21、魔王国にて企む獣たち
***
王座の間でヴァレリアが竜の姿から人の姿になり着地すると、彼女の帰りを待っていた一人の男が奥の方から声を掛けてきた。
「…ヴィレンは?」
「帰らないって」
ここはヴァレリアの住む城。竜の城だからか人の城と比べるとかなり大きな規模で建てられている。
「まさか、まだ俺に怒ってるのか?」
呆れたように息を吐きながら姿を現したのは、ヴィレンをそのまま成長させたような風貌の黒髪の男だ。違うのは、その瞳はヴァレリアと同じ深緑だということ。
「アレンディオ」
ヴァレリアが彼の名を呼ぶと、アレンディオは愛おしそうに彼女を見つめてそしてキスをする。
「おかえり、ヴァレリア」
「ただいま」
唇を離して見つめ合いながら微笑む二人。アレンディオとヴァレリアは魔王国でも有名なおしどり夫婦だ。
「それで、ヴィレンの事だが…?」
「うーん…貴方に怒っているというよりは…」
ヴァレリアは自分が知り得た事を夫にどう話そうかと考えながら口を開く。
「あの子の『宝石』を見つけちゃったみたい」
「なるほど。それですぐに帰れないということは、どこかの国の国宝か何かなのかな」
言葉通りの意味に捉えてヴィレンの『宝石』が何か予想するアレンディオにヴァレリアはクスクスと楽しそうに笑った。
「…なんだよ」
ヴァレリアに笑われて、気恥ずかしいのかアレンディオがムスっと拗ねた顔をする。
「ふふ、残念。『宝石』の正体は人間よ」
「人間だって?」
アレンディオは驚いて声を上げる。彼は自分の息子が帰ってこない理由がますます分からなくなる。
「人間なら、攫ってくればいいじゃないか?」
国を相手にするより簡単だろう。と、首を傾げるアレンディオにヴァレリアは「それが、そうはさせてくれない素晴らしい魔術師が彼女の側にいるのよ」と楽しそうに笑いながら答えた。
「彼女…人間の女なのか?」
「そうよ。とっても可愛くて、不思議な子…」
ヴァレリアの深緑の瞳が天井を仰ぎ、そしてギラギラと輝いている。
「ルクレツィアのあの体質…彼女はきっと、異世界人と関係がある子だわ」
ヴァレリアの言葉にアレンディオがピクリと眉を動かした。
「彼女の父は何も言わなかったけれど、間違いない。魔力の質とか、古い文献で読んだ異世界人の特徴とよく似ているの!」
竜は人と違い寿命が長い…故に、人間の中で廃れてしまった古代の文明も竜の中では今だにしっかりと受け継がれてきているのだ。
「私もあの子が欲しくなっちゃうわ! どうしましょう!」
「…ヴィレンと殺し合う気か?」
強欲な顔で笑う妻にアレンディオは呆れた顔で言う。妻と息子が殺し合う姿なんて見たくない、と。
「それにしても、異世界人か…懐かしい響きだな」
アレンディオもニヤリと笑いながら部屋の奥へと歩いていき、そして王座へと座る。
かつて、アレンディオの祖先である『魔王』を討伐した人間。それは異世界人だった。この世界の人間と異世界人は同じようで別の種族なのだと、彼らは知っているのだろうか?
