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葛の花、紅き刃に咲く 〜陸


「あぁ、そうだよ

 しつこく私に話しかけて、村の皆を説得しようとした

 『あの子は皆と何も変わらないんだ。仲良くしてあげよう』って

 余計なことを」


 再び曇る鶴姫の顔


「其れからだよ

 私に対する集団暴行が始まったのは

 私はもうどうでも良かった

 無視されても何でも、唯、空気の様な存在で静かに生きていければ良かったのに

 楓のせい

 楓のせいで私は受ける必要のない暴力を受けるようになった

だから

楓を殺してやろうと思った」


「そんな…そんなことって」


 鶴姫が薙刀に視線を移す


「毎日毎夜、殴られて、蹴られて

そんなことが続くうちに、何かが弾けたんだろうな

 私は深夜、小屋から薙刀を持ち出していた」


「おいおい、まさか」


「自宅に戻って両親を殺したよ

 泣きながら謝っていたがな

 何の感情も湧かなかった

 虫を捻り潰すのと何も変わらなかった

 生暖かい返り血を浴びる度に、私は生きているんだと実感したよ

 親は素破の癖に、少しも戦おうとしなかった

 実の娘に、あんな怯えた目をするもんなんだな

 まるで本物の鬼でも見るように

 其の後のことは良く覚えていないが…

私に暴力を振るった奴

 全員殺した

 終わる頃には、身体中血まみれになってた

 此の甲冑は、其の時のことを思い出させてくれる色なんだ

 生きている実感がする色」


 小太郎は何も言葉を返せずにいた

 鶴姫の告白を、脳が真実として受け入れるのを拒んでいた

 そんな小太郎を、感情のない目で見つめる鶴姫


「其の時、楓を殺そうとは思わなくなっていた

 私を虐げてきた屑共を葬れたことで、満足したんだろうな

 悲鳴に駆けつけて来たのは半蔵だったよ

 鬼と呼び蔑まれてきた私

 そんな私が返り血で真っ赤に染まった姿を、ただ茫然と見つめてた

 半蔵は暫く沈黙した後『行け』とだけ言った

 集団から暴行を受けていた時、半蔵は見て見ぬふりをしていた

 仲間を殺した私を、止めるでも諭すでも、まして倒す訳でもなく、唯行けと

 十歳そこそこの娘相手に、手練れの素破だと威張っていたくせにな

 腰抜けの屑野郎だ

 其の時が最後だった

 私が笑ったのは」


 狂気染みた其の告白に、小太郎の視線は最早定まっていなかった

 鶴姫は少し体勢を変えて小太郎に横顔を見せるように立った

 鬼と呼ばれた女の美しく妖艶な横顔は、未だ其の語りを止めない


「身体中から、心の底から生を実感した瞬間だったよ

 私をしばりつける者は、もう何もないんだ

 やっと自由を手に入れたんだってな

 其れからの生活は容易くはなかったが、村での生活に比べたら何でもなかった

 唯、感情は戻ってこなかった

 人を殺すことでしか、生きている実感を得られなくなった

 殺しても殺しても、満足はしないがな

 小太郎、お前を産み、育てた申の村とは、そんな村だ」


 小太郎の拳が、身体がぶるぶると震えていた

 其の根源にあるものは怒り、悲しみ、そしてどうしようもないほどの哀れみ


「…ざけんなよ」


 大地を揺るがす道太郎の様な低い声で小太郎が言った


「確かに、お前の人生は不幸だったかもしれねぇ

 誰にも理解されなくて、虐げられて、相当きつかったと思うよ」


 小太郎は、右手にはめていた手甲鉤を丁寧に外して地面に置いた

 しゃがんだ姿勢のまま、背負っていた楓の忍者刀の柄を、右手で強く握り締めた


「けどな」


 そう言って顔を上げて立ち上がった小太郎

 同時に鞘を外して、忍者刀を右手で逆手に持ち変える

 刀身が、雨を降らす雲の黒色を吸収して、まるで泣いているように鈍く光った


「やって良いことと、悪いことがあんだろうが…

 少なくとも、母ちゃんはお前を想ってた

 お前の苦しみも、孤独も、痛みも…

 母ちゃんは赤色が好きだった

 その色の毛糸を使って編み物をしている時、寂しそうにしていることがあった

 村民を殺して血に染まったお前を母ちゃんは見たんじゃないか

 母ちゃん、お前を救いきれなかったこと、悔いてたんだよ」


「想像に過ぎぬな」


「確かにわかんねぇよ

 けどな、母ちゃんにたっぷりの愛を注いでもらって育った俺には、母ちゃんの優しが誰よりもわかる

 母ちゃんは、お前を本気で救おうとしてた

 でも出来なかったこと、悔いてる

 天国でもきっと今泣いてる

