51、聖女と黒騎士の秘密
「でもね。そんな罪悪感すらどうでもよく思えるほどに、私の中で復讐心が暴れ回ってるの…」
サラは歪な笑顔を浮かべて、自身の胸元を強く握り締めた。
「早くこんな世界、ぶっ壊しちまえって…私の中の『聖女サラ』が叫ぶんだ」
そしてその青い目から、ぼろぼろと涙を溢して彼女は笑い続ける。
「その為には、旧暦時代で人間を絶滅に追い込もうとした魔王の力がいるって……優吾も分かってくれるよね?」
二人には、共有する大きな秘密があった。それが何なのかは、今語られる事はないけれど…。
ユーゴは脅迫じみた笑顔でこちらに問い掛けてくるサラを見て、彼女の事が哀れになる。もう彼女も、自分自身の憎しみをコントロール出来ていないのだ。
「…あぁ、そうだな。大丈夫、お前の好きにやれ。何があっても俺だけはずっと、紗良の味方でいるから…」
だから、彼はそう答えるしかなかった。自分の意思よりも、彼女の望みを叶えてやりたいと…。
そっとサラの頬に手を添えると、彼女はユーゴの手に頬擦りしては「うん…」と安心した表情で相槌を打つ。
「せっかく、この死んだエミルの体も手に入れたし、私が『教主』として立ち上げた魔王教も大きくなったんだから…目的のためにもっとちゃんと活用していかないとだね…」
そう、サラは『第三王女エミル』と『魔王教』で聖リアン王国を支配してみせた。まだたった一国のことかもしれないが、彼女の目的においてそれは大きな一歩だ。
サラは青い目を妖しく輝かせて、そして窓から見える夕暮れ時の空を見た。
「……この世界の空が、私たちの世界と同じ色をしている事も、許せないくらいに全てが憎い…」
憎しみのこもった表情で、奥歯を噛み締めながらサラは続ける。
「『この世界は人殺しのクズばかり』…だから早く、こんな罪人だらけの世界は壊さなくっちゃ」
サラのそんな呟きを、ユーゴは静かに黙って聞いていたのだった。
——もう一人。静かに息を潜めては、気付かれないように彼らの会話を盗み聞く者がいた。
(……なんだこの会話…サラは、本物の王女じゃない…?)
それはユーリだった。彼の得意な特殊魔法で、城でマルセルやアネッサの様子を盗み見ていたように、サラとユーゴも手鏡に映し監視していた。
(それに…彼女が魔王教の教主だと…?)
まさかサラが破滅思想を掲げる悪宗教の教祖だとは思わず、ユーリは驚きから息を呑む。
(…こいつらが話す『私たちの世界』って、なんだ…?)
様々な疑問が脳裏に浮かんだが、ユーリはとりあえずこの二人を今後も…更に慎重に注意深く監視していく事にした。
*
翌日、ルクレツィアが午前中にある『基礎魔術学』の授業を受ける為に下位クラスの教室へ入ると、昨日とは少し様子が違う事に気付いた。
何となく、クラスの生徒たちから見られているような…?
ふと、昔の事を思い出してしまうルクレツィア。ヴィレンと出会う前、ディートリヒとすれ違っていた10歳までの頃は、自分はいつも、こんな人に避けられるような環境の中に晒されていた。
(居心地悪いな…)
自分の席に着席したルクレツィアが彼らの好意的ではない視線に緊張感を感じていると…。
「おはよう、ルーちゃん」
レメディアスが声を掛けてくる。彼女の普段と変わらない様子にルクレツィアはホッと安堵した。
「レーメ、おはよう」
ルクレツィアはレメディアスに笑いかけて挨拶を返す。すると、レメディアスは淡々とした口調で、探りも何もなく直球に尋ねてきたのだ。
「ところで、ルーちゃんが聖女様を虐めてるって本当?」
「え?」
ルクレツィアはレメディアスの質問に思わず固まる。どういう事だろうか? 身に覚えが全くないのだが…。
「昨日、聖女様が泣いてるところを見た生徒がたくさんいるって」
と、レメディアスの続く言葉に、ルクレツィアはやっと合点がいった。この教室の居心地の悪さは、そのせいなのか…と。
周りの生徒たちも気になるようで、二人の会話に耳を澄ませている。
「あれは…聖女様が突然ヴィレンの手を握ったりなんてするから、ヴィレンが怒っちゃっただけだよ」
