68、『竜と少年の或る物語』②
フィリップはニヤリと歪な笑みを浮かべて、理玖の申し出を受け入れた。
「ならばさっそく明日から向かうがよい。リク、お前が功績を上げれば、後ろの二人は戦争へ出向かなくともよくなるかもしれんぞ?」
フィリップは自分達の都合で理玖達を召喚しておきながら、彼らのことをただの戦争の消耗品として見ていた。
誰か一人でも大人がいれば、理玖達の立場は少しでも変わっていたのかもしれない…。しかし、まだ学生の彼らは怯え、大人であるフィリップ達の勢いに圧倒され言う通りにする事が助かる道なのだと思い込んでしまっていた。
自分達が今から、彼らに好き勝手に使われるなんてこと想像も出来なくて、ただただ従う以外の道を見出せなかったのだ。
「——俺も行く」
フィリップとの面会が終わり、再び個室に閉じ込められた三人。理玖が下を向いてソファーに座る中、優吾が立ち上がり言った。
「じゃあ、私も一緒に行く!」
「紗良はこの城に残ってろ」
不安そうな顔の紗良を叱り付けるように、優吾が厳しい口調で言った。
「ダメだよ、紗良が一人になる」
理玖が力無く言うと、優吾が「城に居れば安全だろ。それよりも、理玖を一人で戦場になんて行かせられねぇ!」と、怒ったように大きな声で言った。
理玖は仕方ない…と、さっきフィリップが紗良を見て品定めしていた事などを打ち明ける。
「もし、僕たち二人が紗良を残してこの城を離れたら…紗良の身の安全は保証できないと思う」
「…なんなんだよ、あいつら…」
紗良は青褪めた表情で絶句しており、優吾は心底軽蔑した表情で怒りに握り拳を震わせていた。
「僕は一人で大丈夫」
そんな中、理玖は顔を上げて笑ってみせる。
「それに、僕たちは貴重な異世界人らしいし? 護衛も付けてくれるみたいだから、大丈夫だよ」
二人を説得しようと、そう力強く言った。まるで希望の光でもあるみたいに。優吾と紗良は俯いて納得はしていない様子だったが、最後には「うん…」と、力無く頷いていた。
『戦争』。歴史を学んできた理玖は、この言葉の意味を知っている。
でも、知っているだけで理解はしていなかったのだと、理玖は身をもって思い知った。
「——うわぁあああ!!!」
砂埃が舞い、煙と血の匂いがそこら中に漂う。
理玖の知らない『魔法』という武器は、人を簡単に動かなくしていった。
「リク! 頭を下げろ!」
理玖の身を案じてそう叫んだ騎士の頭が一瞬で吹き飛ぶ。
「…っ…!!!」
理玖は目にいっぱいの涙を溜めて蹲り、ぶるぶると震えていた。
(どうして僕はここにいるんだ! 優吾! 紗良! いやだ! 家に帰りたいよぉ!!)
魔法も何も使えない理玖に、この戦場で出来る事なんて何もなかった。理玖を護衛するための小隊もあっという間に全滅し、彼一人だけとなる。
敵国と思われる兵士が理玖を見下ろすように目の前に立っていた。
「ぁ、あああ…!!」
恐怖のあまり、声にならない。自分はここで死ぬのかと、こんな意味の分からない世界で意味もなく死ぬのかと思うと、涙が溢れて止まらなかった。
思いも寄らなかったのだ。戦争の残酷さが、本質が…地獄そのものだと言うことを…。
「…ファブレイク王国め。ついにこんな子供まで戦争に使うとは」
恐怖に震える理玖を見下ろす敵国の兵士が、心底軽蔑するような声で呟いた。
この世界では、理玖の年だと立派な成人年齢なのだが、異世界人である理玖は幼く見られ、この兵士は理玖を子供だと思ったらしい。
「おい。良く聞くんだ坊主。俺も子供を殺したくはないからな…あの方向へ真っ直ぐ走って森を抜けろ。そこに、人間の戦争には関係ない魔族の集落があるはずだ。そこで一時、身を寄せさせて貰え」
兵士はそう言って、理玖から見て左方向を指差した。
「いけ!」
兵士の怒声に理玖は弾き出されたように走り始めた。命を助けてくれた礼も何も言えなかった…。
理玖は後ろを振り返る余裕もなく、ただ真っ直ぐに、その兵士が指した方へと走り続けたのだった。
*
とある黒竜が森を歩いていたら、一人の瀕死状態の人族の子供を見つけた。
少しの好奇心でその子供の顔を覗き込んでみると、顔を真っ赤にして苦しんでいるではないか。
「…おい」
声を掛けると、その少年は薄らと目を開けて竜を見上げる。
「く、るし…たすけ、て…」
過呼吸になりながら、自身の胸を握りしめては苦しむ少年。
「魔力発散しないとお前、死ぬんじゃねーか?」
竜が見れば、彼が苦しむ理由は見て明らかだった。身体に蓄積された魔力が発散されず、そのまま身体の中で逆流を起こしている。
「し、死に、たくな…い…」
少年はぼろぼろと涙を溢しながらそう呟いたので、竜は「仕方ねーなぁ…」と、その少年の過剰に溜まった魔力を吸い取ってやる事にした。
——理玖が目を覚ますと、目の前には青空が広がっていた。
(あれ…僕は一体…?)
