53、眷恋と夫婦の証
「——あ。ルーちゃん、終わった?」
「うん…」
エスメラルダの部屋から一人で出て来たルクレツィアの姿を見て、レメディアスが笑顔で声を掛けてきた。しかし、ルクレツィアの表情はどこか暗くて…。
「ルーちゃん?」
レメディアスが彼女の顔を覗き込みながら首を傾げると、ルクレツィアはハッとした表情を浮かべてすぐに笑顔を作った。
「レーメのおかげで有意義な時間が過ごせたよ。ありがとう」
そう言って笑うルクレツィアは、どこか不安そう…。
レメディアスは、占いで何か良くない事を言われたのかな。と、予想して申し訳ない気持ちになった。
(僕がルーちゃんに先生を紹介したせいかな…)
そんなレメディアスの心情を悟ってか、ルクレツィアは明るい声で言った。
「占って貰えたことは、私にとってすごく必要な事だったと思う! だから…ありがとう、レーメ」
レメディアスは少しだけ安心した気持ちになり、そっとルクレツィアの手を握る。
「手、繋いでもいい?」
「もう繋いでるよ」
ルクレツィアはクスクスと笑った。
「ルーちゃん、僕は君の真っ直ぐなところが好きだよ。僕はこれからだって、君の味方だから…何か困った事があったら、僕を頼ってね」
こちらを気遣いながら味方だと言ってくれるレメディアスの温かさにルクレツィアは目頭が熱くなった。
「うん…私も、レーメの正直なところが好きだよ」
与えてくれた優しさの分だけ…いや、それ以上に返したいと思うルクレツィア。
二人は手を繋いだまま、学園の廊下を歩いていく。
「正直、か……実は僕、グリムさんが気になっているんだ」
突然、正直に自分の恋心をカミングアウトしてきたレメディアスに驚くルクレツィア。
「え! そうなの!?」
勢いよく振り返って隣のレメディアスを見ると、彼女は真っ赤な顔でコクリと頷いていた。
(か…かわいい…)
これがレメディアスの恋をする表情なのかと思うと、何故かルクレツィアまでドキドキしてきた。
「そっか、お兄様なのね…うーん……私の立場から見て、妹も太鼓判のかなりの優良物件だと思うよ、レーメ」
ルクレツィアは揶揄うように笑って「でもお兄様ったら手強そうだから、レーメにはいっぱい頑張って貰わなくちゃ」と言った。
「る、ルーちゃん! グリムさんに変なこと言わないでよ!? 君が、僕の正直なところが好きというから、勇気を出して正直に打ち明けたんだ…!」
レメディアスが真っ赤な顔のまま慌てるので、ルクレツィアは笑ってしまった。
「うん。でも、妹の協力が必要な時はいつでも言って。大切なお友達のためなら、ひと肌もふた肌も脱いじゃうんだから!」
そんな未来が来たらいいなとルクレツィアは思った。
ルクレツィアは今、幸せだ。
たくさんの大好きな人達に囲まれて、皆のことがとても大事で、大切で…この光景がきっとこれからもずっと続くのだろうとルクレツィアは疑わない。
『貴女は真実を知らないまま、もっと大切なものを無くしてしまうみたい…』
ルクレツィアはふと、足を止める。
「ルーちゃん?」
手を繋いでいたレメディアスも足を止めてルクレツィアを見る。
ルクレツィアはレメディアスと繋いだ自身の手を見つめていた。
「……そうだった…あの日、氷の扉の中から白い手が……私の腕を掴んだ人がいたんだ…」
次にルクレツィアは後ろを振り返った。そこには誰もいない…ただ、学園の廊下が伸びているだけ。
あの白い、女性の手は誰の手だったのだろう? そう、ルクレツィアは『女性の手』だと確信している。
何故ならあの白い手の薬指には、女性用の華奢なデザインの指輪が嵌められていたのを見たからだ。
(……ねぇ、私は一体…氷の扉の中で何を無くしたの?)
答えは求めていない。ただ、ルクレツィアは大切なものを守るために、どんな困難な事にだって立ち向かおうと…今、決意したのだ。
***
ディートリヒは久しぶりに愛する人の夢を見た。
「ディートリヒ様、お目覚めですか?」
「……あぁ」
目を覚ますと、部屋の中にはレイモンドが居た。ディートリヒの朝の支度の準備をしていたらしい。
「お早いお目覚めで。もう少し休まれては?」
「いや…レイモンド、執務室にコーヒーを用意してくれ」
ディートリヒが上体を起こしながらそう言うと、レイモンドは「かしこまりました」と、頭を下げて部屋から退出する。
ディートリヒは小さな息を吐いて、サイドテーブルに立て掛けられた写真に目を向ける。
「久しぶりに君に会えて幸せだったよ、カレン」
写真の中では、花束を抱えて幸せそうにこちらへ笑いかけてくるカレンが写っていた。
ディートリヒは思い出に浸る。この写真は、ディートリヒがカレンに結婚を申し込んだ日に撮影した写真だ。
異世界人カレンには、この世界にはないプロポーズの拘りがあって…。
『——プロポーズするなら、指輪も用意してくれないと!』
どうやらあちらの世界では、夫婦は互いの左手薬指にお揃いの指輪をつける文化があるらしい。
ディートリヒは勿論準備した。そのお揃いの結婚指輪と、手にいっぱいの花束を抱えてカレンと一生を添い遂げたいと申し出たのだ。
あの日、彼女は涙をこぼしながら幸せそうに笑った。そう、この写真のように…。
「……幽霊でもいいから、君に会いたいよ…」
ディートリヒは少しだけ泣きそうになりながらも、写真のカレンに微笑みかけてベッドから出る。
ディートリヒの一日が今日も始まるのだ。
「駄目だな、ルクレツィアが学園に通い出してこの城から居なくなってから…何かとすぐ感傷的になりやすい自分がいる」
はは…と、乾いた笑い声を短く上げて、レイモンドが戻ってくる前に顔を洗い服を着替える事にしたディートリヒ。
「では…いってくるよ、カレン」
朝の支度を整えたディートリヒが部屋を出る前に写真のカレンに声を掛ける。そして、そのまま部屋を出て行った。
写真の中のカレンは大きな花束を抱え笑っていて…その左手薬指には華奢で愛らしいデザインの指輪が輝いている。
その写真の前にはディートリヒの結婚指輪が飾られていた。
二人が夫婦なのだと証明する、彼の宝物だ。
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