桃紅の約束 〜柒
力を振り絞って鎖鎌を振り回した梅喧
パシッ
其の鎖鎌がいきなり止められる
梅喧が慌てて振り返った
「随分と苦戦してんじゃねぇかよ、おい」
梅喧の鎖鎌を止めたのは、先程具教と死闘を繰り広げた玄信だった
後方から梅喧の鎖を掴んでいる
腹部の袴は真っ赤に染まり、隙間から包帯が見える
其の包帯も真っ赤に染まっていた
「あぁ?邪魔すんじゃねぇよ
何しに来たんだよ雑魚が、てめぇの方こそ瀕死じゃねぇか」
梅喧は強がって下を向き、更に
「…おせぇんだよ
クソが」
照れ隠しだろうか
顔を逸らしながら言った
「…後は任せろ
鶴のところに行ってやれ」
其れは聴き慣れた声だった
玄信の声ではない
梅喧が再び顔を上げて驚愕する
「具教!?
てめぇ生きてたのかよ」
声の主は具教だった
毒で視界が霞んでいて、玄信の隣に立つ具教に気付かなかった
具教の右肩にも、真っ赤に染まった包帯が何重にも巻かれていた
梅喧は意地悪に笑いながら言った
「って、具教、てめぇも瀕死じゃねぇかよ
刀振れんのかよ馬鹿野郎」
また顔を背けて言った梅喧
然し誰が聞いてもわかるほど、梅喧の声は弾んでいた
「左手がある」
具教はぶっきらぼうにそう言って、左手で素早く刀を振るって見せた
「俺だってもっと寝てたかったんだけどよ
てめぇらが騒がしいのなんのって
まぁ、そういうこった
此処は任せろ
半蔵殿も駆けつけてくれてる」
遠くでは、山賊の大群と戦う半蔵の姿
派手な遁術で、山賊や武士を圧倒している
「…けっ、あ、有難うよ
毒に気をつけろよ」
此の状況でも上手く素直になれない自分を、少し忌まわしく思った梅喧
やっとの思いで振り絞った感謝の言葉
玄信から手渡された水筒の水を全て飲み干して、鶴姫の下へと駆け出した
「さぁて、具教
お互いにあんま長くは持たねぇだろ
ちゃっちゃとケリつけようぜ」
梅喧の背中を見送りながら言った玄信
時折、傷が痛んで顔が歪む
おまけに左手の指が全部折れてやがる
原点回帰、一天流だ
「ふん」
具教は無言で小さく頷き、左手に持った刀を目の前に構え、風神の下へ駆け出した
「光栄だよぉ、あんた龍王だろ
此れは良い、瀕死だねぇ
手柄を上げられるよ!」
風神は槍を八の字に振り回しながら具教を牽制した
「風のように舞って、殺してあげるよ」
風神が具教目掛けて高速の突きを繰り出す
風神、面白い名だ…
だが、安易に風を名乗るのは気に入らない
あの子の風のほうが、何倍も速く、美しい
あの風は命を運び、繋げる
然し、お前の風が運ぶのは、毒だ
左手の刀で器用に槍を受け流して間合いを詰めていく具教
風神はにやりと笑って右腰に付けた小さな袋を具教に向かって投げた
具教の顔面に当たって弾けた袋
中から液体が流れ出す
「きゃははは、死ねぇ」
風神が投げたのは水に唐辛子、山椒を混ぜた催涙効果のあるもの
山賊の中には素破出身の者も多く、こうして遁術のような小道具を持ち歩く者も多かった
一時的だが確実に視力を奪える
風神は好機とばかりに、具教が怪我をした右肩を目掛けて突きを繰り出した
ズブ
槍は具教の肩に深く入り、また血が流れる
「毒入りだよ
大したことないね、龍王ちゃん」
後ずさりする具教
奪われた視界は未だ戻らない
長引けば、毒が回る
仕方ない…
具教の背中に玄信の背中がぶつかる
「はぁ、はぁ
