67、『竜と少年の或る物語』
「——異世界人です! 召喚は成功しました!」
高校三年生の吉澤理玖の将来の夢は、飛行士だった。昔から大空を自由に羽ばたく鳥が羨ましくて憧れていて、自分もいつか空を飛んでみたいと思っていたから。
「それに三人も! 大成功だ!」
そんな彼の夢が、儚く散った…或る物語の始まりはじまり。
*
「…言葉は通じているのか?」
理玖を取り囲むように集まる大勢の外国人の中でも一番偉そうな男が一人、前に出てきて眉を顰めながら言った。
(…なんだ? 僕は確かにさっきまで学校からの帰り道を歩いていたはずなのに…ここはどこなんだ!?)
混乱する頭で理玖は周りを見渡す。そこには歴史の教科書でしか見たことのない現代離れした中世ヨーロッパの装いをした知らない外国人達。目に入るもの全てが、『ここは日本ではない』と理玖の疑問に答えていた。
「りく…理玖…! ここ、どこなの!?」
思考停止寸前の理玖だったが、後ろから聞き慣れた声と縋るように自分の腕を掴む手にハッと我に返る。
理玖が慌てて振り返ると、そこには彼と同じ制服を着た二人が青褪めた顔で立っていた。その二人は理玖がつい今まで一緒に帰宅していた顔触れだった。
中山優吾と長谷川紗良。共に高校一年生で、理玖は物心ついた時から近所に住む二人を弟と妹のように大切に思い一緒に過ごしてきた幼馴染だ。
「言葉が通じるのであれば、答えよ。お前たちの名前は何と言う?」
苛立たしそうな表情であの偉そうな男が再び口を開く。理玖は二人を守るように背にして、男に振り返ると僅かに震える声で答えた。
「…僕の名前は吉澤理玖です」
「ヨスィザア…? なんだと?」
どうやら発音がし難いらしく、理玖は「リクです」と改めて名乗り直した。
「リク…か。私はここ、ファブレイク王国国王フィリップ2世だ。後ろの二人も名乗るがよい」
偉そうな男はなんと一国の王だったらしく、フィリップに目を向けられた紗良と優吾は緊張で思わず固まってしまう。
「王がお尋ねだ、早く答えろ!!」
それを不敬だと叫ぶ西洋の騎士の姿をした男達が理玖達に剣を突きつけてきた。
優吾が強張った顔で紗良を守るように立つ…が、彼の肩は恐怖で震えていた。その後ろでは、紗良が恐怖のあまりついに泣き出してしまった。
「か、彼女はサラ、彼はユーゴと言います!」
悪くなる雰囲気を悟った理玖が慌てて二人の名をフィリップに伝える。するとフィリップは、その騎士に剣を仕舞うように命令すると、涙を流す紗良に目を向けた。
「…異世界人の女とは…思ったよりも可憐で幼く、興味が唆られるよなぁ…」
誰にも聞こえないようなフィリップの小さな呟きだったが、一番近くにいた理玖にはしっかりと聞こえた。理玖の心臓が騒つく。
(…紗良を守らないと…!)
