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悪役令嬢は最強パパで武装する  作者: リラ
第四章 竜の花嫁編
88/98

88、おかえりとただいま

「——釣れねぇ…やめだ、やめ」

「…飽き性」

 30分くらいが経った頃、魚も冬眠しているのか…全く魚が掛からない釣竿の糸を引き上げて愚痴るように呟くヴィレン。

 本から顔を上げて、ルクレツィアが揶揄うように笑うとヴィレンはムスッとした表情で口先を尖らせていた。

「昼寝する。ルーシーはそのまま本読んでていいぞ」

 ルクレツィアの元にやって来て彼女の姿勢をわざわざ横に向かせると、そのまま彼女の膝に横から頭を乗せては寝転ぶヴィレン。

「…ねぇ、膝に本が置けないんだけど…」

 ルクレツィアが困った表情で勝手に膝枕をさせるヴィレンを見下ろして言うと、ヴィレンは少しだけ頭を動かして悪びれもない態度で答えた。

「仕方ねーから、片方の足は本にくれてやる」

「どちらも私の足ですけど…?」

 ルクレツィアの不満そうな様子には気付かない振りをして、ヴィレンはサッサと目を閉じてしまった。

 ヴィレンの我儘な態度に小さな息を吐きながらも、ルクレツィアは自分に甘えるような彼の行動をつい可愛いと思ってしまう。恋は盲目、というやつだ。

「…もう、仕方ないなぁ…」

 ルクレツィアはクスクスと笑っては、持つ本をヴィレンが譲ってくれた太ももの上にずらして読書を再開させたのだった。


 水面の小波がちゃぷちゃぷと舟に当たる小さな心地良い音をBGMにゆっくりと時間が流れていった。その他には、本の紙を捲る音がたまに聞こえるだけで、とても静かで穏やかな時間が二人を包み込んでいる。

「……ヴィレン。寝るんじゃなかったの?」

 先ほどから感じているヴィレンからの視線に、気付かない振りをしていたルクレツィアだったが、ついに本からヴィレンへと目を向けた。

 そんなに見つめられると、読書に集中なんて出来ない…。

「いつ見てもお前って…綺麗だよなぁって思って」

 恥ずかしげもなく、考えていた事が思わず口に出てしまった様子で言うヴィレンに、ルクレツィアは照れて思わず顔を赤らめた。

「きゅ、急に何…?」

「急にじゃねぇし。初めて会った時からずっと思ってたよ」

 そう返されてしまうと、ルクレツィアの顔はますます赤くなってしまう。

「……私も。初めてヴィレンを見た時、何て綺麗な男の子なんだろうって驚いた…」

 もちろん、ルクレツィアはヴィレンの見た目に恋をしたわけではないが…そう思っていたのも事実。

「…リクがね、私とヴィレンの出会いは『運命であり必然だったんだ』って言ってたの」

 そう言いながらルクレツィアは、ヴィレンとの出会いに感謝していた。自分は彼と出会わなかったら…あのまま、あの屋敷で一人寂しく泣いていたんだろうって。

「貴方が私の運命で良かった」

 するとヴィレンは上体を起こし、ルクレツィアを振り返ると彼女と同じ紫の瞳でジッと見つめてくる。

「それは…俺の台詞だぞ!」

 ヴィレンは黒い指輪が輝くルクレツィアの手をギュッと握ると、真剣な表情で言った。

「俺…もしルーシーと出会わなかったら、もう一度リクと会えなかったと思う…忘れたままだったかもしれねーし、サラとユーゴに見つかって魔王に逆戻りしてたかもしれねぇ…」

 ヴィレンは目を伏せると苦しそうな顔をして、けれど次に顔を上げた時は覚悟を決めた顔をしていた。

「ルーシーは俺の運命で救いの光だ。あの日、俺の事を最後まで諦めないでいてくれて、ありがとう!」

 ヴィレンはきっと、彼がルクレツィアを初めて傷付けてしまった日の事を言っていた。ルクレツィアは心の底から良かったと思った。

(私、ちゃんとヴィレンと共に生きる未来を選べたんだ…)

 そう思うと、無意識に涙がこぼれる。ヴィレンが心配そうな顔をして指で優しく涙を拭ってくれたので、ルクレツィアは「違うの、感動の涙だから…」と、悲しくて泣いているのではない事を伝えた。

「……ねぇ、ヴィレン。私ね、サラと約束したの」

『貴女がまたこの世界に生まれた時、貴女が大好きな人たちと当たり前に過ごせる世界を私が作ってみせるよ』

 サラは信じてくれなくて、約束とは言っても一方的なものだったけれど…。

「私、この世界を変えたい…」

 異世界人の二人が塵となり消えていったあの日から、ルクレツィアはずっと考えていた。

「サラやユーゴが救われる…争いのない、大好きな人と笑い合える世界にしたい…」

 それがルクレツィアの出した、二人を救う方法。リクに頼まれたからじゃなく、自分自身が彼らを救いたいと強く思って、一生懸命に考えた結果だ。

「そのために何をすればいいのか…まだ分からない状態なんだけどね。でも、ヴィレンと同じくらい、サラ達の事も諦めたくないから…!」

 答えや方法なんて検討も付かず、このままではサラの言う通り口だけで偽善者な自分になってしまうと落ち込んだ様子のルクレツィアだったが、ヴィレンは違った。

「お前なら絶対に大丈夫だ」

 ヴィレンの紫の瞳は輝いていて、決して慰めの言葉なんかじゃなく本気でそう言っている様子だった。

「ルーシーはちゃんと、あいつらと向き合って答えを見つけるよ」

「どうしてそう言い切れるの?」

「だって俺は『知ってる』からな!」

 自信満々に笑うヴィレンに、ルクレツィアはその根拠が分からず首を傾げた。

 そう、ヴィレンは『知っている』のだ…自分たちの未来を、少しだけ。


『ヴィレン。私、サラとの約束のためにもこの『世界』が欲しいの。手伝ってくれる?』


 彼がいつの日か見た、未来を覗いた夢。ルクレツィアが少女のように愛らしい笑顔を浮かべて自分にそう言った未来を、ヴィレンは知っている。


『…世界が欲しいなんて、魔王みたい。…強欲が過ぎるかな?』


 愛する人の、竜族らしい最高に強欲な願い事をね。

(ルーシー。お前はこの先の未来で、世界を欲して『魔王』になるんだ)

 そうして、手に入れた世界を『優しい世界』へと作り変えていく。

(かつての憎しみに狂った魔王すらも、打ち勝てないほどに強く、皆に愛される魔王にな…)

「心配すんな、ルーシー! お前には俺が付いてる」

 ヴィレンは自信が無さそうな表情のルクレツィアに笑顔で言った。

「俺たちはこれから、何千年と続く残りの人生を一緒に生きていくんだ。だから、気の済むまで二人で答えを見つけていこう」

「……うん…! ありがとう、ヴィレン!」

 暗かった表情から明るい表情へと変化していったルクレツィアは、最後には幸せそうに笑っていた。

「ヴィレン、」

「ん?」

「…おかえりなさい」

「あぁ…ただいま、ルーシー」

 舟が静かに揺れる。それはきっと、ヴィレンがルクレツィアを押し倒してキスをしたからだ。

 深い深い、彼の愛が注がれたキスに…ルクレツィアはゆっくりと目を閉じる。

 二人は気付いていないが、ちょうど空から雪が降り始めていた…——。

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