70、『竜と少年の或る物語』④
「異世界人を戦争の道具として使おうと…そんな目的で、僕たちはこの世界に召喚されました…」
理玖の涙ながらの言葉に二人は顔を歪める。
「ずっととは言いません。どうか、僕たちの身の回りが落ち着くまで僕たち三人をここに…」
置いて貰えないだろうか。と、頼む前にヴィレンが勢いよく立ち上がる。
「今すぐ、その二人を迎えに行くぞ!」
フィリップ達、ファブレイク王国の行いが不快なのか、ヴィレンは険しい顔付きでそう叫ぶ。
リクは涙に濡れた目でヴィレンを見上げた。
「お前の家族なら、三人ともまとめてこの家で暮らせばいい!」
「…ヴィレン…」
ヴィレンの言葉に、理玖は救われる思いだった。
「…ありがとう…!」
この世界に来てから、不安と絶望しかなかったけれど…優しい人はちゃんといる。理玖はヴィレンの優しさに触れて、彼に出会えたことへの幸運に感謝した。
「僕もヴィレンの意見に賛成だけれど…今すぐに、は認められないな」
しかし、そこにヴィンスが待ったをかける。
「なんでだよ!?」
「リクの状態を見て」
食いかかるヴィレンに、ヴィンスはため息を吐きながらいった。
「彼、まだ体調が万全じゃないでしょ。そんな状態で、戦争中の国には行かせられない」
ヴィンスの鋭い目が理玖に向けられて、彼の言葉に納得したのかヴィレンの勢いは小さくなっていく。
「その二人の事が心配なのも分かる。でも、まずは自分のことを大事にしてあげて。よく休んで、元気になってから迎えに行こう。きっとそれが、一番の近道だから」
理玖もヴィンスの言っている意味は理解出来たので、俯きながらも「うん…」と素直に頷いた。
「…リク。俺が看病してやるから、死ぬ気で早く治せ!」
「ヴィレン〜? リクに無理させないでよね?」
ヴィンスに釘を刺されたヴィレンは、苦笑いを浮かべていた。
それから約一ヶ月、ヴィンスからの外出禁止令を受けた理玖はヴィレンの看病の元、体調を回復させることに専念した。
「ねぇ、ヴィレン! 頭の上に濡れたタオルを乗せようとしてくれるのは有難いんだけど…ちゃんと水を絞ってよ!」
顔がビチャビチャだよ…と、嘆く理玖にヴィレンは「え…? おう…悪い…」と、オロオロしていた。
慣れない看病にヴィレンは失敗続きで、その度にヴィンスからは指摘され、理玖からは苦言を呈された。
けれどヴィレンは途中で投げだそうとはせずに、最後まで自分で理玖の面倒を見ようとしていた。
二人は色んな事を話して、仲を深めていった。互いにかけがえの無い存在となった頃…理玖の体調は良くなり、ヴィンスからも外出禁止令は解かれた。
理玖は再びヴィレンと空の旅をしていた。優吾と紗良を迎えに行くために、ファブレイク王国へ向かっているのだ。
「ヴィレン、ありがとう」
理玖が礼を言うと、ヴィレンは照れた様子で「別に。大した事じゃねーし」と呟くように答える。
「ねぇ、ヴィレン。もし僕が竜になったら、友達になってくれる?」
理玖はヴィレンの不器用な優しさと温かさを心地良く思っていた。これからもずっと、一緒にいたいと思えるほどに…。
「…馬鹿だな、リク」
ヴィレンは急に空高く飛び上がると、空中だというのに竜から人型になった。
「もう俺たち、友達だろう!」
理玖はというと、急に上空へと投げ出されて青褪めている。
「ヴィレーン!!?」
自分の状況に大混乱で、訳もわからず落下していきながらヴィレンの名前を叫んでいた。
ヴィレンは泣き喚く理玖の姿を見て楽しそうに笑いながら、彼の手を掴み自身の元へと引き寄せる。
「ほら、リク。空を飛びたかったんだろ!? 風を感じようぜ!」
そうやって笑うヴィレンの背中には、見事なまでの星空が広がっていた。
「だからって…馬鹿じゃないのぉおお!?」
空中落下。ヴィレンは理玖が逸れてしまわないように抱き締めて、理玖はそんなヴィレンの胸に縋り付く。地上に向かって落下していく恐怖の中、ヴィレンは言った。
「お前が竜になったら、親友になってやるよ!」
理玖は涙目ながらもヴィレンを見た。何となく、自分の中にある魔力がヴィレンに吸われていってる感覚…。
ヴィレンの青空のように青かった瞳が、理玖と同じ黒い瞳に変わる。
「ヴィレン、目が…」
