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戮力一心 〜肆

 

 ザッザッザッザ


 微かに聴こえる多くの足音


 かなり数が多いように感じる

 桃、与一、小太郎、梅喧だけじゃないのか

 どうゆうことだ


「まさか…」


 玄信は考察に耽る間もなく、一つの回答を導き出していた


 見晴らしの丘での演説が成功した

 桃の平和を願う思いが、他の村人達の思いを突き動かした…?


 桃、お前はやはり大した者だ

 天命に選ばれたというのは、もう大袈裟でも何でもない

 


「止まれぃぃ!」


 玄信の思考と、複数の足音をピタリと止めたのは門番の野太い声だった

 静寂の中におよそ不釣り合いな、耳をつんざくような大きな声

 唾を飲み込んだ玄信と光政


「貴様等、何者だ?」


 姿は見えないが、門番が村の外にいる集団に問いかけたのだろう

 先程と同じ、野太い声だった


 草むらから出る機会を伺う玄信と光政

 額からは一筋の汗

 嫌でも緊張する



「私は…」


 次に聴こえたのは、門番の太い声と正反対に位置するような、細く透き通った声

 聴き慣れた声

 其の声の主が続けた


「私は雉の村の桃太郎

 …既に、村は焼け消えたから、元雉の村と言った方がいいのかな

 用があって此処へ来た

 中に入れてもらいたい」


 たった数日なのに、やたらと懐かしく思える桃の声

 生きていると確信できただけでも、安堵感に包まれる

 然し、本当に真っすぐな子だ

 それでは通して貰えるわけがなかろう


 玄信は光政に目配せをした

 門番は村の外にいる桃達に注目していて、後方への警戒が疎かになっていた

 光政も急襲の絶好の機会と踏んだのだろう

 既に刀に手をかけ、走り出す準備をしていた

 そして二人が草むらから駆け出そうとした瞬間、意外な言葉が聴こえた


「…あいわかった

 中に入れ」


 門番の返答を聞いてつんのめりそうになった玄信達


「何故だ?

 何故不穏分子かもしれない桃達を村の中に入れる?」


 玄信は再び思考を廻らせる


 門番は何も知らない阿呆なのか

 桃が見晴らしの丘で演説を行ったことは、間違いなく領主の耳にも届いている

 一つの村の人間が、同じ国の他の村人を集めて演説を行う

 其れは最早謀反の前兆

 そう捉えるのが自然

 其の前兆を知っているはずの領主

 戌の村の武士達に自分の意思を伝達しないはずがない


 意思…

 まさか…

 村に招き入れたのは領主の意思…?


 奴は色狂いで暴力的だが、此処まで国を大きくしてきた

 馬鹿ではない

 桃が謀反を企てていると知れば、易々と村に招き入れるはずはない

 何か、何か狙いがあるはず…

 此れでは誘い込まれているのと同じ…

 

『城に来い

 観客を集めて、其処で決着をつけよう』


 玄信の脳裏を過ったのは鬼ヶ島での才蔵の言葉


…そうか、才蔵、貴様か

 貴様は、桃が戦争を望んでいないことを知っている

 桃が何人、何十人引き連れてこようと其れは軍隊ではない

 烏合の衆の方が未だ聞こえがいい

 とどのつまり、唯の観客

 才蔵、貴様もまた、桃と同じように天命に選ばれる可能性があったかもしれない優秀な男だ

 然し、貴様は金時を殺した

 美鈴から夫を、子供達から父を、最愛の存在を奪ったのだ

 何の躊躇いもなく

 其れに、罪のない多くの人の命も奪ってきた

 俺は貴様を許さん

 倒さねばならん存在だ


 玄信は此処で漸く考察を止めた

 

「…師範、どう動きますか?」


 光政が玄信に声を掛けていたからだった

 何度か声を掛けていたのだろうか

 心配そうな顔で、玄信を見つめる光政


「村に入ってきた桃達と合流する」


 玄信とて迷いはない

 光政の問いに即答した玄信

 

