90、四年後
あれから、何年が過ぎただろう。
「ルクレツィア様!」
ルクレツィアはとあるパーティーで声を掛けられた為、後ろを振り返る。するとそこには、ルクレツィアよりも年若い二人の帝国貴族の令嬢が立っていた。
「あ、ああの…! いつもルクレツィア様のドレスのカタログを見ています!」
「私もです! 大人になったらイスラークにある『JB』の本店へ買いに行くことが夢なんです。これからも応援しています…頑張ってください!」
おそらく13歳くらいだろうか? 見れば彼女達が着ている可愛らしいドレスは『JB』のコレクションドレス。少女達が顔を真っ赤にさせては一生懸命に気持ちを伝えてくれる姿にルクレツィアは自然と笑みがこぼれる。
「ありがとう。イスラークで待ってるね」
今年で二十歳を迎えるルクレツィアは、もう少女ではなく大人の女性に成長していた。
微笑むルクレツィアを、二人の令嬢はうっとりした表情で見惚れている様子。そこに、横から「ルーシー」と、新たに声を掛ける者がいた。
「ヴィレン」
ルクレツィアも彼に気付き名前を呼ぶ。その者はもちろんヴィレン・イルディヴィートであり、ルクレツィアの隣に立ち彼女の腰に手を回して引き寄せるヴィレンの登場に、小さな令嬢達は真っ赤な顔のまま驚いた表情を浮かべていた。
ルクレツィアとヴィレンが立ち並ぶ姿に、その令嬢達だけでなく、周りにいた若い層の貴公子や令嬢達からも感嘆の声が上がった。
まるで一枚の絵画のように、そこには完成された美しい二人が立っている。マルドゥセル魔導帝国貴族の若年層で、今最も憧れられている二人だ。
「ふ、二人が今…私の目の前に…!」
一人の令嬢が感動のあまり泣いてしまった。慌ててルクレツィアがハンカチを差し出すと、令嬢はそのハンカチを受け取る際にも恐るおそるといった様子で受け取った。
泣いた彼女はどうやらそのハンカチを汚せないと考えているらしく、一向に涙を拭おうとしないので、ルクレツィアが「返さなくていいよ」と優しく声を掛けると「家宝にします…!」と、更に泣かれてしまった。
(ううん…困ったなぁ…)
側から見て、ルクレツィアが小さな令嬢を虐めているように見えたら、どうしようと思っていたら…。
「お前らなぁ……好きな人の前では泣くよりも笑ってた方が得だぞ! じゃないと、泣き顔で覚えられちまうからな」
と、ヴィレンが少女達を気遣ってか言葉を選んで柔らかな物言いで言葉を掛けていた。
すると少女は躊躇った様子を見せていたが、ヴィレンの言葉に納得したのか意を決したようにハンカチで涙を拭うと、濡れた瞳で笑顔を浮かべる。
「お二人は私達の…いえ、帝国中の憧れです! 私も将来、ルクレツィア様やヴィレン様のように仲の良い恋人を見つけます!」
少女の言葉にルクレツィアとヴィレンは見合って、そして嬉しそうに笑い合う。その時、少し離れた所にいたグリムに呼ばれたルクレツィア達はそのまま彼女達に挨拶をしてその場を去って行った。
「…素敵すぎ…二人、国宝級の美しさだわ」
見惚れた様子で少女達は口々に去っていく二人の噂話を口にする。
「ルクレツィア様は美しくて優しくて…しかも、ビアトリクス魔法学園を次席の優秀成績で卒業してるなんて! ヴィレン様に限っては首席よ」
「あの方が昔、ノーマンだったなんて今でも信じられないわ…」
ルクレツィアとヴィレンの小さくなっていく後ろ姿を見つめながら、二人の令嬢は呟くように言った。
「…私が着ているこのドレス、一番のお気に入りなの。でも、このドレスをデザインしたのはノーマンよ」
「うん、分かってる。お兄様が言ってたわ…『魔力なし』なんて言葉は、もう古いって。それに拘るのは、一部の頭が硬い時代遅れな貴族だけだってね」
