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親子

〈中野區やパンジー咲いて家並ぶ 涙次〉



【ⅰ】


 魔界。次に鰐革男が考へついたのは、カンテラ一味の豊富な資金の源となる、金主を押さへる事、だつた。

 その第一は楳ノ谷汀の處属するテレビ局なのだが、楳ノ谷は前回、鰐革の上を行つて、恥をかゝせたばかりで、鰐革には鬼門と感じられた。

 次は- 雪川正述率いる武闘派暴力團、雪川組か。鰐革は手の者を雪川組に送り込んで、内部から壊滅させやうと目論んだ。

 親子の盃を酌み交はした者が、實は組長の命を狙ふ... 如何にも卑劣な鰐革の好みのプランだつた。


 鰐革が魔界から雪川組に潜入させたのは、笹雨雪太郎(さゝめ・ゆきたらう)なる男。複雜な暴力團組織だつたが、鰐革の奸計と惡だくみの才能で、彼らを手玉に取る事など、容易い事だつたのである。牧野の人となりを説明した箇處で、まづ新入りのチンピラは、庭掃除、料理など、雜務からやらされる事は、描いたかと思ふ。笹雨は、そんな事は同期の者にやらせて置いて、自分は拳銃(チャカ)を磨くばかり。生意氣とも取れたが、若い者のリーダーと、彼は一目置かれていたのだ。流石に魔界出身だけはある。



【ⅱ】


 雪太郎- 賢明な讀者なら、この名に見覺えがあるだらう。さう、彼は、「をばさん」こと砂田御由希と、「蕩らし【魔】」との間に生まれた、【魔】と人間のハーフなのだ。幼少の頃から、殘虐さが目立ち、やがては「をばさん」の許から去つて、魔界に堕ちた。


 前回、杵塚の考へ-「をばさん」とテオには、思ひの温度差があるのではないか、と書いた。「をばさん」に母戀の余り、孝行を藎くすテオだつたが、無殘な事に、猫に(いくら天才でも)人間の子の代りが務まる譯はない。心は、だうしても行方知れずの雪太郎に惹き寄せられる「をばさん」。「男の子」らしさの一つか、テオは薄々その事に感付いてゐたが、口には出さず、「をばさん」孝行を續けてゐる-


 その雪太郎とて、母・御由希の事は思はぬではない。【魔】にも、母は母。人ならばさう思ふだらう。雪川組→カンテラ一味→御由希、と云ふ関係を鰐革に吹き込まれ、雪太郎は今回の鰐革の作戦に「乘つた」のである。



【ⅲ】


「をばさん」の夢に、雪太郎が出てきた。いつもの事、そこで「をばさん」は彼を慈しむ事、變はりはないのだが、大抵は雪太郎、「をばさん」の愛を受け止めず、去る。然し、今回は違つた。「母さん、俺、あんたに會ひに來たんだ」-「嬉しいよ、雪太郎。何でも母さんにして慾しい事があれば、云つておくれ」-「あの、カンテラの仲間の、天才猫とやらと、別れて慾しいんだ」

 これには「をばさん」も言葉に詰まつた。テオの厚意には、正直甘えてゐたい「をばさん」なのだ。だが、雪太郎「俺を取るか、『猫』を取るか、二つに一つ、だぜ」-


「をばさん」当分はテオを、自分の身に近付けぬ事、雪太郎に誓つてしまつた。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈冷たくも實子養子の區別あり世の母親と血の繋がりよ 平手みき〉



【ⅳ】


「をばさん」は他にだうしやうもなかつたので、その夢の事をテオに話し、暫くはアパートに「をばさん」を訪ねる事は已めておくれ、と涙しつゝ、求めた。テオは「男の子」らしさを發揮、意外や明るい聲で、「うん、分かつたよ。雪太郎さんに宜しくね」-可哀相なテオ。だが彼は、これには鰐革男の息がかゝつてゐるな、と、冷靜に判断。我らの「天才猫」テオらしく、この件を仕事(ヤマ)として扱ふ事に決めた。


 雪川正述は、愛用のステッキを片手に、愛犬の散歩に出た。護衛として、雪太郎以下數人の若い者らが付いた。然しその中に、自分の命を取らうとする「【魔】の手先」がゐるなどゝは、考へもしなかつた。


 と、

「雪川正述、(たま)取つたり!!」雪太郎が拳銃を構へた。啞然とする雪川。


 だが、そこにはカンテラ、じろさんが... テオの考へた通りの經過、カンテラの魔剣が、雪太郎の銃彈を跳ね飛ばし「しええええええいつ!!」、雪太郎はじろさんに捕縛された。



【ⅴ】


「をばさん」その報せを、テオから受けた。嗚呼、親子... 暫くの絶句の後、「をばさんが惡かつたよ、テオちやんに冷たくした報ひさ」と「をばさん」。


 雪太郎は「をばさん」の許に引つ立てられ、「この、莫迦がつ!!」と、愛のビンタを貰つた。その後、解放された雪太郎は、何処へかと、再び消え去つた。



【ⅵ】


「先生方には、何と申したらよいか... 皆、この正述の不徳の致すところ」雪川はうな垂れてゐたが、「儂の命を救つて下さつた先生方には、これでは安いかも知れんが」五千萬(圓)、積んでみせた。


「をばさん」、テオを膝に抱き、「やつぱりをばさんの子は、テオちやんしかゐないよ」。テオは、泣けるものなら、大聲で泣きたかつた。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈地獄にてこゝも春ぞと花溢る 涙次〉



 鰐革男、本來はこんな男なのである。今までちよつと甘く書き過ぎたきらいがあるが、今回その本性を露はにしてみた。如何でしたか? それでは、また。


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