57、皇子と密室での茶会
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「ユーゴ、終わったの?」
「あぁ。あとはヴィレンが意識を取り戻すだけだな」
サラとユーゴの会話を聞きながら、ルクレツィアは項垂れて泣くことしか出来なかった。
自分は何て無力なのだと…ヴィレンを守る力もなければ術もない。自分は彼に『味方だ』と言ってやる事しか出来ないのだ…。
「…じゃあ、ルクレツィアはもう要らないよね?」
サラが目をギラリと輝かせながらルクレツィアを見た。
「ちょうど新しい体が欲しかったの。ルクレツィアの体、貰ってもいい?」
「その王女の体、気に入ってたんじゃなかったのか?」
ユーゴが僅かに顔を顰めてサラに問うと、サラは機嫌良さそうに答える。
「憧れの金髪碧眼も良かったけど、私、エミルよりルクレツィアの見た目の方が好みなんだよねー」
ルクレツィアは涙に濡れた目で二人を見上げた。一体何の話をしているのか…。
サラの手がルクレツィアへと伸ばされる。
「私はね『死人憑』なの…他人の死体に取り憑く魂だけの存在…いわゆる、ゾンビってやつ? あ、でも安心してね。私の聖魔法で腐敗も悪臭もしない綺麗な姿のままでいられるから」
ルクレツィアは本能的に理解した。この目の前の王女の姿を模ったサラは、今、自分を殺そうとしている事に…。
「……駄目だ。いくらサラでも、それは見過ごせない」
しかし、そんなサラの手を掴んでユーゴが止めた。
「…なんで?」
不満そうな顔で自分を見上げるサラを、ユーゴは無表情で見返した。
「なんででも」
そしてユーゴは、次にルクレツィアに目を向ける。
「こいつはおそらく、俺たちと同じ……」
と、そこで口を閉ざしルクレツィアから目を逸らしたユーゴ。
「やっぱりルクレツィアが好きなの?」
「ちげぇよ、あほ」
その時、突然何もない空間に亀裂が入った。
「ずっと私の結界を破ろうとしてる人がいたけど、ついに破られちゃったかぁ…」
サラが肩を竦めながらそう言うと、その亀裂は大きな穴へと変化して、その中からユーリが現れた。
ユーリは険しい目でサラとユーゴを一瞥してから、ルクレツィアへと手を伸ばして守るように抱き寄せる。そして、そのままルクレツィアと一緒に亀裂の中の異空間へと入っていった。
「ユーリ殿下!?」
ルクレツィアは問答無用で自分を抱き上げるユーリに、驚きを隠せない。
「まぁ、ユーリ様。私という婚約者がいながら、他の女性を選ぶのですか?」
サラは面白そうに笑いながら演技じみた口調でユーリに話しかけた。すると、ユーリの目にサラの姿が映る。
「…そうだね。最後だから君のその芝居にも付き合ってあげるよ。『君との婚約は破棄する、サラ・エミル・リアン』」
ユーリも冷たい笑顔を浮かべてサラに答えた。
「『君のように下劣で卑しく、傲慢な醜い女性はこの皇太子である僕に相応しくない』」
ユーリは吐き捨てるようにそう言って、今度こそ異空間の奥へと足を進める。
「待ってください、ユーリ殿下! まだ、ヴィレンがっ…!」
ルクレツィアが必死の表情でユーリに訴えるのだが、ユーリは聞く耳を持ってやくれない。
「ヴィレン…!」
ルクレツィアは涙を溢して、ヴィレンへと手を伸ばす。その時、ちょうど意識を取り戻したらしいヴィレンと目が合った。
ヴィレンは苦しむ表情を浮かべて「ルーシー…」と、小さく彼女の名を呟いている。そして…。
「……じゃあな、ルーシー…」
別れの言葉を口にするヴィレンにルクレツィアは言葉を失い、裏切られたような…信じられない表情でヴィレンを見つめた。
そしてそのままルクレツィアは、ユーリに連れ去られるようにその場から姿を消したのだった。
