55、一番の味方
「では…」と、居心地悪く思ったルクレツィアが別れの挨拶を切り出そうとすると、ユーゴが「なぁ、」と、話しかけてきた。
「その黒い指輪を見せてくれないか?」
「え?」
ルクレツィアは一瞬驚いたものの、すぐに警戒した表情で指輪を隠すようにもう片方の手で抑えた。
「これは…私の宝物なので」
「指に嵌めたままでいいから、少し見せて欲しい」
つい今しがた助けてもらった手前、断りづらく思ったルクレツィアは、「それなら…」と了承した。
ルクレツィアは指輪がよく見えるように、右手の甲を上に向けた状態でユーゴの前に手を差し出す。
ユーゴがルクレツィアの手をそっと握った。
「ちょっと…!」
ただ見るだけだと思っていたのに、ルクレツィアは驚いて非難の声をあげた。
しかしユーゴは気にした様子もなく、ルクレツィアの手をグッと自身の元へと引いて、指輪を熱心に観察している。
「この指輪…どこで手に入れたんだ?」
指輪から顔をあげてユーゴが問い掛けてきた。
(どうしてこの指輪の事を、そんなに気にするんだろう…)
ルクレツィアは変に思いながらも、この指輪がヴィレンの『竜の心臓』から作られたものなのだと説明する。
すると、ユーゴの雰囲気に不穏な空気が漂った。
「この指輪…ヴィレンの卵から作ったものなんだな?」
グッと、ルクレツィアの手を握るユーゴの手に力が入る。念を押すように確認してくるユーゴに、ルクレツィアが圧倒されていると…。
「ルーシー!」
そこに、ルクレツィアを追いかけてきたヴィレンが現れた。
ユーゴがルクレツィアの手を握っている場面を目撃したヴィレンは…。
「てめぇ!!」
ヴィレンはすぐさま戦闘モードである半人半竜の姿になり、鋭い鉤爪を向けてユーゴを引き裂いた。
「ルーシーに触るな!!」
ユーゴからルクレツィアを奪い取るように彼女を抱き寄せるヴィレン。頭に血が昇っている様子のヴィレンは、ビキビキと現在進行形で鱗を生やしながらユーゴを睨み付けている。
ルクレツィアは焦る。
「違うの、ヴィレン! この人は、私を助けてくれて…」
「早く俺たちから離れろ! お前、いい加減に死体臭せーんだよ!!」
ルクレツィアの言葉はヴィレンの怒声に掻き消された。
ユーゴはというと…、ヴィレンの鉤爪により髑髏が割れて兜の下が露わとなる。砕けた兜が地面に落ちた時、ルクレツィアはユーゴの顔を見て、思わず息をするのも忘れるくらいに驚いた。
黒髪黒目の彼は意外にも年若い青年で、ルクレツィアと同じくらいの年に見える。しかし、その顔立ちはこの大陸では見られない珍しい風貌で…。
でも、ルクレツィアにはすぐに分かった。ユーゴが何者なのか。
「もしかしてユーゴは……異世界人?」
つい、口を衝いた問い掛け。ユーゴの目が開かれる。
ルクレツィアには分かってしまった。だって、毎日のように母カレンの写真を眺めていたから。母親と同じ国の出身なのだと、ユーゴを見た瞬間に分かってしまったのだ。
「何故、俺を異世界人だと?」
ユーゴが明確な敵意を向けてルクレツィアを見ていた。
「もうこの時代には、異世界人を召喚する文明は廃れているはずだ…」
ユーゴが再び剣を抜く。彼は今、ルクレツィアを排除しようとしていた。
羽を生やしたヴィレンがルクレツィアを抱きかかえると、ユーゴの振り下ろした剣を躱すように上空へ飛び上がる。
「ルーシー。元はどうであれ、あいつはもう異世界人じゃねーよ。…幽鬼族だ」
ヴィレンは鋭い目でユーゴを見下ろしながら続けた。
「あいつをよく見ろ。肌が所々腐ってやがる…」
「…サラの聖魔法で死臭を抑える事は出来ても、この皮膚だけはどうにもならなくてね。と、言っても竜の鼻はそもそも誤魔化せなかったみたいだがな」
ヴィレンに答えるようにユーゴがニヤリと笑いながら言った。彼は開き直った態度で改めて名乗るのだ。
「俺の名前は中山優吾。元異世界人で幽鬼族…」
その時、ユーゴの首が落ちる。
「こんな哀れな姿になった『首無し騎士』だ」
自分の頭を横脇に抱えながらユーゴが笑った。
「ふん…堂々と名乗りやがって。ここは魔術師たちの巣窟だぞ? 幽鬼族のお前は覚悟しろ」
「構わないよ。…もうこの学園にいる必要も、ちょうど無くなったしな」
ユーゴは余裕の態度で笑ってみせて、抱えていた頭を再び首の上に乗せていた。
「どういう意味だよ?」
