刀の神と光の子 〜参
其々が思いの丈を玄信にぶつける
中には土下座をしたり、泪を流す者までいる
比較的穏やかな性格の者が多いと言われる雉の村
しかし、申の村が鬼に襲撃された際に戌の武士が助けに来なかった事を恨んでいた者は多かった
戌の村の一武士である玄信
恨みのはけ口を一手に引き受けた形となっていた
実は其れも領主の狙い
剣豪といえども、人の精神はそもそも丈夫ではない
玄信を道場や門下生から切り離し、雉の村で孤立させる
領主は玄信も始末したいと思っていた
しかし出来なかった
玄信には人を惹きつける魅力があり、また人を統べる力もあった
玄信を殺せば藤原道場門下生を始め、多くの武士が領主に反旗を翻す
其れは避けたかった
そして思いついたのが派遣
雉の村に鬼が攻めてきた時の用心棒という大義名分を背負わせた
無論、一武士が行った所で村を守れるわけなどない
鬼は規格外の力を持っている
叶うはずがない
そんなことは誰もが分かっていた
しかし、領主の狙いは雉の村に来た武士と玄信との会話で意図せぬ方へと動いた
玄信は其の会話、時間にすればたった二、三分の間で雉の村民の心を掴んだ
玄信の人を惹きつける魅力は本物であった
最初に玄信の右手に触れたのは桃の祖父である翁だった
「すまなかった。お前さんを誤解していたようじゃ。老とるの無礼、許してくれ」
泪を浮かべて謝罪する翁
桃を奪い返されるくらいならと、寝込みを襲って殺そうかとも考えた相手
だから桃を近づけない様にしたし、此れ迄玄信を殆ど無視していた
翁にも罪はないだろう
最愛の娘は領主の妾となり、死んだ
遅くして出来た、本当に大切だった娘
後悔しても仕切れない
あの時かぐやを止めていたらと
その思いは報われない
誰でも過去は変えられることが出来ないのだから
だからこそ、孫である桃を愛そう
かぐやが愛せなかった分まで深く
絶対に桃を守り抜くと決めていた翁
其の両の眼に、玄信は敵にしか見えていなかった
玄信は翁の言葉を受けて、本当に優しく微笑んだ
父が死んでから、あまり笑わなくなっていた無愛想な男
其の男が微笑み、今度は力強く翁の老いた右手を包み込む様に握った
そして言った
「謝るのは貴方達ではない。私の方だ。温かい言葉、感謝する」
雉の村では其の夜
村人全員が集会所に集められた
玄信と村人の懇談の為だった
玄信は覚悟を決めていた
自分が戌の村に戻れる事はないと思っていた
門下生達は十分強くなったし、もう家族もいない
雉の村も気に入った
だからもう刀を置いて、農民として生きていくのも悪くない
そう考えていた
だからこそ、玄信は村人に全てを話す
そう決めたのだった
翁も同じ思いだった
たった一ヶ月、其れも意図的にだが殆ど口も聞かなかった相手
だが分かった
鬼退治を始めると言った武士に対して無謀とも言える言葉を放った玄信
雉の村を守る為に言ってくれた言葉と捉えた
この男は信頼に足る男だ
この男になら全てを話せる
伊達に長生きしている訳ではない
色眼鏡を外せば、其の者が信頼出来るか否かくらいは分かる
翁は自分の決断に自信を持ち、嫗も其れを支持していた
初めに口を開いたのは玄信だった
「先ずは私の話しを聞いて頂けますか」
其れから玄信は淡々と話し始めた
自分は戌の村、藤原道場の跡取り息子である
父は一刀斎という名の剣士で、元は領主直轄の大駒部隊最高幹部、龍王の地位にいた
一刀斎は誰からも好かれ、名将軍として名を馳せた前領主に買われて龍王となった
しかし前領主の死後、後を継いだその息子である現領主とは度々反発し、結局現領主と残りの大駒達に殺された
戦地で勇敢に死んだとされて
一刀斎の死後、その死を受け入れられずにいた母は病に伏せ、後を追う様にして直ぐに死んだ
幸い、一刀斎は幼い頃から自分に剣技を教えてくれた
其れを活かして藤原道場を継ぎ、此れ迄やってきた
申の村が鬼に襲われた日、通称「鬼の刻」
戌の村の全武士に厳戒体制が敷かれた
武士達は申の村へ応援に行くものだと思っていた
しかし実際は違った
「鬼が戌に攻めてくる可能性がある。城と各々の家の守りを固めよ」
