りたいと戦った戦士達がいたから。現実は残酷じゃ。

 しかし、目を背けることは出来ない。皆の者、わしについて参れ。鬼の脅威は退いた。今こそ戦士達を弔う、其の時じゃ」


 恐怖、哀愁、絶望

 その場にいた全ての者を支配していた感情は其れ

 しかし、生かされた

 恐怖を越えて絶対に勝てない相手に挑み、死んでいった愛する者達に

 その想いに報いる訳には行かない


「行きましょう」


 合図をした訳でもないのに声が揃った

 気持ちが一つになったのだろう


 半蔵を先頭にして外へ出る


 覚悟は決めている

 もう恐くなはない


 半蔵のすぐ跡をついて行ったのは小太郎


 春だというのにかなり肌寒い

 鬼から逃げる時は何とも思わなかった


 次いで気付いたのは死臭

 排泄物と生ゴミを合わせたかのような、嗅いだ事のない強烈な臭いが鼻をつく


 まるで人形の様に転がる無数の死体

 首がないもの

 内臓が飛び出ているもの

 ついさっきまで生きていた

 一緒に過ごしてきた仲間達の骸


 嘔吐し始める者もいた

 これ以上の地獄はない

 其れでも半蔵達は、変わり果てた村を歩き

 生き残った者や、子供達の家族を捜した


 一人一人と集団を離れていく

 家族が見つかったのだろう


 皆わかりきっていた

 でも口にしなかった

 この中に生き残った者などいないと


「あ、。」


 小太郎が半蔵達の集団から離れていく


 目の前には手を繋ぎ、隣同士で寝そべっている道助と楓


 刹那

 泪が滝の様に流れる

 息が切れる

 苦しい

 心臓の鼓動も早い

 小太郎はその場に倒れるようにして二つの死体に近づいた


「どうじで。。?おっとぉ、おっかぁ。何で。おいらを置いて。うっうっ、ひっく。

 う。おいら、一人じゃ、何にも出来ないよ。うう、うわー」


 小太郎の泣き声は空に吸い込まれていった

 村の至る所で泣き声と嗚咽が上がっている


 小太郎は未だ五歳

 親が必要な年齢

 まして小太郎は人一倍甘えん坊

 耐えられるはずがなかった


 落ちている楓の苦無を握り、自分の喉元に突き立てる


カラン


 小太郎の小さな手から落ちた苦無

 親にもう一度逢いたい、でも死ぬのは恐い

 こんなに恐いのに、其れを覚悟して両親は戦い、そして死んだ


「おいらを護るために?恐いのに、あんなおっきい鬼。やっぱり勝てっこなかったのに。」


 あんなに強くて豪快だった道助の声はもう聞こえてこない

 いつだってガハハと笑いながら励ましてくれた父

 日に焼けた黒い肌は、見たことがないくらい青ざめている


 小太郎は道助の右手に握られた忍者刀に目を移す

 これは楓が使っていたもの

 そして、鬼に襲われた際、楓が道助に渡したもの


「おっとぉとおっかぁの形見。おいら、これで強くなるよ。」


 忍者刀を持ち上げる小太郎


 想像以上に重い

 こんな重たい物をおっとうは軽々と

 やっぱり強いんだ

 でも、其れでも鬼に殺された


「おっかぁ、悪戯沢山しても優しくしてくれてありがとう。大好き。うっ。

 おっとぉ、いつも色んな話してくれてありがとう。赤ちゃん、護ってあげられなくってごめん。おいらは、お兄ちゃんは強くなるよ。

 仇をとるんだ。鬼を殺す。強くなって、村を襲った鬼を全部殺す。」


 楓の手を握った小太郎

 

 いつも柔らかくて温かった母の手

 父よりも大分小さいけど、その手で頭を撫でられるたびに優しくなれていた

 その手が、硬くて自分の方に引き寄せることすら出来ない


 死後硬直

 