「人間は異世界人のことをどこまで理解しているのやら…」
「うふふ。だから私も、ディートリヒに…あ、ルクレツィアの父親ね。彼に何も教えてあげなかったの!」
王座に座るアレンディオへ甘えるようにもたれかかるヴァレリア。そんな彼女の髪を撫でながら、アレンディオはますます笑みを深めていた。
「母上、おかえり」
「お父様、何やら楽しそうですね」
すると、上から二匹の大きな竜が舞い降りてきて夫婦に声を掛ける。
「あら。私達の可愛い子ども達」
ヴァレリアは二匹の竜に気付くと、両手を伸ばす。竜の長い首が傅くようにゆっくり降りていき、ヴァレリアの手のひらに敬愛を込めてキスをした。
「アレンディオ。私達はゆっくりと、気長に待ちながらヴィレンを見守ってあげましょうね」
ヴァレリアの言葉にアレンディオは何も答えない。ただ、彼は静かに笑うだけ。
それはかつての『魔王』のように邪悪で、傲慢で、それでいて強欲な笑顔だった。
***
北の領地の商業都市『リトア』に到着したルクレツィア達は一日ぶりに地面に降り立った。
「わ、帝都より涼しい」
列車から降りたルクレツィアは、まだ季節は初夏だというのに少し肌寒いくらいの気温に驚き呟く。
「ルクレツィア。肌寒ければ、このブランケットを羽織っていなさい」
ディートリヒがここぞとばかりに旅行前からしっかり準備していた自身の旅行カバンから、薄ピンク色の大きなリボン飾りが付いた可愛らしいブランケットを取り出してルクレツィアに手渡す。
実はルクレツィアの為に、ジェイのいる店でディートリヒ自らが選び購入したものだ。デザインももちろんだが、特に肌触りに拘って選び抜いた逸品。
「ありがとうございます、お父様」
ルクレツィアは嬉しそうに笑ってそのブランケットを受け取ると、さっそく広げては肩からかけていた。
そんな娘の姿を優しい瞳で見つめていたディートリヒは少し照れた面持ちでコホンと咳払いをしてから言う。
「ルクレツィア…その、なんだ。これからもたまに、お前が望むなら父と一緒に寝よう、か?」
昨晩はディートリヒの願いが叶って、ルクレツィアとの添い寝が実現した。娘のあどけない寝顔に何度癒されたことか…。
ルクレツィアだけでなくヴィレンと三人で同じベッドで寝たのだが、ヴィレンの寝相の悪さにディートリヒは子ども達二人に何度も毛布を掛け直してやった。しかし、そんな瞬間も幸せだと感じていたのだった。
「…本当ですか?」
ディートリヒの言葉にルクレツィアは目を輝かせる。
「小さい子みたいで恥ずかしいですが…またお父様と一緒に寝たいです」
恥ずかしそうに目を伏せて笑うルクレツィア。そんな彼女の隣では「その時は俺も一緒だからな!」と、ヴィレンが元気よく言った。
三人が列車から降り、駅から外に出るとクラウベルク家の家紋が入った大きな黒い馬車が一台停まっていた。
「クラウベルク公爵閣下、お迎えに上がりました」
その馬車の前では白髪混じりの髪を綺麗に整えた中年の一人の執事が立っている。
「ご苦労」
ディートリヒはその男に声を掛けてから、彼にルクレツィアとヴィレンの事を紹介した。
「ルクレツィアお嬢様…大きく、そしてとてもお美しくなられましたね」
執事は感慨深い様子でルクレツィアを見つめて、そして名乗る。
「私、ディートリヒ様にお仕えしております。イスラーク城の家令、レイモンド・ラモンと申します」
レイモンドはルクレツィアとヴィレンに向けて、とても綺麗な臣下の礼をとった。
「私はルクレツィアよ。こっちは…」
「俺はヴィレンだ」
ディートリヒが既に自分たちの事を紹介してくれたが、自ら名乗る事が年上の者への礼儀かなと思い、ルクレツィアは改めて名乗る。
「どうぞよろしくお願い致します。お生まれになられたばかりの頃のルクレツィアお嬢様は、ディートリヒ様と似ていらっしゃると思っておりましたが…どうやらカレン様に似ていらっしゃったのですね。城の者もきっと喜ぶでしょう」
レイモンドが優しくニコリと笑うと、その隣でディートリヒは顔を顰めていた。
「聞き捨てならないな、レイモンド。確かにルクレツィアはカレンに似て美人だが…俺にもよく似ているだろう? 髪の色や口の形とか…」
と、少しムキになる主人に、レイモンドは「そうでございますね」と笑みを崩さずに相槌を打つ。
その笑顔から、ディートリヒに対して微笑ましく思うレイモンドの感情が読み取れる。




