73、『竜と少年の或る物語』⑦
魔王から剣を引き抜くと、彼の体は支えを失ったようにその場に崩れ落ちる。優吾がすかさず、彼の体を抱き止めた。
優吾が魔王の亡骸を土に埋めてやろうと考えていたら、魔王の体が光り始めて、そのまま小さくなり卵となった。何かの魔法が発動したらしく、魔王は死なず、卵になったのだ。
優吾は慌ててその卵を落とさないように抱える。
(…なんだ…? 卵から理玖の気配がする…)
懐かしい気配に優吾が目を開き腕の中の卵を見下ろしていると、じゃり…と、誰かの土を踏む音が聞こえた。
優吾が振り返ると、どこから現れたのか…そこには黒髪の美しい男が一人立っていた。
「その卵を渡して欲しい」
「…お前は?」
「僕はヴィンス。その卵の片割れの兄だ」
優吾は少し悩んだが、魔王を兄弟の元へ返してやろうとその卵を彼に渡す。
「…防御と封印魔法か。リクの魔法かな…君は僕の弟を守ってくれていたんだね…」
ヴィンスは目に涙を浮かべて、ヴィレンの卵を見つめながら小さな声でそう呟く。
「理玖の魔法…?」
ヴィンスの呟きに優吾が聞き返すのだが、ヴィンスはそのままそっと暗がりの中へと姿を消した。
洞窟の中で取り残される優吾と紗良。
「…紗良。帰ろう」
「……うん」
優吾の差し出した手に掴まり、紗良は立ち上がる。
「ねぇ…私たち。ずっと騙されてたのかな?」
「かもな。…もう、この世界の人間に関わるのはごめんだ」
優吾はそう言って、紗良と繋いだ手に力を込める。
「…なぁ、俺たち…家族になれねぇかな…?」
「…家族?」
紗良がそう聞き返した時、前から外で待機していたはずの騎士達がやって来る様子が目に入る。
二人が『あれ?』と、首を傾げた時、騎士の一人が紗良に向かって攻撃魔法を唱えてきたのだ。
突然の事で紗良は立ち尽くし、優吾が紗良を庇い負傷する。怪我に蹲る優吾を治療しようと紗良が治癒魔法を使っていたら、再び攻撃魔法を唱えられたので完全に治療出来なかった。
「きゅ、急に何!? 私たち、仲間だよね!?」
攻撃してくる意味が分からずに紗良が騎士達に尋ねると、騎士隊長が声を荒げながら言った。
「禍津竜の魔王が倒された今! 我々人間を脅かす第二の魔王となる可能性のある異世界人は駆逐すべきである!」
隊長騎士の号令により、陣をとった騎士団がこちらへ攻め込んできた。
紗良の頭は真っ白になる。どういう事なのかと、固まる頭の隅で『また、騙された?』という考えが浮かぶ。
「紗良!」
優吾の叫びに紗良がハッと我に返ると、目の前では剣を振り上げている騎士の姿があった。
それは一瞬のことで…優吾が紗良を庇うように抱き締めて、その騎士を斬り伏せたのだが、優吾の胸にもその騎士の剣が突き刺さっていた。
「優吾!!」
紗良は悲鳴を上げる。
「大丈夫! すぐに治療してあげるから!」
再び剣を振り上げる騎士の下で、紗良は優吾を治療するために聖魔法を使おうとして……ごとり。
重たい何かが地面の上に落ちて転がる音が、紗良の耳に届いた。
「………………え?」
紗良が地面を見れば、優吾と目が合う。
「……あぁ、あ…」
頭が、おかしくなりそうだ…。
(理玖も、優吾も……なんで…?)
紗良は自分を守るように抱き締めてくれる、首無しの優吾の身体を必死に抱きかかえて、喉が引き裂かれるような激しい声で泣き声を上げた。
騎士達のいくつもの剣が、紗良と優吾を貫いていく。
(……どうして…)
優吾から舞い上がる『赤』を浴びながら、紗良は身体中を蝕む痛みの中でふと疑問を抱いていた。
(私たち、どうしてこんな事になっているんだろう…?)
