82、勝ち戦と負け戦
一方、ルクレツィアはアスゲイルと協力してサラに絶え間なく攻撃を仕掛けていた。
自身に傷が付けば自分を治癒し、ユーゴにまで気が回らない様子のサラ。
「私だって…攻撃魔法くらいはある!」
厄介なのが、サラの得意な光魔法だ。目も開けられないくらいの強い発光体が自分たちの目を眩まして、一瞬の隙を生じさせる。
サラはその隙に、地面に聖魔法を与えると土の傀儡で自分を守る騎士を生み出してしまうのだ。
そしてこの騎士は、痛みを感じない傀儡なので身体が完全に崩れ落ちるまで、こちらを攻撃する手を一切止めない。
ルクレツィアはアルゲンテウスの兵士たちを防御魔法で補助しつつ、氷のブレスで傀儡騎士をいなし続けていた。
他の兵士の危機に慌てて防御魔法をかけるルクレツィア。その瞬間を狙って、傀儡騎士がルクレツィアを攻撃する。
「ルクレツィア様!」
竜の力を手に入れたからといって、戦場慣れしていないルクレツィアは突然の光景に身を固まらせてしまうが、そんな彼女を攫うようにイクスが身を挺して傀儡騎士の攻撃から守った。
「イクスお兄様…」
「貴女に傷でも付けてしまったら…俺が母上に怒られちゃいますからね…」
アスゲイルに説得されて泣く泣くイスラーク城に残ることにしたレオノーラから、かなり迫力のある顔でルクレツィアを頼まれたのだ。
イクスは母の事がとても恐ろしいらしく、ルクレツィアの事は絶対に守り抜くと心に誓っている。
「…………」
サラは傀儡騎士を使い何とかルクレツィアとアルゲンテウスの猛攻に抵抗するものの、少しずつ追い詰められていった。
(…自分の首が締まっていくのを感じる……)
じわじわと四方を塞がれていくような感覚…一体、また一体と崩れていく傀儡騎士を眺めながら、サラはこの後自分がどう立ち回ればいいのか必死で考えていた。
しかし、相手は戦闘のプロ『雪銀の魔兵団』。素人なサラの立ち回りを先読みし、確実に牽制してくる。
その時、向こうの方でディートリヒの剣がユーゴの腹を貫いている光景を目の当たりにするサラ。
「優吾!!」
すぐに治癒魔法を使おうとしても、アルゲンテウスの連携攻撃に詠唱をキャンセルさせられる。
「くそっ……邪魔、するなぁ!!」
サラは叫んで自身の持つ最大の光魔法を兵士たちに浴びせた。目眩しで敵が動けなくなる中、自身の殆どの魔力を使ってこれまで以上の数の傀儡騎士を生み出したサラは、隙を付いてユーゴの元へと全速力で駆けて行った。
「優吾! 大丈夫!?」
サラがユーゴとディートリヒの元へ到着した時、ユーゴは剣を引き抜かれてその場に崩れ落ちたところだった。
「優吾から離れろぉ!」
サラは一体の傀儡騎士を生み出して、ディートリヒを攻撃する。とっさの攻撃を避けるために大きく後退したディートリヒは剣を振るうまでもなく…魔法を使い一瞬で傀儡騎士を倒してしまった。
(…あの兵士達とまるで違う…!)