そういった布告が領主からなされた
武士の中にも家族を持つ者は多い
得体の知れぬ鬼と戦うために他の村に行くことを誰もが賛成していた訳ではなかった
だから領主の決定は、其れなりの支持を得た
これが申の村に援軍が来なかった真相
自分も含め、武士の中には最後まで援軍に行くべきと考える者もいた
しかし実行に移すことは出来なかった
剣の道に生きる者として、未だ見ぬ鬼と戦うことに恐怖はなかった
ただ、領主の命に背き、命よりも大事な道場と門下生に手を出されることを恐れてしまった
申の村と天秤にかけた結果、自分は援軍に行くことを諦めた
玄信は此処まで話すと唇を強く噛み、眼を赤くして言った
「...だから、謝るのは私の方です。臆病者の言い訳です。済まなかった」
玄信の告白を黙って聞いていた翁
今度は其の翁の口が開いた
「誰でも大切なもの。絶対に失いたくないものがあるもんじゃ。
お前さんの行動は間違っておらん。
寧ろ、お前さんは其の大切なものを守るために行動したんじゃよ。
何も出来なかったわしより、ずっとずっと立派じゃよ」
集会所に子ども達を連れてないことにしたのは正解だった
話し始めた途端に溢れ出てきた泪を拭いながら
翁はそう思った
泪無しでは語れそうにない
翁は再び話し始めた
自分達には年老いてから授かった娘がいた
その日は本当に輝くような月の夜だったから、名を輝夜と付けた
かぐやは誰にでも優しく、人一倍責任感の強い子だった
雉の村は現領主になってから年貢の取り立てが厳しくなった
老いた自分や嫗の身を案じて、かぐやは人一倍働いた
其れこそ不平不満も言わずに
しかし、農業は天候に激しく左右される
一年一年、収穫出来る量が違う
此処まで話すと、翁の表情が曇った
其れまで聞こえなかった鈴虫の鳴く声が急に耳をつく
かと思えば鳴き声が止んで急な静寂が辺りを包む
蝋燭の灯りは揺らめきながら点いている
さっきまでと明るさは何も変わっていないはずなのに、何故か暗く感じる
玄信は静かに翁の顔を見つめていた
翁は、覚悟を決めた表情でまた口を開き始めた
領主が年貢不足に憤怒して査察に来た
梅雨が中々明けず、一年を通して寒い日が続いた年
曇り空で風の冷たい日だった
領主はかぐやを一目見て気に入り、城に迎えたいと言った
妾としてだということは分かっていた
回答の猶予は一晩しか与えられなかった
厳しい年貢の取り立てで、村は疲弊していた
餓死する者こそいなかったが、病に倒れる者も多く
村に流れる空気は悪かった
かぐやは城に行くと言った
城に行けば年貢を半分にすると、領主が言ったからだ
自分と嫗は反対した
其れでもかぐやは行くと言った
「すまねぇ。俺たちも、其れを望んでしまったんだ。
悪いのは俺たち村人全員なんだよ。
此れじゃあ生贄みてぇなもんだよなぁ。御免よぉ」
翁の後ろに座っていた初老の男が突然口を挟んだ
翁は男を優しく制して、続けた
全力で引き留める事は恐らく出来た
しかし其れをしなかった
かぐやのことを第一に考えたつもりだった
妾としてでも、城に行けば食い物には困らない
雨風凌げる部屋も与えられて平和に暮らす事が出来る
会おうと思えば会えるのだから、悪い条件ではないのかもしれない
ただ色男として知られる領主だけに、かぐやが酷いことをされないかだけは心配だった
其れでも、今まで城に行った妾が死んだり、いなくなったりという悪い噂は聞かれなかった
だから大丈夫
そう思った
かぐやは当時こう言った
「お父さん、お母さん。
私が此れまで幸せに暮らす事が出来たのは貴方達のお陰
今までの人生に何一つ悔いは無い
私がお城に行く事を望んだのは私の意志。
どうかお嘆きにならないで下さい
かぐやは、今度は村でなく、城を照らして参ります
万が一、私の身に何かあったとして、私に娘が出来たとしたら娘の、娘の面倒を頼みます」
この時当然かぐやには娘である桃は誕生していないし、妊娠もしていなかった
かぐやはきっと先の先まで見通して、そう言ったのだと思う
すると今度は嫗が口を挟んだ
「あの子は全て分かっていたのかもしれない
可哀想なことをしたねぇ
うっうっ。
