52、占いと少女の無くしもの
「は…はい…」
ルクレツィアはバツの悪そうな顔で席から立ち上がると皆に注目される中、答えた。
「魔族は…基本的に人族よりも身体機能に優れ、寿命も長く魔力への親和性が高いです。それにより、魔族は人族の上位種族として見られる事が多いですが、その一方で極めて繁殖力が低く子孫を残す能力が乏しいとされています」
「はい、結構です。その通り、クラウベルクさん着席してください」
ルクレツィアは頭を下げて静かに着席する。教師はルクレツィアの回答に補足していた。
「昨今、魔族と人族の婚姻は珍しい事ではなくなりました。魔族は人族の繁殖力を、人族は魔族の能力を受け継ぎ、互いに利のある関係性を保っています」
そう、教師の言う通りマルドゥセル魔道帝国ではあまり前例のない事だが、種族を越えて結ばれた婚姻は世界中でみると沢山ある。
ただ、最強種とされる竜人族と人族の婚姻は極めて珍しいのだけれど。
(人族と魔族と分けられてはいるけれど…同じ人間だもの)
ルクレツィアはそんな事を考えながら、自身の右手人差し指で輝く黒い指輪を見つめて微笑んだ。
「そして最後に…『幽鬼族』です」
教師が続ける授業内容に生徒達は騒ついた。
「彼らはこの世界で生きた生者の成れ果て…つまり、この世に強い未練のある死者がごく稀に甦った者達のことを指す種族名です」
果たして種族と見做してよいものか、私には疑問ですけれど。と、眉を顰めながら教師は続ける。
「ちょうど300年程前に、死んだ皇帝が甦り城にいた家臣たちの血を吸い尽くして大量殺人を行った『吸血鬼殺人事件』がありました。これは幽鬼族が起こした非常に痛ましい有名な事件ですね」
教師は淡々とした口調でそこまで説明すると、手に持っていた本をぱたんと閉じた。
「我々生者と『幽鬼族』は相容れません。何故なら、幽鬼族は生者を食らう事でしか存続出来ないからです」
その時、ちょうどチャイムが鳴ったので教師は「授業はここまで。では、続きはまた次回の授業で」と、言って教室から出て行ったのだった。
「…何だか今日は、怖い内容の授業だったね」
少し顔色を悪くさせたレメディアスがルクレツィアの元にやって来た。
「僕、死者とか幽霊とか…苦手なんだよなぁ」
と、苦い顔をして言うレメディアスに、ルクレツィアは少しでも明るくしようと笑顔を浮かべて言った。
「でも、滅多に生まれる種族ではないと先生も言っていたし…生涯で幽鬼族と出会う事の方が難しいんじゃないかな?」
「そうかなぁ…?」
レメディアスはまだ晴れない顔をしていたが、気持ちを切り替えて午後からの授業の事を考える事にした。
午後は、ルクレツィアが副専攻学科として選択した『星占呪術学』の授業があった。
実は、この学科は専攻学科として選択していたレメディアスの誘いを受けて、興味を持ち選択した授業だった。
「そういえば、やっと僕のお師匠様が帰ってくるんだよ」
「レーメのお師匠様というと…魔女の?」
ずっと代任の先生だったものね…と、ルクレツィアが尋ねると、レメディアスは「うん」と頷いて、嬉しそうに笑顔を浮かべていた。
星占呪術学とは、一言でいうと魔女に必要な知識を学ぶ授業だ。魔術師とはまた違い、魔女は占いや呪術、そして星読みで未来を予測する能力がある。
レメディアスは魔術師よりも魔女の素質があるらしく、ヴァイスローズ公爵領で教えを乞うていた魔女が、この度ビアトリクス魔法学園に教師として赴任するという事で、レメディアスもこの学園の入学を決めたらしかった。
「僕のお師匠様…エスメラルダ先生も絶対にルーちゃんのこと、気に入ると思う!」
そう笑顔で言うレメディアスは、早く二人を会わせたいようで、どこかソワソワと落ち着きがなかった。
午後、『星占呪術学』の授業を終えたルクレツィアは、とても楽しい気持ちで帰り支度をしていた。
レメディアスの師匠魔女エスメラルダはとても色気のある人で、まるで太陽のように明るく健康的な魅力と美しさを兼ねた美女だった。
授業もとても聞きやすく、ルクレツィア以外の生徒たちも聞き惚れるように彼女の授業を熱心に受けていた。
(エスメラルダ先生は、何というか…人たらしの素質がありそう)
そんな事を思って、ルクレツィアは「ふふふ」と笑い声をもらす。ルクレツィアもすっかりエスメラルダのファンになっていた。