少女達は顔を見合わせる。
「そんな事よりも、ルクレツィア様たちと直接お言葉を交わしたって皆に自慢しなきゃ!」
「私も! お兄様にも自慢しちゃおう!」
少女達はそう言って、楽しそうに笑いながらパーティーの人集りの中へと消えていった。
今日はマルドゥセル魔導帝国の皇宮で、帝国中の貴族を集めて大きなパーティーが開かれていた。
帝国の唯一の皇太子ユーリ・ティア・マルドゥセルが、この度、属国の聖リアン王国から若き姫君を婚約者として迎え入れるためのパーティーだった。
魔術師の国、マルドゥセル魔導帝国の魔力なしを排斥するような悪しき風潮は変わりつつあった。と、言っても若年層を中心にだが…。
それでも、その若者たちはいずれ帝国の未来を担う者たちであり、あと十数年もすれば帝国民達の意識は大きく変わっている事だろう。…屋敷で一人寂しく泣いているような少女が現れることは、きっともう無い…そう、切に願う。
大きく変わったのは、それだけではなかった。
この数年間で、皇太子ユーリの貴族からの支持も強固なものとなっていた。
これまでのユーリの印象と言えば、優秀ではあるが箱入りで上辺だけのどこか頼りない皇子という印象だったが…ルクレツィアのおかげで自分の殻を破ったユーリは、吹っ切れたように自己主張をするようになり、未来の統治者としての能力と風格を周りの者に遺憾なく発揮した。
彼はもう上辺だけの優しい皇子ではなく、物事をはっきりと言う理知的で厳しくも公平な皇子となっていた。
『優しい皇子』だった筈のユーリから適当にあしらわれる扱いを受けるようになってしまった帝国の令嬢達がショックで悲鳴をあげる中、むしろそんな彼を頼もしいと思い皇帝として迎える未来を心待ちにする者も多くいる。
それはきっと、ユーリ本来の生真面目さと努力家の本質…そして、苦い後悔から人の心の痛みを学び寄り添う心を得た彼だからこその結果なのだろう。
そんなユーリは、入学したビアトリクス魔法学園をたった一年で卒業単位取得し、その年の首席者として卒業した。
その後は未来の皇帝、そして優秀な魔術師として、皇太子の役割に従事する日々だったが、前とは違いやり甲斐を感じている満たされた顔で忙しい毎日を送っているようだ。
ユーリの存在はマルドゥセル魔導帝国にとって、この先の未来をきっと明るく照らしてくれることだろう。
「ルーちゃん、ヴィーくん!」
グリムと一緒にいたレメディアスが、こちらに近付いてくるルクレツィア達に笑顔で手を振った。
ヴィレンとレメディアスは数年間同じ学舎で過ごす中、すっかり意気投合したようで、愛称で呼び合う程に仲良くなっていた。どうやら似た者同士、気が合うらしい。
その代わり喧嘩も多く、気が強く頑固で意地っ張りな二人が喧嘩を始めると、大変なのは周りの者だった。何度、ルクレツィアとグリムが二人を宥めて仲直りさせたか分からない…。
レメディアスの片想いもいつの間にか実っており、今日はグリムのエスコートを受けてこのパーティーに参加していた。
「さっきそこで父様と母様に会ったんだ……母様が僕に『一度、家に帰ってきてくれ』って泣きついてきてさ…」
少し罪悪感のある表情を浮かべてレメディアスが暗い声で言った。
レメディアスは今、絶賛家出中であった。駆け落ち中と言ってもいい。
ルクレツィアやヴィレン、レメディアスが学園の在学中にカレンの後押しもあり正式にクラウベルク公爵家の養子となったグリム。そんな彼との交際を両親に認めて貰えなかったレメディアスが、学園卒業後に荷物を纏めてイスラークへやって来たのは去年の事…。