よぉ相棒、こんな雑魚相手に負けんじゃねぇぞ」
「貴様こそ」
玄信は具教の返答を聞くと、再び雷神目掛けて縮地を繰り出した
縮地をする度に腹部から血が流れる
身体中の筋肉を爆発的に収縮して広げるから、負担が大きい
「お前の縮地は見破った
此の双剣の餌食にしてくれるわ」
雷神はそう言って玄信目掛け双剣を振るう
然し、其れは残像
「なっ!!」
いつの間にか後方へ回り込んだ玄信
峰打ちにした兼重を雷神へと振り下ろした
其れは目に見えぬ程の速さ
たった数秒の間で、数発峰打ちを叩きこんでいた
「馬鹿野郎
身体に負担が掛かるから加減してただけだ
お前如きが縮地、二刀を語るな
…そして、雷もな」
玄信の脳裏には、青白い光を纏った雷切を振るう桃の姿が浮かぶ
「本物の雷はお前だけだ、桃
あぁー、くそ
今度こそ本当に疲れた」
其の光景を横目に見ていた具教と風神
「卜伝流…」
具教が目を瞑ったままそう呟いた瞬間
止まっていた風が吹き込んだ
「風が…」
そして其の風は、突風となって風神に向かう
「風之太刀」
具教はそう言って風神の斜め前に瞬時に移動し、槍を払いながら其の勢いのまま風神の首筋に刃をピタリと当てた
「目を瞑ったままの左手だからな
勘弁しろ…」
風神の首筋から流れ落ちる血
幸いかすり傷で、致命傷には至らないだろう
ドン
其れは後方から風神の首筋に玄信が手刀を放った音
風神は白目を剥いて倒れる
「ちょっと血が流れすぎたな」
玄信が腹を押さえながら笑う
具教の視界は未だ戻りそうにない
…綾、無事か
左手で右肩を押さえながら具教は思った
風神の毒が今頃になって酷く効いてきた
そして、再び倒れ込んだ
…「鶴姫ぇ!大丈夫か?」
破損した薙刀を持ってただ呆然と立ち尽くす鶴姫に向かって叫んだ梅喧
どうやら身体に傷はなさそうだな
だけど…
倒れている勘介の姿に気付いた梅喧
既にして死んでいる
半鬼は、時折まともな顔に戻ったかと思えば、狂ったような表情になる
安定しない、不気味な様相だった
鶴姫は何も応えない
心なしか、怯えているようにすら見える
焦点が定まっていない
何かされたのか…
半鬼は鶴姫を見つめたまま動かない
「鶴姫、お前だぞ…」
「此の男をこんな姿にしたのは」
「覚えているだろう、あまくに」
「お前の罪は消えない、なぁ、ひかり…」
其れはまるで領主の声色
幻聴なのか
いや、確かに鶴姫の心に聴こえてくる
『お、とう…さん』
「いやぁぁ」
鶴姫が耳を塞いでしゃがみ込んだ
薙刀はもう、地面へと落ちている
「どうした鶴姫!?
しっかりしやがれぇ!」
梅喧が鶴姫の下へと駆け寄って抱きしめる
幸い、さっき飲んだ水のおかげで毒が緩和された気がする
鶴姫は震えていた
まるで怖い夢を見て震える少女のようだった
「あれは、あの半鬼は…」
半鬼は鶴姫を見つめて其の視線を逸らそうとしない
「ひ、ヒカ…り。ヒカリをか、えせ
おと、オトウ、さんは、ここ、だよ」
半鬼の口が開いては閉じる
其れは言葉というより、ただ文字を発しているだけに見える
「もう、戦えない
あの人とは戦えない」
鶴姫は半鬼と目を合わせない
其の弱々しい姿に、複雑な感情が入り混じる梅喧
「半鬼…あれはあまくにという名の刀鍛冶
私が殺した少女の父親」
半鬼の目がカッと見開く
微笑んでいるのか、怒り、憎しみ、悲しみの表情なのか
全く読み取れない