険しい顔をするヴィレン。ユーゴは改めてヴィレンとルクレツィアを見上げて指をさす。
「もう目的は果たしたから。ヴィレン、お前は『アタリ』だ」
その瞬間、ユーゴの周りに幾つもの魔法陣が宙に浮かび上がり、そこから同時に多種の属性魔法が撃ち放たれる。
ヴィレンはルクレツィアを絶対に傷付けられないと、躱しながら飛び回り、時には防御魔法で防いだ。しかしルクレツィアの指輪は、先ほどはジェレミーを防いだのにユーゴの魔法は防がない。
「やっぱりな…! ルクレツィアのその指輪の防御魔法は俺には効かねぇと思ってたんだ。だって、リクの魔法だもんな! 俺を拒むはずがない!」
「…………リク…?」
ユーゴの言葉にヴィレンは胸の奥がざわりと騒ついた。知らない名前のはずなのに、何か、引っ掛かりを覚える…。
「なぁ、ヴィレン。まだ分からない? 俺たち、昔に会った事があるよ」
ユーゴは薄らと笑みを浮かべながら確信した目でヴィレンを見ていた。
「遠い遠い、今から2千年以上前の旧暦時代と呼ばれる時代にね」
ヴィレンにはユーゴの言葉の意味が分からなかった。なぜなら自分は、生まれてまだ16年の竜で…。
「改めて、この世界の名で名乗ろうか? 俺は、既に一度死んだ身ではいるが…旧暦時代に異世界より召喚された勇者ユーゴ。同じく異世界から召喚された聖女とともに魔王を討伐した…」
ヴィレンの中で何かがザワザワと騒がしい。思い出したくない何かが、もうすぐそこまで迫ってきている感覚。
「…ヴィレン…!」
強張る表情のヴィレンに、ルクレツィアは泣きそうな顔で必死に抱き付いていた。何故か、ルクレツィアの知るヴィレンがいなくなってしまいそうで、怖かった。
「歴史になぞって言うならば、魔王を…お前を討ち倒しこの世界を平和に導いた勇者だよ」
ヴィレンは動揺を隠せなかった。
ズキズキと頭が痛み出して、目眩までしてきた。ルクレツィアを抱えていたヴィレンは、堪らず地上へと降り立つ。
「ヴィレン、大丈夫!?」
立っていられないくらいの眩暈にふらつくヴィレン。ルクレツィアが慌てて声を掛けると、ヴィレンは辛そうな表情で腕の中のルクレツィアを見た。
彼女に貰った、綺麗な紫の瞳…。
「……ルーシー、俺…」
ヴィレンはそれ以上言葉が出なかった。何か言わないと、と思うのに何を言えばいいのか分からず声が出ない。
「ヴィレン…」
ルクレツィアがヴィレンの頬に優しく手を添える。
「昔、約束したでしょ。私たちはお互いが一番の味方だって…」
その言葉を聞いて、ヴィレンはやっと言葉を紡ぐ。彼女の添えられた手を握り締めて、泣き出しそうな顔でヴィレンは言った。
「魔王、って…あれだよな……大昔に、人間の国や文明を破壊し尽くしたって…」
それ以降はまた言葉を飲み込むヴィレン。ルクレツィアはユーゴからヴィレンを守ろうと、彼を背にして一歩前に踏み出してはユーゴを睨み付けた。
「…俺が怖くねぇの? 気が強いんだな」
「ヴィレンが魔王だなんて、嘘言わないで!」
ユーゴが怖いに決まっている。異世界人で、勇者で、幽鬼族のユーゴにルクレツィアが太刀打ち出来るはずないのだから…。でも、恐怖よりもヴィレンを守りたい気持ちの方が強かった。
(それに、すぐお兄様達が来てくれるはずだもの…)
ルクレツィアはお守りとして、グリムから守護の宿木の葉を持たされている。この葉を通して、ルクレツィアの危機はグリムに知らされるのだ。
「…嘘なんかじゃねぇよ。ルクレツィアのその指輪、それが…ヴィレンが魔王だと証明している」
ユーゴは淡々とした口調で続けた。
「その指輪にかかっている防御魔法はリクの…俺たちが生前の時に生きていた男がかけた魔法だ。そして俺は、魔王を殺した際に卵になった魔王にその魔法がかけられていた事を知っている。その指輪はヴィレンの『竜の心臓』から彫ったものなんだろ…? だったら、そういう事だろ」
ルクレツィアはユーゴに何も言い返す事が出来なかった。暗い表情をする彼女を横目に、ユーゴが不機嫌そうに舌打ちする。
「サラ。いい加減出て来い。覗き見なんて趣味悪いぞ…」
するとユーゴの影から聖女サラが顔を出した。
「ユーゴ、楽しそうにしてたから…邪魔しちゃいけないと思って」
「うっせぇ。はよ、出ろ」
ルクレツィアの知るサラとは大分雰囲気の違う彼女は、ケラケラと笑いながら影の中から出てきた。




