80、勇者の正義
雪銀の魔兵団の軍団長アスゲイル・スペンサーは僅かな焦りを抱いていた。
「…キリがないな」
もう何度倒したか分からない勇者。しかし、聖女の魔法で何度も復活してはこちらに牙を向く。
アルゲンテウスの兵士たちも、この化け物じみた二人に気後れしている様子だった。
これまでに災害級の魔獣大発生を何度も食い止めてきたアルゲンテウスだが、その時よりも今回の方が厄介だと思っていた。
もはやこれは消耗戦だ。こちらの精神力が尽きるか、それともあちらが先か……いや、ユーゴの様子を見ると、不利なのはきっとアルゲンテウスの方なのだろう。
彼の、命に変えてもサラを守り抜くという覚悟がこちらに嫌でも伝わってくる。だから、アスゲイルの部下達はその気迫に押されているのだ。それはアスゲイルも同じことで…。
(グリムや魔王国の王達は…この二人を相手に、今までずっと戦っていたのか。…すごいな)
アスゲイル達が到着するまでこの二人を足止めし抑え続けていた、現在は精も根も尽き果てたとばかりに後方で気を失っている彼らに心の中で称賛の拍手を送った。
それでもアスゲイルは諦めずに、部下達に的確な指示を出し、少しずつではあるがユーゴとサラをじりじりと追い詰めていた。
「もう少しだ! あともう少しで二人を倒せるぞ!」
部下を鼓舞するためにアスゲイルは強気でそう叫び、魔法射操兵にハンドサインで号令を出す。一斉にいくつもの攻撃魔法がユーゴを襲った。
「……『もう少し』?」
土煙の中、まだ立つ人影にアスゲイルは顔を顰める。
「俺を舐めんなよ、人間どもが!!」
逆上したように叫ぶユーゴの反撃。人間技とは思えない広範囲の雷魔法に大半の兵士たちが倒れていった。
「…っ…」
アスゲイルは思わず言葉を失う。決して敵に気取られてはならないが…アスゲイルはユーゴに僅かな恐怖を感じてしまった。
(…異世界人とは、ここまでの力があるのか…)
アスゲイルの知る異世界人とはカレンだ。彼女は明るく聡明で、何とも気のいい穏やかな女性だった。
(カレン様と比べてまだ年若い筈の彼らの身に、一体何があったというんだ…)
きっと彼らの本質も、カレンとそう変わらないはず。それなのに、あんなに追い詰められた顔をして自分たちに牙を向くユーゴの姿に、アスゲイルは胸が締め付けられる思いだった。
「俺もこの世界の戦争で学んでんだ…大抵、こういう兵隊どもは、司令塔がいなけりゃ無力化出来ると…」
ユーゴはアスゲイルに狙いを定めたようだ。周りの兵士たちがアスゲイルを守ろうと陣を乱す。
「いい! お前たち、戻れ! 陣形を乱すな!」
最悪、自分が倒れてもまだディートリヒがいる。それを考えると、陣形を崩しギリギリのところで保ってきた自分達が優勢なこの状況を失うことの方が大きな痛手になると思ったアスゲイル。
アスゲイルの言葉に兵士たちは戸惑った表情で思わず固まってしまった。その隙にユーゴの剣先がアスゲイルを捉える。
「咄嗟に部下がお前を庇おうと動いちまうなんて…お前、いい上司なんだな…!」
ユーゴはアスゲイルとの戦闘に勝ったと慢心した笑顔を浮かべて、雷魔法を纏わせた剣を振り下ろす。
(早い…! 間に合わないか…!)
