35、未来の約束
「俺、これからいっぱい勉強して強くなって…誰よりもルーシーを守れる男になるから」
「うん。でもヴィレンは十分に強いと思うけど…」
ルクレツィアがヴィレンの決意に水を差すような事を言ってしまい、ヴィレンが少しムッとした顔をした。
でも、仕方ないじゃないか。ルクレツィアだって女の子なのだから…こんな格好良くて素敵な男の子に真っ直ぐに『守る』なんて言われたら照れ隠しもしたくなる。
ヴィレンはルクレツィアから手を離すと、勢いよく彼女の両肩を掴んでは顔を覗き込みながら言った。
「いいか、ルーシー。覚悟しろよ?」
「な、なにヴィレン…」
驚くルクレツィア。ヴィレンは顔を真っ赤にさせては、勢い任せに宣言する。
「俺はこれから成長しまくって、絶対にグリムよりもいい男になるからな!」
そんな事を大きな声で叫ぶので、周りの通行人たちが驚いて二人に注目した。
「強くなってお前を守るし、デートだって下調べするし、何よりルーシーにとっての一番の味方になる!」
恥ずかしそうにしながらも決意を固めるヴィレンに、ルクレツィアはクスクスと笑っている。
「笑うなよっ、だから、俺が言いたいのは…」
ヴィレンは今までの人生の中で一番の勇気を振り絞った。
「将来、俺はお前に相応しい男になるから…そしたら、余所見なんかするんじゃねーぞ!」
自分だけを見てろと告白も同然な事を言ってくるヴィレン。そんな彼に対し、ルクレツィアは気恥ずかしさと共に愛おしさを感じた。
(私、ヴィレンの事がとても大切で特別だ…)
はにかんで、彼の胸にそっと手を置く。
この温かな感情の名前は何だろう? 早く知りたい気もするけれど…でも、今はまだ、何も分からない子供のままで。
「あのね、私の理想の男性はお父様なの」
ルクレツィアは踵を上げて、ヴィレンの耳元に唇を寄せる。
「だから、頑張ってね。ヴィレン」
そして彼の柔らかな頬にチュッとキスをした。
ヴィレンは目を大きく開いては、更に真っ赤になった顔で目の前のルクレツィアを見た。向こうでは青褪めた顔のグリムが慌てた様子でこちらに向かって走ってきている。
そんな中ルクレツィアは、まるで悪戯が成功したような笑顔を浮かべてはヴィレンに可愛らしくパチリとウインクしてみせた。
「私に余所見なんてさせないでね」
(…俺、ルーシーには一生敵わないのかも…)
どうやらヴィレンよりも、ルクレツィアの方が数枚上手のようである。
***
イスラークの城にある雪が薄く積もった庭でルクレツィアとヴィレンはグリムが召喚した墓守犬達とボール遊びをしていた。
短い秋はあっという間に過ぎ去り、北の領地には極寒の冬が訪れようとしていた。
「あっ…」
ルクレツィアが蹴ったボールが、ヴィレンでもチャーチグリムでもない明後日の方向へと飛んでいってしまい、思わず声をもらす。雪も一緒に蹴ってしまい、ボールが思う方向へと飛ばなかったのだ。
「取ってこようか?」
「ううん。私が行ってくる」
ボールはすぐそこの茂みの奥へと入っただけだ。気遣ってくれるヴィレンにお礼を言ってから、ルクレツィアはボールを拾いに庭の奥にある茂みに向かった。
ボールはすぐにあった。ルクレツィアは小走りで駆け寄り、雪を払いながらボールを拾うとヴィレン達の元へ向かおうとすぐに立ち上がった。
「——ルクレツィア」
すると、後ろから自分を呼ぶ知らない男性の声。
ルクレツィアは驚いて反射的に振り返ってしまった。声のした方は茂みの更に奥で、ルクレツィアが来た時には確かに誰も居なかった筈なのに…。
しかし、今は確かにそこに人が立っていた。背の高い黒髪の見た事のない男性が…。
それでもルクレツィアはその見知らぬ男性に見覚えがあった。
