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一蓮托生 〜肆


 遣鬼使として桃と与一、玄信を送り出した朝

 其の後は特に普段と変わりない時間が流れていた


 此の時期にしては珍しい夕立の後、村の外から喧騒が聴こえ、村に山賊が入り込んだ

 山賊は村を一周した後、家々を破壊し始めた

 村の男達は傷付きながらもなんとか応戦し、山賊を追いやったが、村を出る際山賊は油を撒き散らした

 其の後、先程の夕立と見紛う位の火矢が放たれ、至る所で出火した


「帰ってきてねぇのか

 仕方ねぇ、焼き払え」


 山賊と戦った雉の村の若者が山賊から聞いた言葉

 山賊は金目の物を奪う目的ではなく、誰かを捜している様子だったと若者は付け加えた

 別の若者は、山賊にしては格好が上品で、武士が山賊に扮している様だったと言った



 …状況からして山賊の正体は明白だった


 山賊の正体は、城の武士

 捜していたのは桃

 或いは与一、玄信といった遣鬼使

 または、結果として領主を裏切ることになった梅喧

 其の全てを命じたのは、領主だろう


 桃は城へ連れ去る為

 其の他は殺す為か


 誰が言った訳でもない

 然し、其の重たい空気が一つの答えを導き出した


 領主…


 かぐやを死に追いやった男

 異常とも言える桃への執着心

 年貢を厳しく取り立て、鬼の子を公開処刑することにより、結果鬼の刻を引き起こした張本人


 鬼ヶ島で見えた鬼の本質

 鬼は抑も敵ではなかった

 唯見た目が人間と少し異なるだけ

 家族を持つ、守ろうとする思いは同じ


 梅喧が語った領主の暴君振り

 そんな男なら、雉の村を襲い、焼き払うよう指示したことも想像に容易い


 絡まっていたようで一つに繋がった総ての糸

 惨劇の裏に見得た本当の敵

 恐怖の対象だった残虐非道冷酷無比の絶対的な存在



…『領主』



 領主を殺すしかない

 雉申連合ならきっと出来る


 雉と申の村人はそんな答えに達そうとしていた



 然しそんな雰囲気を壊したのは桃だった


「憎しみを憎しみで抑え込もうとすれば、また何処かで新しい憎しみが燻り出し、いずれ大きな炎となって襲い掛かってくるよ

そして犠牲になるのはいつも弱者だよね

やってる事は領主と同じ

抑も戦争の始まりは、欲

 其れに対する憎しみが其の規模を大きくした」


 桃は会議で集まった人達の顔を見渡しながら続けた


「もう沢山痛みを知ったでしょう

 もう沢山泣いたでしょう

 誰が欲しいとか憎いとか、其のために潰すとか殺すとか、間違ってるんだよ

 死ぬ必要のない人が沢山殺される此の世は間違ってる

 皆笑っていたい、悲しい泪なんて流したくない

 だから、変えたいんだ

 戦争のない世の中を作りたいの

 其のきっかけに私は成りたい

 和を以て貴し

 其のために借りたいの、皆の力を」


 結局桃の言葉は、申と雉を本当の意味で一つに纏めることになった


 いつの日か

 戦争なんて馬鹿げたことだったと世界中の人達が笑って暮らせる世の中に成る

 其の為の一歩を踏み出したい


 桃が付け加えた言葉に、集まった村人達全てが同意した


 桃は半蔵に


「此の国の村人全てに、伝えたい」


と言った


 