ルクレツィアはそう真実を伝えながらも、何故自分がこんな周りへ言い訳のような事を言わねばならないのかと腑に落ちない気持ちになる。
「…聖女様を敵視するルーちゃんがヴィレンを束縛して、彼女に嫌がらせしてるって話みたいだけれど…?」
自分を疑うようなレメディアスの物言いに、ルクレツィアも少しカチンとくる。
「…何故私が聖女様を敵視しなければならないの?」
鋭い視線でレメディアスを見上げれば、彼女は無表情のままこちらをジッと見返してきた。
「昔、ユーリ殿下の婚約者だったルーちゃんが、新しく殿下の婚約者になった聖女様を逆恨みしてるって話だよ」
その瞬間、ルクレツィアは勢いよく立ち上がり机を両手で叩き付けては叫ぶ。
「いい加減にしてよ! 私にはヴィレン以上に愛してる人なんていない!」
つい怒りが込みあがり、普段口にしないような本音を叫んでしまったルクレツィアは、自分の発言にハッとしてすぐに顔を真っ赤にさせた。
目の前のレメディアスだけでなく、クラス中の生徒が目を丸くして驚いていた。
あの普段は落ち着いて大人っぽい、公女としての品格を漂わせるルクレツィアが…こんなにも婚約者の事を熱烈に愛していたなんて。と、教室にいる誰もが意外に思った。
恥ずかしそうに俯くルクレツィアを、レメディアスはニヤリと笑って見た後、自分たちの後ろで観客化する同級生たちを振り返りながらハッキリとした口調で言う。
「みんな、分かったでしょ? ルーちゃんは婚約者のヴィレンにぞっこんなんだ。それなのに、わざわざ聖女様に嫌がらせする理由ないよね?」
ルクレツィアは顔を上げてレメディアスを見た。
目が合うと、レメディアスはパチリとウインクしてみせる。
その瞬間、ルクレツィアはレメディアスの思惑を理解した。
(…そっか…私にあえて単刀直入に尋ねることで、周りの皆の私への誤解を解こうとしてくれたんだ…)
レメディアスの心遣いに胸が熱くなる。何より、自分を信じてくれていた彼女に感謝の気持ちでいっぱいだった。
「別に…俺たちは何も…」
「うん…私も、ただ噂を聞いただけで…」
クラスの生徒たちは戸惑いながら、しどろもどろに言い訳を口にする。
「いやいや、君たち散々そのルーちゃんの噂話を真偽も確認せずに広めてたじゃない。それだけで十分、加害者になると思うけど?」
レメディアス、強い性格をしているな…と、ルクレツィアは思わず目を丸くして自分を庇うように立つ彼女に目を向けた。
生徒たちもそんなレメディアスに負けて、申し訳なさそうにルクレツィアへ謝罪する。
「クラウベルクさん…その、ごめんなさい」
「俺もごめん…知り合いにちゃんと訂正しておくよ」
次々と頭を下げてくる彼らに、ルクレツィアは苦笑いを浮かべて答えた。
「素直に許します…とは、言えないけれど…これから気を付けてくれるなら、それで十分です」
生徒たちは安心した表情を浮かべて頷くと、そろそろ授業が始まりそうな事もあり各自席に戻ったのだった。
「——この世界には、様々な多くの種族が生息していますが、大きく三つの種族に分けられています」
授業中。教師の話をぼんやりと聞きながら、ルクレツィアは窓の外を眺めていた。
「私たち人間は『人族』に分類されており、他にもエルフやドワーフ、それに滅多に姿を現しませんが妖精などが含まれます」
どうやらルクレツィアは授業に身が入らないようである。
「そして『魔族』。彼らの祖先の多くは魔獣が進化した事により生まれた種族と考えられている事から、人族とは違う分類に分けられています。代表的な種族は竜人族や鬼人族、他にも獣人族や魚人族と、人族よりも多種多様な種族がいます」
ルクレツィアが小さなため息を吐いた時、「ルクレツィア・クラウベルクさん」と教師に名を呼ばれたので、心臓がドキリと強張った。
「魔族である竜人族を婚約者に持つ貴方に、魔族の特徴を答えてもらいましょうか」
ニコリ、と圧のある教師の笑顔にルクレツィアは、しまった…と、顔を伏せる。ルクレツィアが授業を聞いていない事が、教師にはバレバレだったようである。




