63、追いかける少女
「…ヴィレン様…耳を傾けたらいかん…!」
明らかに様子の変わったヴィレンに、トーヤは焦った様子で叫ぶ。
ヴィレンの心はこれまで以上に揺さぶられていた。サラ達の仲間になるつもりはない。でも、ヴィレンはどうしても、もう一度リクに会いたいと思ったのだ…。
サラやユーゴと共に召喚された、もう一人の異世界人。彼は生前、ヴィレンのかけがえの無い『宝石』であり親友だったからだ。
ぽろ…と、ヴィレンの紫色の目から涙がこぼれおちる。
リクに会いたい。その気持ちだけが、ヴィレンの中に溢れていく。
(会って…あの時のこと、ごめんって言いたい…)
ヴィレンが思い出すのは、リクの死に際の思い出と後悔。
(俺、守るって言ったくせに…リクのこと、守れなくてごめんって…)
ヴィレンが魔王になるきっかけとなった思い出だ。
「ごめん、トーヤ…」
「ヴィレン様…」
ヴィレンは涙をこぼしながら、どうしても抑えられない願いを口にする。その表情は酷く脆い…情けない表情だった。
「俺…どうしてもリクに会いてぇ…」
サラがニヤリと笑った。
「じゃあ…やるべき事は分かるでしょ?」
サラはそう言って、静かに指をさす。そちらへ目を向ければ、ユーゴとアレンディオがいた。
「ヴィレン様!」
トーヤの制止の声も聞かず、ヴィレンは彼らの方へと駆け出していく。
ちょうどその頃、アレンディオの鉤爪がユーゴの心臓を貫こうとしていた。
(これは…やばい!)
ユーゴは何とか剣で受け止めようとするが間に合わない。しかし、アレンディオの鉤爪がユーゴに届く事はなかった。
「…ヴィレン、どういうつもりだ?」
「………」
涙をこぼしながら苦悶の表情を浮かべて、ユーゴを庇うように自分の攻撃を受け止めるヴィレン。アレンディオは目を鋭くさせて息子を見た。
「……親父、引いてくれ…」
「なんだと?」
ヴィレンは懇願するように言った。
「頼むから引いてくれ!」
するとアレンディオは怒りを露わにして竜化していく。
「ふざけるなよ、ヴィレン…こいつらの目的が何なのか忘れたのか? また、同じ過ちを繰り返す気か?」
ヴィレンの選択が許せないアレンディオは、怒声を張り上げて言った。
「何のために俺の父が…お前の兄が! 俺にお前を託したと思ってるんだ! 今度こそお前が、幸せになる事を願って…それなのに、ヴィレン!!」
アレンディオの深緑の瞳に、涙が浮かぶ。隙だらけのアレンディオに、ユーゴが剣先を向けた。
ヴィレンはそれを阻止するために、ユーゴの振り下ろした剣の刃を掴む。ヴィレンの血が刃を伝って流れ落ちていった。
睨み合うヴィレンとユーゴ。
「…離せよ、ヴィレン」
「やだよ、殺させるかよ…」
そんなヴィレンにサラは苛つきながら叫ぶ。
「ヴィレン! あんた、どっちに付くの!?」
ヴィレンは何て答えればいいのか分からなかった。自分が今、とても中途半端な事をしていると重々承知している。
強欲な竜の性を初めて恨めしく思ったヴィレン。自分の行動が一貫していれば、こんなに場を掻き乱す事もないと分かってはいるけれど…でも、サラ達に加担したくない、リクに会いたい、アレンディオ達は傷付けたくない…。
「ヴィレン!」
アレンディオも叫んだ。
ヴィレンは頭の中がまるでぐちゃぐちゃで、今すぐにでも耳を塞ぎ、蹲りたい気持ちだった。こんな時、彼の頭にはたった一人の女の子の姿が浮かぶのだ。
「………ルーシー…助けて…」
——声が、聞こえた気がした。
ヴィレンはハッとした表情で空を見上げる。空の向こうに、こちらに何かがやって来る姿が見えたのだ。
「…………ン…!!」
ヴィレンはまるで救われた気持ちで空を見上げ続ける。
「ヴィレーン!!」
「……ルーシー…」
空を駆けてやって来たのは、グリムの召喚獣『聖なる一角獣』に跨がるルクレツィアとグリム。
サラとユーゴも驚いた表情でルクレツィアを見上げて、そして…グリムが続けて『守護の宿木』を召喚すると、ドライアドの木がアレンディオやトーヤ、マノを護るように彼らを包み込み、そして絡めとるようにその枝でユーゴを雁字搦めにする。
「ヴィレン、待ってて。今すぐ行くから!」
ルクレツィアに応えるように、ユニコーンが下降してきた。そして、地面に足を着けると、ルクレツィアは一直線に自分の元へと走ってくる。
ふと、ヴィレンは自分がイスラークの魔塔を襲撃した時も同じような事があったなと思い出す。
(あの時もルーシーは、俺だけを見つめて…ああやって必死に駆け寄って来てくれたんだ…)
6年前、自分が恋に落ちたその瞬間を…思い出す。
(だから俺は、ルーシーに恋をした…)
ヴィレンは今すぐに彼女を抱き締めたくて両手を広げた。
『彼女の側にいられる?』
しかし、ヴィレンはハッとする。
