94、あの日の答え
ユーリの黒い笑顔を初めて見たミランダは驚いてアワアワとし、学園在学の頃から見慣れているルクレツィアとレメディアスは、またか。と、呆れたように息を吐く。グリムはユーリとヴィレンの関係性に無関心らしく、特に大きな反応はない。
「おう、毎日ルーシーの隣で元気に過ごしてるよ」
「そうなんだ。ルクレツィア嬢に迷惑かける事のないように、気を付けてね」
擬音が聞こえる世界ならば、今まさに彼らの間で『バチバチ』と火花の散る音が聞こえている事だろう。
「もう、ヴィレンったら…どうしてそうユーリ殿下に喧嘩腰になるかな?」
「こいつは初めて会った時からいけ好かない奴なんだ」
ルクレツィアがヴィレンの腕を引いて、叱る様に尋ねるとヴィレンはいじけたように答える。
「奇遇だね、僕も初めて会った時から君が気に食わなくて仕方ない」
「…ユーリ殿下まで…わざわざ喧嘩を買わないでください」
いつもは大人っぽく落ち着いた人なのに、ヴィレンの前では子供っぽくなるユーリ。ルクレツィアはうんざりした表情で言った。
「ほら、お父様達のところに戻ろう。ユーリ殿下、ミランダ姫様。私達はそろそろ失礼します」
ヴィレンとユーリを引き離した方がいいと判断したルクレツィアは、ヴィレンを連れてユーリ達に頭を下げる。
「うん。パーティーを楽しんで」
ユーリが柔らかく笑いながら言った隣で、ミランダが「あのっ…」と慌てたように声を上げた。
「…また、私とお話してくれますか…!?」
恥ずかしそうに真っ赤な顔をしたミランダがルクレツィアに尋ねる。
ミランダは顔も名前も知らなかったユーリの想い人ルクレツィアにずっと嫉妬していた。でも、今その嫉妬心は憧れに変わってしまった。
ルクレツィアは少し目を開くと、すぐに愛らしい笑顔を浮かべて答えるのだ。
「もちろんです。またお話しましょう」
去っていくルクレツィアの後ろ姿を見つめながら、ミランダが呟くようにユーリに言った。
「ユーリ様…私、ルクレツィア公女様のようになりたいです」
それを聞いたユーリは自分のことのように嬉しそうに笑う。
「実は僕もなんだ。彼女のようになりたくて、毎日を頑張って生きてる」
ユーリは昔を思い出していた。思い出すと今もまだチクリと胸は痛むけれど、でも、大切なユーリの思い出だ。
「僕は昔、愚かな人間だったんだ。過ちを正してくれたのは彼女で、彼女が居なかったら今の僕はいなかった…」
懐かしむような顔でルクレツィアが消えて行った先を見つめながら言うユーリを、ミランダは横で見上げていた。
「ミラは知らないかもだけれど、僕とルクレツィア嬢は昔婚約者同士で…そして、僕は最低な方法で彼女を傷付けた事があるんだ」
言葉だけを聞くと、懺悔のような…でも、彼の表情を見ているとそうではない事が分かる。明るい表情で、強い意志を宿した瞳だったから。
「そんな僕を許してくれて、導いてくれた。僕はね、この与えられたチャンスで自分が理想とする皇帝を目指すよ。もう間違えない。彼女にがっかりされたくないからね」
「…ユーリ殿下の…」
輝いてみえるユーリの横顔に見惚れながら、ミランダは無意識に口を開く。
「想い人は、ルクレツィア公女様ですか…?」
そう尋ねた後にミランダはハッとして口を噤んだ。
(私ったら…何を聞いて…)
出た言葉はもう取り消せない。しまったと青褪めていくミランダを見つめて、ユーリは「ふふっ」とおかしそうに笑い声をもらした。
「分かる? そう、僕の無謀な片想いだよ。ミラに知られるなんて、恥ずかしいなぁ…」
と、クスクス笑うユーリの予想外な反応にミランダは戸惑った。