理玖の言葉を遮るように、ヴィレンが翼だけを生やして低空飛行したかと思えば再び空高く飛んだ。
空はいつの間にか夜になっていた。目の前には大きな月が浮かび、月に負けないくらいに星が輝いている。
「この夜空みてーなリクの黒い瞳が気に入った!」
「ヴィレンの青空みたいな目も綺麗だったよ」
理玖が彼の腕の中で微笑みながら言うと、ヴィレンが「そうか?」と照れくさそうに首を傾げる。
「リクが竜になったら、この世界を自由に飛び回ろう」
「うん、いいね。世界旅行だ」
この時、理玖とヴィレンは互いがかけがえのない大切な人なのだと理解した。出会ってまだ間もないのかもしれないけれど…それ以上に強い絆で結ばれた感覚。
「…この世界に召喚されて、絶望ばかりを感じていたけれど…」
理玖の黒い瞳に、月明かりに照らされたヴィレンの姿が映る。
「ヴィレン…君に出会えて良かった!」
理玖が素直な気持ちを伝えると、理玖と同じ黒い瞳をしたヴィレンが嬉しそうに笑ったのだった。
*
理玖とヴィレンはファブレイク王国方面へと向かっていた。
森を抜けて人族の国が見えてくると、戦場特有の煙が立ち上っていた。理玖が数ヶ月前にいた戦場だ。
今は夜なので、兵士たちは前線から引き上げており野営中のようだった。理玖は苦い思いを味わいながら、ヴィレンと共に戦場の上空を通り過ぎていく。
感傷に浸る時間なんてない。一刻も早く、優吾と紗良をファブレイク王国から連れ出すのだ。目指すは、あの王国の城…。
(……あれ…?)
理玖は通り過ぎていく野営地に、目を疑うものを見た。
「ヴィレン! 待って…!」
理玖は慌てながら彼に待ったをかける。ヴィレンは理玖の慌てている様子から、兵士に見つかりそうにない離れた場所へと降り立ち、理玖を地面に降ろした。
「どうした?」
「もしかしたら…この戦場に優吾と紗良が来ているかもしれない!」
ヴィレンは目を丸くする。理玖はさっき、確かに兵士に紛れて白い衣服を着た紗良の姿を見た気がしたのだ。
「夜だし、空からだから遠くて良く見えないし…もしかしたら見間違いかもしれないけれど…」
けれど、理玖には実は懸念点があった。
自分が魔法を使えるようになったという事は、きっと優吾と紗良の二人も…。
「でも、念のために確認してきてもいいかな?」
もしそうなら、あのフィリップ王は絶対に二人を戦場へ駆り出す筈だ。理玖の中に悲しみと怒りが湧き起こる。
「もちろん。俺も一緒に行くよ」
「ううん。ヴィレンはここで待っていて欲しい」
ヴィレンの申し出を断る理玖に、彼は少しムッとした顔をした。
「お前の身に何かあったらどうすんだよ?」
「大丈夫。僕は異世界人だから…生き延びていた振りをして野営地に行けば、受け入れて貰えると思うんだ。そうすれば堂々と二人を探せるし…もし居なかったらこっそり抜け出してくるから、その時は迎えに来て欲しい」
理玖の真っ直ぐな瞳にヴィレンが折れてやる事にした。
(確かにそうだな…わざわざ召喚した異世界人に危害なんて加えないだろうし…)
ヴィレンも納得して頷く。
(何かあれば、俺がすぐに助けに行けばいいだけだしな…)
だからヴィレンも、理玖を送り出す事にしたのだった。
理玖は少し緊張しながら徒歩で野営地へと近付いていった。
理玖の姿に気付いた騎士が、剣先を向けて「止まれ!」と怒声を上げる。
「ぼ、僕です…リクです」
理玖は怯えながらも名乗ると、騎士達は驚き…そして動揺していた。
「リク…生きていたのか…!」
騎士の一人が声を上げる。
「はい…すぐに戻れず申し訳ありません。怪我をしていて、療養していました」
何とかそれっぽい言い訳を伝えると、騎士達は暫く沈黙した後…「ついて来い」と、理玖を野営地の中へと案内した。
(やった! これで二人の事を探せるぞ!)
理玖は顔に出ないよう喜びを何とか胸の中へと仕舞い込んで、大人しく騎士の後をついて行く。
案内された場所は野営地の中でも一番奥の方にあるテントだった。
「あの…ここは?」
すると突然、騎士が数人がかりで理玖を押さえ付けてきた。
「な、なにする——!」
叫ぶ理玖の口に、おそらく捕虜用の猿ぐつわを嵌める騎士。もがもがと叫びながら暴れる理玖の体を、今度は拘束した。