かぐやはねぇ、総士さんのことを好いていてねぇ」
総士とは、桃の幼馴染である与一の父
幼かった桃を引き取り、妻の乳を飲ませて桃の養育に協力してくれた男
かぐやと総士は恋仲だった
領主の下らない劣情が、純粋に愛し合っていた二人の仲を引き裂いた
事実、かぐやが去った後、総士は塞ぎ込んだ
弓の名手だった総士、一時期は領主の暗殺まで企てた
しかし、出来なかった
其れがかぐやを幸せにすることに繋がると思えなかったから
大駒を跳ね除けて領主に辿り着けるという自信も無かった
自分の無力さを痛感した
そんな中出逢ったのが後に総士の妻となり、与一、御前の母となる御笠
総士は、かぐやを裏切ったという後悔の念を拭えずにいたが、御笠はそんな総士を全て受け入れて、深く愛した
そして与一が産まれた
其処に、桃太郎(桃)と名乗る女の子が現れた
翁はその子がかぐやの娘だと言った
運命の悪戯なのか必然か
総士だけでなく、御笠も翁からの養育の協力依頼を快く引き受けた
まるで我が子のように愛した
その後、御前が産まれた
母乳を必要としなくなった桃は翁の家で過ごす事が多くなった
しかし、総士、御笠は桃を家族同然に可愛がった
だから六歳になった桃と与一は今でも仲が良く、四歳の御前は桃を姉しゃまと呼んで慕っている
「あの子が死んだなんて、私はまだ信じられなくてねぇ」
嫗がぽつりと言った
玄信は覚悟を決めて口を開いた
「時は戦国。
人がいつ死んでも可笑しくはない時の世。
真実を伝うは誤りではないと判断した。
失礼、かぐや殿は既に亡くなっているかと」
そもそも張り詰めていた空気だった
もはや息をするのも辛いとすら感じられる
崩れ落ちる翁と嫗
所々で懺悔の言葉と嗚咽が聞こえる
親なら、愛した者なら、育てた村なら
真実を知るべきだ
そう判断した玄信は間違っていない
如何にしてかぐやが死んだのかと問うたのはかぐやが愛した男、総士
其れに対し、知っている限りのことを話した玄信
これから知る者と、既に知っている者
対極にいたはずの両者の距離が縮まっていく
数分後には此の場に居る全ての者が既知者に成る
玄信は額に浮かんだ一粒の汗を拭わず、自分が知っている限りのかぐやの最期について話した
かぐやは領主の二番目の妾であった朝日と刺し違えた
愛する我が子を産むも育てることの出来なかったかぐや
子を授かりながらも出産を許されなかった朝日
どちらも死ぬべきではなかった存在
そもそも妾に成るには勿体無い二人
賢く、優しく、気高く、美しかった
似過ぎていたのかも知れない
歩みが違えば心友と呼べる関係になっていただろう
其の二人が殺し合った
領主の存在が、そうさせた
かぐやが桃を連れて城を去り、朝日が追いかけた其の日
城の武士も数刻遅れて朝日の後を追って城を出ていた
かぐやとかぐやの子が消えたことに領主が気付いたからだった
更にはかぐやの出産を快く思っていなかった朝日もいない
城は騒ぎになっていた
かぐやの子を見ていた世話係の女は領主に殺された
武士が朝日に追いついた時には既に朝日は絶命していた
ただ、かぐやの遺体は見つけられなかった
また、桶に入れられて川を下っていた桃も発見されることはなかった
其の頃から非道だった領主に残虐さが増した
噂は戌の村の玄信にも届いていた
玄信は此処まで話すと、淹れられていた茶を飲み干した
既に冷めていたが美味いと思った
舌が湿り、食道が潤う感覚で、漸く落ち着きを取り戻した
「領主は桃がかぐや殿の子であると既に感づいている
城での彼女の呼び名は桃花
いつか、必ず連れ戻しに来る」
玄信はそう言い放った
桃は六歳
しかし既にして隠しきれないその美しい容姿
妖艶だと表現するには幼すぎるが、同年代の少女とは比較にならぬ程の落ち着きと麗しさ
かぐやと朝日が死んだ桃畑
其の川の下流は雉の村
領主は色気違いだが馬鹿ではない
桃の死体が見つからなければ、流れ着いた村で養育されていると考えるが妥当
いつかばれると分かっていた
「もう絶対にあの男に渡さない」
翁が大声を張り上げた
いつの間にか、村人全員が立ち上がっていた
「もう渡さねぇ、桃は俺たちで守るんだ」
