桃紅の約束 〜捌
…数年前のこと
鶴姫が自らの部隊を率いて、領主と共にある村の侵略に繰り出していた
村人たちが激しく抵抗してきたことから、領主の命が皆殺しに変わった
至る所に火を放った
抵抗を止めて逃げ惑う人々を、鶴姫の部下が次々に殺していった
炎、煙、血、死体の臭い、其れは此の世のものとは思えないものだった
泣き喚く声が次第に聴こえなくなり、鶴姫が最後の確認を行っているときだった
鶴姫の目に飛び込んできたのは瓦礫に隠れる少女
少女と鶴姫は目が合ったまま、お互いが動けずにいた
皆殺しにせよ
領主の命令は其れ
然し、鶴姫には出来なかった
鬼と呼ばれて虐げられ、村人を殺して申の村を出た過去を持つ鶴姫
ずっと孤独だった
楓という存在がいなければ、本当に独りぼっちだった
村を出てからも其れは彼女を苦しめた
孤独の辛さは、誰よりも知っていた
家族や村を持っていながらも孤独だった鶴姫
家族や村を奪われてこれから孤独になる少女
其の少女に、自分を重ねてしまった
結果、手を下せず、ただ見つめるだけになった
然し、次の瞬間
グサっ
「へへへ、これで最後か」
少女の胸に刺さった矢
鶴姫の部下が放ったものだった
其の部下は何も悪くない
ただ、命令を遂行しただけ
然し、当時の鶴姫に複雑な感情が湧いていた
部下は褒めてくれと云わんばかりに鶴姫に近づいた
「良くやった」
絞り出した言葉だった
本意なのか分からなかった
胸に残るは不快感
其の直後だった
「ひかりぃぃぃ!
ひかりぃぃ、どうしてぇぇ、ひかりぃぃぃ!!!!!」
何処かに隠れていたんだろう
ひかりと呼ばれた少女の下へと駆け寄ってきた父と思われる男
其れが、”あまくに”だった
あまくにはひかりを抱き抱えた
「お、とう、さん…」
ひかりはそう言って息絶えた
あまくにの悲鳴は、其れまで聞いたことがないくらい、悲壮な心の叫びだった
父親の目の前で娘の命を奪った
たった其れだけ
村人の命を奪うのはいつものことじゃないか
自分の姿に重ねた少女が殺され、泣き叫ぶ父がいて
嫉妬なのかなんなのか
此の感情はなんだ?
感情を閉ざしていた鶴姫の心に刺さった、容易に抜けそうにないとげ
其の時後方から聴こえた
「ぶはっ!!こりゃあ良いねぇぇぇ
大の男が、そんな情けない顔して泣くとは
愉快愉快、良いねぇ其のどうしようもないって顔
よぅし、きーめた」
領主だった
人の心を弄ぶことが大好物の男
領主の眼には其の光景が滑稽に映っていたのだろう
あまくにはひかりの亡骸を抱えながら領主に感情を爆発させた
「よくもぉぉぉ、よくもひかりをぉ!!」
領主は笑いながら鶴姫を指さした
「俺じゃないだろう?
彼女がやったんだよ
名は鶴姫という
鶴姫がお前の娘を殺したんだよ?
のぅ鶴姫?」
あまくにの憎しみの籠った瞳
鶴姫に向けられた其の目は、鶴姫の胸のとげを、深くに押し込んだ
きっと其の眼は、一生忘れることはないだろう
「よぅし、そいつを連れてこい
あれの実験台にするぞ」
次の瞬間、あまくにの身体に何本か射ち込まれた矢
其れは致命傷を外して手足に突き刺さっていた
ドサァ
最愛の娘、ひかりの遺体を地面に落として、あまくには其の場で倒れこんだ
あまくにの、声にならない悲鳴が響いていた
其の日の其の後のことは殆ど覚えていない
ただ、其の男があまくにという鍛冶屋の男で、鬼の血を注入される実験台になったということ、後から領主に聞いた
然し、其の後、あまくにの話は出なかった
死んだと思っていた
思いたかっただけなのかもしれない
記憶に蓋をしていたんだ…
…鶴姫は何も話さなくなっていた
ただ黙って地面を見つめて、震えていた
「ひかリィ、ころしたノハ、おま、ツルヒメでしょ…?」
半鬼となったあまくにの顔がみるみる強張っていく
「鶴姫ぇぇぇぇぇ!」
バシンっ!
其れは梅喧が鶴姫の顔面をはたいた音
「っ?!」
漸く震えが収まる鶴姫
「しっかりしやがれ!
抑も、俺達の罪は消えやしねぇ!
いいか!?
だからって目を背けんじゃねぇよ
桃も言ってただろうが
生きて、生きて、償うしかねぇんだ
今、お前にゃ何が出来る??
そうやって現実から目を背けて震えて、泣いてるだけか?
