25、魔塔への襲撃者
突然ルクレツィアに手を掴まれて驚いてしまうグリム。
ルクレツィアもすぐにハッとして、慌てて手を放すと顔を赤らめながらグリムに謝った。
「ごめんなさい…癖で、つい…」
最近のルクレツィアは、いつもディートリヒとヴィレンと過ごしているので、移動する時は二人のどちらかと手を繋ぐ事が多いのだ。
その感覚のまま、ついグリムと手を繋いでしまったというわけだ。
でも理由はそれだけではなく…。
「グリムの雰囲気が、どこかお父様と似ている気がして…」
そう、何処となくディートリヒの放つ雰囲気に似たものを持つグリムに、ルクレツィアは無意識に警戒心を解いてしまっていたようだ。
「…まぁ、別にいいけど…」
ディートリヒに似ていると言われて嬉しいのか、グリムは少し照れた様子で頬を赤らめていた。
そして、すぐにルクレツィアが掴んできた自身の手に目をやった。
(…小さな手だったな…)
それに温かくて柔らかくて、驚いた。
グリム・ベガは生まれてからずっと、孤独に生きてきた少年だった。
エルフの母親から生まれたものの、父親がエルフ以外の種族だったためにダークエルフとして生を受けた。
自分の種族を尊び、他の種族を下に見る傲慢さと閉鎖的な思考を持つエルフの彼らは、他の種族の血が混ざるダークエルフを決して受け入れない。
母親すらもグリムの手を握ってくれたことは無かった。
だからグリムは疎まれながらも独りで生き、その途中でディートリヒに拾われ育ててもらい、戦う術を学び、自分の居場所を見つけてここまで生きてこれたのだ。
彼の手はいつも、生物を殺す為の武器を握りしめている。その武力を振りかざし、戦場を駆けて生き抜いてきた血塗れた手なのだ。
「手放した後でなんだけど…手を繋いでもいい?」
ルクレツィアの問い掛けにグリムは言葉を失って固まった。
まるで無垢そのもののようなルクレツィアの手が自分にはあまりにも眩しく感じて…それと同時に触れてもいいものなのかという疑問が彼の頭の中を埋め尽くしたからだ。
「その方が何だか安心できるの…だめ?」
と、甘えたように上目遣いで強請ってくるルクレツィア。グリムは今まで自分に向けられてきたものとは違う初めての温かな感情に、心の奥が擽ったくて、戸惑い、どう答えていいのか分からなくなってしまった。
グリムはまだ何も答えていないが、ルクレツィアが再びそっと手を繋いできた。
(…温かい…)
彼は驚きながらもその手を振り払うことはせずに、黙ったままぎこちないながらも優しく握り返したのだった。
グリムの自室から出ると、殺風景な長い廊下に出た。今いた部屋は角部屋だったらしく、扉を出て右側を向けば長い廊下が続いている。
等間隔に並んだ同じ扉の前を通る度に、この部屋にはどんな魔術師が住んでいるんだろう。と、ルクレツィアは想像する。
グリムと手を繋いだまま歩いていると、前方から手に持つ書類を凝視して何やらブツブツと呟きながら歩いている魔術師とすれ違った。
こちらを一切見なかった。誰かとすれ違ったことさえ、気付いていなさそうな勢いだ。
「…魔塔の魔術師は基本的に他者に興味がないからね」
余程ルクレツィアの顔に書いてあったのか、隣を歩くグリムからルクレツィアが口には出さなかった疑問への答えが回答される。
「あるのは魔法への知識と、希少な動植物くらいかな。…あ、あとは宝石。僕も含めてだけど、したい研究がありすぎて、いつも研究費がカツカツだからさ」
冗談っぽく肩を竦めて魔塔の魔術師の実情を話すグリムに、ルクレツィアは楽しそうにクスクスと笑っていた。
「グリムは本が好きなの?」
「ん…まぁ、そうかな。暇潰しくらいにはなるよ」
グリムの軽い冗談に笑っているとどうやら緊張も解れたようで、ルクレツィアは彼に世間話を振った。グリムは少し眉を顰めた表情のままだけれど、キチンと答えてはくれる。
