78、悪役令嬢は最強パパで武装する
ユーゴとサラ、そしてヴィレンがディートリヒの登場に警戒している。
「スペンサー軍団長、勇者と聖女は任せたぞ」
「はっ!」
ディートリヒはアスゲイルにユーゴとサラを任せる事にして、改めてヴィレンに目を向けた。
「…次はディートリヒかよ」
ヴィレンは嘲笑的な笑みを浮かべつつも、僅かに後退する。ディートリヒを警戒しているのだ。
「お前も、俺が『魔王』になるか心配なんだろ?」
「……『魔王』?」
ディートリヒは眉を顰めた。
「魔王なぞ知らん。俺は、俺の娘が泣いていたから…ただお前を連れ戻しに来ただけだ」
ヴィレンはディートリヒの答えに複雑そうな表情を浮かべて俯いた。
「ルクレツィアを泣かすとは、ヴィレン…お前は命が惜しくないようだな?」
「…………」
ヴィレンは俯いたまま何も答えない。ディートリヒは小さな息を吐いた。
「…今なら何も言わずに許してやる。だから、黙って帰って来い!」
ディートリヒの言葉にヴィレンはつい意地を張ってしまうのだ。これまでに何度も差し伸べてくれた人たちの手を振り払ってしまった。
トーヤ、マノ、アレンディオ…そしてルクレツィアとグリム…今更、そんな都合よくディートリヒの手を取るだなんて…と。
「…何なんだよ、お前ら……俺は、旧暦時代を終わらせた魔王だぞ! 怖くねぇのかよ!?」
自分の本心と向き合うのが怖くて、ヒステリックに叫ぶヴィレン。そんな彼にディートリヒは涼しい顔でさも当然のように言ってのけるのだ。
「魔王がなんだ? 俺は『お父様』だぞ? 妻と娘以外は全員、俺にひれ伏せろ」
暴君だ。ヴィレンはディートリヒの一貫した態度に、思わず言葉を失ってしまった。
「ヴィレン、これで最後だ。帰って来るのか、来ないのか?」
ディートリヒに最後だと問われたヴィレンは、情けない表情を浮かべて震える声で答える。
「…分かんねぇ…俺、どうすればいいか…」
ディートリヒは息を吐く。そして「分かった」と、短く言った。
「もういい、ヴィレン。お前がそんな腑抜けた奴だとは思わなかった。俺の娘に今のお前は相応しくない」
ディートリヒの周りの空気が凍っていく。
「お前とルクレツィアの婚約は白紙だ」
ディートリヒの怒りを感じたヴィレンは、今度は大きく後退して半人半竜の姿となる。グリム達とは一切この姿で戦っていなかったヴィレンだったが、ディートリヒ相手にそうも言ってられなかった。
本気で望まないと、本当に死ぬ…。ヴィレンにそう思わせるほど、ディートリヒの殺気と威圧感は凄かった。
「…ディートリヒ。俺だってもう子供じゃないんだぜ。前みたいに簡単にやられるかよ…」
ヴィレンが初めてディートリヒと出会った時、首を鷲掴みにして緊縛魔法をかけてきたディートリヒに恐れ慄いていたが…あの頃より、自分は成長し随分と強くなったのだ。
今の自分ならディートリヒとも互角に戦える。ディートリヒの手が魔法を発動させる動きをしていたので、身構えながらヴィレンはそんな事を思っていた。
それは一瞬の出来事。辺り一面の地面を氷が這うと、まるで水晶の大群のように地面を割って空へと突き上げる氷柱がヴィレンを襲う。
ヴィレンは慌てて火魔法を使い、自分を襲ってくる氷柱から身を守った。ふと、空を見上げると、そこには視界いっぱいの氷の群生達が空を覆っている。
「……規格外、すぎんだろ…」
たった魔法一発で、自分がここまで追い込まれるなんて…。
しかしヴィレンには呆然とする時間なんてない。歩いてゆっくりとこちらへ近付いてくるディートリヒに、先手必勝とヴィレンは鉤爪を携えて飛び掛かった。
ディートリヒが初めて胸ポケットから杖を取り出す。そしてその杖でヴィレンの攻撃を受け止めた。
「…さすがに折れるか」
杖は攻撃に耐えられなかったようで、折れてしまうが、すぐさま氷魔法でヴィレンを攻撃する。ヴィレンも負けじと火を吹くが、ディートリヒは顔色ひとつ変えずにそれを防いだ。
ディートリヒは攻撃の手を緩める事なく、ヴィレンに様々な氷魔法を撃ち込み彼を追い込んでいく。
ついにディートリヒから放たれた氷魔法がヴィレンの肩を抉るように傷付けた。
「ぐぅっ…!」
「…ひとつ言い忘れたがヴィレン。俺も、前の俺とは違うぞ」
肩の痛みに顔を歪めていたヴィレンは「どういう意味だよ?」と、尋ねる。すると、ディートリヒの周りに纏わり付くようにカレンが姿を現した。
「今の俺には愛する妻がいるからな…控え目に言って、最強だ」
「初めましてヴィレン、ルクレツィアの母カレンよ。貴方とこんな風に初対面を迎えるのは悲しいけれど、仕方ないよね…」
カレンがディートリヒの首に腕を回しながら、ヴィレンに笑いかける。
「可愛いルクレツィアを泣かせたのだから。このまま素直に、私たちの最強パパにお仕置きされちゃいなさい!」
(氷の精霊…!? だからディートリヒの力が増幅していたのか…!)