学校の授業のように、誰かにこの問題の正しい解答を教えて欲しいけれど、教えてくれる人なんてどこにもいない……だから、紗良は自分で考えるしかないのだ。
「よし、よし…やったぞ! あの化け物な異世界人達を殺した!」
優吾を抱き締めたまま地面に転がる紗良が意識を失う前に、騎士達が喜びの歓声をあげていた。
(……そっかぁ…私たち、この世界の人たちにとって人間じゃないんだなぁ…)
紗良は妙に納得していた。だから、人間じゃないから、自分たちは騙されてまるで消耗品のように都合の良いように使われていたのだと、そう理解した。
(…だったらさぁ…)
紗良は動かしづらい体を何とか動かして、転がっている優吾の頭を引き寄せると、そのまま抱きしめる。
(私たちが、こんなにも苦しんで我慢する必要なんて…ないよね?)
「……ねぇ、優吾。許せないよね…?」
紗良の中に、燃え尽きることのない恨みと復讐心が芽生える。
「…この世界をぶっ壊しても…いいよね? だって、こいつらと私たちは同じ人間じゃないんだし……」
紗良は優吾の頭を抱きかかえたまま、ゆっくりと上体を起こすと…ギリリと奥歯を噛み締めた。
「私の大事な人を二人も奪ったこの世界の人間は、人じゃない! 人殺しのクズ共だぁ!!」
紗良が突然叫び出したので、騎士達は動揺を隠せなかった。
「化け物は私達じゃない…お前たちの方だ…!!」
ある日突然、攫われるようにこの世界に召喚された紗良たち。訳もわからず戦争の道具にされて、世界を救うために魔王を倒せば自分達は化け物だとされた。
裏切りと欺き。この世界の人間たちが紗良たちに行使したもの。
(理玖には、パイロットになりたいっていう夢があった…!)
紗良は涙をこぼしながら、自分と同じ制服を着た理玖が微笑む姿を思い出していた。
(いつも頑張って勉強してた! 大学だって行きたい所があって…将来の夢を追いかけていて、私はそんな理玖が大好きだった!)
思い出すのは、理玖だけじゃない。
(優吾は、私にだけは意地悪で性格が悪い奴だけど…でも、私が辛い時は必ず最後まで隣にいてくれた!)
同じ高校に進学した自分達の入学式。優吾は「また三年間紗良のお守りかよ…」なんて憎まれ口を叩いてきたので喧嘩したけど…でも、紗良は優吾が本当は心の優しい男の子だって事を知っている。
(優吾はこんな…こんな死に方をしていい奴なんかじゃない…!)
「奪われたんだ…将来の夢も、平穏も、未来も…この世界の奴らに…私は…いや、私たちは…!」
(だったら私もこいつらの未来を奪ってやる!!)
紗良はこの怒りの感情を全て曝け出すように叫ぶのだ。
「覚えてろよ、クズ共…!! この恨みは、絶対に晴らしてやる! お前らが死んで子孫の代になろうとも…クズ共の血を継ぐのは同じクズ! 死んで当然の人間のクズ! 魔王が再び目覚めた時、私も蘇ってやるからなぁ! その時、お前らを皆ごろ…っ…」
紗良は再び剣に貫かれる。その刃は心臓に突き刺さり…口から逆流した血がゴボゴボと流れては紗良の首や胸を真っ赤に染め上げた。
(私は…異世界になんて来たくなかった…あのまま三人で…何てことない平凡な毎日が送れたら…それで良かったんだ…)
血と共に涙を流しながら、紗良は自身の命の灯火が消える最期の瞬間まで言葉を紡ぐ。
「……お前たちの、…これ、がら続く…輝かんばかりの未、来に…やがて影が落ぢ…く、暗闇に、包まれた世界には…どんな、光、も潰えていぐ…だ、ろう…」
それは、聖女の呪詛…呪いの言葉だった。
「未来、に…絶、望…しながら…死ね…」
(…私たちから全てを奪ったお前たちを…絶対に…許さ——)
死に絶えながらもなお、聖女の黒い目はギョロリとこちらを睨み付けている。
騎士達は震えあがり、恐怖した。
聖女サラの呪いを恐れた人々は、歴史の中からその出来事を消し去り、代わりに少しでも怒りを鎮めようと勇者ユーゴと聖女サラを魔王を討ち倒した誉高き者として称え奉った。
こうして…この世界の未来に誤った歴史が伝わったことにより、異世界人がこの世界に受けた仕打ちと聖女の呪いは、流れていく時代と共に誰も知らない歴史となったのである。




