87、竜とのデート
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ルクレツィアがヴィレンと共に馬車に乗り、彼に連れられて到着した先は、イスラークの街から少し離れたところにある湖のほとりだった。
湖畔の周りには木々が立ち、その奥には山景色が広がっている。その反対側には小さくイスラーク城が見えた。晴れて雪も降っていないので、遠くの景色までよく見えた。
この場所は、とても大きな湖なので夏の時期にはイスラークの街の住人達がこぞって遊びにやって来る人気スポットだ。自然の景色を目で愉しみながら舟遊びをしたり、釣りを楽しんだりと…そう、夏だったならば。
現在、時期は冬であり夏に青々と繁っていた木々には、今は代わりに雪が積もっている。当たり前だが湖は凍っているし、山景色も銀一色。
確かに、これはこれで冬にしか見られない幻想的な景色が見惚れるほどに美しいけれど…。
ルクレツィアは不安な面持ちで隣に立つヴィレンを見上げた。何故なら彼の手には釣り竿が…この凍った湖で、一体何をしようと言うのか…。
「ルーシー。ちょっと待ってろよ。すぐに準備をするから」
と、言葉を残してヴィレンは湖のすぐ側にある管理小屋へと向かって行った。
「え、舟?」
小屋に予め用意していたらしい小舟を引っ張り出してきては、氷が張った湖の上で舟を滑らせながら戻ってきたヴィレンにルクレツィアは思わず聞き返す。
すると、ヴィレンは真面目な表情で頷いた。
「…雪ソリ遊びじゃなくて?」
「うん、湖に浮かべる舟」
昔からアクティブな遊びが好きなヴィレンだから、今回もそういうデートになるのかなとある程度予想していたルクレツィアは戸惑ってしまい、しかし、ヴィレンはそんな彼女に構わず着々と準備を進めていった。
ヴィレンは馬車の中に詰め込んでいた荷物を取り出すと、御者に「じゃあ、また時間になったら迎えに来てくれ」と伝えて帰してしまった。
(馬車の中に色々と荷物が積まれてるなぁ、とは思ったけど…)
クッションやブランケット、それに軽食の入ったウィッカーバスケットがあったから、ルクレツィアは当然ピクニックにでも行くのだろうと思っていた。
焚き火を囲みながらイスラークの綺麗な冬景色を眺めてちょっとしたピクニックを楽しむ場所だってある。冬でも恋人達や家族が多く集まる人気なスポットだ。ルクレツィアはそこに連れて行かれると思っていたのだ。
それがまさか…連れられた先が、人っ子一人もいないこの湖畔だったなんて…。
「ヴィレン。ここで今から何するの?」
不安な気持ちでルクレツィアがヴィレンに尋ねると、彼は当然のように答えた。
「何って…舟遊びだけど?」
「…………」
ルクレツィアはつい頭を押さえたくなった。
ヴィレンが一体、何を考えているのか分からない。正直、今日は…恋人が自分のために考えてくれたデートプランだから、ルクレツィアはとても楽しみにしていたのだ。
(ヴィレンのデートプランだから、ロマンチックなデートではないだろうなとは思ってたけど…でも…)
それにしても季節外れの凍った湖でわざわざ舟遊びとは…確かに自分は氷を操る竜人族で寒さには耐性があるとはいえ…と、ルクレツィアはいきなり幸先不安な状況に、つい残念な気持ちになってしまう。
(……って、だめだめ。落ち込むのはまだ早いよ、ルクレツィア! ヴィレンを信じて、まずは彼が考えてくれたデートを楽しんでみよう!)
