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悪役令嬢は最強パパで武装する  作者: リラ
第四章 竜の花嫁編
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96、父と娘のヴァージン・ロード

 新年度に発表された皇太子と聖リアン王国姫の婚約という喜ばしい発表があった春は過ぎ、イスラークに短くも涼しい夏がやって来た。

 喜ばしい事は続くようで、帝国民たちは今日という日を心待ちにしていたのだ。

 何故なら今日は、ルクレツィア・レディ・クラウベルク公爵令嬢とヴィレン・イルディヴィート王子の結婚式だからだ——。


 イスラーク城では使用人達が慌ただしく駆け回っていた。その中にはレイモンドだけではなく、レオノーラの使用人に指示を出している姿があった。

「ここにある皿は全て取り換えなさい。この柄の蔦…これは、秋の植物よ。季節に合ったものを準備して頂戴。お客様を持て成す為に最大限に気を配りなさい!」

「はい! 申し訳ありません、レオノーラ様!」

 メイド達が慌てて皿を下げていく。レオノーラの鋭い目は次に、花瓶に花を生けている庭師達に指示を出している最中の執事に向かった。

「その花を使うなら…下の花瓶は派手すぎじゃないからしら?」

「た、確かに…取り替えます!」

「室内の装飾との兼ね合いも見て。分からなければ、上司に確認しなさい!」

「はい!」

 早朝からずっとこんな調子だ。式は午後一番から開始されるので、式後にある披露宴開始まで時間が無い…。

(そして私にも、時間がない)

 さっきから、ジリジリと滲み寄ってくるスペンサー侯爵家の侍女の姿が見える。その切迫した表情に、レオノーラもいい加減に身支度の準備を開始しないと間に合わなさそうだ。

「レオノーラ様、後はどうか我々にお任せください」

 スペンサー侯爵家の侍女に泣きつかれたレイモンドがやって来て、レオノーラに言った。レオノーラは仕方ない…。と、小さく息を吐いて頷く。

「後は頼みます…。今日は私の大切な姪と教え子の大事な日なので、くれぐれも、よろしく頼みますね」

「はい、もちろんでございます。我々使用人一同もお二方を祝福する気持ちはレオノーラ様と同じです」

 レイモンドの言葉にレオノーラは頷いて、やっとスペンサー侯爵家の侍女の元へ向かって行ったのだった。


 イスラークにある大きな教会には、名だたる面々が揃っていた。

 北部の有力者は勿論、マルドゥセル魔導帝国中の大貴族達だけでなく魔王国からも重鎮達が集まっていた。そこにはアレンディオやヴァレリア、そしてユーリとミランダの姿もある。

 普段は信徒のために一般開放している礼拝堂に、ひしめくように貴族達が列を成していた。

 レオノーラがアスゲイルと息子二人を連れて教会に到着すると、グリムとレメディアスと一緒に座っているカレンがこちらに手を振っていた。

「カレン。ディートリヒの姿が見えないわね」

 彼女が座る最前列の席に腰掛けながらレオノーラが尋ねると、カレンは「父親には大切な役目があるからね」と楽しそうに答える。

(結婚式で父親の役目…?)

