62、選択の時
「ヴィレン、どけ。俺がやる」
死なないとはいえ、サラを攻撃されて機嫌が悪いユーゴが一歩前に出てきた。トーヤとマノはユーゴを睨み付けながら戦闘態勢を取るのだが…。
ヴィレンは思わず、ユーゴの行く手を阻み二人に対立するように立ちはだかった。
(…ユーゴ相手にだと、こいつらに勝ち目はねぇ…殺されてしまう!)
トーヤとマノを守るための行動だったのだが、トーヤ達はヴィレンを警戒した表情で見つめてくる。
「…ヴィレン様、どいてくんさい。どうしてそいつらを庇うんですか?」
トーヤの目に、確かな敵意が見える…。
「………いや、どかねぇ…」
ヴィレンは悩んだ末にそう言うと、トーヤが金棒を振り上げた。ヴィレンは鉤爪で金棒を弾くと、その隙にマノの鞭がヴィレンの首に巻き付く。
「ぐぅ、…!」
棘だと思っていたものはどうやら肉食魚の歯だったようで、ヴィレンの首の肉に食い込んだ。
無理に引き剥がせば、この鋭い鋸歯状の歯がヴィレンの首を引き裂くだろう。ヴィレンは鞭を掴み、手に歯が食い込もうが構わずに力一杯に手前へ引いた。
マノはヴィレンとの力比べに負けて、そのまま投げ飛ばされてしまった。
「…帰れ、お前ら」
手と首から血を流し、外した鞭を地面に落としながらヴィレンが言う。
「帰りとぉても、帰れんのですよ! 俺らはヴィレン様に付いていくち決めたけぇ、ここにおるんです。もしも主人が道を踏み外すんなら、俺たちも道連れなんで…そいつらと一緒に行くんなら、俺らとここで死んでくださいな」
トーヤは目を大きく開きながら笑い、興奮した様子でヴィレンに言った。鬼人族は戦闘民族だ。強者を前にした時、彼らは恐怖するのではなく歓喜して笑う。
「マノぉ! 早よ、目ぇ覚まさんか!」
トーヤは大声で叫び、笑い声をあげる。
「…馬鹿トーヤ。こんな時に興奮してどうすんの」
マノは憎まれ口を叩きながらも起き上がり、トーヤに加勢する。
「トーヤ! ヴィレン様の火は私が消すから、その棒切れをぶち込んで!」
「棒切れ言うなや!」
ヴィレンが吐いた火を、マノの水魔法が掻き消す。そこにトーヤの金棒が、無防備になったヴィレンを殴り付けた。
ヴィレンは血を流しながら抵抗するものの、二人を傷付けたくなくて反撃も攻撃も決め手に欠けていた。…それが、ユーゴにはお見通しだったのだ。
突然、空から落雷が落ちる。ユーゴの魔法がトーヤとマノを襲い、水魔法を使うマノは感電してしまった。
「…っ、ユーゴ!!」
ヴィレンは睨み付けるように後ろにいるユーゴを振り返った。ユーゴは涼しい顔をして「お前らの茶番に付き合ってられるか」と、冷たく吐き捨てる。
「…お前の言う通り、こんなん茶番よなぁ…」
するとトーヤは笑って、敵意剥き出しの表情でユーゴに言った。
「お前にひとつ教えてやる。鬼人族は魔族の中でも高い丈夫さを持ち、魚人族は魔族随一の再生力を誇る。…この意味、分かるか?」
トーヤの言葉にユーゴは無表情ながらも眉をピクリと反応させる。
「…私たちはね、なかなか殺せない種族なの」
感電し焼けていた肌が再生している最中のマノが薄ら笑いを浮かべながら再びトーヤの隣に立った。
「ヴィレン様が俺らを庇っとんのもすぐ分かった。で、なぜそれを続けとったか…そんなん、目的があるけんに決まっとろうが!」
その時、雲一つないはずの空に大きな影が出来る。ユーゴが思わず上を見上げると…そこには大きな黒竜が翼を広げてこちらを見下ろしていた。
「…ヴィレン様が『魔王』の記憶を取り戻してしまった時…俺らの役目はこの耐久力で死ぬ気で時間を稼ぐことやけぇ。それが例え、ヴィレン様を殺す結果になったとしても…!」
ユーゴは目を見開く。彼が「まさか…」と、呟いているすぐ側で、ヴィレンはその黒竜を泣きそうな顔で見上げていた。
「……親父」
「帰るぞ、馬鹿息子」
黒竜がそう言って翼を羽ばたかせると、熱風が巻き起こる。砂漠の砂が一緒になって舞い上がり、そこには数秒間だけ砂嵐が起こった。
(くそっ…砂と熱風で満足に目を開けられない…!)