「でもね、ミラ。君は間違えてる。確かに僕はルクレツィア嬢に片想いをしていたけれど、その気持ちは既に友愛の気持ちに変わってるんだ」
ユーリがミランダの方に向き直り、手を伸ばして彼女の柔らかな頬にそっと触れる。
「僕の恋心は全て君のものだよ」
そう言って魅惑的に微笑むユーリを見て、ミランダはボッと顔を真っ赤にさせた。
そんな恥ずかしがり屋なミランダを、ユーリは可愛いと思っている。
(ミラは昔から、僕の事が好きだものね)
どうやらミランダが懸命にひた隠してきたつもりの恋心も、勘の良いユーリには気付かれていたようだ。気付いていたが、アピールしてこないなら煩わしさも無いし都合が良い。と、ずっと知らないふりをしてきたユーリ。
でも、失恋の傷が癒えてみれば…ユーリはひっそりと健気に自分の側にいたミランダの良さに気付いたのだ。
ミランダは不器用で恥ずかしがり屋で気弱な人で…でも、いつも誰かを思いやり誰かの期待に答えようと努力する女の子。
そんな彼女と過ごすうちにユーリは辿り着いた。ルクレツィアに振られた日、彼女に教えて貰えなかった答えに。
「ミラが困っていたり悲しい時、僕は君を助けたいし、楽しかったり幸せな時は共に笑っていたい…」
『僕はあの時、泣いている10歳の貴女に何て言えば良かった?』
『それは…次、ユーリ殿下がまた恋をした時に、もう一度考えてみてください』
『その時に答えが分かると思いますよ!』
「僕はミラの一番の味方でありたいんだ」
(きっと、この言葉が答えなんだ。だって僕は今、恋をしてミラの一番の味方であり理解者になりたいと思っているからね)
ユーリは自分が理想とする皇帝を目指している。
国民を思い、公平と冷静さを兼ね備えた皇帝を…そして、自分のたった一人の伴侶を独りぼっちにはさせない、そんな皇帝をね。
*
パーティーは進み、皇帝の口からユーリとミランダの婚約が発表された。
貴族達が若き皇太子と皇太子妃を祝福する中、ホール中心にある大階段の上にミランダを連れたユーリが現れて挨拶をしていた。
「皆さん、ありがとう。今後とも僕とミラを見守って貰えると嬉しい」
ユーリはミラの肩を抱き寄せながら、とても満たされた笑顔で言った。
今回の主役であったユーリからの言葉も終わり、これでパーティーも幕引きか…と、思っていたところ、何故か再びマルセルが出てきて貴族達に呼びかける。
「皆、もう少し待って欲しい。皇太子よりもう一つ報告があるのだ」
貴族達は予定にない皇族の動きに何が始まるんだと驚いた表情を浮かべて、彼らを見上げていた。
すると、皇宮の騎士達が格式ばった様子で整列しながらパーティー会場に入ってきたのだ。その騎士達はユーリが持つ騎士団の騎士達で…。
騎士団長が階段を上がり、ユーリに傅きながら何かを差し出した。それは一本の杖で…ユーリは杖を受け取ると、改めてこちらを見上げる貴族達に目を向けた。
「ルクレツィア・クラウベルク公爵令嬢」
そして、ある人物の名前を呼ぶ。ユーリに呼ばれたルクレツィアはとても驚いていて、戸惑った様子でユーリを見上げていた。
「こちらへ来てくれないか」
名指しされたルクレツィアを、他の貴族達も振り返る。どうしよう…と、狼狽えていたら隣にいたヴィレンがルクレツィアの手を握った。
「俺がエスコートしてやるよ」
そう言ってヴィレンが笑うだけで、ルクレツィアは無敵になれたように感じるから不思議だ。
不安が吹き飛んだルクレツィアは頷き、ヴィレンの手を握り返すと彼にエスコートして貰いながら階段下にまでたどり着いた。