紗良よりも二回り以上も年上のように見受けられるフィリップが、どういった意味で興味を持ったのかは理解したくもないが…でも、理玖はこれを見なかった事にしてはならないと思った。
「二人は夫婦なんです!」
なので、つい嘘が口を吐く。紗良と優吾が驚いた顔で理玖を見た。
「夫婦だと…?」
フィリップは残念そうに顔を顰めてから「そうか」とだけ短く答える。
理玖は、自分よりも背も高く体格の良い優吾の方が夫役に適任だと思いそう嘘をついた。そちらの方が絶対に、紗良を守れる確率が上がると思うから。
「…ついて来い、異世界人。詳しい事情を説明してやる」
『夫婦』と聞き、紗良が処女ではないのだろうと勘違いしたフィリップは、もう彼女には興味は無いようだった。
「ねぇ! 私と優吾が夫婦ってどういう事!?」
今まで理玖達は城の地下に居たらしく、三人は従者に連れられて一旦別室へと案内されていた。
少し落ち着きと冷静さを取り戻してきた理玖達だったが、別室で三人になった途端、紗良が問い詰めるように理玖に言った。
「…紗良。ここはどう見ても僕達が生まれた日本じゃない。地球かどうかも分からない…どんな文化の国なのか、何も分からないんだ。そんな状況で、僕達の中で一番危ないのは女性である紗良なんだよ」
フィリップの呟いた言葉の内容は紗良が嫌がると思い口にはしなかった。理玖が真剣な顔でそう言うと、紗良は先程までの勢いを消して怯えた表情を浮かべた。優吾も納得した表情で頷いている。
「だから…紗良と優吾は夫婦って事にしておこう」
それで少しでも抑止になれば…と、理玖は考えての発言だったのだが紗良は不満げな顔をする。
「分かった。身を守るためなら仕方ないと思う…でも、なんで相手が優吾なわけ? それなら理玖がいい!」
「…えぇえ? そこ重要?」
元々、我儘気質な紗良ではあるがこの状況でもその性格を発揮する紗良に少し呆れながら理玖が尋ね返した。
「おい、紗良! 俺だってお前が奥さんなんて願い下げだっての!」
紗良の発言に腹を立てた優吾まで、食い掛かる始末。理玖は呆れ果てて言葉を失い、頭を抱えた。
こうしていると、普段通りの日常のようだ。いつも小さな事で口喧嘩をする紗良と優吾。そしてその二人に挟まれてはどちらの味方をするのかと喧嘩に巻き込まれ苦笑いする理玖。
…二人のおかげで少しだけ、理玖は冷静になれた。
「紗良、優吾」
理玖は顔を上げて二人を見る。
「絶対に二人の事は僕が守るから。だから、大丈夫だよ」
この先、三人に何が待ち受けているのかは分からないが、理玖は弟と妹のように大切な二人の幼馴染を絶対に守ると決意した。
その後、フィリップとその臣下である貴族達に呼び出された三人は、自分達が今『異世界召喚』され、そしてもう元の世界へ帰れない事実を知る。
それだけでも気を失いそうになる程ショックなのに…彼らは理玖達に、現在起こっているファブレイク王国と他国の戦争に参加し貢献しろと言った。
この世界は理玖達が生まれた地球とは別物の星で、科学がない代わりに魔法があった。フィリップ達は理玖達にその『魔法』を期待してこの世界に召喚したらしいのだが…当たり前だが三人にそんな力は無い。
自分達の世界には魔法が無いのだ。と、理玖が必死に説明するが、フィリップは意に介さず理玖の話に耳を傾けてはくれなかった。
「お前たちには戦場へ出征してもらう」
そう無情にも命令され、それに逆らえば今にもこの周りにいる騎士達に殺されてしまいそうだ。
(そんな…僕たちはただの高校生で…急に戦争なんて言われても…)
理玖は青褪めながらも、隣に立つ優吾と紗良に目をやる。二人とも、同じように青褪めて固まっていた。
(このままじゃダメだ…二人を…僕が、僕が守らないと…!)
この時の理玖はあまりにも混乱していたのだと思う。突然、誘拐されたように異世界へ連れて来られて、王を名乗る男から威圧的に戦争の出征を命じられ、いつでも自分達に刃を向ける準備が整った騎士達に囲まれているこの状況に…理玖の精神は極限状態になっていた。
「僕だけで向かいます!」
だから、思わずそう叫んでしまった。優吾と紗良を守らないといけないという強い思いに、理玖はそう訴える。
「理玖!?」
「お前、何言ってんだよ!?」
紗良と優吾は驚き、悲鳴を上げるように叫んだ。
そんな彼らをフィリップは冷めた目で見下ろしながら、思った。
(騎士として鍛え上げて戦場へ送り出そうと考えていたが…異世界人に果たして、文献通りの万能な力があるのか見ておいた方がいいだろう…まぁ、三匹もいるのだし、最悪一匹くらい失っても構わないかもな…)
実は、近隣諸国から恨みを買っていたファブレイク王国は非常に危うい立場にあった。立て続けに起こる戦争に、国民達は疲弊し、それに比例して国の財産も減っていった。
ファブレイク王国は敗戦寸前、虫の息。縋る思いで逆転の一手を賭けて王国にのみ伝わる『異世界人の召喚』を行ったのだった。




