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桃紅の約束 〜拾

「小太郎、前!!」


 与一の叫び声で小太郎が前を向く

 領主が直ぐ目の前まで来ていた

 そして、領主が金棒を振り被った


「…影羽えいは!!」


 そう言って小太郎が服の中から黒い布を瞬時に取り出した

 布は大きく広がって領主の視界を奪う

 薄暗い城内

 小太郎の後方にいた与一からは、まるで小太郎が翼を広げて領主を抱き抱えたように見える


「すげぇ…」


 与一が感嘆の声を漏らす

 然し、其れも束の間

 領主が布を払い除け、小太郎の行方を追っていた


「小太郎、右、左」


 与一の声に合わせて駆ける小太郎


「右だぁぁ!」


 後方から領主が追ってきているのがわかる

 でも振り返らない

 与一の声で充分

 

「左に二歩、跳んで右へ」


 まるで後ろにも目があるかのように、小太郎は後方の領主からの金棒を避けていく


『良いか小太郎

 人間ってのは結局一人じゃ、なぁんにも出来ない

 仲間が大事なんだ

 自分だと思って、愛せ

 がはははは』


 其れは小太郎の父、道助の言葉


「圧倒的な個の力の前に、逃げてばかりだな」


 領主の声が響く

 

 父ちゃん…

 今なら本当にわかるんだ

 大事なのは、仲間…

 

『小太郎は優しいね

 良いお兄ちゃんになるね』


 母、楓の声も聴こえてくる

 小太郎はちらりと仲間を見た


 才蔵からの話を真剣な表情で聞いている桃

 小太郎を心配そうに見ながら、弓を構える与一


 母ちゃん…

 優しくなれたかな

 でも今は、皆を護りたいって強く思うんだ


「小太郎、しゃがめぇぇぇぇ!!」


 与一の叫び声

 咄嗟に右足を開き、左手を地面に付けながら屈んだ小太郎

 

「ちぃぃぃぃ!」


 そして其の上を領主が金棒を振りながら飛び越える


 与一は目を閉じた

 さっきまで流れていた時間がぴたりと止まり、万里の掟を覆す

 角度を付けて置かれた砂時計が、ゆっくりゆっくり時を数えていくように

 

 音も、風も、臭いも

 全てが消えて、与一だけの世界が広がる


 自分の言う通りに、振り向くこともないまま前を向いてしゃがむ小太郎

 其の上を飛び越える領主

 才蔵は桃の手を取り、目を瞑って、何かを託そうとしている


 止まった時の中

 与一は冷静に分析をして、弓を構えていく

 

 与一の弓

 其れは父総士が名付けた名

 光を当てれば、不思議と虹色に輝く長弓が今、暗闇の中で僅かに其の光を放つ


 精神を研ぎ澄ませる与一

 下端が折れ、矢で添木をしている弓

 手甲鉤の紐が、弓の虹にもう一色、瑠璃色の光を加えている


 此の状態じゃ強烈な一撃は放てない、けど


『良いか与一、獲物だけ狙えば良いってもんじゃない

 時には、もっと効果的な的もある』


 わかるよ父上、今なら…


 与一は未だ眼を開けない

 

『兄しゃま、兄しゃま』


 御前、本当に立派になったな

 兄も今、友を護るために成長して見せよう…


 そして、矢を放った


ビュンッ!

 

 同時に、急に流れ出した時間


「ぶはっ、其の折れた弓で、何処を狙っとんのじゃ…」


 与一の放った矢は、領主の遥か上空へ向かっていった

 漸く眼を開いた与一の口角が僅かに上がる


「影縫いっ!!」


 しゃがんだ状態の小太郎が、肩と頭を地面に付けながら刀を振るって回転した

 其の刃は、領主の具足の隙間を縫って、踵の筋を斬りつける


「おし!