沈む気持ちを叱咤して、ルクレツィアは最後までヴィレンを信じてみようと自身に言い聞かせるのであった。
そんな中で、ヴィレンが突然に口から火を吹いて湖の氷を溶かしていった。
「…………」
突然の恋人の行動に驚くルクレツィアだったが、取り敢えず口は挟まずに成り行きを見守る事に徹底する。
湖に張った分厚い氷が溶けていき、中央部分に水面が見えた所でヴィレンは火を吹くのをやめた。
持参した荷物を小舟に乗せて、迷いのない足取りで舟を引きながら湖の中央へと歩いていく彼をルクレツィアは慌てて追いかける。
溶けた水面に小舟を浮かべると、ヴィレンは得意な火魔法で人差し指の先に小さな火の玉を作り、指で軽く弾いて冷たい上空へと火の玉を飛ばした。
その瞬間、その場がまるで春のような心地良い暖かさに包まれる。
驚くルクレツィアに、ヴィレンは得意げな笑顔を浮かべて「昔の記憶を取り戻したら、出来るようになった」と言った。
ヴィレンが飛ばした火の玉は、文字通り小さな太陽のような役割を果たしているようで、湖の上だけ一足早く春が訪れたようだ。
緩やかに揺れる舟に乗り込んで、ヴィレンはルクレツィアを振り返ると「ん、」と、手を伸ばした。
呆気に取られた表情のまま彼の手を掴み、舟に乗ったルクレツィア。
ヴィレンが用意してくれたクッションに腰を下ろし、改めて周りを見渡すと…。
「…不思議。ここだけ春で、向こう側はまだ冬だ…」
と、暖かな日差しの中で周りの銀景色を眺めるルクレツィア。
(寒さの中と暖かさの中で見る景色は、同じものでも感じ方がこんなにも違うのね)
夏は人に溢れているこの湖畔も、今では誰もいない。静寂に包まれるこの銀色の絶景は、それだけで神聖なものに思えてきて…今、この場所はルクレツィアとヴィレンだけのものなのだ。それがとても、ルクレツィアにはロマンチックだと思えた。
「まるで世界に二人だけみたい……素敵…」
思わずそう呟いたルクレツィアに、ヴィレンは嬉しそうに笑った。
「ルーシー、ちゃんと本を持ってきたか? 俺、釣りしてるから好きなだけ読書してていいぞ」
そう、ルクレツィアは城を出る前にヴィレンから本を持ってくるように言われていたのだ。だから彼女は、今読みかけていた本を取り敢えず持ってきていたのだけれど…。
「いいの? それだとヴィレンがつまらないでしょ?」
基本的にルクレツィアとヴィレンは好む時間の過ごし方が違う。ヴィレンは外へ出かける事が好きだけれど、ルクレツィアは部屋でゆっくり読書をする時間が好き。
だから今回も、ヴィレンが勧める外遊びでデートをするのかなと思っていたルクレツィア。
「…ルーシーはさ、いつも俺に合わせて外遊びに付き合ってくれるけど…本当は読書したりゆっくりした時間を過ごす事の方が好きだろ?」
ヴィレンは少し照れた表情で持参した釣竿の糸を湖に垂らしながら言った。
「今日は『ルーシーの為のデート』だからな…ルーシーが好きな事だけをして二人きりで過ごす事が、俺のデートプランだ」
耳を赤くしながら「誰にも邪魔されずにゆっくりと心置きなく読書が出来たら、ルーシーも嬉しいと思って」と、続くヴィレンの言葉にルクレツィアは胸の奥がきゅーっと締め付けられる気分になる。
(ヴィレン…本当に私の為に考えてくれたんだ…)
いつもは自分のしたい事を優先してルクレツィアを連れ出すヴィレンからは想像もしていなかったデートだった。
「…もう、ヴィレンったら…いつからそんなに女心が分かるような男の子になっちゃったの?」
恋人の気遣いが嬉しくて、思わずキュンとしてしまったルクレツィアは、恥ずかしさを隠すようにわざとヴィレンを揶揄ってみた。
するとヴィレンが水面から顔を上げて、ルクレツィアへと目を向ける。
「俺、女心はよく分かんねーけど…でも、ルーシーの事は分かるぜ」
ルクレツィアの大好きな、太陽みたいに明るい笑顔を浮かべてヴィレンがニカッと笑う。
「いつも、いっぱいルーシーの事を考えてるからな。これだけは誰にも負けねー!」
不器用ながらもこちらを楽しませようとしてくれている彼の気持ちが純粋に嬉しい。
きっと、『女の子』を楽しませるデートならグリムやユーリ辺りの器用な男の子の方がスマートで上手なのかもしれない。
でも、『ルクレツィア』を楽しませるデートを考える事においては…この世界でヴィレンが一番だ。ルクレツィアは心の底からそう思えた。
この込み上がってくる感情が溢れてどうしようもない気持ちになり、ルクレツィアは舟を揺らしてヴィレンの隣に座り直すと彼の頬にちゅっと愛を込めてキスをした。
するとヴィレンが、もっと欲しがったような表情でルクレツィアを見つめる。
「……俺からもしていい?」
「だめ。ここは外ですから」
(だって最近のヴィレンからのキスって…前と違ってエッチなんだもん…)
絶対に頬にキスするだけじゃ終わらない。ルクレツィアは開いた本で赤くなる顔を隠しながら言うと、ヴィレンはいじけた様子で「不公平だ…」なんて事を嘆いていた。