 未だほんのり温かみが残るくらいで、既にして血は通っていない母の手

 大好きだった母の手

 もう二度と自分の頭を撫でることのない、その手 

 

 小太郎の泪は止まらない

 続いて、楓のお腹に手をあてる

 

 いつもなら聞こえてた鼓動


「不思議だねおっかぁ。ここにも心臓があるんだな。今、蹴ったな」


 こんな時に思い返すのは楽しかった日々のこと


 もう楓の腹から鼓動は聞こえない


 忍者刀を握る小太郎の手に力が込められる

 その手からは血が流れていた

 

 父と母、産まれることのできなかった新しい命、其れは間違いなく小太郎の胸の中で生き続ける


 これからもずっと一緒

 大丈夫、もう恐くはない

 弱かったおいら、これからはもう強くなるだけ


 小太郎は両親の亡骸に別れを告げ

 半蔵の後を追った


 小太郎は以後、急激な成長を遂げることとなる

 領主ですら想像し得ないほどに



 結局、半蔵の元に避難せずに鬼と戦い、生き残った者は数名だった

 生き延びた

 と言うよりは死んでいないだけ

 そう言ったほうが正しいかもしれない


 申の村は壊滅状態だった

 村民は生き永らえた者達を鼓舞した

 鬼と戦い、大切な者達を護るために死んでいった戦士達を弔わなければならなったから

 村を、立て直さなければならならない

 半蔵は逸る気持ちを抑えた


 負傷した者

 家族や友を失った者

 恋人を失った者

 全てを失った者


 其々の怒りや悲しみ

 痛みや無念さに喘ぐ

 村人達の泣き声は

 夜通し、村に鳴り響いていた


 村民は今日の日を

 鬼と戦い死んでいった者達のことを決して忘れない

 そう胸に刻んだ



 一方戌の村

 申の村が鬼に襲われていることを、武士達は知っていた


「村が鬼に襲われている。大至急援軍を願いたい」

 

 半蔵が、その言を託した遣いを出していたから


 しかし、援軍が送られることはなかった


 領主が戌の村に対し

「行ってはならぬ。無駄死にするだけぞ」

と猛る武士達を制したから


 領主直轄の戌の村

 そしてそこで育った武士達

 先祖代々、領主の命に従うは絶対

 そう教えられてきた

 刃向かうは親殺しに等しい

 その血にそう刻まれている


 しかし、一人だけ

 領主の命に従いはしたものの、領主に対する反感を爆発させていた男がいた

 その男の名は玄信げんしんと言った


 

 当時、武士達の主流武器と言えば、実は刀ではなく槍だった

 現代の映画等で武士達が日本刀を持って敵を斬ってゆく

 其れは殆ど空想物語と言って良い

 戦場は訓練ではない

 一太刀浴びれば致命傷となる

 何としても先に相手に一撃を浴びせなければならない

 そうなると如何に相手から距離を保ったうえで攻撃出来るかが重要になる

 刀では射程が短か過ぎる

 だから弓使いは重宝されるが、接近戦になれば弓では些か分が悪い

 そこで使われたのが槍


 槍は主に、長い棒(柄)とその先端に付く硬質な部品(槍頭)の二つで構成されている

 基本的に衝撃に耐え得る様に分厚く丈夫に作られていることが多く、刀よりはるかに安価で扱い易い


 だから当時の主流武器は槍だった

 そんな時代に、武器として日本刀を選択した男

 伊藤流剣術を皆伝し、師である父一刀斎いっとうさいが死んだ後は若くして師範となった男

 其れが玄信


 領主直轄の戌の村において、領主に反感を抱いた男、その男が静かに動き始める


第三章 地獄 完


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― 新着の感想 ―
ちょっと、第三章......... 悲しすぎる 切なすぎる なんて言って良いかわかんない ただ泣きました。 小太郎、強くなるんだよ!!
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