37、魔法学園入学の勧め
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その日、イスラーク城では皆が大騒ぎだった。城で働く者達はルクレツィアの魔法の才が開花した事を歓喜し、話を聞き付けた魔塔の魔術師達が普段は塔に引きこもっているくせに、祝福を伝えに城へと押し寄せてきた。
料理長の命令で今晩の晩餐が急遽、より豪華なメニューへと変更になる。庭師達は庭園を飾り付け始め、メイド達は飛び切り素敵なアフタヌーンティーの準備に取り掛かった。
そんなこんなで忙しいのは使用人達を纏める家令のレイモンドであって、当の本人のルクレツィアや城の主人ディートリヒは優雅にティータイムを過ごしていた。
その席にはヴィレンとグリム、そしてレオノーラもいる。
「ルクレツィア…良ければ、お前の魔法を父にも見せてくれないか?」
ディートリヒが優しい目で隣の席に座る娘を見る。ルクレツィアは照れくさそうに小さく頷いてから「まだ簡単な事しか出来ないですけれど…」と言って、覚えたての魔法を披露することにした。
ルクレツィアがテーブルの上に両手を翳す。すると、何もない空間に氷の粒が現れると、その粒がやがて大きくなり一輪の薔薇の形になった。
「お父様へ、プレゼントです」
はにかみながらその氷の薔薇をディートリヒへ差し出すルクレツィア。ディートリヒは受け取ると、すぐにその薔薇へ保護魔法をかける。
「この薔薇はクラウベルク家の家宝にしよう」
「ふふ。お父様ったら、何を仰ってるの」
ルクレツィアはディートリヒが冗談を言ったのだと思いクスクスと笑っているが、他の3名には冗談ではなく本気なのだと分かっていた。ディートリヒの青紫の目は本気そのものだったからだ。
「しかし、ルクレツィアの魔法の才が開花したとなると…」
ふとディートリヒは思案する素振りを見せながら呟いていた。その呟きを聞いて、レオノーラも同意するように頷いている。
「ルクレツィア。お前に未来を選んで貰おうか」
ディートリヒは改めてルクレツィアを見て言った。
「これから、お前に二つの選択肢を提示する」
ディートリヒの改まった姿勢に、ルクレツィアは少し緊張しながら父親を見上げていた。
「お前は半年後の秋に貴族学校へ入学するだろう?」
ルクレツィアはコクリと頷いた。そう、ルクレツィアはヴィレンと共に北の領地にある貴族学校へ通うことになっていた。
「一つ目の選択肢はそのまま予定通りの学校へ入学すること。とても質の高い教育を受けられ、品格や教養を培うにはもってこいの由緒正しい貴族学校だ」
「もう一つは?」
待ちきれないヴィレンが先を促す。ディートリヒは頷いて、指を二本立てては続けた。
「二つ目は魔術師の教育機関であるビアトリクス魔法学園。ここマルドゥセル帝国ではなく、小さな公国をそのまま学園都市にした中にある学校だ」
つまり他国の学校ということだ。
「俺やスペンサー夫人、それにグリムや魔塔の多くの魔術師達が卒業した母校でもある」
ルクレツィアは目を輝かせながら大きく開いた。
(お父様達の母校…私も行ってみたい!)
