61、一番の味方②
その時ちょうど、サティが笑顔で二人に声をかけてきた。
「お二人とも、こちらで休憩しませんか? ベリスさんがクッキーを焼いてくれたんです」
マノは笑ってサティの元へ行くと彼女の両手を握る。
「ありがとう。でも私たち、これから行くところがあるの」
「そうなんですね…あ、グリムさんを見かけませんでしたか? 探しているんですけど、どこにも見当たらなくて…」
マノは笑顔のまま「私たちも知らないわね」と、答えて、そしてサティの小柄な体を抱きしめる。
「サティ、ここでの生活を色々教えてくれてありがとう」
そう言ってサティを腕から解放すると、マノは玄関の方へと向かっていった。
サティはマノの様子に違和感を覚える。
「…マノさん、あの…?」
何となく、そのまま行かせてはいけないような気がした。
「トーヤも伝えたい言葉はしっかり伝えておくことね」
そんな事を言って、マノは振り返ることなくそのまま行ってしまった。
「サティ」
トーヤがサティを呼ぶ。彼女が振り返ると、すぐ目の前にトーヤの顔があったので驚いた。
「トー…」
サティがトーヤを呼ぶ前に、その口を塞ぐようにトーヤが突然キスをしてきたのだ。
「色々とありがとうなぁ。では、達者で」
そしてすぐに唇を離したかと思えば、笑顔で別れの挨拶をして…トーヤもマノの後を追って行ってしまう。
いきなりの事でサティは固まったまま…真っ赤な顔でその場に立ち尽くしていた。
「…………え…?」
誰もいなくなった部屋で、彼女の戸惑いの言葉は天井に吸い込まれていく…。
*
グリムは焦った表情でビアトリクス魔法学園を目指していた。何故なら、ルクレツィアに持たせていた筈の守護の宿木の葉を探知出来なくなってしまったからだ。
ビアトリクス魔法学園に到着したグリムは、たまたま学園の校舎から出てきたレメディアスを発見する。
「レメディアス公女様!」
「…グリムさん?」
思いがけない人物の登場に、レメディアスはつい頬を赤く染めて目を丸くした。
「ルクレツィアを見てない!?」
「え…」
食いかかるように尋ねてくるグリムに戸惑うレメディアスだったが、彼の必死さに何となく不安な気持ちになる。
「…ルーちゃんはまだ実験準備室にいると思うけど…」
「分かった。ありがとう!」
グリムはすぐに目的地を目指すため、レメディアスから顔を上げた。自分がここの卒業生で良かったと心底思うグリム。校舎内の地図はしっかり把握している。
「ま…待ってよ、グリムさん!」
今にも駆けて行きそうなグリムに、レメディアスは慌てて声を掛けた。
「どうしたの? もしかして、ルーちゃんに何かあったの!?」
グリムは少し悩んだが、ルクレツィアの友人であるレメディアスに簡単に事情を説明した。
「僕も行く!!」
レメディアスは叫ぶように言った。
「僕もルーちゃんを探す!」
グリムは頷いて、二人は共にルクレツィアがいるであろう実験準備室へ向かったのだった。
目的地に到着したグリムは、その部屋の扉を勢いよく開く。
「な、なにかな…君たちは?」
そこには、植物薬科学の授業が行われており、突然教室に入ってきたグリムとレメディアスを驚いた表情で教師と生徒たちが振り返っていた。
「ルクレツィア・クラウベルクはいる?」
その教室にはルクレツィアの姿はなく…グリムが尋ねると男性教師は困った表情を浮かべる。
「それが…彼女、まだ授業に来ていないんだ」
グリムとレメディアスは固まった。
「確かに午前中に準備室の鍵を渡した筈なんだけど…鍵と資料や実験器具をここに来る途中の外廊下へ放置したまま、どこかへ行ってしまったみたいなんだよね」
そこまで聞くと、二人はすぐさま教室から飛び出した。後ろから「あ、ちょっと…!」と、教師の声が聞こえるが…二人の耳には届いていなかった。
「グリムさん、闇雲に探してもダメだ!」
暴走気味のグリムの腕を掴んでレメディアスが言う。
「僕が探してみるから…ちょっとだけ、待ってて!」
レメディアスはそう言って、鞄の中からちょうど手のひらサイズの水晶玉を取り出した。それを両手で掬うように持ち上げて、ギュッと目を瞑る。
レメディアスが呪文を唱え始めると、その水晶玉が光りはじめて…。
「だめだ…僕の星読みだとはっきりした場所は特定できない…でも、おおよその場所は分かったよ!」
付いてきて、と言うレメディアスにグリムは頷き彼女の後を追うように走った。
到着した場所は、例の外廊下だった。