総士が右手を突き上げて叫んでいた
「かぐやの分まで、桃を、この村を守るんだ」
今度は村人全員の声だった
集会所の頼りない壁が、村人の声量で軋んでいるように見えた
たった一人、胡坐をかいて座っていた玄信は知ることになった
かぐやが村にとってどんな存在だったのか
雉の村人達の強い思い、守るべき者の存在を
玄信はまた一つ大きな覚悟を決めていた
覚悟を口に出そうとした玄信
しかし先手を取ったのは翁だった
「玄信殿。桃に、桃に剣の稽古をつけてはくれんだろうか
桃は心優しい子じゃて、もし嫌がるようじゃったら無理はせんが」
玄信は其れを聞いてまた、顔に似合わぬ優しい笑みを浮かべた
しかし、直ぐに険しい顔に戻る
「実は私も同じことを考えていました
しかし、刀が生み出すのは憎しみと虚しさだけ
貴方達の祖先、そして貴方達が選んだ農業という選択は正しい
農具は畑を耕し、実を生む。生活に欠かせないもの
対して刀は人を殺す武器
これからの時代、握るのは刀ではなく、農具
私の剣は彼女に必要なのでしょうか」
「産声とはいつだって泣き喚く声
お前さんもその剣と共に泣きながら、此れ迄沢山のものを生み出してきたんじゃろうて
刀や農具が何かを産むんではなく、扱う者が産み出すんじゃろう
だからお前さんには沢山の門下生がついたし、その素晴らしい人格も身に付いたんじゃないか
憎しみも虚しさも、お前さんなら其れを前向きに変えられる
玄信殿、大切な大切な孫娘のことじゃ
おいそれと簡単には頼み申せぬ
お願いじゃ
桃に剣を教え、この世に愛することと生きることの素晴らしさを産み与えてくれ」
玄信を諭すように言った翁
其の姿が、父である一刀斎に重なる
そして玄信はまた、父の言葉を思い出していた
「玄信よ。生きるってぇのは辛いことだ
おっちんじまった方がよっぽど楽なんだ
特に下らねぇ頭がいると余計そう思う
でもな、お前は独りじゃねぇ
お前は生かされてるってことを忘れるな
わかるか、誰かの為に生きてるってことなんだよ
現にお前が死んでみろ
俺は正気じゃいられなくなる
死んで誰か一人でも悲しませるってときはな、未だ死ぬ時じゃねぇってことなんだ
まっ、生きてりゃ楽しいことも沢山あるしな
辛いけど、兎に角生きて、活きろ玄信っ」
回想に耽ったあと、我に返った玄信
そして、力強く頷く
桃が真実を知るか
領主が迎えに来るか
どちらが先になるかはわからない
しかし、桃と領主
二人はどの道必ず触れ合う運命
後悔することのないように剣を教えてあげてほしいと願った翁
その翁ら雉の村人と語らい、秘めたる気持ちを受け取った玄信
二つの大きな思いが今、同じ方向に向かい、進みだした
其の日、玄信と雉の村人は朝方まで飲み語り合った
其処には玄信が雉の村に来てからの一ヶ月間の様な気不味さや溝は微塵もなかった
まるで古くからの友人の様に楽しく、時には泪を流しながら、語り明かした
そして迎えた朝
酒には強い雉の村人
殆ど睡眠もせず、通常通りの時刻に起床していた
翁は桃を優しく起こす
いつもそうしている
桃は寝ぼけ目で翁を見つめながら笑う
寝起きはいつもそう
普段大人びた桃が子供らしい一面を見せる瞬間
「おじぃ。昨日は遅かったの、ん。
お酒臭い、朝まで呑んだんだね」
勘が鋭い
かぐやもそうだったが、桃は特に五感が優れている
翁はそう思いながら声を掛ける
「桃や、今日は玄信さんのとこに行っておいで」
其の頃には桃の思考が凄い速さで回転を始めていた
玄信さんのところに
戌の村から来て隣の家に住んでいる男
口を聞いてはいけないと言われていたはず
どうして急に
其れに昨日城から来た武士
私の事をちらちらと見ていた
桃花
そう呼ばれた気がした
呼ばれた後、玄信が私を見た
幽霊でも見るかの様な眼
でもおじぃやおばぁには聞けない
悲しい顔をするから
「うん、わかったよ」
桃は答えた
「うむ、良い子じゃ。
ばぁさんの作った御飯食べような」
朝御飯を食べ終わり、翁と嫗に抱き締められて家を出た桃
鳥のさえずりが聴こえる
晴天
気持ちの良い朝だ
村人が声を掛けてくる
「桃、お早う!!」
「お早う」
普段と変わらない朝だ