「ルーちゃん!」
レメディアスに呼ばれて顔を上げると、彼女が手招きしている姿が見えた。その隣にはエスメラルダが立っている。
「先生、紹介するね! 僕の友達のルクレツィア・クラウベルク公爵令嬢だよ」
ルクレツィアが二人に近付くと、レメディアスはルクレツィアの肩を抱きながらエスメラルダに紹介した。
「あらま。レーメも友達が作れたのね?」
エスメラルダはわざとらしく驚いた様子を見せた後、揶揄うように笑ってルクレツィアに手を差し出した。
「はじめまして。レーメはマイペースで頑固な子だから、友達だと大変でしょう?」
ルクレツィアは差し出された手を握り、彼女と握手する。
「そんな事ありません。レーメはとても友達思いで…今朝だって、助けてもらったばかりです」
ルクレツィアは優しく笑って隣に立つレメディアスを見ると、彼女は照れくさそうにはにかんでルクレツィアと目を合わせた。
エスメラルダはそんな二人を見つめながら、心が温かくなっていた。
(泣き虫で我儘で、気難しい子だと思っていたけれど…レーメ、いい出会いがあったのね)
そう思うと、エスメラルダはルクレツィアにも興味が湧いてくる。
「ルクレツィア。お近付きの印に、貴女の事を少し占ってあげるわ」
エスメラルダの提案に、ルクレツィアは初め恐縮のあまり断ったのだが…。
「いいじゃんか! せっかくだから、占ってもらいなよ!」
レメディアスの強すぎる押しに根負けして、ルクレツィアはお言葉に甘えてエスメラルダに星読みして貰うことにした。
「——ルクレツィア。そう緊張しなくても大丈夫よ」
エスメラルダから授業で使っていた教室ではない別室に案内されたルクレツィア。
二脚の椅子の間に簡単な造りの木材のテーブルが置かれただけの部屋であり、ルクレツィアはエスメラルダにその椅子に座るよう言われる。
「ごめんなさいね。まだこの学園に来て間もないから、最低限の物しかないの」
エスメラルダは肩を竦めながら笑って、ルクレツィアが着席するとその向かい側の椅子に座った。
ただの木のテーブルかと思っていたが、表面には見たことのない魔法陣が彫られている事に気付く。
レメディアスは部屋の外で待ってくれていた。星読みをするという事は、占う相手のプライベートな部分まで見えてしまうからだ。
「少しだけ、貴女の血を貰うわね」
ルクレツィアが頷くと、エスメラルダは手慣れた様子でルクレツィアの人差し指に細い針を刺して血の粒を作ると、それをエスメラルダが用意した特殊な用紙に吸わせる。
「準備完了。では、占っていくわ」
ルクレツィアは緊張しながらも、どこか楽しみな気持ちでワクワクしている自分に気付く。
目を瞑り、エスメラルダがルクレツィアには聞き取れない呪文を唱えると、机に彫られていた魔法陣が発光し始める。
エスメラルダの大きなイヤリングが揺れていた。ここは室内で、風も何もないのだが、ルクレツィアは突風に巻き込まれたような、何かに圧倒された気分になる。
エスメラルダは閉じていた目を開いて、改めてルクレツィアを見た。
「ルクレツィア。貴女、無くしものがあるでしょ?」
「無くしもの…ですか?」
ルクレツィアには身に覚えのない事だった。何か無くしたかな…と、考えているとエスメラルダが続ける。
「昔、子どもの時に…そうね、大きな城を訪れた時に貴女は大切なものを無くしてるわ」
ルクレツィアは考えていた。子どもの時に大きな城…もしかして、ルクレツィアがイスラーク城に帰ってきた日の事を言っているのだろうか?
「あとは…うーん……何かしら、これは扉? 大きな氷の扉が関係しているみたい…」
そこでやっと、ルクレツィアは思い当たる。
(もしかして…)
ルクレツィアがイスラークに来た日に初めて氷の扉を通った時、ルクレツィアからすれば一瞬の出来事だった筈が、他の者たちからすると半日もルクレツィアが姿を消していたという事件があったのだ。
(結局、あの時間のズレは何だったのか解明する事は出来なかったけれど…)
それ以降、何度も氷の扉を利用していたが特に問題は無かったので、ルクレツィア自身も忘れかけていた事件だった。
「その無くしものを早急に見つける事をお勧めするわ」
エスメラルダが真剣な表情で言う。
「じゃないと、貴女は真実を知らないまま、もっと大切なものを無くしてしまうみたい…」