 ….なんつー硬さだ」

 領主の皮膚は硬質化していて、思ったより深い傷は付けられていない

 然し、領主の体勢が一瞬、ぐらりと崩れた


「狙い通りだ!」

 

 与一が叫んだ

 与一の矢は、領主の上方、天井の梁に掛かっていた松明へと一直線に向かっていた

 そして、松明は矢に弾かれて落下を始め、重力を伴って領主へと降り注いだ


「ぐ、ギィィィィィイイ!!!!」


 松明が領主を包み込む

 まるで、正義の炎龍が悪を喰い殺すように


    


…才蔵の願いを受け、与一が小太郎の下へと駆け出した後、才蔵は桃に向き直っていた

 

「桃、最後の一振りをお前に託す

 過去も未来も、お前の一撃と共にある」


「うん、だけど、届くのかな

 余りにも大きな力の差…」


「自分を信じろ、桃

 お前は此処まで来た

 友を、仲間を信じてきた結果だろう

 其の皆が信じたお前自身を、お前が信じるんだ…」


 仲間に視線を移した桃

小太郎が、与一の声を受けて、領主の攻撃を躱していた


頼もしくて、大切で

護りたい、仲間…


 桃が才蔵に視線を戻す

 其れに気づき、小さく頷いた才蔵


「皆が此処まで来れたのはお前の力だ

 そして、お前の力は皆がくれたものだ

 桃、縮地だ」


「どれだけ鍛錬しても、縮地には届かなかった

 だけど、もう一度だけ

 皆の想いと一緒に…

 今なら、辿り着ける気がする」


「全ての想いを、一撃に託せ

 俺は、お前を信じてる」


 才蔵の瞳の奥に見えた黒点は、希望の光に満ち溢れていた

 折れた村正から、再び淡い紅の光がほどばしる


「桃、俺の想いも乗せる」


 才蔵は桃の手をとった

 村正を包む紅の光

才蔵の手を伝って桃が持つ雷切へと流れていく


「…綺麗」


 桃が言うのも無理はなかった

 雷切を包んでいた青の光は、村正の紅の光と融合して、透き通るような淡い紫の光を放っていた

 才蔵の袴の胸部分に縫われた葛の花の刺繍

 木漏れ日のような優しい光が溢れていく


「母さんの想いも、な」


 桃は漸く立ち上がった

 其の右手に握られた雷切

 此れまでとは比べものにならないほどのまばゆい光を放つ

 光の色は紫

 其れは、具教が持つ童子切安綱から溢れた禍々しい紫ではなく、傷ついた者を柔らかく包み込むような優しい淡い紫

 

「さぁ、行こう雷切

 新しい未来を切り拓くために…」


 紅蓮の炎に包まれていた領主

 次第に其の焔が消えていく

 領主の金棒と、甲冑が吸い込んでいる


「ふぅ、熱い熱い

 然し此の身体は強いのう

 そろそろ終わりの時間だ」


 領主の持つ金棒と甲冑が赤黒く変色していた

 領主は殆ど表情を変えずにそう言うと、再び屈んで身体から漆黒の瘴気を放った

 辺りを黒い霧が包んでいく

 再び領主の表情がぶれ始める


「シ、心眼モ、ツカえまいぃぃぃ

 ギ、ギィィ

 コロスコロス」


 桃は静かに眼を閉じた

 それまで見えなかった強烈な殺意、肌の細胞一つ一つで感じ取れる


『眼は見るためにあるんじゃねぇ、見抜く為にある』


 剣、いや人生の師、玄信の言葉

 