ちげぇだろう鶴姫
なぁ、生き抜いて、償いまくって、辛くてもなんでも、生きるしかねぇんだろうがぁ!」
此れは梅喧が、自分自身にも向けた言葉だったかもしれない
思いのまま言ったから、声が枯れたけど、ついでに毒も吹っ飛んだみてぇだ
お前が必要だまでは言えねぇけど
なぁ、わかってくれよ、鶴姫
「…すまない、梅喧
お前の言う通りだ
お陰で目が、醒めたよ…」
鶴姫の瞳に再び灯った希望の炎
其れは不安定で、強い風に耐えられないかもしれない
けど其れで良い
人間は抑も不安定
弱いから、不完全だからこそ助け合える
完璧じゃないから、痛みがわかる
梅喧はこれから先もこうして、鶴姫の傍にいて、護りたいと強く思った
其れは鶴姫を抱きしめる腕の強さにも表れていた
「ちょっと痛いぞ
あまくに、此れは私と貴方の再生の戦いだ
共に未来へ…」
慌てて腕を解いた梅喧に少し微笑んだ後、鶴姫は地面に置いていた金時の鉞を握って持ち上げた
鉞は金色の光を放って鶴姫に降り注いだ
其の美しい姿は、神々しくもあった
「そうだな金時、私はこれで合っているか?」
其の声に呼応するように光る鉞
梅喧と鶴姫は、再び半鬼となったあまくにと相対した
「かえせ、ひかり、かわいい、ヒカリ、かえ、せ」
鶴姫へと向かって来るあまくに
刀を振るう速度が先程よりも増した
鶴姫は鉞をあまくにの刀に丁寧に合わせていった
まるであまくにの心の叫びに、一つ一つ応えていくように
「ひかりはもう戻ってこない
でも、償わせてほしい…」
「モドッテこない?ひかり、いのち、ヨリモたいせつ」
あまくにの一言一言が胸に突き刺さる
鶴姫の心の奥に刺さったとげが、より奥へと沈んでいく
鶴姫の振るう鉞は、金色の軌跡を残して空に消えていく
あまくにを殺すではなく、活かす道筋を探している
「ひかり、ひかり」
あまくにの身体から、黒い染みが少しずつ消えていく
「ひかり、ひかりを返してくれぇぇぇ」
あまくにの目から流れ続ける泪
刀を振るう力は変わらない
一瞬の隙を突いて、梅喧があまくにの刀を握る手に鎖鎌の分銅を投げつける
あまくにの手から刀が弾き飛ばされる
続いて梅喧があまくにの両手錠の鎖に分銅を巻きつける
あまくにの動きが封じられる
「前を、前を向いて生きて
あまくに
ひかりの為にも!」
鶴姫がそう言うと、鉞の金色の光があまくにを包みこんだ
其れは不思議な光景だった
まるで魔法のよう
鉞から放たれた鮮やかでた優しい金色の光
あまくにを抱きしめているように見える
「ひかり、なのか…」
「どうして、どうしてお父さんを置いていった?」
「お父さんは、お前を殺した人を
仇をうつよ」
「もう、刀は打ってないんだ
鍛冶屋はやめた」
あまくにがうわ言のように話し続ける
「赦す?どうして?
お前を殺した人を
お父さんは一生恨み続けるよ」
「どうして?お父さんはお前だけが全てで」
「望んでない?
昔のお父さんに戻ってほしい…
此の姿が醜いか」
「いや、まだ、未だだ行かないでくれ、ひかり
お父さんは、ひかりがいないと…」
あまくにを抱きしめていた金色の光は、穏やかに空へと上り、消えていった
其の光景を呆然と立ち尽くしながら見ていたあまくに
其の身体から、呪いの様にまとわりついていた黒い染みが消え、顔には生気が戻っていた
そして、其の目が鶴姫を睨みつける
「鶴姫…俺はあんたを赦さない…」
「赦してもらえるとは思わない
ただ、償いをさせてほしい
貴方が、これから前を向いて歩けるように」
「でもなぁ
うっうっ、ひかりが言うんだよ
もう、いい
もういいよお父さんって…」
力なく座り込むあまくに
「俺も、最愛の妹と弟を殺された」
梅喧が口を開いた
「気持ちがわかる、なんてこたぁ言わねぇ
お互い背負うもんがちげぇからな
だけどな、俺は復讐をやめた
弟達がよぉ、立派な兄ちゃんでいてくれって
そう言ってるような気がしてな
其れを教えてくれた人がいて」
梅喧の目が潤んでいる
そんな目もするんだな
「大切な人を亡くす気持ちはよぉ、治る傷じゃねぇ
だからこそよ、其れに囚われてばかりじゃなくて、其の子の分まで幸せに生きてやったらどうだい?
俺は思うよ、弟達が生きてて、俺がもし殺されたら
復讐なんかしねぇで、幸せに生きろってな
今だからそう思えるだけかもしんねぇけど」
あまくにの両手錠に絡みついた分銅を解きながら、梅喧が小さく言った
未だあちらこちらで戦闘している音にかき消されて、全部が全部、あまくにには聴こえていないだろう
でも、あまくにの心にはしっかりと届いている
「貴方が幸せに生き続けることで、今度は貴方が誰かの希望になる
生き残った私達がするのは、殺し合いじゃない
復讐でもない
幸せになって、光り輝くこと」
鶴姫は胸に手を当ててそう呟いた
ほんの少し
胸のとげが小さくなった気がした
あまくにの目からとめどなく流れる泪
「お父さんも多くの人を殺してしまった
数えきれない過ちを犯した…」
事実、半鬼となったあまくには、数多の戦場に駆り出された
其の頃のあまくにの心を支配していたのは殺意だけ
ひかりを失い、鬼の血をに注入され、狂戦士として多くの命を奪った
いや、奪わされていたと言った方が正しい
人をまるで玩具のように扱う、領主の遊びの一つとして…
勘介の遺体を眺めながら、あまくには拳を強く握る
「生きていれば、償うことが出来る」
鶴姫が優しく言う
「誰かの光に…
お父さん、もう一度前を向いて、生きて
幸せになっても良いのかな…」
半鬼という戦闘人形にされたあまくに
だが其の目には、過去の復讐に縛られた自分は映っていなかった
鶴姫と梅喧、そして勘介の祈りが、あまくにの呪いを浄化させた