ヴィレンは奥歯を噛み締めて、半人半竜の姿からついに竜の姿となる。
「ま、け、る、か、よ!!」
ひとつの時代を終わらせたと言うかつての『禍津竜の魔王』とよく似た黒竜の姿がそこにあった。
ヴィレンは大きく翼を広げて、雄叫びをあげたのだった。
全てを焼き尽くすヴィレンの身体は、ディートリヒが放った氷を溶かしていった。大量に発生した水蒸気が空へと昇っていく。
悪くなった視界にディートリヒが眉を顰めていると、真っ白な水蒸気を掻き分けて大きな鉤爪が目の前に現れた。
ディートリヒは氷魔法で防御壁を作りそれを防ぐが、壁は目の前で砕け散ってしまった。
ヴィレンは地面を抉りながら黒い炎柱を吐いたかと思えば、炎に巻かれながら空高く舞い上がった多くの石礫や岩がディートリヒ目掛けて隕石のように落下していく。
しかし、ディートリヒが何か魔法を放つ前に防御魔法が彼を守った。ルクレツィアだった。
「お父様、大丈夫ですか?」
「あぁ、ありがとう。ルクレツィア」
空から降りてきたルクレツィアにディートリヒが手を伸ばすと、彼女がその手をしっかりと掴む。
そして、グッと引き上げるとディートリヒの体が宙を浮いた。
ルクレツィアが竜人族になってみて驚いた事なのだが、以前の自分と比べて魔力だけでなく腕力も格段に上昇していた。
この世で最強種と言われる竜族の力…今のルクレツィアは、自分よりもずっと背の高いディートリヒすら軽々と持ち上げられるのだ。
ルクレツィアはディートリヒを連れて空へと飛び上がった。彼女たち親子が竜化したヴィレンの顔の目の前にまで到着すると、ヴィレンとすぐに目が合った。
「ヴィレン。私たち、初めての喧嘩だね」
「ルーシー…」
ルクレツィアとヴィレンは、同じ紫色の縦長の瞳孔の瞳で見つめ合っていた。
「私は、これまで貴方の言葉にたくさん助けられてきたよ。ヴィレンの何気ない一言が、私にとって救いの光だったの…」
ヴィレンがいてくれたから、ルクレツィアは『魔力なし』だと嫌われていた自身のことも認めて受け入れられたのだ。
「ヴィレンのおかげで、私は自分の事が好きになれた」
カリンとの約束通り、ルクレツィアはヴィレンに笑いかける。
「だからね、同じくらい貴方の言葉に傷付いたよ……いっぱい謝ってくれないと、許さないんだからね!」
ルクレツィアはそう言って、ヴィレンに向けて口から極寒の吹雪を吐き出した。それに合わせてディートリヒも特大の氷魔法を放つ。
ヴィレンの身体から熱が奪われていき、ついには凍り付いていった。
(嘘だろ…! 俺の身体が凍るなんて!?)
炎を操る竜が凍るなんて、前代未聞だ。しかし現実、ヴィレンの身体を這う氷が徐々に彼の自由を奪っていっている。
——ルクレツィアの始まりは、『悪役』で『嫌われ者』のちっぽけなノーマンの自分だった。
ヴィレンと巡り合い、ディートリヒと親子の絆を結び直し、そしてたくさんの大好きで大切な人たちと出会った。そして今、彼女は…。
「ヴィレン…! 貴方がどんなに強い竜で元魔王だとしてもね、最強のお父様で武装してる今の私は…控え目に言って、無敵だよ!」




