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悪役令嬢は最強パパで武装する  作者: リラ
第二章 復讐の聖女編
45/98

45、君と踊る春

 ディートリヒは身構えた様子で彼らの次の言葉を待った。

 そして、トーヤが口を開く…。

「クラウベルク公爵様へお伝えしとう事は、ヴィレン様の出生の秘密…その正体です」

「…正体?」

 ディートリヒが聞き返すと、トーヤが緊張した面持ちで頷く。

「…この事はヴィレン様も知りません。と、いうより強力な封印魔法でお忘れになってます」

「もちろん、私とトーヤ以外の魔族も知りません。国王であるアレンディオ様と王妃であるヴァレリア様以外は…」

 トーヤとマノが躊躇う様子を見せる。どうやら彼らにとっても言いづらい内容のようだが…ディートリヒは本題を聞く前にひとつ確認したい事があったので、先に尋ねてみることにした。

「話を聞く前に確認なのだが…ヴィレンはこの6年間イスラークにいた。なのに、何故急に今、お前たちを派遣してまで伝えてくるのか?」

 ディートリヒが訝しみながら尋ねると、これにはマノがすぐに答えてくれた。

「何故って…ヴィレン様が貴方のご息女ルクレツィア様に求婚をなさる決意をされたからですよ!」

「……なるほど」

 ディートリヒの先ほどの場面を思い出しながら頷く。

(ヴィレンが公式に『魔王国』を引っ張り出したから、魔王国もそれに対応した行動を取ったという事なのだろう)

「納得した。…それでは、本題に入ろうか」

 ディートリヒは覚悟を決めたようだ。真剣な眼差しで二人を見つめている。

「はい。アレンディオ様を始めとして俺たちもヴィレン様をお守りしたく、この話を貴方に伝えます」

 トーヤも真剣な表情を浮かべて頷いた後、緊張で乾いた唇を舐めてから話し始めた。

「実は、ヴィレン様はアレンディオ様の本当の御子ではないです。ですが、紛れもなくヴィレン様は王族であり、アレンディオ様と同じ血筋です」

 ディートリヒはどういう事かと思いながら、ヴィレンはアレンディオの親戚の子供か何かなのかなと考えていた。

「実は、ヴィレン様は——」

 そして、トーヤはディートリヒの予想をはるかに超えた、目眩を覚えるほどの衝撃的な事実を述べたのだった。


 *


 ディートリヒがトーヤとマノを連れて姿を消した後、ルクレツィアとヴィレンの元には貴族たちが集まってきていた。

 皆、北の貴族であり顔馴染みばかり。ルクレツィアへ祝いの言葉を向けて、魔王国の王子への挨拶も欠かさない。

 元々、彼らはルクレツィアがノーマンだと思っていたので、彼女の隣に最強種の竜がいる事を歓迎していた。

 そこに、実はヴィレンが王子だと聞かされた。それも、人族では辿り着けないと言われる禁足地のような魔王国の。

 もう彼らは特に大喜びだった。側から見てもヴィレンがルクレツィアに特別な感情を抱いていることは見ていて分かっていた…そして今日、その二人は結ばれたのだ。

 つまり、ルクレツィアが次代の『北の氷王』となった時、もしかするとディートリヒ以上の力を北の領地は手にするかもしれないという事。

「あ、この曲…この前俺たちが練習した曲だな」

 音楽家から流れてきた曲調を聞いて、レオノーラの授業で習ったダンス曲だと気付いたヴィレン。

「よし、踊るぞ。ルーシー!」

 ヴィレンは思い付いたように笑顔でルクレツィアの手を取ると、ダンスホールに向かって手を引いた。

「わ! 待ってよ、ヴィレン! まだ、挨拶が…」

 と、ルクレツィアが申し訳無さそうに挨拶の途中だった貴族たちに目を向けると、彼らは苦笑しながら頷いている。行ってこい、という事なのだろうが…ヴィレンのマイペースさには北の貴族たちも、もう慣れっこの様子だった。

 他にもダンスを楽しんでいる者達がいる中、ヴィレンがルクレツィアの手を離すと、振り返っては突然片膝を付いたのだ。

「ヴィレン?」

 ルクレツィアが目を丸くして、そんなヴィレンを見つめる。

「ルクレツィア・クラウベルク公爵令嬢。どうか俺に貴女とのファーストダンスの名誉を下さい」

 そう言って手を差し出してくるヴィレンに、ルクレツィアは頬を染めつつも、クスクスと笑う。

「どこで覚えてきたの? そんな、まるで素敵な貴公子のような台詞…」

 いつものヴィレンなら、そんな事を言わずに巻き込むようにダンスを勝手に始めるではないか。

 ルクレツィアに揶揄われたヴィレンは、恥ずかしそうにむうっとした表情を浮かべ、「いいから早く、俺の手を取れよ。曲が終わっちまうだろ」と、素っ気なく言った。

 ルクレツィアは彼の大きな手に自身の手をそっと乗せる。

「はい、ヴィレン王子殿下。私のファーストダンスを差し上げます」

 ルクレツィアがあまりにも幸せそうに笑うから、ヴィレンもつられて笑顔になった。

 ヴィレンは立ち上がり、ルクレツィアの体を寄せる。二人は笑顔で見つめ合って、一歩、最初のステップを踏み出した。

 婚約者として踊る、初めてのダンス。

 周りの者達はルクレツィアとヴィレンに注目していた。レオノーラのダンスの授業でいつもお互いが相手役を務めていたからか…二人のダンスは息ぴったりだった。

「——きれい」

 ユーリの隣にいた令嬢が、ルクレツィアとヴィレンをうっとりとした表情で見つめながら呟くように言った。

 北の貴族令嬢たちに囲まれていたユーリは、彼女の呟きを聞いてついそちらに目を向けてしまう。

 蝶のように舞い、花のように華麗な彼らのダンスは両手を叩いて賞賛に値するものだった。

(…………)

