22、イスラーク城
「立ち話も何ですので、馬車にお入りください」
レイモンドに促されたディートリヒは、ハッとしてルクレツィアに目を向ける。
「確かにそうだな。ルクレツィア、こちらに…」
ディートリヒが言い切る前に、ヴィレンが我先にと馬車に乗り込むとルクレツィアへ手を差し伸べていた。
「ルーシー、早く来いよ!」
「うん!」
ルクレツィアは笑顔でヴィレンの手を掴むと、そのままエスコートを受ける形で二人仲良く馬車へと乗り込んだのだった。
「…ヴィレン様はルクレツィア様の婚約者候補としてお考えのお方なのですか?」
ユーリとの婚約解消の件はレイモンドももちろん知っている。だから、ヴィレンを新しい婚約者としてディートリヒが考えているのだろうかと尋ねた。
「彼はどちらの家門のご令息で…?」
「…正式名はヴィレン・イルディヴィート。魔王国の第二王子だ」
ディートリヒは複雑そうな表情で顔を顰めながら答えた。
「はぁ、なるほど。他国の王子様でしたか。魔王国の………え?」
『魔王国』とは、人間ではなく魔族の国ではないか? と、言いたげな目を向けながら戸惑った顔でディートリヒを見つめるレイモンド。
「お前のそのような顔を見られるとは、珍しいこともあるものだ」
ディートリヒは可笑しそうに笑ってから「ヴィレンは竜だ」と短く伝えると、そのまま馬車に乗り込んだ。
「……竜、ですか…」
自分の横を通り過ぎていくディートリヒを見つめながら、レイモンドは呆然とした様子で呟く。
「ルクレツィアの大事な友人だ。客人として対応してくれ」
馬車の中でディートリヒが改めてレイモンドへ指示を出した。
その時にはもう、レイモンドはイスラーク城の家令に相応しい態度と姿勢で「承知致しました」と、主人に頭を下げたのだった。
商業都市リトアからイスラークまで馬車で1時間半ほどかかるとレイモンドから聞いていたルクレツィアとヴィレンは、始めは楽しそうにお喋りしていたが、いつの間にか二人寄り添うように居眠りしていた。
「こうして見ると、彼が竜だとは思いませんね…」
ディートリヒの隣に座っていたレイモンドが、ヴィレンの寝顔を見つめながら言う。
「…まぁ、竜とはいえまだ10歳の…人間の子供と何ら変わりはない」
ディートリヒはそう言いながらも、ヴァイスローズ公爵家で見たヴィレンの怒り狂った姿を思い出した。
「基本的には、だが…」
なので、少し考えてからそう付け加える。
(城の者にもヴィレンが竜だと通知しておかないとな…)
特に魔塔の魔術師たちには手出しは無用だと強く釘を刺しておかねば、と、考えながら少し憂鬱になるディートリヒだった。
「ルクレツィア、ヴィレン。起きなさい」
ディートリヒの声とともに優しく体を揺さぶられた二人は目を覚ます。
「もうすぐイスラークに着くぞ」
その言葉にルクレツィアはハッと目が覚めて、慌てて窓の外を眺めた。
「……うわぁ!」
窓から見える景色。城がまるで山のように高台で鎮座しており、その下には城に守られるように城下街の街並みが広がっていた。
城の向こう側に見える遠くの山には、まだ雪が積もっているようだ。
(ここが北の領地の首都、イスラーク)
生まれたばかりの頃は自分もこの都市に住んでいたらしいのだが、そんな記憶などあるわけ無いルクレツィアは初めて見る光景に胸を躍らせていた。
「ディートリヒ。あの向こうにある黒い塔はなんだ?」
ヴィレンが首都イスラークから離れたところにある、小さく見える塔を指差しながら尋ねた。
「あれはイスラークにある魔塔だ。魔術師たちの住処みたいなもんだな」
魔塔は、魔術師たちの叡智が詰まった塔だと言われている。その塔を所有することは、それだけでとても大きな権威となるのだ。
(いつか私も…魔塔の魔術師になりたいな…)
いつか魔法が使えるようになるというディートリヒの言葉を信じて、ルクレツィアはイスラークの魔塔へ憧れの目を向けながらそんな事を思った。
帝都と変わらない賑やかさを見せる大都市イスラークの街を抜けて、馬車の中から窓にへばり付くように外を眺めていたルクレツィアは、到着した大きな門の先にあるイスラーク城を見上げていた。
「でけぇ…」
その横でヴィレンも感心したような感想をもらしている。
門の両脇には黒い軍服を着た屈強な男が二人佇んでおり、ディートリヒが乗った馬車だと知っている門番の二人は馬車に向けてビシッと敬礼をしていた。
どうやら、城門を管理する管理室がすぐ脇にあるらしく、門番の一人がその建物の中へと姿を消すと城門がゆっくり開き始めた。
イスラーク城の警備は全てディートリヒの私兵軍が担っており、その軍には魔塔の魔術師も含まれているためかなりの軍事力だ。
軍服には、クラウベルクを象徴する狼をモチーフとした紋章が背中と胸元にあり一目見てクラウベルク家の私兵軍なのだと分かる。
北の領地の子どもたちは、北の氷王率いるイスラーク最強の兵団『雪銀の魔兵団』へ強い憧れを抱いており、中には入隊を夢見る者もいるらしい。
ルクレツィアとヴィレンが窓の外を熱心に見つめている中、門が開き再び馬車が動き始める。
ルクレツィアは馬車越しに門番とすれ違う時に、彼と目が合ってしまった。門番の男は驚いた顔をして固まるようにルクレツィアを凝視していて…馬車はそのまま城の中へと入っていったのだった。
イスラーク城の中は広く、近代的ではない情緒ある内装だった。しかし、古びているという印象はなく、アンティークさを感じられるシンプルでありながらも上品な造りである。
元々、城塞の名残があるためか堅牢な城壁に囲まれたイスラーク城は棟と棟を繋ぐように至る所に石壁の橋が架けられている。帝都の城とは比じゃないほどの広さに、これは迂闊に歩き回ると迷いそうだ、とルクレツィアは思った。
ルクレツィアがレイモンドに続いて馬車を降りようとしていると、突然後ろから抱きかかえられた。
「お父様?」
驚いて振り返るルクレツィアにディートリヒはチラリと目を向けては前を向き直り、娘を腕に抱いたまま馬車を降り始めるディートリヒ。
「私、自分で降りられますよ?」
少し恥ずかしそうにするルクレツィアの言葉を聞き流して、娘に微笑みながらディートリヒは馬車を降りた。
実は、馬車に乗る際にヴィレンにエスコート役を奪われた事を根に持っていたディートリヒは、降りる際は絶対に譲らない、という対抗心が現れた行動だった。
長い付き合いから、そんなディートリヒの気持ちが手に取るように分かるレイモンドはやれやれ、といった様子で笑っていた。
「お帰りなさいませ。我が主人、北の絶対君主たるディートリヒ公爵閣下、並びにルクレツィア公女様」
馬車を降りたルクレツィア達を待ち受けていたのは、イスラーク城に勤める大勢の使用人達だった。皆、出迎える為にわざわざ集まり頭を下げてディートリヒ達の帰還を歓迎している。