これまでは十分戦えていたのに、ディートリヒ相手だと時間稼ぎにもならない事実に絶望するサラ。
「大丈、夫…今回はまだ、死んで…ねぇ…!」
地面に伏せながらも、顔を上げたユーゴは腹から血を流しながら必死に絞り出した声でサラに言った。
「紗良の治癒魔法があれば、まだ…戦える…!!」
「優吾を追い詰めやがって! 絶対に許さないからな!」
ユーゴの満身創痍な姿にサラは顔を歪めてディートリヒを睨み付ける。
そんなサラに、ディートリヒは涼しい顔で淡々と言った。
「…この男を追い詰めているのは、お前だろう?」
サラは思わず目を開く。
「こいつがここまで傷だらけなのは、お前のためなのだから」
「耳を…貸すな、紗良…! いい…から、俺に早く…治、癒、魔法を…かけろ…!」
サラは不安な表情でユーゴを見た。
『もう目覚めたくなんて無かったのに…再びこの世界で目を覚ました俺は、一体どうすれば良かったんだ…!?』
先ほどのユーゴの言葉がサラの頭の中でこだまする。
『そこに俺の意思なんて関係ねぇ、紗良の邪魔をするやつは、全員敵だ!』
サラはずっと、ユーゴも自分と同じ気持ちなのだと思っていた。自分と同じで、この世界の人間たちを恨んでいると…だから、これまで二人で一緒に頑張ってこれた。
「………ゆうご…」
サラの中で初めて疑問が浮かび上がる。『優吾はずっと、自分のエゴに振り回されていたのか?』『自分こそが優吾を、苦しめていたのか?』。
(私は、優吾を傷付けてまで…この復讐を……)
——『成し遂げたいのか?』。
見ればユーゴの姿はボロボロで、これまでずっとサラのために死力を尽くしてくれていた事が嫌でも見て取れる。
「…………」
サラは治癒魔法を発動させずに、ユーゴが使っていた剣を拾い上げると…ユーゴを背に守るようにディートリヒと対峙する。
「こ、今度は私が…優吾を守るんだ…!」
きっと、守られているばかりでは本当に大切なものを見失ってしまうのだと、サラはこの時に初めて気付けた。
実際に剣を構えてみると、怖い。剣を持つ手が震える。重くて、ユーゴの思いが詰まったこの剣が重すぎて、サラは泣きながら目の前のディートリヒに震える剣先を向けた。
自分の復讐を果たすなら、今すぐにでもユーゴを全快させた方がいい事くらいサラにも分かっている。
でも、選んだのだ。サラは、幽鬼族になってまで果たしたかった『復讐』よりも、自分の大切な『優吾』をこれ以上傷付けないことを選んだ。
(もう、私の大好きな人が傷付く姿は…絶対に見たくないから…)
サラの頭の中に浮かぶのは、元の世界の景色の中で同じ制服に身を包んで笑う、二人の幼馴染の姿。
(私たち、いつから笑えていないんだろう…?)
「紗良…!」
後ろから早く治癒しろと言うユーゴの声は無視した。サラはディートリヒに言う。
「あんたには絶対…優吾を、こ、殺させないから!」
サラの実力でディートリヒに敵うとは思っていない。
「その前に私があんたを殺してやる…!」
でも、抗うことは出来る。
ディートリヒが一歩こちらに踏み出す姿を見て、サラは叫びながらディートリヒに斬りかかった。
「………」
ディートリヒが複雑そうな顔をしてサラの剣を振り払った瞬間……ユーゴがサラを守るためにディートリヒへ魔法を放った。
思いがけないところから攻撃されたディートリヒは、初めて攻撃を受けてしまう。
「お父様!」
そこにルクレツィアが青い顔で叫びながらやって来た。
「来るのが遅くなってごめんなさい。傀儡騎士に手を取られてしまって…」
怪我をしたディートリヒに泣きそうな顔で寄り添うルクレツィア。その後ろには、アルゲンテウスの兵士たち。
サラは顔を上げて周りを見た。自分が生み出した傀儡騎士達は全て倒されていた。
絶対絶命の負け戦だ。尻もちをついていたサラは、引っ掻くように土を握り締めて…そして再び立ち上がると改めて剣を構える。
「……お父様。サラとは私が決着を付けさせてください」
そんなサラを見つめて、ルクレツィアが言った。
「…あぁ、ルクレツィア。お前の思うがままにしろ」
そんなルクレツィアの頭を撫でてディートリヒは一歩下がる。
ルクレツィアはゆっくり歩いてサラと対峙するように立つと、彼女と見つめ合った。
「…もう私たちに言葉はいらないよね、サラ」
「そうだね、ルクレツィア」
ルクレツィアは手を鉤爪に変化させ、サラはユーゴの剣を構え直し…二人は一斉に前へと飛び出した。