 もうずっとユーリの顔から表情が抜け落ちていることにも気付かず、彼の周りで彼女達は踊っている二人を褒め称えていた。

「本当に素敵…ルクレツィア様もヴィレン様も、どうしてあのような綺麗な人が存在しているのかしら?」

「誰が見てもお似合いの二人よねぇ」

 先ほどまで、あの二人の愛の寸劇を見ていたからか…彼女達はロマンス小説を読み終えたかのような夢見心地の表情で続ける。

「相思相愛ってご様子で…」

「愛に種族は関係ないのかもしれないわね」

 パリン…。何かが割れる音がして、彼女達は口を止めて音がした方へと目を向ける。

「! ユーリ殿下、お手が…大丈夫ですか!?」

「あ、すまない。急にワイングラスが…」

 どうやらユーリが手に持っていたワイングラスが割れてしまったらしい…いや、割ってしまったのだろう。

「中身が手にかかったから洗ってくるよ。君たちにはかからなかったかな?」

 ユーリはすぐに通りかかったボーイを呼んで割れたグラスを渡すと、周りの令嬢達に向けていつもの穏やかな笑顔を浮かべて……つぅ、と、彼の目から涙が零れ落ちてしまう。

 令嬢達はそんな彼の姿を目の当たりにし、声を失った。

「あ…あれ…?」

 ユーリの頭とは裏腹に、心と体は素直だった。ルクレツィアとヴィレンの婚約発表があまりに悲しくて、上手く笑顔の仮面を被れない…。

「ゆ、ユーリ殿下…少し休まれてください」

 戸惑っていた令嬢の一人が、彼の心情を悟ったのかそう気遣う言葉をかけていた。彼女達は彼のその涙の理由にすぐ思い当たる。ユーリとルクレツィアは昔、婚約していた間柄だったものね…と。

 ユーリは彼女に礼を言って、その場から離れる為に令嬢たちに背を向ける。その瞬間、涙をぼろぼろと零しながらも、彼の表情は嫉妬心に染まった。

(ルクレツィア嬢は僕のものだった筈なのに…ずっと僕の、婚約者だったのに…!)

 絶望感と嫉妬心がユーリの中でぐちゃぐちゃに絡み合っていた。それに、後悔も…。

(…僕が昔、もっと違う選択をしていたら…もっと貴女の心の傷と向き合っていたら、貴女は今、あの男ではなく僕の隣に居てくれたのだろうか…)

 尋ねたところで解答はない。

『…私だけが悪いのですか?』

『殿下も私がノーマンだからと…だから私が我慢するべきだと仰っているのですか?』

 かつて、彼女が自分の婚約者だった時…自分はこの問いに何と答えたのだっけ? その時と違う言葉をかけていたら、未来は何か変わっていた?

 今思い返してみると、まだ10歳だったあの時の少女は怒っていたのではなく、泣いていたのだと気付いた。

 苦しいと泣いていて、あの質問は自分に助けを求めていたのだと…ユーリは気付いた途端、とても苦しくなった。ずっとルクレツィアを無視して傷付けていたのは、他の誰でもない自分だったのだ。

(もし、ヴィレンだったら…彼は何と答えたのだろうか…?)

 そんな意味のない事を考えても、過ぎた過去を後悔した所で未来は何も変えられない事をユーリは知っている。

「…………」

 ユーリは立ち止まり、怒るでも悲しむでもなく、何とも心情を図れない複雑な表情で拳を握り締めた後、涙を拭いて再び前を向き歩き始めた。

(…いいや、まだ諦めない。僕は貴女を、絶対に諦めないからな…ルクレツィア・クラウベルク!)


 ——トーヤ達とともにパーティー会場へと戻ってきていたディートリヒは、ルクレツィアとヴィレンが幸せそうに笑い合いながら踊っている様子を、眩しそうに目を細めて見つめていた。

「…どうやら俺には、いつの間にか息子がもう一人増えていたようだ」

 トーヤはチラリと、そう呟くように言ったディートリヒの後ろ姿に目を向ける。

「俺は、ヴィレンを信じるよ」

 すると、ディートリヒが振り返ってこちらを見てきたので、目が合ってしまいトーヤは少し驚いた。

「ルクレツィアを愛し大切に思うあいつなら、過去が何であれ絶対にもう同じ過ちなんて犯さないと…俺は父親として信じる」

「…決して許されない、罪深い業を背負っていたとしてもですか?」

「あぁ、そうだ…」

 彼の迷いない返答にトーヤはディートリヒから目を逸らすと、一歩前に踏み出して彼の隣に並んでは、同じようにルクレツィアとヴィレンの姿を眺める。

「…だったら、俺も…あんたと一緒に信じてみます」

 そして、トーヤは小さくそう呟いたのだった。

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