アスゲイルは決して弱い男ではない。アルゲンテウスの軍団長という立場に恥じない強さを持ち、ディートリヒからの信頼は厚く、部下達を導く力もある。ユーゴがただ、アスゲイルよりも強かったというだけの事。
彼は剣を構えるも、死を覚悟して……しかし、ユーゴの剣はアスゲイルに届く事はなく、ルクレツィアの防御魔法に防がれたのだった。
「スペンサー軍団長、よくこの場を保たせてくれた。兵を少し後退させて、アレンディオ国王達とともに後方にいるヴィレンやグリムを護衛しつつ、俺達を援護してくれ」
ルクレツィアと共に登場したディートリヒの姿に、アスゲイルはまだ自分の命が繋がっている事に深く感謝していた。
「かしこまりました!」
すぐに気持ちを切り替えて、アスゲイルは兵士たちに指示を出す。
ルクレツィアとディートリヒは並んで、改めてユーゴとサラの前に対峙した。
「ルクレツィア! 私たちから魔王を奪う気!?」
ヴィレンはこの二人に負けてしまったのだと気付いたサラは苛立たしそうに叫び、ルクレツィアを睨み付ける。
「そうだよ、サラ。私は貴方達から見れば邪魔で仕方ない『悪役』なんでしょうね…でも、私が愛してる人を傷付けて泣かせる人たちなんて絶対に許さない! 悪役らしく、お父様でも何でも使って邪魔してやるんだから!」
ルクレツィアがそう叫び返すと、サラは悔しそうな顔で治癒魔法を使い傷だらけのユーゴを全快させた。
「まるで治癒の暴力だな…」
ディートリヒが厳しい目付きでサラを見ながら呟く。治癒されながら終わらない戦いに身を投じるユーゴが、哀れで仕方なかった。
それはルクレツィアもディートリヒと同じ気持ちで、顔を僅かに歪めている。
「貴女がユーゴを治癒するなら、私もリクの魔法でみんなの事を守るよ」
「大体、何であんたが理玖の魔法を使ってんのよ!」
サラにはそれが理解出来なかった。異世界に来てずっと裏切られ続けてきた。でもリクは…理玖は絶対に自分を裏切る筈がないとサラは思っていたのに。
「ねぇ、理玖! 私たちを裏切るの!?」
悔しさのあまり、サラの青い目から涙が流れていった。
「裏切るとかじゃ、ないよ…」
ルクレツィアはサラ達の過去を思い出して苦しそうな表情を浮かべながら続ける。
「リクは、私に貴方達を救って欲しいと言って、この魔法を託してくれたの」
ルクレツィアの言葉にユーゴが顔を歪めた。
「私、あなた達の過去を知ったよ。当時の人たちの仕打ちに、胸が張り裂けそうだった…私も腹が立って仕方なかった! でもね、今あなた達がやっている事は間違ってる——」
「あのさ、」
ルクレツィアの言葉を遮るように、ユーゴが大きな声を上げる。
「ルクレツィアは俺たちが間違ってるって言うけど…じゃあ、俺たちはどうすれば良かったんだよ…?」
ユーゴが剣を持つ手を下ろし、ひどく切迫した表情でルクレツィアに問い掛ける。
「突然訳わかんねー世界に飛ばされて、戦えって剣を握らされて、理玖を失って、紗良の事も満足に守れずに死んだ俺は……もう目覚めたくなんて無かったのに…再びこの世界で目を覚ました俺は、一体どうすれば良かったんだ!?」
「……優吾…」
ユーゴの訴えに、彼の背に立つサラの表情が暗くなる。サラ達の死後、幽鬼族として蘇ったのは、サラだけだったのだ。
ユーゴはサラの聖魔法により、蘇らせられていただけ。サラはリクも蘇らせようと試みたのだが、それは失敗に終わっていた。
「だったら、俺がやるべき事は…俺がこの世界で成し遂げたいことはただひとつ! 今度こそ紗良の絶対的味方になって、どんなものからも守る! そこに俺の意思なんて関係ねぇ、紗良の邪魔をするやつは、全員敵だ!」
ユーゴは追い詰められた表情で更に言い募った。
「それが正しくないのなら、俺は間違ったままでいい! 俺の正義は、『間違い』の中にあるんだ…!」
ユーゴは涙目になりながら叫んで、一番得意な雷魔法を身に纏う。その黒い目には強い意志が宿っており、説得するなんて難しいだろう。
ルクレツィアはユーゴのそんな姿を見て思った。
(あぁ、この人…サラに罪滅ぼしをしているんだ…)
自分達を裏切った当時の人々への恨みより、ユーゴはサラを守れなかった後悔の方が強かったのだ。もしくは、その守りたかった人の中にはリクも含まれているのかもしれない…。
だから何度も治癒魔法を受け入れて、何度も傷だらけになりながら自分達に立ち向かう。心を擦り減らしながらも。
たとえ彼が復讐を望んでいなくとも、サラの願いを成就させる事がユーゴの願いなのだと、ルクレツィアには分かった。
(…そんなの、あまりにも悲しすぎる…!)