「おぅ」
其の声で足を止めた桃
声の主は玄信だった
「お早う、ご、御座います」
恐る恐る返答する桃
玄信の背は高く、その厳つい風貌はまるで熊を連想させる
大人びていると言っても未だ六歳の桃
流石に緊張する
玄信はその様子を見抜きながらも気にせず続けた
「剣に興味は有るか」
現代の漫画や映画とは違い、刀は誰でも扱える訳ではない
限られた者だけに使うことが許された武器である刀
其れを扱う為の剣術
「うん」
桃は即答した
「お前は何故刀を学ぼうとする」
玄信は問う
桃は疑問だった
何故自分に親が居ないのか
何故桃と、桃太郎という名があるのか
何故村人や翁らが自分を悲しそうな眼で見ることがあるのか
何故昨日の武士は自分を桃花と呼んだのか
何故今日、翁が玄信の所に行けと言ったのか
かぐやは、母はどんな人でどんな死に方をしたのか
其れに知りたかった
申の村を襲ったという鬼
あれは戌の村で見た鬼の家族なのか
自分の子を傷付け殺した人間達への仕返し
だとしたら謝らなければならない
あの時皆を止められなくて御免なさい
辛かったよね、痛かったよね
でも復讐は、ずっと続くよ
申の村の人たちも傷を負ってしまった
だから、止めなければならない
無益な殺生を
桃はいつの間にか泣いていた
強くなりたい、強くならなきゃ何もわからない
今のままでは、何も出来ない
「私は、私は。強くなりたい。
そして、真実を知りたい
止めなきゃ、してはいけないことをやる人を」
だから剣を教えて下さい
呼吸が苦しくて最後まで言えなかった
どうして泣いているのか自分ではわからない
でも泪が止まらない
戌の村での悲しそうな鬼の子の顔、赤い泪
申の村で起きた鬼の復讐
其の悲しみの念が一度に押し寄せてきたかのよう
私は真実を知りたい
玄信は桃の頭を撫でながら優しく言った
「よぉし合格だ
今日からお前は最年少の藤原道場門下生だ」
刀の神と呼ばれた男と小さな希望の光は今、一つの目的へと向かい、歩き始めた
「ちぇっ、何だよ桃は大人が好きなのか」
玄信と話す桃を見て悔しそうに呟く少年
幼馴染の与一だった
「兄しゃまは姉しゃまが好きだもんね。
かーいそうに。いーこいーこ」
妹の御前に慰められる与一
「御前、大丈夫だ。兄様はもっともっと弓を練習して、桃に相応しい男になるから」
いつでも優しい兄である与一
御前はそんな兄が大好きだった
「兄しゃま、頑張ってね」
そんな兄妹を微笑ましく見つめる総士と御笠
総士はかぐやを愛していた
幼いながらも桃に恋心を寄せる与一
血は争えないわねと心の中でつぶやき、優しく微笑む御笠
二人が育てた子供達
しっかり前を向き、真っ直ぐに育っていた
翁と嫗、その二人も桃達の後ろ姿を眺めていた
「何が正解なのかはわしには分からん
然し、どうじゃろう
此の戦国の世、なにが起きても不思議ではない
わしらはかぐやを護れんかった
だから桃には生きてほしい
生きるんじゃ、桃。
必死に生にしがみ付いて、解かれてもまた喰らいつけ
もう大切な人の死は沢山じゃ」
嫗は優しく翁の手を握る
此の所泪脆くなった翁
若い頃は逞しかった其の手も今ではもう面影もない
しかし愛おしい
死ぬまで添い遂げよう
嫗は翁の手を握りながらそう決心していた
其の日の夜
鬼ヶ島に派遣される者(遣鬼使と呼ばれた)が村の総会で決まった
子供は当然、成人でも子供がいる者や女は選考から外された
結局、親に先立たれ家族のいなかった一人の若者に決まった
若者は
「幼い頃から独り身で、失うものはもう御座いません
鬼ヶ島へ行き、真実を見てきます
領主の為ではなく、村の為、私達の未来の子供達の為に、命を懸けてきます
どうか、私のような男がいたことを忘れないで下さい」
そう言って、村を去って行った
優しい男だった
幼い子供達に熱心に弓を教えていた
「親を失う子の悲しさ、虚しさ、孤独は誰より知っている
自分にはもう家族は居ない
村の子達にあんな辛い思いはさせたくない」
若者は仲の良い友人にそう語っていたそうだ
歴史上では決して記されることのない勇敢で優しい若者がまた一人、死地へと旅立った
第四章 完