 お前を救えなかったこと

 俺とお前がこうして戦ってること」


 小太郎の身体から立ち上がった湯気が、小太郎を包み込んだ

 体温が上昇した結果に過ぎないかもしれない

 然し、見える

 楓の愛と優しさが、小太郎を優しく護ろうとしているように


「わかったような口を

 結果何も出来なかったのなら、何もしなかったことと同じ

 いや寧ろ、楓の優しさとやらは、私の殺意の種になった」


「いい加減にしろよ

 お前を虐げた奴らも悪いことをした

 当然其の報いは受けるべきだろう

 でも、殺しちまったら駄目なんだよ

 鶴姫、お前は復讐の仕方を間違えた

 沢山の命を奪った

 だから其の報いは受けてもらう」


「良いだろう、但しお前が私を殺せたらの話だ」


「殺しなんかしねぇ

 俺は、母ちゃんの想いと一緒に戦う

 そんで、お前の中に残ってる感情を引っ張り出す

 これからの未来、お前がしたことを精一杯償って生きて貰わなきゃならない

 そんで、お前にだって幸せを感じてもらいたい」


「戯言を…」


「行くぞ鶴姫

 此れはお前の心を、取り戻すための刃だ」


 鶴姫の瞳が揺れていた

 今にも泣き出しそうに見えた

然し、直ぐに無に戻る

 今度は怒りにも似た、歪んだ光を蓄えた瞳を小太郎に向けた


「黙れぇぇ」

 

 其の言葉と共に鋭く振り抜かれた薙刀

 小太郎の忍者刀と激突した


 力じゃ勝てない、押し切られる

 けど、力じゃないんだ


「鶴姫、辛かったよな」


 小太郎は忍者刀を咄嗟に引いて身体を一回転して薙刀を躱す


「うるさいっ」


 鶴姫の薙刀は、まるで鞭のようにしなって小太郎の首を目掛けて飛んでくる

 先程、異常なまでに強い雨を降らせた黒い雲はもう遥か遠くへ移動していた

 代わりに薄っすらと差し込む日光が、鶴姫の顔を照らし始めた


「もう大丈夫だ

 泣かなくて良い」


「泣いてなどいない

 ほざくな、小僧」


 石畳には所々水たまりが出来ていた

 其のぬかるみにはまってしまえば、鶴姫の鋭い一閃を躱すことは出来ないだろう

 然し、小太郎には鶴姫の動きが見えていた


 鶴姫は泣いてなどいない

 然しそう見えた

 水たまり越しに見る鶴姫が、まるで泣いているように


「昔のことはわかなんねぇけど

 少なくとも、おいらが育った申の村は、偏見や虐待等ない、優しい村だった

 皆、失敗する

 でも其の失敗を教訓にして、同じ過ちを繰り返さぬよう前に向かって進んでる

 復讐なんてのは負の連鎖だ

決して断ち切ることの出来ない不断の鎖なんだ」


「だから何だと言うのだ

 私を虐げた者たちの罪は消えぬ」


 鶴姫がそう言い終えた時には、小太郎は炮烙玉に着火して鶴姫に投げ付けていた

 すかさず薙刀を振るって其れを切り落とす鶴姫


バァァン!!


 炮烙玉が勢い良く破裂すると、光と煙で一瞬鶴姫の視界が奪われる

 小太郎は忍具袋から取り出した巻菱を鶴姫の足元に投げ付ける

 続けざま、小太郎は親指程の小さな玉を石畳に擦り付けた

 小太郎の足元から再び黒い煙が立ち込める


「同じ手は通じぬぞ」


 鶴姫は巻菱に気を付けながら足を開いて薙刀を構えた

 身体に黒い煙を纏った小太郎が忍者刀を逆手にしたまま鶴姫向かって駆け出した


「千本桜!」


 先に仕掛けたのは鶴姫だった

 真っすぐ突進してきた小太郎に対して、無数の突きを繰り出した

 重量のある薙刀、一度突くだけでも相当な筋力が必要になる

 此の技一つだけでも、鶴姫が其の類まれな身体能力を以て、死線をくぐってきたことがわかる

 然し、皮肉にも其れは呪われたものとして虐げられてきた

 もし、鶴姫が別の時代、場所に産まれていたら、神童として崇められた可能性もあった

 鶴姫から繰り出される突き、其の一つ一つに哀愁が漂っていた


 小太郎は自分の左、右、前、後ろと小刻みに跳んで其れを躱した

 

「邪魔だ」


 鶴姫は行動の自由を奪っていた巻菱目掛けて薙刀を振り下ろした

 

ズガァァァン

 

 石畳の破片と共に、巻菱が四方へ散らばった

 先程小太郎が着火した小さな煙玉から出る煙と、鶴姫が石畳を割ったことで出た粉塵で、再び視界が悪くなった


「鶴姫、お前は此れから生きて、沢山の罪を償っていくんだ

お前自身が幸せになっていく為に」


「鶴姫、お前は感情のない道具なんかじゃねぇ

痛みを感じられる人間なんだ」


「鶴姫、大丈夫だ

 おいらと、おいらの仲間が友達になる」


 小太郎の声が四方から聴こえだす

 