「私も、読書は好きなの」
帝都にいた頃は毎日一人で過ごしていたので、ひとり遊びはお手のもの。ユーリと婚約して唯一良かった事は、皇宮図書館を利用することが出来たことだろうか。
「北の領地にしか咲かない花や、生息しない野生動物がいると本で読んだ事があるよ!」
いつかその花と動物を見に連れて行って貰う約束をディートリヒとしているのだ。と、ルクレツィアは自慢げに語っていた。
「へぇ…そういう本を読むんだ。貴族のお嬢様はロマンス小説しか読まないかと思っていたよ」
「な…!? それは偏見がすぎるわ」
「でも大半はそうでしょ?」
そう尋ねられても、ルクレツィアは今までお友達と本について話に花を咲かせたこともないし…。
何て答えようかとルクレツィアは困って少し俯くと、グリムはしまった。と、いう顔を浮かべた。
(…そうだった。ルクレツィア様は確か『魔力なし』…。この国ではそういう人達を差別する風習があるんだった…)
言葉を濁そうとするルクレツィアだが、グリムはその前に彼女のこれまでの背景の一部を悟ってしまう。分かってしまうと、何だか先ほどの自分の言葉がとても軽薄に聞こえて、バツが悪かった。
「…そんなに本が好きなら、僕が読んだオススメを教えてあげるよ。その感想でも聞かせて」
だから、咄嗟にそんな事を口走ってしまった。するとルクレツィアがパッと顔を上げてグリムを見上げる。
(ぼ、僕は何を言っているんだ? この子とは、イスラーク城まで送り届けてしまえば、もう殆ど関わり合いなどなくなるというのに…)
しかし、嬉しそうに笑い期待した眼差しを向けてくる小さな少女に、今更冗談だなんて言えそうにもない。それは良心が痛む…。
「こ、この魔塔の図書館にしかない書物だけれど、クラウベルク家の君なら問題なく借りられるでしょ」
グリムは少し早口にそう言ってから、ルクレツィアから顔を背けた。すると、クイクイ、とルクレツィアの小さな手がグリムの手を引いてくる。
グリムは自分の顔が熱くなるのを感じながら、再びルクレツィアに顔を向けた。
「絶対に読むわ! 私、その本をすぐに読むから!」
心底嬉しそうに笑うルクレツィアに、グリムは「…別に、ゆっくり読みなよ」と、照れ隠しなのか素っ気ない返事を返していた。
(…ルクレツィア様は、もしかしたら僕と育った環境が似ているのかもしれない)
嫌われ、煙たがられ、侮蔑されて、嘲笑われて…そんな幼少期を送ってきたグリムと。
そう思うとグリムの胸の奥が何故かチクリと痛んだ。
(…? 今日、何か変なもの食べたかな?)
グリム本人は、まだその感情の正体を理解出来ていないけれど…でも、本の感想を聞く相手くらいにはなってやってもいいかな。と、そんな事を思うのだった。
グリムと手を繋いだまま暫く歩いていると、天井が吹き抜けになっている階段の大きな踊り場へと出た。
ルクレツィアは圧倒されながら周りを見渡すと、まだ上の階があるようで下からずっと続いている螺旋階段が上の方へと伸びている…。
と、突然、前方の壁が大きな音を立てて爆けたかと思えば、大きな亀裂が入り人が一人通れるくらいの穴が空いた。
グリムは咄嗟にルクレツィアを抱きかかえると、距離を取るために後方へと大きくジャンプする。
魔塔の高い階にいるからか、空けられた穴から風が吹く音が聞こえてきた。
ルクレツィアは驚きのあまり、グリムの腕の中で固まっていると…まるで近くで火山が噴火でもしたかのような熱風と砂塵が外から中へと吹き込んできたのだ。
ジャリ…と、割れた破片を踏みしめながら魔塔の中へと入ってきた侵入者の姿影が砂塵の煙幕の中でチラリと見える。その者とは…。
「………ヴィレン!?」