 門番に招き入れられるようにして村の中に入ってきた桃達



 桃達の集団は入村後、真っすぐ進んでいった

 玄信が桃達に接近していく


「こりゃあ驚いたな」


 玄信は桃を先頭にして歩く集団を見てそう呟いた

 無理もない

 

 其の集団は、先頭に桃、与一、小太郎ら遣鬼使の三人

 続くようにして老若男女五十人余り

 其のうち体格の良い若い男何人かが、のぼりを持っていた

 幟に描かれているのは果物の“桃”

 些か可愛らしいが、まるで軍旗

 桃達の集団は、既にして軍隊の様相を呈していた

 然し、本物の軍隊と決定的に異なる点があった

 其れは、群衆の手元を見れば明らかだった

 軍隊ならば皆、手に武器を持つはず

 然し、群衆の殆どが手ぶらで、残りの数人は箱を持っていた


「玄信様!!?

 無事だったんだね!

 良かった!」


 集団を冷静に分析していた玄信の姿を見て、安堵の表情を見せた桃

 

 綺麗な袴を着て、額に鉢巻を巻いている

 左腰に差された雷切

 桃は笑顔で近づいてくる


「桃、此の集団は凄いな

 たまげた

 村は残念だった

 翁殿達は無事か?」


 桃の表情を見て、村の様子を直に聞いても大丈夫そうだと判断した玄信

 再会をゆっくりと喜んでいる暇も隙もなかった

 桃の表情が暗くないことにも乗じて、気になっていた疑問を直に投げ掛けた


「見晴らしの丘

 其処で私の思いが通じたの

 でも皆には戦わせないよ、武器も持ってない

 箱の中に入っているのは薬とか包帯

 旗、少し照れくさいよね」


 桃はそう言って、ほんの少しの間を置いた後、再び口を開いた


「…村は灰に成った

 有為無常だね

 でも、小太郎達が申の村に引き入れてくれたから

 此れからは力を併せてやっていけるよ

 爺様も婆様も、御笠様も御前も無事、犠牲者は本当に少なかった」


 桃の口調は思ったより明るくない


『犠牲者は本当に少なかった』


 言い換えれば犠牲者がいたことを表している

 村の現状を伝える言葉を吐き出すのが余りにも苦かったのだろう

 玄信は自分の気遣いのなさを少し反省しながら、やや無理をして桃に優しい顔を見せた


「そうか、無事で良かった

 でも辛かったな

 良く、頑張ったな」


 玄信はそう言って、桃の隣にいる与一達に視線を移した

 

