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葛の花、紅き刃に咲く 〜参

 次々に弓を捨てて投降する武士達

 先程若い者たちに向かって檄を飛ばした老武士は、何もない空間を見つめていた

 

「何故、あれだけの技術があってながら、此方を射ってこんのだ

 いつでも、殺せたはず」


 老武士は、血だらけの光政を抱き抱える与一から目が離せなくなっていた

 

「光政様

 畜生、傷が深い

 おい!助けてくれ!」

 

 与一が武士達に向かって叫ぶ

 雨は先程と打って変わって霧雨になっていた

 光政の身体から流れ出る真っ赤な赤い血は、傷が浅くないことを物語っていた


「光政様!!」


 先程まで櫓にいた若い弓兵達が一斉に駆け寄ってきた


「すみませんでした!」


 一斉に謝罪の言葉を投げ掛ける

 光政は無理に笑って見せながら


「此れが護る剣ってやつだ

 俺も師範みたいに出来たかい」


 其の問いに対する答えは一つだった

 正に完璧と云わざるを得ない

 光政が護ろうとした与一は、かすり傷一つ負ってないのだから

 だけど誰も答えない

 無理に喋らせようとすれば傷口が開いて死期を近づけてしまう


 駆け寄ってきた武士達の中には、泣き始める者までいた

 与一は、必死で止血を試みる


「畜生、御前がいてくれたら」


 薬、医学の知識に秀でた妹、御前

 医者が多く育つ雉の村でも特に優秀な妹の姿を思い浮かべる与一


 御前だったら、こんなときどうする

 考えろ、与一

 お前を護った男だ

 死なせるな


 其の時だった


「門を開けぇぇい!!!」 


 光政を取り囲むようにして出来ていた群衆の遥か後方から、怒号のような声が響き渡った

 其の声のしたほうに、皆が一斉に顔を向ける


 視線の先には、先程まで狼狽していた老武士の姿があった


「何をしておる!!

 門を開けぇぇい!

 村で手当てを受けさせるのだ

 光政を逝かせるな!」


 泣いていた

 老武士の目からは大粒の泪が零れていた

 

 光政

 藤原道場出身者で腕が立つ上に賢く、気も遣える

 下に対してだけでなく、年配者に対しても充分な配慮が出来た男

 多くの者に好かれていた

 老武士も例外ではなかった


 唯、上からの命令は絶対

 どんなに間違った命令だろうと、復命するが常識

 そんな武士道を幼い頃から叩きこまれていた老武士にとって、領主の命令に背く選択肢などなかった

 然し、漸くわかった

 光政の行動を見て、若者たちの正直な反応を見て

領主の常軌を逸したこれまでの命令を思い返して


「私が、間違っていた

 光政、御免」


 人前で流した初めての泪だった

 老武士は其れを恥ずかしいと思った

 でも止まらなかった

 先程までの土砂降りなら、多少は誤魔化せたかもしれない

 此の霧雨じゃ、お話にもならない


 然し、老武士が流す泪を笑う者など、既にして此処には一人もいなかった

 皆、老武士の指示に従った

そして、二の門を開く作業が慌ただしく始まった

 

ガガガ


 光政が荒く肩で息をする中、二の門が開かれた

 此れは完全に領主の命令に反した行動

 老武士は、其の全責任を取る覚悟を決めていた


「良い人生だった

 最期位、自分の信じる選択をしても、罰は当たらんだろう」


 老武士は、泪を拭って光政の下へ駆け寄っていった


「皆ぁ、光政様の手当を頼む

 早くしないと…」


 与一が光政から目を離さないようにしながら叫ぶ

 城まで一緒に来ていた集団 

 その者らには武器ではなく、治療道具等を持たせていた



「兄様、どいて」


 え?


 聞き覚えのある声だった


 何より、自分のことを兄様などと呼ぶ者は此の世に一人しかいない

 今この場に、最もいてもらいたい存在

 其れは…


「御前!!

 な、なんでお前が此処に?」


 門の外から一番に駆け寄ってきた者は、与一の妹の御前だった


「行くって言ったら止めてたでしょ

 私は医者に成るんだよ

 傷ついた人達の治療をするのに、此処に来ない訳はないでしょ

 其れに、大切な人を失いたくない

 傍にいたいの」


 与一は村でもしっかり者だった

 父、総士が遣鬼使となって鬼ヶ島から帰らぬ人となり、妹の父親代わりになるために、時に自分の甘えを殺して大人ぶって見せた


 自分がしっかりしなきゃ、妹の為に


 決して泣き言を言わなかった与一

 そんな与一の目には、いつまで経っても幼く見えた妹

 でも其れが心地良かった

 弱い者を護れとは父の言葉

 

 幼くてか弱くて、いつだって護るべき小さな妹

そう思っていたのに

 いつの間に、こんなに逞しくなったんだ


 御前は家族が大好きだった

 頼もしい父、しっかり者の母、優しい兄

 大好きな父が死に、母も病に伏せた


 兄様は、私が寂しくならないようにいつも我慢して、笑って、一緒に泣いてくれた

 其れが心地良かった

 兄様の陰に隠れていれば全て上手くいった

 だけどもうそれじゃ駄目

 兄様の為に出来ることをやる

 大切な人を失うのはもう、沢山だから


 御前にとって与一は、最も失いたくない存在

 そんな大切な兄を命懸けで護ってくれた光政

 

「絶対に死なせない

 私の全てをもって、手当てする」


 其の光景を見ていた老武士

 再び目頭が熱くなる

 

 若者達はこんなにも逞しい

 上から押さえつけるような体制は、もう必要ないのかもしれない

 彼らは、彼らなりに考えて、最善の選択を取ろうとしている

 此れからは彼らの時代

 良い未来になりそうじゃないか

 恐怖で支配する絶対的な存在など、もう必要ないのだろう

 のう、領主様

 此の老いとれ、若葉たちに未来を託そうと思います


「櫓の中へ、其処で手当てが出来る

 皆、光政を慎重に運ぶのだ」


 武士達の動きは早かった

 光政を死なせたくない

 矢を放ったのは自分達

 然し、其々が葛藤していたことは言うまでもない


 友を傷つけたくない気持ち

 然し、其の背後には絶対的な存在、領主

 背けない筈の命令だった

 皆、其々の立場で戦っていたのだ


「御前、でもどうやって此処まで?」


 皆が一致協力して光政を櫓へと運ぶなか、与一が聞いた


 御前は笑みを浮かべながら答えない


 其の時、門の方から騒がしい音が鳴った


「うぉうらぁっぁぁぁぁ!

 誰が裏切り者じゃコルァァァァぁぁぁぁ!

 文句ある奴はかかってこい!

 うぉりゃぁぁぁぁ!」


 聞き覚えのある其の声を聴いて、今度は与一が小さく笑った


「梅喧か、あいつがいてくれたなら心強かったな」


 騒いでいたのは元大駒部隊角行の梅喧

 桃達との戦いを経て改心し、見晴らしの丘で泣きながら更生を誓った男

 武士達に威張り散らしていた


「うん、五月蝿いけど、良い人だね

 さぁ、ちょっと集中

 始めよう

 絶対、助けるよ」


 梅喧の騒ぎ声が聴こえる中、御前による手当が始まった



「誰も殺さない、死なせない」



 桃の想いは、与一、光政、御前、そしてかつて敵だった城の武士達との手で、確かに現実になろうとしていた


 


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