確か自分は、敵国の兵士に見逃してもらい言われたままの方向へ走り続けて3日くらい森の中を彷徨っていた。そしたら急に心臓が痛くなって、呼吸が出来ない程に苦しくなって…と、理玖がこれまでの事を思い出していたら、突然、視界に知らない男性の顔が生えたので驚いた。
「やっと起きたか」
「うわぁあ!?」
理玖は叫びながら飛び起きると、その黒髪の男が「人の顔見て叫ぶなよな…」と、少し傷付いた表情で言う。
理玖は自分の状況を把握するように周りを見回して、最後に目の前の男性に目を向ける。
「んだよ、元気じゃねーか。心配して損した」
そう言って笑う男性を見て、理玖は思わず目を奪われた。
(うわぁ…何て格好いい人なんだろう…)
こんな状況で目の前にいる男性の美醜なんてどうでもいい事なのに、それでも思わず見惚れてしまう程、その人は綺麗な顔立ちをした人だった。
特に特徴的なのは、左の目の下に二つ横に並んだ黒子だろうか。それがまた、彼の色気を醸し出している。
「俺、ヴィレン。お前は?」
「あ、リクです…」
ヴィレンと名乗る男はどうやら気さくな性格の人らしい。理玖は少しだけ警戒心を解いて、ヴィレンに尋ねてみる事にした。
「あの、僕…魔族の集落に行きたいんですけど…場所をご存知ですか?」
するとヴィレンは目をぱちくりとさせて、ニカッと笑う。
「おー、知ってるぞ。俺が連れてってやろうか?」
「! お願いします!」
理玖はヴィレンの親切さに感謝しながら、笑顔で頷いた。すると、人だったヴィレンが突然、大きな恐ろしい恐竜に変身するではないか。
「え、あ、あの…ゔぃれ…ヴィレン、さん…?」
突然の事に、理玖はヴィレンの大きな身体を見上げては固まっていた。
「もしかして…お前、竜を見るの初めてなのか?」
「りゅ、竜!?」
理玖は更に目を丸くする。そして、ばたん、と後ろに倒れ込むと呟くように言った。
「……すごい。ファンタジーだ…」
理玖が突然倒れるから、驚いたヴィレンはその大きな鉤爪で彼の身体を傷付けないよう慎重に突いていた。
「…死んだ?」
「生きてます!」
理玖が慌てて飛び起きると、すぐに竜のヴィレンの縦長な瞳孔の瞳と目が合う。彼の、大空と同じ青い瞳は、とても優しい色をしていた。
「おっし。リク、俺の背中に乗れ。ひとっ飛びで連れて行ってやるよ!」
理玖はこの時、異世界に来て初めてワクワクしていた。ヴィレンに促されて、恐るおそる彼の背に乗ると、ふわりと宙に浮く感覚。
「しっかり掴まってろよー!」
「え!? どこに!?」
理玖が答えを聞く前にヴィレンは羽を羽ばたかせる。彼は慌てて、自分の顔くらいある鱗に何とかしがみ付き、初めて空を飛んだのだった。