 そうだね

 今私は、本当の心眼を開眼させる

 有難う…


「領主、貴方は罪もない人々を、玩具のように殺した」


『桃、怪我はないか、爺は心配した』


 祖父、翁は桃が転ぶだけで、血相を変えて駆け寄ってきた


「力に、欲に溺れ、民から大切なものを奪った」


『かぐや…

 ごめんね、桃、どうしたの?』


 祖母、媼はいつも見えないように泣いていた


「何もかも、自分の思い通りに…」


『この子の名前は桃太郎』


 お母様…

 私は…

 貴方に、貴方に逢いたかった


「私は、雉の村の桃太郎

 かぐやの娘

 あなたに傷つけられた全ての人の想いを乗せて…」


 此れまでに出逢った全ての人達の顔、言葉、想いが蘇る

 悔しい、悲しい、切ない、やりきれない

 其れでも皆、明日という希望に向かって懸命になって生きている

 光、大切な人を護るために


「貴方を止める…!」


 雷切が纏う淡い紫の光が大広間全体に広がる

 領主の放った黒い瘴気を晴らしていく


「私達は、新しい未来へ」


 桃が目を開く


「紫電…」


 大広間に広がった光が桃を包み込むと同時に、桃は領主目掛けて駆け出した

 それは最早縮地を超えるほどの速さ

 桃はまるで空間を突き抜けて、領主の間合いへと飛び込んだ

 

 もう金棒は間に合わない

 目を見開き、雷切を高く構えた桃


「一閃!!」

 

 紫電一閃

 其れは死地における戦いの中、桃が編み出した技

 雷切の青と、村正の淡い紅

 才蔵の胸、葛の花の優しい光

 合わさりし美しい紫の光

 其れを纏った桃

 神速とも呼べる速さで領主の至近距離へ移動し、光り輝く雷切を振り下ろした


 領主の甲冑を捉えた雷切


バキィィィィィン


 爆ぜる音の後、領主は雷切の衝撃で吹き飛ばされた


 雷切を纏っていた光、桃を優しく包み直す

 其の場にいる全員が固唾を飲んで領主の動向を追う


「やった、のか…」


 壁に激突した領主は未だ体を起こさない


はぁはぁ


 其の場で力なく倒れそうになった桃を、駆け寄った与一が抱き抱える


 全身全力の一撃

 殺すでなく活かす、赦すための一撃

 ただ当てれば良いだけじゃない

 神経の注ぎようは半端じゃない

 本当に凄い人だよ、桃


「与一、ありがとう」


 桃がそう言って体を起こす


ピシッ


 微かに響く軋みの音

 其れは雷切の刃から聴こえた小さな悲鳴だった


 分厚い領主の甲冑への全力の一撃による激しい衝突

 刀にかかる負担も相当なものだったのだろう

 雷切は其の身を削りながら、桃の想いに応えた


「雷切、ごめんね

 …ありがとう」


 雷切は未だ淡い光を放ちながら、一旦明るく光って呼応してみせた

 まるで

『大丈夫

 こちらの方こそ、ありがとう』

とでも言っているように見える


ガラガラ


 四人が音のした方を見る

 領主だった

 領主がゆっくりと立ち上がる


 四人に緊張が走る


「これで、駄目ならきついな…」


 小太郎が冗談混じりに言った


 領主の甲冑は見事に真っ二つに割れ、領主の胸には桃の紫電一閃の跡が残っていた

 胸から腹にかけて僅かに出血している

 然し、硬質化した皮膚のおかけなのか、傷は浅い様に見えた


「止められなかった…?」


 桃が落胆するように言った


 与一が松明を落としたせいか

大広間は先程よりも一枚多く、闇の衣を被されたように薄暗くなっていた

 

 領主は何も言わない

 然し、其の肌の色が次第に人間のものへと変色していく

 生えていた角もいつの間にか消えていた


「くっくっく

 何が未来だ

 愛だの希望だの

 笑わせてくれる」


 よろめきながら言った領主

 人間の身体へと戻った反動か

胸部からは先程よりも多くの血が流れ始めている


「世は戦国時代

 人を殺せば殺しただけ評価される

 わしが消えても、時代なんぞ変わらぬ

 未来永劫、欲を求めて力を持つ者が現われ続ける

 何も変わらん」


ドン


 石畳に膝をついた領主


「いずれお前にも分かるときが来る

 わしは悪者なんかでないことがな…」


 大広間に一筋の風が吹き込んだ

 風は、桃の髪と衣を柔らかく揺らし、雷切の残光を掻き混ぜながら、静かに、厳かに通り過ぎて行った



---其の時だった


ドンドンドン


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