生徒たちが通り過ぎながら、息を大きく切らす二人を眺めていく。
「…ルーちゃんは、この辺りに現れると思う…多分…」
レメディアスは呼吸を整えながらグリムに言った。グリムはレメディアスの星読みを信じていない訳ではないが…しかし、やはり無駄足になるのでは、と不安感を拭えなかった。
しかし、その時…。
二人の目の前に、何もないはずの空間に銀色の扉が現れる。そして、その扉が開くと——。
「ルクレツィア!」
「ルーちゃん!」
二人は同時に叫んで、たった今扉から出てきたルクレツィアを無我夢中で抱き締めた。
「え、二人とも!?」
ルクレツィアは驚きながらも、二人を抱きしめ返す。
「ルーちゃん、どこ行ってたの!」
「この扉は何なんだ!?」
どうやら二人は自分の事をとても心配してくれているらしい。ルクレツィアは苦笑いを浮かべて、これまでの出来事をかい摘んで話した。ユーリの事は、彼のためにも自分の胸に秘めていようと少し濁しておく事にしたルクレツィア。
「私、ヴィレンのところへ行かなくちゃ」
「正気なの? ヴィレンはともかく…ゆ、幽鬼族の二人もいるんでしょ?」
ルクレツィアの言葉にレメディアスが怯えた顔で目に涙を溜めながら尋ねてきた。
ルクレツィアは小さく頷いてから「ヴィレンが私の事を待ってる気がするの…」と、答える。
そんな彼女の肩を掴んで、グリムは反対した。
「認められないな。君をそんな危険な場所に向かわせられない」
グリムは悔しい気持ちをグッと堪えて、続ける。
「代わりに僕が行くから。ルクレツィアはここでレメディアス公女と待ってて…」
その時、顔を上げたルクレツィアと目が合った。その澄んだ紫に煌めく瞳からは強い意志を感じるのだ。
「私が行かなくちゃ駄目なの。だって私は、ヴィレンの一番の味方だから」
ルクレツィアは更に念を押すように続けた。
「お兄様。私と一緒にヴィレンを迎えに行ってくれない?」
グリムは彼女の肩から手を下ろして…。
「僕が……君の誘いを断れないって、分かってるくせに…」
そう、項垂れるように呟くのだった。
*
ヴィレンはサラ達と共に聖リアン王国へ目指し学園都市を出て、砂漠地帯を歩いていた。
「もう少し行けば、待機している魔王教の教徒がいるから。合流して、聖リアン王国までの転送装置を繋いで貰いましょ」
サラの提案に大人しく従い、彼女の後ろを静かに歩くヴィレン。本当は、今すぐにでもこの無防備なサラの首を引っ掻いてやりたいが、自分の後ろを歩きこちらを監視するユーゴの存在のせいで、ヴィレンは手を出せないでいた。
元勇者と元聖女という称号は伊達ではないらしく、この二人を同時に相手をするのはいくらヴィレンでも分が悪い…。
そんな時、ヴィレンはよく知った気配を感じて俯いていた顔を上げた。
「…サラ。誰か来たぞ」
それはユーゴも感知したみたいで、面倒そうな表情で一番前を歩くサラに言った。
「え? どこ——?」
サラが振り返った瞬間、サラの身体に棘だらけの鞭が巻き付いたかと思えば、身動き出来ない彼女を誰かが大きな金棒で殴り付けた。
サラの身体が人形のように吹き飛んでいく。砂埃が立ち、その向こうに二つの人影が見えた。
「…ヴィレン様、どこへ行くんですかい?」
その二つの人影はトーヤとマノだった。サラの血が付いた金棒を肩に担ぎ、トーヤはそう問い掛けながらヴィレンを鋭い目で見た。
「…お前ら…」
ヴィレンは二人の登場に驚きつつも、どこか予感していた。何となく、二人はこの時のために魔王国からやって来たような気がしてたから。
「ヴィレン様、帰りましょう。ルクレツィア様を悲しませるおつもりですか?」
マノも険しい顔で鞭を引き摺りながら言う。
「……俺、…」
ヴィレンが言葉に詰まっていると、後ろではユーゴがサラに声を掛けていた。
「サラ、大丈夫か?」
すると、糸が切れた人形のように地面に倒れていたサラがむくりと上体を起こして明るい声で答える。
「他人の死体だから、痛くもなんともないけど…あーあ、骨見えちゃってるじゃん…うぇえ、グロ!」
「…幽鬼族たぁ、本当に驚かされる種族ですね。物理が効かんもんもおるとはなぁ」
平気そうな顔で立ち上がるサラに、トーヤは緊張感のある笑みを浮かべながら言った。
「回復役から潰そうと思ってたのに…その本人が死なずの化け物だったなんてね」
その隣では、眉を顰めながらマノが言う。二人は全力でサラを殺しにかかったが、それは失敗に終わったようだ。