「腹話術か、相変わらず素破の技は小賢しい」


 特殊な発声によって、声の出所を散らした小太郎

 漸く立ち込めた煙と相まって、小太郎は影になった


「もう、無理しなくて良い

 有りのままの鶴姫で良いんだ」


 ヒュン、ヒュン


「ちぃっ、手裏剣かっ!」


 煙の中から飛んできた4つの手裏剣

 鶴姫は薙刀を器用に振り回して打ち落とす

 

 次の瞬間、鶴姫の前に現れた何か

 手裏剣さばきに気を取られ、ギリギリまで気付けなかった


「戻ってこい、鶴姫」

 

 聴こえてきたのは小太郎の声


「やめろ

 五月蝿い、五月蝿ぁぁい!」


 鶴姫は、目の前に現れた何か目掛けて、全力で薙刀を振るった

 

スパッ


 鶴姫は其れが小太郎だと思っていた

 殺す気で振るった

 

 これ以上踏み込まれたら、揺らいでしまう

 壊れてしまう…

 だから---心を閉じるために

 

「此れは、母ちゃんの技だ」


 其の声は鶴姫の後方から聴こえた

 慌てて振り向いた鶴姫

 直後、また後方からけたたましい破裂音


パパパパァァン

 

 鶴姫が斬った何かは、小太郎の忍具袋だった

 中に入っていた玉が幾つか破裂してはじけ飛ぶ


「なにっ」


「烈火翠嵐…」


 続いて小太郎の声が辺りに響いた


 煙、音、光、腹話術

 複合する幾つもの要因で、鶴姫は小太郎の位置が把握出来ない


 小太郎は鶴姫の横にいた

 駆けつけた勢いのまま物凄い速さで回転しながら、逆手に把持した忍者刀で鶴姫の甲冑を何度も斬り付ける


 小太郎の忍者刀は、鶴姫の顔面まで後僅かの所で、其の回転力を失って止まった


「はぁ、はぁ、もう終わりにしよう」


 小太郎が鶴姫を見上げながら言った


「何故、殺さない?

私が…、私なんかが…」


 震えた声だった

 

 其の直後、鶴姫の甲冑に入った無数のヒビが繋がり、小さな音を立てて大きく割れた

 そして、甲冑は少しずつ地面へと落ちていった


 鶴姫は白い袴姿になっていた

そして力なく小太郎を見つめる

 其の目は、深紅の甲冑を纏い、無数の人を殺してきた冷酷な大駒部隊、飛車の鶴姫の其れではなかった

 申の村に産まれ、誰よりも愛を、優しさを欲していた、無垢な少女の瞳だった


「私は…」


ガラァァァン


 薙刀を落とし、石畳に膝をついた鶴姫

 

「もう、全部一人で背負うんじゃねぇ

 母ちゃんもそう言ってる」


 小太郎の声に被さるように、鶴姫は小さく泣いた


「楓…御免なさい

 私は、本当はずっと貴方といたかった」


 泣き方を忘れていた

 何年ぶりだろうか

 というより、何故私は泣いているんだ


 …悲しいから、か


 なんだか、胸が痛いな


 小太郎はそっと忍者刀を鞘に戻して鶴姫に渡す

 其れを抱きしめた鶴姫


「御免ね、楓

 御免ね」


 堰を切ったように激しく泣き出した鶴姫

 自分が生まれ育った申の村に、鬼が攻め入り、壊滅状態となった通称『鬼の刻』

 当然知っていた

 鶴姫は申の村を憎んでいた

 だから、鬼の刻が起きた時、嬉しくて仕方がなかった

 唯一つ、楓の安否だけが気になっていた

 

 楓が死んだことは程なくして聞いた

 だけど其の時はもう、泪は出なかった

 感情が上手く表現できなくなっていたから

 寂しいという気持ちがあったように思うが、わからない


「大丈夫だ、母ちゃんはあんたを恨んじゃいねぇさ

 俺もだ、あんたを恨んでない

 母ちゃんはさ、むしろ、あんたを救えなかったこと、後悔してる

 だけど、もう大丈夫だ」


 小太郎の言葉で漸く落着きを取り戻した鶴姫

 楓が愛用した忍者刀を抱きしめながら天を仰ぐ


「楓…

もう一度、貴方に逢いたいよ」


 此れには小太郎も堪らない

 急に目頭が熱くなる


 失った生命は決して戻らない

 其れだけは揺るがない事実

 儚いもの、尊いもの、其れが生命

 だからこそ大切に、大事にする

 

 最愛の両親を幼くして失った小太郎

 親に逢いたい気持ちは誰よりも強い

 然し其れは叶わない

 逢いたいのに逢えない

 鶴姫の気持ちが痛いほどわかる


「だけどね」


 ふいに鶴姫の顔が優しくなる


「逢えたよ

 貴方の息子に

 立派になってるよ」


 そう言って鶴姫は目を閉じた


『ありがとう』


 空から楓の優しい声が聴こえたみたいで、小太郎は少し満足気に笑った

 

 

 




  




 




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