『だって、貴方の本性は…『魔王』なんだよ?』
サラの言葉が呪いのようにヴィレンを蝕んでいくのだ。
『その罪は消えない! そんなあんたが、あの子の側に居ていいと思ってるの!?』
途端にヴィレンは怯えた表情で彼女を見て——。
「——来るな!」
気が付けば、ルクレツィアに拒絶の言葉を吐いていた。
「…ヴィレン?」
戸惑う表情でルクレツィアが足を止める。
「それ以上は…来るな…」
ヴィレンは、自分はなんて愚かなのだろうと自身を嘲笑う。
(怒り任せに人族を虐殺した罪人が…こんな汚い俺が、ルーシーに触れていい筈なんてないのに…)
ヴィレンにとってこの世で一番綺麗で清らかで温かな存在は、ルクレツィアなのだ。まるで光のような存在だからこそ、そう強く思ってしまう。
鉛のように重たい唾を飲み込み、ヴィレンは続けた。
「……ルーシーに結婚して欲しいって言った話…あれ、取り消す」
ルクレツィアに目を向けられなかった。目を合わせると、言葉とは相反する自分の気持ちを悟られてしまうと思ったから。
「何言ってるの、ヴィレン…?」
ルクレツィアには分からなかった。何故ヴィレンがそんな事を言うのか…。
「そんで、もうお前の前にも現れないから」
「急に意味が分からないこと言わないでよ!」
ルクレツィアがヒステリックに叫ぶと、ヴィレンは彼女と目を合わさないままに言うのだ。
「ルーシー…いや、ルクレツィア」
『父親に我儘を言え。そしたらお前と友達に…お前をルーシーと呼んでやる』
(ヴィレンが初めて私の背中を押してくれた時の言葉が…)
ルクレツィアとヴィレンの思い出が、まるで消えていくような感覚に襲われるルクレツィア。
「もう俺の事は忘れろ」
『お前はお前のままでいいんだ! 堂々と前を向いてればいい! 嗤う奴がいれば、俺がこうやってこらしめてやるから』
(ずっと一緒にいてくれるんじゃなかったの…?)
彼の言葉に救われてきた彼女は、今、その彼の言葉で傷付いていく。
「何でそんな事言うの? わ…私の事、好きって言ったくせに…」
「………」
「…私の事、もう好きじゃなくなった…?」
「…………うん」
(嘘つき。ヴィレンの嘘くらい、私には分かるんだから…)
「じゃあ、私の目の色を返して!」
「…やだ…これ、俺のものだし…」
彼は相変わらずルクレツィアとは目を合わせようとはせずに、別れの言葉を口にするのだ。
「さよなら、ルクレツィア」
「…あ……」
ルクレツィアの視界の中でヴィレンが背を向ける。彼は竜の翼を生やすと、そのままサラの元へと飛んで行ってしまった。
(ヴィレンが行ってしまう…)
ルクレツィアの目に涙が溜まっていった。
「ヴィレン…」
彼女はふらつく足でヴィレンの後を追いかける。
「行かないで…!」
後ろの方でグリムがルクレツィアを呼んでいた。ルクレツィアは構わずにヴィレンの後ろ姿だけを見つめて追いかける。
「あぁ、くっそ…痛え…」
ドライアドから何とか抜け出したユーゴがサラと合流した。
「流石に分が悪いな。一度戻って体勢を整えよう」
「そうだね」
ユーゴとサラが会話しているところに、ヴィレンがやって来る。
「…私たちを選ぶって事でいいんだね?」
サラの質問にヴィレンは答えない。その代わりに「いいからリクに会わせろ」と、だけ言った。
「おい…ヴィレンはもう信用できねぇぞ」
ユーゴがサラに小声で話しかけてきた。
「大丈夫だよ。リクさえいれば、ヴィレンはこっちに縛り付けておけるから」
竜は『宝石』を裏切れないみたいだしね。と、サラは笑う。
(それに王国に戻ったら、今度はヴィレンの新しい方の記憶を封印してあげる…そうすれば、人間を恨み虐殺する『魔王』の完成だ)
ヴィレン達は改めて、砂漠を進んでいった。誰も追いかけなかった。皆が疲労し、魔力も使い果たし…彼らに殺されに行くような事など出来なかった。
しかし、ルクレツィアだけがよたよたとヴィレンを追いかけていた。
「…ねぇ、ルクレツィアが追いかけて来てるよ…」
サラがヴィレンに言う。ヴィレンは耐えるような表情で決して後ろを振り返らなかった。彼はもう、ルクレツィアと決別すると決めたのだ。
(こんな汚い俺が、彼女の側にいちゃ駄目なんだ)
だから、振り返らない。
(俺はこれからサラとユーゴをぶっ飛ばして、リクに謝って、魔王教も潰して…それから…)
それから? 自分はこれからどう生きよう? ルクレツィアのいない日々を、どう過ごしていけばいいかなんて…。
その時、ルクレツィアが涙声で叫ぶ。
「ヴィレンっ、大好きーー!!」
ヴィレンは思わず足を止めた。
「愛してるから! ずっとヴィレンと一緒にいたいよぉ! だからどこにも行かないで!!」
ルクレツィアは涙でぐちゃぐちゃになった顔で必死に叫んでいた。