 領主が治める国は、今では雉を除いて十二の村で構成されるようになっていた

 子、丑、寅等、其々の村の名は十二支から引用された


 領主の治める国の村人に気持ちを伝える為、桃からの依頼を受けた半蔵は数名の遣いを出した

 遣いは出発し、其々の村を回ることになった

 そして其の遣いは


『本日の夕刻、全ての村人は国のほぼ中心地に位置する通称見晴らしの丘に集まってほしい

 村を焼かれた雉の村、心眼を持つ者からの話がある』


と伝え広めた




 見晴らしの丘に出発するまでの間、集会場では引き続き話し合いが行われていた


 桃は領主と戦争を起こすつもりはない

 飽くまでも話し合いがしたい

 改心させることが目的


 其れを何度も何度も丁寧に説いた桃


 然し、其れが如何に危険なことなのか、両村人達は分かっていた


 結局、城へ行き領主に直談判を行う出動部隊

 村を守る待機部隊の二つに分かれることとなった

 出動部隊は桃を筆頭に与一、小太郎ら遣鬼使の他、申・雉の村の若者、総勢五十余り

 待機部隊の筆頭は半蔵

 他手負いの者や女、子供や老人

 また、様々な理由が考慮され、元大駒部隊角行の梅喧も待機部隊となった




 …そして夕刻、桃は見晴らしの丘へと出発した

 与一、小太郎、梅喧、御前、半蔵、翁、嫗など遣鬼使や村の主要人物二十余りの人員が随行した

 御笠の体調は未だ戻らず、御笠の側にいたいと言った御前は残ることを望んだ


 然し御笠はそんな御前に言った


「歴史が動く瞬間に立ち会える機会はそう無い

 私は大丈夫だから、与一と桃に付いて行きなさい」


 御笠には既に見えていたのかもしれない

 桃の可能性と与一の先見性

 二人の力が掛け合わされば、実現できないものはない

 此の世を変えられるんだ、と




 見晴らしの丘

 領主が治めている村々のほぼ中心に位置する場所

 領土を拡大すべく侵略を繰り返し、大量の血が流れた場所

 許しを乞い逃げ惑う者の背中を斬りつけ、少しでも身分のある者は首を刈り取られた場所 

 領主の残酷さを象徴する場所と言っても過言ではなかった

 其の為、戌申雉の村を含む全ての村人は、見晴らしの丘に対し良い印象を抱いていない

 抑も彼らは此の場所を見晴らしの丘などとは呼んでいなかった

 領主への憎しみ、そして戦死者達への追悼を込めて


『戦士達の墓』


 そう呼んでいた


 領主は反抗した者を惨殺した

 降伏後も、戦死者の弔いを許さなかった


 結婚したばかりの者

 親を養っていた者

 子供が産まれたばかりの者

 夢を追いかけていた者


 あまりにも多くの命が、其処で消えた

 暴力と呼べる程の武を以て支配された

 其れは制圧でなく征圧

 絶対的な力の差、恐怖を以て他の村を征圧していった領主


 そんな血塗られた場所で、演説を行う桃

 緊張していない筈はなかった



 桃は見晴らしの丘を登りきり、辺りを見回した

 ある程度想像はしていた

 然し、此れほどまでとは思わなかった


 見晴らしの丘、其の頂きに立つ桃

 視界に見える他の村人の数は、多く見積もっても百弱


 領主の治める国の村は雉を除けば十二


 …一つの村から十人来ていないってことだね

 困ったな、届くかな

 私の思い


 桃は暫くの間、空を仰いだ

 そんな桃を心配そうに見詰める与一

 然し、声は掛けない

 随行した者達の気持ちは一つ

 桃の思いは必ず伝わる、と



 暫くの間、静寂が辺りを包む

 静けさで耳が痛いとすら感じる

 空は紅く焼けていて、目を凝らせば所々に薄っすらと星が見える

 また、先程までは気付かなかったが、少し欠けた月も浮かんでいる


 遠くに見える地平線

 其処では青と紅が入り混じり、浮かぶ雲に其の芸術的な色を反射させていた

 紫、そう単純に呼んでしまうにはあまりにも美しい色合いだった

 其の光景は、どんな手練れの画家であっても描ききることは出来ないだろう

 そんな空だった


 

 桃は空から徐々に視線を落とし、息を吐き出した

 そして、決意に満ちた顔で話し始めた


「先ずは、有難う

 貢物の生産に煩忙する中、此処へ来てくれたこと、感謝します

 私は…

 雉の村の娘、桃

 翁嫗の孫娘で、かぐやの娘

 先の遣鬼使として鬼ヶ島へ行き、帰村した者

 尤も、私が生まれ育った美しい村は昨日、全て焼かれてしまった」


 他の村人が騒めき立つ

 其れも其の筈、此れ迄に遣鬼使が帰村した事実などいないのだから

 唯の一人も、だ

 また、雉の村が焼かれた事実を知らない者もいた

 テレビやラジオなどない時代だから、当然と言えば当然だった

 だからこそ、桃の発言を嘘だと思う者も多かった

 


 桃は声量を上げて続けた


「鬼ヶ島で私は真実を見た

 鬼は私達に対する敵意などない

 彼らもまた、私達と同じ

 家族を持ち、其れを護る為に戦っているだけ

 領主が鬼に関心を持ち始める前、鬼が私達の村に攻めて来たことはありましたか?

 確かに遣鬼使として此れ迄に派遣された者達は、其の多くが鬼に殺されたと思う

 然し、彼らも家族を護るためだった

 本当の敵は鬼ではない

 抑も、遣鬼使などという制度は必要だったのか」


 村人達の内、興味なさそうに座って聞いていた者達も、立ち上がり桃を見つめ始めた

 丘にいたほぼ全ての者が、桃の話の続きを気にし始めていた

 桃は閉じた目を見開き、続けた


「十年前の或る日、未だ領主が治める村が戌申雉だけだった或る日

 領主が鬼の子を捕らえた

 戌申雉の村の子、其の保護者らは城まで呼び出され、鬼の子が磔になっている姿を見せられた

 そして領主はこう言った

『石を投げて鬼を殺せ』と

 分別の付かぬ子たちは、地面に落ちていた石を拾い、次々に鬼の子目掛けて投げた

 鬼の子は激しい痛みに悶絶して、死んだ

 其の翌日、申の村に鬼が押し寄せて村人を惨殺した

 そう、それが鬼の刻」


 そう言って桃は一瞬、言葉を止めた

 生ぬるい風が、草を撫でて走った

 そして、後方にいた小太郎に視線を移した桃

 小太郎が静かに頷く

 其れを確認した桃は、小太郎を指差した


「彼は申の村の出身で鬼の刻の生き残り

 両親、産まれてくるはずだった赤子を鬼に殺された

 そして遣鬼使を目指し、先の派遣で、私と共に鬼ヶ島へ行った者」


「おい、嘘だろ」

「鬼ヶ島に行って帰ってこられるのかよ」

「鬼の刻の生き残り…」

 

 群衆が再び騒めき出す


「彼は鬼の刻以降、鬼に対して復讐心を抱いていた

 理由は語るまでもないでしょう

 然し今、彼に鬼への復讐心は今はない

 わかったから

 本当の敵が誰かわかったから」


 桃は次に梅喧に目を移す

 梅喧は首を横に振り、自ら口を開いた


「俺は領主直轄大駒部隊幹部、角行の梅喧だ!」



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