60、消えない罪
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一人きりになった部屋で、暫くベッドに腰を下ろしたまま俯いていたユーリは、顔を上げて立ち上がった。
自身の持つ鍵を使い、彼も部屋の外へと出る。
「あれ…ユーリ殿下!?」
ユーリが現れた場所は我が家…マルドゥセル魔導帝国の皇宮だった。
本来ならビアトリクス魔法学園に通うため、学園都市で生活しているはずのユーリが皇宮に現れたことで、すれ違う貴族や使用人達は驚いた顔をしていた。
「父上はどこに?」
知っている執事を見つけたユーリが尋ねると、執事は驚きつつも皇帝は今貴族会議に参加している事を伝える。
ユーリは目的地に向かって歩き始めた。
「まぁ、ユーリ殿下!」
そこにたまたま鉢合わせた帝国貴族の令嬢達に声を掛けられる。憧れの優しい皇太子に出会い、彼女たちはとても嬉しそうに笑っていた。
「ユーリ殿下とお会い出来て光栄です!」
「私たち、殿下に会えなくなり寂しくて…」
「一緒にお茶をしましょうよ!」
先を急ぐユーリの前にわらわらと立ちはだかり、自分たちの言いたい事だけを伝えてくる彼女たち。
(『優しい皇太子』なら、ここは悲しそうに笑いながら丁寧な態度と言葉で…)
ユーリは言った。
「悪いけど、先を急いでいるから道を開けてくれないかな?」
いつもと違う雰囲気のユーリに、令嬢達は「え、」と、目を丸くしたまま固まった。
「僕は君たちと違って忙しいんだ」
いつまでも道を開けてくれないので、ユーリは仕方なく真ん中にいた令嬢の肩を掴み横へとズラしてその間を通った。
「ちょ…ユーリ殿下…?」
戸惑った表情で、横を通り過ぎていくユーリに声を掛けるが…ユーリはニコリとも笑わずに冷たい目でこちらを一瞥すると、そのまま行ってしまった。
令嬢達はユーリの変わりように、呆然とした様子で彼の後ろ姿を見送ったのだった。
「——父上」
ユーリが貴族会議が行われている部屋に入ると、マルセルを始めとした貴族達が驚いた顔で彼を見る。
「ユーリ? お前、学園では…」
「そんな事より、父上。ビアトリクス魔法学園の生徒に幽鬼族が2名混じっていた事が分かりました」
ユーリの登場に戸惑う様子を見せるマルセルだったが、続く息子の言葉に顔色を変えた。
「なんだと!?」
「名前はサラとユーゴ…」
二人の名を挙げた瞬間、ざわりと騒ついた。
「その名は…聖リアン王国の聖女では…?」
マルセルは信じられない気持ちのまま、息子に尋ねる。まさか、そんな…と、信じたくなかった。
「聖リアン王国のエミル王女はすでに亡くなっており、その体を聖女サラが乗っ取っています」
そんな…と、声を洩らすマルセルにユーリは続けた。
「サラとユーゴは幽鬼族でありながら、大昔に召喚されたとされる異世界人…自分達は聖女と勇者なのだと名乗っていました。さらに、魔王復活を目論む魔王教の関係者です」
ユーリはなんとなく、ヴィレンの事は言わないでおいた。
庇ったつもりは毛頭なく、ただヴィレンの過去がどうであれ…再び卵から孵って生まれた今のヴィレンが、本当に魔王となるか分からないと思ったからだ。
(君には彼女がいるんだから…道を誤るなんてそんな事、あり得ないだろう?)
心の中でヴィレンに対し皮肉ってから、改めてマルセルを見る。
「おそらく聖リアン王国は魔王教の巣窟となっていると思います」
思い返せば、かの王国で行方不明者事件が多発していた理由は、二人の幽鬼族がいた為に起こった事件なのだろうと繋がる。
「我が帝国で出来る事を、早急に行いましょう!」
ユーリは力を込めてマルセルに意見を呈した。
『ルクレツィア嬢は、昔の暗い雰囲気と比べて変わったね』
6年ぶりにルクレツィアと再会した日に、自分が彼女へ伝えた言葉だ。その時の自分は、周りの者に愛されていたからなんだろうな。と、思っていたけれど…。
(…僕も、変われるかな…)
でも、それだけじゃなかったんだ。彼女は彼女自身の強さで、変わったのだ。
『貴方はいつだって、自分の気持ち一つで『ユーリ』になれます』
(今からでも正しい道を…これで、いいのかな?)