こちらを吹き飛ばさんとする風圧に耐えながら、ユーゴが目を凝らして前を見ていると…すぐ隣から鋭い鉤爪が彼を襲った。
「っ!」
素早く剣を構えて、それを受け止めるも『彼』の口から黒い炎が勢いよく吐かれる。ユーゴはそれを避けられず、黒い炎がユーゴの頭を包んだ。炎は燃え広がり、ついにはユーゴの体までをも飲み込んでいく。
「腐ってるから、よく燃えるな」
砂嵐から姿を現したのは、半人半竜の姿をしたアレンディオで冷たい目で丸焦げになっていくユーゴを見て言った。
砂嵐が収まる…そこに立っていたのは、アレンディオとヴィレンだった。黒い炭人形になったユーゴはその場に転がっている。やけに呆気なく、勝敗が付いてしまった…。
「……親父、俺…」
「何も言わなくていい。あとはあの女を始末して、お前がいるべき場所に帰ろう」
アレンディオは優しい顔でヴィレンにそう言うと、呆然とした様子で立ち尽くすサラを見た。
「や、やだ…ユーゴ……そんな…」
サラは顔を歪めて、俯くと肩を震わせた。ユーゴの死に泣いているのだろうか、それとも絶望しているのだろうか。
サラを殺そうとアレンディオが鉤爪を振り上げる…その時。
「アレンディオ様!」
トーヤが突然飛び出してきて、アレンディオに体当たりをした。体勢を崩しながら驚いた顔でトーヤを見るアレンディオ。
「ぐっ…!!」
すると、鋭い剣がトーヤの胸を貫いたのだった。
「トーヤ!?」
ヴィレンが叫ぶと同時に、その剣は引き抜かれる。
「せっかくの奇襲を…クソ鬼、邪魔すんなよな…」
トーヤの血が滴る剣を振るって血を払う素振りを見せる炭人形…ユーゴだった。ユーゴは身体が炭化してもなお、動いていたのだ。
「ぷっ……あははは、ははっ!!」
サラは堪らずといった様子で大笑いし出した。彼女が肩を震わせていたのは、泣いているのではなく笑っていたのであって…。
「ユーゴ、あっさり負けてやんの!」
「うるせぇ。サラがさっさと治癒しねぇからだろ…あー、死んだかと思ったわ」
「私たち、もう死んでるし」
真っ黒な炭がボロボロと崩れていくと、その中からユーゴの元の顔が現れた。
「ギリ皮膚が焼けただけで助かったな。おかげで肌も綺麗になった」
少し機嫌すら良さそうに笑うユーゴ。蹲るトーヤは胸から止まらない血を流し続け、そんなユーゴを睨み付けた。
「鬼人族って本当に丈夫な体だよなぁ。普通ならもう死んでるぞ」
感心した様子で言うユーゴに、アレンディオは怒りに満ちた表情でビキビキと鱗を生やしながらユーゴに飛び掛かった。
「生前使っていた神具の聖剣が今手元にない事が悔やまれるぜ。あの竜王アレンディオと戦う機会があるなんてな…!」
そう笑いながらアレンディオの攻撃を剣で受け流すユーゴ。余裕そうにしているが、攻撃を受け流す事に精一杯で反撃する隙がない事にユーゴは僅かな焦りを感じていた。
とはいえ、ユーゴは剣術だけでなく魔法も扱う魔法剣士だ。器用に自分の剣術の隙を補うように魔法を打ち込み応戦している。アレンディオとユーゴの実力は互角らしい。
激しい攻防が続く中、ヴィレンとマノはトーヤを安全な場所へ運ぼうと彼の元へ駆け寄った。
「…やっぱり、先にあの女を仕留め損ねたんが…痛かったか…」
トーヤが血を吐きながら笑う。
「あんまり喋んな! マノがお前を安全な場所に運ぶから…!」
「——ヴィレン」
ざり…と、ヴィレンのすぐ後ろで土を踏む音がする。
「私たちじゃなくて、そっちを選ぶの?」
振り返ると、やはりそこにはサラが立っていた。
ヴィレンは負傷のトーヤと彼に付き添うマノを庇うように背にして、サラを睨み付けながら立ち上がった。
「…俺は確かに…昔、人間達を恨んだけど…今は違う。お前たちが望む魔王にはならない!」
ヴィレンの答えを聞いたサラは、笑みを深めるのだった。
「…私なら、リクを蘇らせられるよ?」
ヴィレンは目を開いてサラを見上げる。
「あんたさ、前にリクの魔力を吸って瞳の色変えてたでしょ。ヴィレンの中にあるそのリクの魔力…それがあれば、聖女の力でユーゴみたいに蘇らせられるよ」
それはまるで、悪魔の囁きのような言葉。ヴィレンは固まり、思わずゴクリと唾を飲み込んだ。