小さくなっていく亀裂を眺めながら、サラが不機嫌そうな顔で言う。
「…ユーリ様の最後の台詞って、演技とかじゃなくて本心だったよね?」
「くくっ、『傲慢で醜い女』…」
肩を震わせて笑うユーゴ。サラは腹立たしそうな顔で目を吊り上げた。
「ユーリ様って、顔は申し分ないほどのイケメンだと認めるけど…性格は終わってるよね! ちょっとムカつくから一発拳をお見舞いしてくる。ユーゴ、ユーリ様みたいに空間魔法で彼を追いかけて!」
「空間魔法は特殊枠の魔法だから、俺には無理だな」
ユーゴは馬鹿らしいと感じている表情で笑いながら答えると、サラは更に憤慨した。
「えー! どんな魔法でも使える能力なんじゃなかったの? 勇者、役立たずじゃん!」
「サラ、お前なぁ…そんな我儘な性格だから、傲慢だって言われんだよ…」
そんなサラにユーゴも不愉快さを感じたのか、顰めた顔で苦言を呈していたのだった。
——ルクレツィアは気付くと、窓も扉もない一室の部屋の中にいた。
天井に灯りはなく室内は薄暗いものの、何故かはっきりと周りの様子が視認できる。
その部屋は上質な家具やインテリアが揃っていて、とても豪華な部屋だった。
「ルクレツィア嬢、僕とお茶をしよう」
ルクレツィアが辺りを見回していたら、どこから入ってきたのか、ティーポットやケーキを乗せたワゴンを押してユーリが現れる。
「ユーリ殿下…ここはどこですか?」
ルクレツィアが尋ねるも、ユーリは無視して運んできたケーキやらティーカップやらをテーブルの上に並べ始めた。
「ユーリ殿下!」
ルクレツィアが彼を咎めるように名を呼ぶと、やっとユーリがこちらを見る。
「ここは僕の魔法で作った異空間の部屋。これから貴女が生活する部屋だよ」
そう言ってニコリと笑うユーリ。しかし、彼の目の奥は笑っていない事にルクレツィアは気付く。
「…どういう、意味ですか…?」
ルクレツィアはユーリの言葉に耳を疑い、思わず聞き返してしまった。
「そのままの意味だよ、ルクレツィア嬢。今日から貴女の世話は全て僕がするから、安心して過ごしてね」
当たり前の様子でそう答える彼に、ルクレツィアは全く理解が出来なくて、青褪めた表情でぐらりと目眩がする。
反対にユーリは幸せそうに柔らかな笑顔を浮かべていて、ルクレツィアの前に立つとエスコートするように手を差し出してきた。
「続きは席について話そう。さぁ、僕の手を取って」
そう言われてしまい、ルクレツィアは一旦ユーリに大人しく従う事にする。そうじゃないと彼は、何も話してくれそうにないから…。
ルクレツィアが恐るおそるユーリの手を掴むと、彼の大きな手が宝物を扱うように優しく握り返してきた。
ルクレツィアを椅子に座らせて自身も向かい側へと腰を下ろすと、ユーリはティーポットを掴んで紅茶を注いだ。すると、部屋の中に茶葉のいい香りが漂った。
ずっと緊張感に晒されていたルクレツィアの心が、こんな状況だとしても少しだけ気持ちが和らいだ。
「…私が生活する部屋って、どういう事ですか?」
なので先ほどよりも落ち着いた様子でルクレツィアは改めてユーリに尋ねる。
「そのままの意味だよ。貴女はこれからずっとこの部屋で過ごし、一生誰の目にも触れない僕だけのルクレツィア嬢になってもらう」
「……私には婚約者がいます」
普段の温和な仮面を脱ぎ捨てたユーリに、ルクレツィアは僅かな恐怖心を抱いていた。
「婚約者って……彼は魔王なんでしょ? 人類の敵だよ?」
薄ら笑いを浮かべながら反応を見せるユーリ。ルクレツィアは彼と、どう接すれば正解なのか分からなくなる。
(…わだかまりを乗り越えた友人だと思っていたのに…)
少しだけ裏切られた気持ちになり、ルクレツィアは悔しさから腿の上で両手拳をギュッと握った。