「ん? グリムはずっとこの城にいたよな? いつ学校に通ってたんだ?」
矛盾を感じたらしいヴィレンがグリムに問うと、グリムがニヤリと笑って答える。
「僕はこれでも優秀でね。入学一年目で卒業資格が取れたから早々に卒業してイスラークに帰ってきたんだよ」
「……あぁ、そう」
聞いておいて素っ気ない返事をするヴィレン。どうやらヴィレンの中でグリムは一番の打倒相手らしく、負けたくないみたいだ。
魔術師の育成機関であるビアトリクス魔法学園。その学校は、魔法が使える者なら性別年齢種族関係なく誰でも入学出来る学校だ。
但し、入学する時とは違って、卒業出来るのは本当に才能のある魔術師だけでありとても難易度の高い学校なのである。
ビアトリクス魔法学園には学年がない。一律、皆等しく学校の生徒であり、卒業または在籍を続けたいなら毎年一回ある卒業試験または修学試験に合格し能力を示し続けなくてはならない。
毎年の試験に合格出来なければ、そのまま失格者となり退学になるのだ。中途退学は自ら選ぶことも出来るが…どちらであっても落第者の烙印を押されてしまい今後胸を張って魔術師を名乗る事は出来ないだろう。
つまり、努力や才能があればグリムのように一年足らずで卒業出来る者もいるし、あえて卒業はせずに修学を続けて研究に打ち込む者もいる。
ビアトリクス魔法学園は、言うなれば魔術師達の弱肉強食の世界なのだ。
その学園には常に人で溢れ、輝かしい魔術師となるべく生徒達が住んで生活している。だから『学園都市』となったのである。
ビアトリクス魔法学園は入学こそ簡単だが、卒業は難しい。なので、自分の実力に自信がない者は怖気付いてそもそも入学校には選ばないだろう。
「私は三年で卒業しましたね。旦那様との結婚がありましたし」
「俺は研究がひと段落するまで長く在籍していたな。イスラークに戻れば公爵の仕事があったし…卒業する最後の年にカレンと出会ったんだ」
レオノーラとディートリヒがそれぞれ懐かしみながら思い出を語っている。
ルクレツィアの答えはもう決まっていた。
「お父様。私、ビアトリクス魔法学園へ行きたいです!」
やる気に満ちた目で決意するルクレツィア。ディートリヒは嬉しそうに笑って、娘の頭を優しく撫でてやる。
「お父様。私はもう小さな子供ではないのですよ? 淑女の頭を気軽に触るなんて失礼です」
するとルクレツィアが眉を顰めてディートリヒの手を払ったので、ディートリヒは寂しい気持ちになり肩を落としていた。その隣ではレオノーラが、うんうんと納得した表情で頷いている。
(俺の可愛いルクレツィアが…思春期なのか?)
昔はあんなに『お父様、お父様』と後ろをついて回って来ていたのに…と、ディートリヒが昔の美しい思い出に浸っていたら、ルクレツィアが顔を近付けてきてディートリヒの耳元で囁いた。
「人の目がある時は駄目ですけど、後でこっそり撫でてください」
ディートリヒの落ち込んでいた表情が明るくなる。
(ルクレツィア…やはりお前は俺の永遠の天使だ…!)
成長はしたけれど、まだまだ父親に甘えたいルクレツィアだった。
「ヴィレンはどうするの?」
そんな中、グリムが紅茶を啜りながらヴィレンに尋ねる。
「………」
「ヴィレンも勿論、私と一緒にビアトリクス魔法学園へ入学するよ。…そうだよね、ヴィレン?」
ヴィレンが何も答えないので、ルクレツィアが代わりに答えるが…不安になり、念を押すようにヴィレンに話を振った。
「ヴィレンが入学を望むなら何も問題ないぞ。俺が後見人として入学手続きをしておいてやるから」
ディートリヒも協力的だ。ヴィレンは少し難しい顔をして、チラリとルクレツィアを見た。
「俺とディートリヒの契約って…ルーシーが魔法を使えるようになるまでだったよな?」
ヴィレンの返事に、ルクレツィアはハッとした顔をした。ディートリヒも「…あぁ、そうだな」と少し寂しそうに答える。「じゃあ俺、今のままじゃこの城に滞在する名目が何もないし、この城の客人ではなくなるわけなんだが…」
「そんな事ない! ヴィレンはもう家族だよ」
何となく、ヴィレンが言わんとする事を察したルクレツィアは悲しい気持ちで彼を引き留めようとした。
「いや、ルーシー。今回ばかりはそれじゃ駄目だ…と、言うより俺が嫌だ」
ヴィレンの紫色の瞳がルクレツィアを見つめている。ルクレツィアは彼の言葉が信じられなくて、ただ呆然と見つめ返していた。
「それに俺、前から決めてたんだよな。ルーシーが魔法を使えるようになったら、ケジメを付けようって」
「…けじめ?」
「うん、俺なりのケジメ」