「ルクレツィア、向こうで俺と少し話さないか?」
「……知らない人に付いて行ってはいけないと、お父様に言われているんです」
不思議と怖くはなかった。ルクレツィアが堂々とそう答えると「そうか、お利口だな」とその男は愉快そうに笑う。深緑色の、縦の瞳孔の瞳を細めながら。
「貴方はヴィレンのお父様ですか?」
「…あぁ、そうだ。アレンディオだ」
ヴィレンの父であり魔王国国王のアレンディオが、息子とよく似た顔で優しく笑った。
ルクレツィアはアレンディオを見て、ヴィレンが成長したらきっとこんな感じなのだろうと想像する。
「妻のヴァレリアには止められていたんだが…どうしてもお前に会ってみたくて、こっそり来てしまったんだ」
「どうして私に会いたかったのですか?」
純粋な疑問からルクレツィアがアレンディオに尋ねると、彼は少しだけ寂しそうな表情を浮かべた。
「それはお前が、異世界人の血を引いているからだ」
その時、冷たい風が吹いた。ルクレツィアは持っていたボールを落としてしまいそうになり、ギュッと握り直す。
「異世界人のお前に、頼みがある」
アレンディオの優しかった目に力がこもる。ルクレツィアは何を言われるのだろうと、少し身構えてしまった。
「…ヴィレンのことを、よろしく頼む」
しかし、アレンディオの頼みは意外なもので…。
「もちろんです。ヴィレンは私の大切なお友達ですから」
ルクレツィアはホッと安堵しながら、そう答えた。アレンディオは「そうか」と笑ったかと思うと、すぐに、今度は鋭い目でルクレツィアを見つめた。
「もしヴィレンの手を取ったなら…その手が千切れようとも離してくれるなよ?」
急に雰囲気が変わるアレンディオに、ルクレツィアは驚きを隠せない。
「…もう、同じ過ちは犯したくないんだ」
そう悲しそうに呟いたアレンディオが手を伸ばす。彼の冷たい手がルクレツィアの頬にそっと触れると、ルクレツィアはついにボールを落としてしまった。
ボールが地面を何度かバウンドし、そして少し離れた所まで転がっては止まった。
「その覚悟がないなら今言ってくれ。俺がこのままヴィレンを連れ帰る。そして、もう二度とお前の前には現れない」
つい固まってしまっていたルクレツィアだったが、アレンディオの言葉にハッと我に返りすぐに言い返した。
「私からヴィレンを奪わないで」
アレンディオに恐ろしさを感じながらもルクレツィアは彼を睨み付けながら言った。アレンディオは目を丸くする。
「ヴィレンは私の大切な人なの…」
怯えながらも立ち向かおうとしてくる姿を見せるルクレツィアに、アレンディオは嬉しそうに笑った。
「…この先、もしかしたらお前はヴィレンの本性を知ることになるかもしれない。その時でもどうか、ルクレツィアだけはあの子の味方になってやって欲しいんだ」
アレンディオはルクレツィアから手を離すと、目線を合わせるように腰を屈めては次に頭を撫でてきた。
「それなら任せてください。私たち、お互いが一番の味方ですから」
ルクレツィアが胸を張ってそう答えると、アレンディオはやっと安心したように微笑んでいた。
「…あぁ、よろしく頼むぞ」
そして、姿勢を正すとルクレツィアに手を振っては姿を消した。何かの魔法を使ったのだろう。
「………」
ルクレツィアは暫く、固まったままアレンディオが先ほどまで立っていた空間を見つめていた。
「……あ、ボールがこんな所まで転がってた」
急にスイッチが入ったように動き出し、ルクレツィアはボールを拾っては雪を払う。
「…あれ、さっきまで誰かと話していたような…?」
そう呟きながら考えてみるが、すぐに気のせいかと思いルクレツィアは自分を待つヴィレン達の元へと駆けて行ったのだった。
***




