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悪役令嬢は最強パパで武装する  作者: リラ
第四章 竜の花嫁編
93/98

93、想い人の存在

「…エリーチカ公女様は、10年前と…あのお茶会の日から何ひとつお変わりありませんね」

 ルクレツィアが冷笑を浮かべると、エリーチカは背筋がゾワッとする寒気を感じて身震いした。

(待って…本当に気温が下がってきているわ…)

 気付けば自分の吐息が白く染まり、エリーチカの長い睫毛や髪に霜が降りてきている。本格的な寒さにエリーチカは身体の底から震えていた。

 凍った髪が顔まわりにへばり付いて気持ち悪い。エリーチカだけでなく、周りにいた取り巻き達も震えていた。

 レメディアスとミランダは平気そうな顔をしている事から、これはルクレツィアの仕業なのだとエリーチカは思い知る。

「忠告よ、エリーチカ公女。私の大事な人を傷付けたら、私が必ず貴女に報復します」

 ルクレツィアの紫の瞳がギラリと妖しく光る。エリーチカは涙目で声にならない叫びを上げていた。

(昔は初歩魔法でも怯えて泣いていたくせに…)

 思い出すのは、オルク伯爵令嬢に火の初歩魔法を向けられて、青褪めながら泣いていたルクレツィアの姿。

(それなのに、今は……)

 これは恐怖心だ。絶対的強者にすくみ上がる自分。

(…私とあの女の間に、決して越えられない壁がある…)

 公女としても、魔術師としても、縮めるには大きく開きすぎた自分達の圧倒的な差にエリーチカは愕然とした。

 ルクレツィアを前にすると、どうしてこうも自分の矮小さを実感してしまうのだろう。

 エリーチカは涙を流し、振り上げていた手を静かに下ろすと、肩を縮こませて顔を俯かせる。

「…ところで、エリーチカ公女様。ミランダ姫様をこの場からお連れいたしますが…よろしいですよね?」

 ルクレツィアの有無を言わせない質問。

(そうか…私が変わろうとも何もしなかったから…こうなったんだわ…)

「………はい…」

 エリーチカの心は、敗北感で埋め尽くされていた。


 ルクレツィアはエリーチカの横を通り過ぎてミランダの前に立つ。呆気に取られていたミランダがルクレツィアを呆然と見上げると、ルクレツィアは彼女に優しく微笑みかけた。

「参りましょう、ミランダ姫様。きっとユーリ殿下がお探しですよ」

「は…はい!」

 ルクレツィアがレメディアスとミランダを連れてその場から離れていっても、エリーチカはとうとう最後まで顔を上げる事はなかった。

 廊下を歩き広い本廊下に出ると、ちょうど曲がり角のところでヴィレンとグリムが何食わぬ顔で立っていた。

 壁にもたれかかるように立っていたヴィレンは、ルクレツィアの姿を見てニヤリと笑う。

「盗み聞きしてたの?」

「違ぇよ、勝手に聞こえてきたんだって」

 ルクレツィアが呆れたように笑う中、グリムは心配した顔でレメディアスに声を掛けていた。頬を染めるレメディアスの様子を見るに、エリーチカへの不快感などすっかり吹き飛んでしまったようだ。

「あ、あの…助けて下さりありがとうございました!」

 緊張した様子のミランダがルクレツィアとレメディアスに頭を下げる。それを見たルクレツィアは…。

「ミランダ姫様」

 と、少し固い声色で彼女の名を呼んだ。

「貴女様は、この国マルドゥセル魔導帝国の未来の皇后陛下となるお方なのです。軽々しく…それも周りの目がある中で頭を下げるものではないと思います…」

 ルクレツィアの提言にミランダはハッとした顔をして慌てて顔を上げた。

「悪いな、ヒメサマ。ルーシーはこの国で一番マナーに厳しい鉄仮面教師に鍛えられた奴なんだ。こうは言ってるけど『気にするな』って言いたいんだぜ」

 ルクレツィアの厳しい指摘に落ち込んでいるミランダに、ヴィレンがケラケラと笑いながら言った。

「い、いえ…ルクレツィア公女様の仰る通りだと思いますので…」

  目を伏せるミランダ。彼女は気が弱くあまり自分に自信がない性格のようだ。しかしミランダは頬を染めて、盗み見るように目の前のルクレツィアへと目を向ける。

(…ルクレツィア公女様…格好良くて素敵な人だな……私もあんな風になりたい…)

 ミランダがユーリと出会ったのは四年前だ。

 魔王教に支配されていた聖リアン王国に攻め入ってきた帝国軍…つまり、指揮を取っていたユーリに助け出された日、当時12歳だったミランダはユーリに恋をした。

 女性として全く相手にされていなかったけれど、恋心をひた隠すミランダは妹分として可愛がってもらった。そんな中で気付くのは、ユーリには想い人がいるという事。

 誰とは聞いていないがユーリと過ごした時間の中で、彼の話す言葉の中で、確かに感じるその存在。どうやら、その想い人と彼は結ばれる事はないみたいだけれど…。

 月日は経ち、彼の側にただ咲くだけの野花のような自分だったが、奇跡的にユーリに振り向いて貰い皇太子妃として望まれた。ミランダの密かな恋心は実を結んだのだ。

 でも、ミランダはその相手の女性を羨ましく思っていた。きっと自分は、ユーリの中でその人を超えらないんじゃないかって…不安だった。

(…ユーリ様の想い人は、ルクレツィア公女様なんじゃないかな…?)

 だからミランダは、すぐに気付いた。そして、自分と彼女を比較して落ち込んでしまう…。

 暗い顔をするミランダに気付いたルクレツィアが、彼女に声を掛けようとしたところ…「ミラ、ここにいたんだね」と、近付いてくる者がいた。

 皆がその声の主を振り返ると、そこにはユーリの姿が。

「…ルクレツィア嬢がどうしてミラと一緒に…?」

 驚いた表情のユーリがルクレツィア達に目を向けながらやって来る。

「あ…実は先ほど、ヴァイス…」

「たまたまこちらでお会いしました」

 ミランダがエリーチカからルクレツィア達に助けて貰った事を伝えようとすると、ルクレツィアが話を遮ってそう答えた。

 ミランダは驚いて彼女を見ると、ルクレツィアとすぐに目が合いニコリと笑いかけてきた。

 確かに、皇太子の婚約者として帝国にやって来たばかりなのに、さっそく帝国の令嬢に虐められた事を知られるのは、王国姫として恥ずかしい。ミランダはルクレツィアの気遣いが嬉しかった。

「そうなんだ…ルクレツィア嬢と顔を合わせるのは久しぶりだね、また見ないうちに素敵になったね」

「ユーリ殿下こそ。日頃の貴方様のご活躍、イスラークにまでよく届いております」

 親しそうに笑い合うルクレツィアとユーリの間に、不機嫌な顔をしたヴィレンが割り込んだ。彼はヤキモチを妬いているようだ。

「よぉ、ユーリ。俺にも挨拶はねぇのか? 同じ学園に通った仲だろ」

「…ヴィレンも久しぶり。君は相変わらず、元気そうだね」

 途端にユーリのにこやかだった笑顔は黒くなり、何やら不穏な空気が流れていく。

 この二人は昔からそうだ。お互いがお互いを気に食わないというか、気が合わないというか…。

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