もう彼女に嫌われる自分は嫌だからね。と、そんな事を思いながら、窓の外に広がる青空を見上げたユーリだった。
***
ユーリがルクレツィアを連れ去った後、サラがユーゴとヴィレンに言った。
「まずは私たちの拠点、聖リアン王国に戻りましょ」
ユーゴは頷くが、その隣では…ヴィレンは何も答えずに俯いていた。
「何よもう、辛気臭い顔して。女の子なんて、また新しい子を見つけたらいいじゃん!」
サラは明るく笑いながらヴィレンの腕をバシバシと叩く。
「私なんてこんな体になったから、もう恋なんて出来ないんだよー?」
「いや、サラお前…その人間たちを全滅させるためにヴィレンの魔王の記憶を蘇らせたんだろ?」
「矛盾してねぇか?」と、指摘してくるユーゴに「うるさい」と、噛み付くサラ。
「あんなに落ち込んで、もしかしたら『異世界ぶっ壊し計画』に協力しないとか言われるかもじゃん…取り敢えず、励ましとかないと!」
そう小声でユーゴに言っていると、ヴィレンがギロリとこちらを睨み付けてきた。
「…もう仲間なんだからさぁ。仲良くしようよ?」
「仲間じゃねーよ…」
不貞腐れた様子のヴィレンに、サラは面倒さを感じて苛々してしまう。
「あのさ、ヴィレン?」
サラは意地の悪い笑みを浮かべて、ヴィレンを宥める口調で言った。
「ルクレツィアに未練があるみたいだけれど…貴方、全てを思い出してもまだ、彼女の側にいられる? だって、貴方の本性は…『魔王』なんだよ?」
サラにそう指摘されたヴィレンは、途端に苦しそうな険しい顔をして、グッと拳を握り締める。
「正真正銘、あんたが旧暦時代を終わらせた魔王なの。あんたが! 世界中の生物を怒りと憎しみで蹂躙した! 災厄の魔王! 例え記憶を封印されて一時の幸せな日常を過ごしていたとしても、その罪は消えない! そんなあんたが、あの子の側に居ていいと思ってるの!?」
「おい、サラ落ち着け…」
ヴィレンを追い詰めるサラに、ユーゴはうんざりした様子だった。
「…ヴィレン、私たちと共に来て。私たちは切実に貴方を…魔王を求めてる。そして、貴方の唯一の親友リクのために、貴方が為すべきことをやって」
サラの言い方だと、まるでリクが世界の破滅を望んでいるような口ぶりだ。
(……リクはそんな事望まねーよ…)
ヴィレンは心の中で思う。そう、ヴィレンのもう一人の『宝石』リクは、そんな事絶対に望まない。
(あいつは…空を飛んでみたいって夢みてた、ただ普通の少年だった…)
ヴィレンは青空を見上げる。竜の姿でリクを背に乗せて、空中散歩をした日の事が懐かしい…。
「……行けばいいんだろ」
渋々な様子だが、自分たちのもとへ来る気になったヴィレンにサラはぱぁっと顔を明るくさせた。
しかしヴィレンは彼らの仲間になる気なんて毛頭ない。
(リクの事を思えば、今でも怒りが湧いてくるけど…でも、ルーシーのおかげで俺は記憶を取り戻しても魔王にならずにすんだのかもしれない)
正気を保てているのも、愛する『宝石』ルクレツィアの存在が大きい。
(だからこそ、虚しい…)
結局自分は、どこまでもルクレツィアを求めているのだと実感する。
(こんな罪を犯した俺なんて、もうルーシーとは一緒にいられないよな…だからせめて俺が、こいつら二人とその魔王教ってやつをぶっ壊してやる)
そうする事で、ルクレツィアは安全で平和な世界で生きていけるだろう。だからヴィレンはルクレツィアのために、二人に付いて王国へ乗り込もうと決めた。
*
「マノ」
学園都市にあるクラウベルクの屋敷にて、険しい顔をしたトーヤがマノを呼んだ。
「俺の識紙を通して分かったぞ。ヴィレン様はどうやら昔の記憶を取り戻しちまったらしいなぁ」
ヴィレンを監視していた術を解きながらトーヤが言うとマノが肩を竦めながら笑う。
「あのお方にも既に術で連絡を飛ばした」
「それは残念。穏やかで楽しかった人族との生活もこれで終わりね」