「与一、小太郎、不在にしていて済まなかった

 約束通り来てくれて有難う」


 玄信が与一達に礼を言う

 与一は歩いていた足を止めて玄信に正対した上で頭を下げた

 小太郎は右手の人差し指で鼻の下を摩りながら


「朝飯前だね」


と笑った


 玄信は変わらぬ小太郎の反応を見て少し笑みを零しながら、与一を呼び寄せた


「与一、歩きながら話そう」


 玄信の言葉に頷いて見せた与一


「門番が僕達を入れたこと、気になっていますよね 

 正直僕も、こんなにうまくいくとは思っていませんでした」


 玄信が抱いていた疑念を先に口にした与一

 話が早いな、と玄信は思った


「招かれているんだろう

 覚悟を決めたほうが良い」


「はい、勿論です

 昨日、桃と小太郎と色んなことを話し合いました

 そもそも遣鬼使になると決めた時から覚悟は出来ていますが」


「そうだったな

 して、梅喧は?」


「村に残ってもらいました

 領主のことです

 裏切った梅喧を生かしておく考えはないはず

 村を焼かれた雉が辿り着くのは、親交のある申だと計算に容易い

 追手が申に来るかもしれないと考えて、村の護りに充てました

 最悪、梅喧が投降すれば、申の村を潰されずに済むかもしれない

 残酷かもしれませんが、僕がそう判断しました」


 集団の先頭を歩く玄信と与一

 頷く玄信を見ながら、与一は話を続けた


「僕達は生まれ育った村を焼かれました

 当然ですが、未だその悲しみは癒えず、怪我をした者も多いです

 正直言うと、戦力になる梅喧、半蔵様、雉と申の村民の内、戦える者を総動員するという考えもありました

 然し其れでは戦争

 何も知らない無実の人を巻き込む戦いは、僕たちの、桃の望む其れじゃない

 だから、此の集団の中に戦闘員はいないんです

 見届ける者と、怪我人を手当てする者だけ」


「そうか、良い判断だと思う」


 玄信は、与一の機転の利いた判断に感心しながらそう答えた

 唯其れは、本音と建前が入り混じった複雑な言葉達だった


 領主直轄大駒部隊であり、藤原道場を一代で築き上げた一天流の祖、一刀斎を父に持つ玄信

 幼い頃から、剣術だけでなく、武士としての立ち振る舞い、戦うこととは何たるかを其の身に叩きこまれていた

 与一や桃の判断には納得もしている

 然し、そうは言っても領主達との戦いは避けられない

 才蔵も其れを望む発言をしていた

 だから、正直に言うと戦力になる者がいることを望んでいた


 玄信はほくそ笑んだ


 いや、俺が一番ぶれているな

 戦争をしに行くわけじゃない

 俺は光政にそう言ったはず

 避けられぬ戦いを村民にさせるわけにはいかないだろう

 其の戦いは俺が担えば良いだけのこと

 与一達こそ正しい


「玄信様、僕達の判断は正しかったでしょうか」


 玄信はハッとした


 そうだな

 皆、悩んでいる

 悩んだ末の決断なんだ

 答えなんて幾つもあって、人によって其の答えが変わることもある

 結果を見てみなければ、其れが最適解かなんてわからない

 今回、与一は桃達と悩んだ末に一つの答えを出している

 だったら後は、其の答えが最適解になるように全力で後押しをするだけ

 そうと決まれば、もう俺達はぶれない


「おう、正しいと思う

 お前達が出した決断だ

 俺も全力で支持する

 与一、共に進もう」


 玄信がそう答える迄にほんの少し時間が掛かった

 与一は其の僅かな時間で、玄信の思考を理解していた

 だからこと、与一は


「本当に有難う御座います」


 と笑顔で言った


「さあて、そろそろ城だ」


 玄信、光政の2名を新たに加えた桃達の集団は、領主が棲む城の目の前へと来ていた

『避けられぬ戦い』

 それが目の前にある


「ねぇ、手を出して」


 桃がそう言って右手を前に出した


「うん」


 桃の上に右手を重ねた与一


「任せろ」


 次に小太郎の右手が重なる


「おう」


 玄信の右手は、光政の右手と共に其の上に重なった

 桃は集団の方に向き直り、口を開いた


「私は雉の村の桃太郎

 荒廃しきった此の世

 流す必要のない泪が流れぬよう

 少しでも明るい未来にする為に、私は領主の元に行きます

 避けられない戦いもあるでしょう

 だけど忘れないで、此れは戦争ではない

 命を奪うのも、奪われることも必要じゃない

 犯した罪は償わせるから

 人は変われるものだから」


 桃は暫く時間を置き、再び口を開いた


「命を大事にしてください

 其れは全てに於いて優先します

 皆は見届ける者

 此の先起きる戦闘に参加することは許しません

 此処まで来てくれて有難う

 幸せな未来を築いて行きましょう」


 桃が静かに右手を上げていく

 与一、小太郎、玄信、光政の右手が、桃に合わせるようにして天を仰ぐ

 集団も其れにつられて右手を天へと向ける

 いつの間にか闇が明け、生まれたばかりの青が辺りに広がっている

 空は快晴

 

 其れに反するは領主の城

 快晴に見合わない禍々しい雰囲気を放っていた


 桃が意を決した様にして口を開いた


「さぁ

 行くよ」

 



 


  


 

 










 


 

 第八章 完


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