 レオノーラの知る一般的な結婚式は、結ばれる二人が神の前で愛を宣誓する簡単な儀式だ。どちらかと言えば、挙式の後にある披露宴の方が結婚において大事なイベントである。

 それは貴族社会における婚姻とは、昔から家同士が繋がる事で利益を生む政略の意味合いが大きいものばかりだからだ。だからこそ、披露宴での立ち回りが重要になってくる。

 周りを見渡せば、立派なステンドグラスがあるだけで普段は殺風景な礼拝堂が白い花々で飾り付けられていて、同じ礼拝堂なのかと見違えるほどにとても華やかな雰囲気だ。

 自慢げにしているカレンの様子を見る限り、どうやらカレンの指示でこの礼拝堂は装飾されたらしい。

 他にも、会場の所々にレオノーラの知る一般的な結婚式において見慣れないものがあった。パイプオルガンや聖歌隊、それに…。

「この入り口から祭壇まで伸びた真っ白なカーペットは何?」

「それは『ヴァージン・ロード』よ」

 レオノーラは首を傾げた。彼女と同じ気持ちなのか、他の貴族達も一般的な雰囲気とかけ離れた結婚式の様式に戸惑っている様子があちこちに見られている。

「うーん…一言でいうと、今日の結婚式は『異世界式』という事かしら!」

「…なるほど」

 レオノーラは頷いて、異世界の作法での結婚式とはとても興味がある…と、改めて二人の結婚式が待ち遠しくなった。

 その時、入り口の大扉が開く。着席する貴族達は期待のこもった目でそちらを振り返ると、そこにはヴィレン・イルディヴィートの姿があった。

 普段は暗い色を好むヴィレンだが、今は花婿らしく白いジャケットを羽織っている。中には黒いシャツと紫紺色のタイ、そして銀刺繍の入った黒色のベストを着ているようだ。

 もちろん、『(ジェイ)(ブランド)』の店長であり筆頭デザイナー・ジェイ監修の紳士服においての最高傑作である。ヴィレンの魅力を引き出し貴公子然としたタキシードは、今年から帝国で流行りのデザインとなるだろう。

 若い令嬢令息達の熱い眼差しを受けながら、ヴィレンが颯爽と『ヴァージン・ロード』を歩いて祭壇へと向かっていく。新婦の姿が見えない事に、客人達はザワザワと戸惑いの声を上げていた。

 ヴィレンが祭壇の元まで到着すると、奏者がパイプオルガンを弾き音楽を奏で始めて、それに合わせて聖歌隊が歌う。

 一体何が始まるのかと客人達が目を丸くしていたら、再び大扉が開いた。

 ステンドグラスから差し込む光を浴びながら、ヴィレンはゆっくりと振り返った。客人達も再びそちらに目を向けて、そして息を呑む。

 シンと静まり返る中、聖歌隊の歌声だけが響いている。

 そこには、ベールを被った花嫁ルクレツィアと、彼女の父親ディートリヒが立っていた。

 神聖な彼女の美しさに、誰もが言葉を失ったのだった。


 *


 ディートリヒはルクレツィアの隣に立ち、間も無く開かれる大扉を見つめていた。

 娘が婚約した日から、いつかこんな日が来ることを分かっていた筈なのに…ディートリヒは何だか落ち着かない気分だった。

(どうやら、ここに来て俺はまだ…娘を嫁に出す覚悟が出来ていないようだ…)

 悪足掻きをしているらしい自分自身に、ディートリヒは思わず小さな息を漏らした。

「お父様」

 その時、ルクレツィアに呼ばれてディートリヒは娘を見る。

 すると、ルクレツィアはディートリヒの腕に抱き付くようにして、とても幸せそうな顔で笑っていた。

「私、お父様とお母様の娘に生まれてこれて…本当に幸せです」

 ルクレツィアの言葉を聞いて、ディートリヒの目頭がじんわりと熱くなる。

「それは…俺たちの台詞だ。俺とカレンの娘に生まれてきてくれて、本当にありがとう…」

 ディートリヒがそう言ったところで、大扉が開き始める。彼の覚悟がまだ決まらないうちに、挙式が始まってしまったようだ。

 複雑な気持ちのまま、ディートリヒはルクレツィアと共に背筋を伸ばして前を見据えた。

 大扉が開いた先には、まるで楽園のように白い花で飾り付けられた空間が広がっていた。その中にステンドグラスから差し込む陽の光を浴びたヴィレンがこちらを見て待っている。

 父と娘は『ヴァージン・ロード』に一歩踏み出した——その瞬間、ディートリヒはふと、ルクレツィアが生まれた日の事を思い出したのだ。

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